<PCあけましておめでとうノベル・2006>


新年の良き日に

 想いが何処から生まれるか、人に問いかけ答えられる人がどれほどいるだろう?
 そんなどうしようもない事を考え、頭を振る。

 春、振り返るとその人がいることがあり。
 夏、後姿が気になって声をかけ。
 秋、忘れかけていた断片を思い出しながら、
 冬、様々な気持ちを確信していった。

 季節折々の中に、その人がいる。
 不思議なもので、面白い。

 自分以外の存在が、確かに何処かで何かを考えている。
 哲学者が言っていた言葉が、すんなり当てはまる様に思えたものだ。

 誰かが見ているからこそ存在する。
 ならば、今、この気持ちを見ているのは。

 自分だろうか、それとも。

               ―――心の中に居る人だろうか。





 ぱらぱらと捲りあげる紙の感触に心地よさを感じながら、藤野・羽月は一人の人物の名に目を留めた。
 指先で辿ると、その先に住所が、更にその先に電話番号が記載されている――、そう、学年名簿だ。
 緊急連絡時のために作られたものだが、最近は、こう言うものが無い学校も多いらしい。
 他校の生徒と話した時に、その存在があることを言うと目を剥かれたものだ。
 曰く「信じられん!」そうだが、この様に電話をかけようとしている時に重宝するものも、そうそう無いだろうと思う。

 受話器を上げ、記載されている番号を押す。
 が。
 カチャッ…と言う音がするものの、呼び出す事も無いままに、響き渡るのはモールス音。

(おや……?)

 忙しい時期だし、出かけているのだろうか?
 出かける際、繋がらないよう受話器を上げて出るとか……いやいや、そんな事はありえない。
 再び、リダイヤルを押し、挑戦。
 けれど、やはり繋がる訳も無く。
 何度やっても答えは同じ。

「……どうしたものかな」

 悩んでいると背後から姉の声。
 そんなに間髪おかずではなく、一拍置いてからにしなさいと言う声に羽月は素直に従い、受話器を置き、そうして、今一度ゆっくりと番号を押すと。

 RRRRRRRRRR……
 RRRRRRRRRRRRRRR………

『は……はいっ』
 驚いたように電話に出る声は、正しく、電話をかけたかった人物で。
 が、羽月は生来の真面目さからか、確認を取る。
「藤野ですが……リラさん、だろうか?」
『そ、そうです、私です』
「ああ、良かった。実は先ほどから電話をかけていたのだが中々繋がらなくて。師範達とお出かけされたかと思っていた」
『え……あの、藤野君も家に電話していたんですか?』
「も?」
 不思議な言葉だと思う。
"も"と言う事は彼女も家へとかけていたのだろうか?
『はい、私も電話していて……繋がらなかったから』
 成る程、と羽月は心の中で呟く。
 二人同時に掛け合っていれば、電話は繋がらない。
 響くのはモールス音のみになると言う訳だ。

(一拍置けと言ってくれたことに感謝しなくてはな)

 くすくす、響く声が耳に心地良い。

『じゃあ、繋がりませんね。ええと……何か、用件があったのではないですか? おじいちゃんに伝言なら代わりますけど……』
 そう言われ、羽月は電話をかけた理由を思い出す。そうだった、用件を伝えなくては駄目ではないか、と。
「ああ、いや。師範ではなく、リラさんで良いんだが」
『はい?』
「明日、もし時間があれば初詣へ行かないか?」
 一瞬の空白。
 もしや迷惑だったかと思ったものの、
『は、はい…っ。神社で待ち合わせでいいですか?』
 直ぐに返事が返ってきてホッとする。
「ああ、表口は混むだろうから裏手の方の……公民館が近くにあったな、其処で待ち合わせにしようか」
 時間を言いながら、電話を切り、そうして。
 不思議と安らかな気持ちになっている自分に、気付いた。




 翌朝、いつもよりも早く起きた自分に驚きながらも、新年用の羽織袴に着替え、待ち合わせの場所へと向かう。
 毎年の事ではあるが、新年の神社は途方もなく、混む。
 神社付近の家は庭が広ければ駐車場へと早変わりするし、やはり神社の近くで花を温室栽培にて売っている場所の駐車場でさえ、その日は神社御用達の駐車場へと様変わりする。

 新年特有の、空気。

 この様を見て、ああ、新年だなと漸く実感を持ったりもする。
 時々、日付が曖昧になるような日常において、この時だけが明確に日時を伝えてくれると、そう、思う。

 屋台が教える、開店の声。
 賑やかに表の参道を歩く人の声、足音。
 日が教える暖かさと相まって、賑やかなはずなのに何処か静かなのは。
 自家用車が通る割に、大型車の通行や、工場から出る排気ガスなどが止まっている所為なのだろう。
 しん、と。
 雪が降った後のような静けさではないけれど。
 どこか不思議な感覚を伴う、この静けさがとても心地良いと思う。

(さて……)

 彼女との待ち合わせの場所である公民館の前に羽月は立ち、時計を見る。
 まだ時間に余裕はあるようだ。
 彼女の事だから五分前くらいには来るだろうか、それとも遅れて?

(来てみない限りは解らないが)

 女性の準備は遅れるものだ、と家族らに言われたが、果たして遅れる場合、どのくらい遅れるものなのか。
 三十分?
 一時間?
 ……まさか二時間はありえないだろうが……、この様な待ち合わせをしたことも皆無なだけに、何回かは確実に時計を見るを繰り返してしまう。
 正直、はたから見れば、かなり焦っているように見えてしまう事だろう。

 ちゅん。

 雀が足元近くにやってきて、「そんなに気にしなくても」と告げるように静かに、鳴いた。




 もうじき、来るだろうか。
 それとも、まだまだ待つのか。

 そんな風に、考える瞬間、不意に。
 相手のことを考えている自分が居る事を知る。
 今までに感じた事のない戸惑いは。
 姿を見る事さえ出来たなら解消されるのだろうか。




 僅かばかり、待ち合わせより遅れた時間。
 時計を見ても然程時間は動かず、それでもまだ僅かの時間しか経っていないのだからと意識を集中させ。
 そんな風に時を過ごしていれば、不意に前方から声を掛けられ。

「ごめんなさいっ!」
 聞き覚えのある声に、羽月は前を向いた。
 いつもの姿とは違う振袖姿が瞳に、眩しい。
 近くまで寄れば、贈った覚えのある馨りがふわりと漂い、髪に飾っているリボンは誕生日に贈ったものだと気付く。
 ふわりと訪れる、柔らかな気持ちに何と名をつければ良いだろう?

(良かった)

 贈ってよかった、と心の其処からそう思う。
「ああ、良かった。どうしたのかと思っていた」
「慣れない着物で来たものですから……、歩くのにいつもより時間が掛かって」
「転ばないようにしなければいけないものな」
「そうなんですっ!! 折角のお着物、汚しちゃったら可哀想だから」
 くす、と笑い声。
 自然と出てしまった笑い声に驚いたのだろうか、リラは「本当にお待たせしてすみません」と言うと小さく頭を下げた。
 別に可笑しい気持ちで笑ったのではない事を羽月は告げる。
 誤解されたままでは心苦しく、哀しい事だから。
「いや、そう言う事なら仕方ないものだし。女性の仕度は手間取るものだと家族に言われた」
 羽月の言葉に、今度はリラが小さく微笑う。
 それを言っただろう人物の顔を思い出しながら「行こうか」、そう言いながら歩く、彼の近くへと歩を寄せた。
「…藤野君は、お着物で歩くの慣れてますね?」
「家では着物だから慣れてしまった……こう言うのは慣れだと思う」
「そう言うものでしょうか……」
「……多分」
「ゑ?」
「……申し訳ない、実は私にも慣れかどうかは良く解っていない」
「あ、いえ……っ、参考になりました」
「なら良かったんだが。ああ、リラさん、其処は段になってるから気をつけて」
「はい」
 カラコロ、カラコロ。
 着物の裾同様、下駄も参道の上では音を鳴らす。
 耳に心地いい音が、何処までも二人の間に鳴り続けている。





 僅かな願いは叶うだろうか。
 叶える為に動いていけば叶うだろう願いと、そうでない願いがある。
 自身のみで叶う願いと、そして。

 ――想う人が居る場合の願いと。




「お賽銭をあげるだけでも、今日は大変ですね」
「三が日を過ぎればそうでもないのだろうが……本当に」
 拍手を打ち、リラが祈るように羽月も、心の中にあった願い事を告げる。
 今年こそは、と言う願いと。もう一つの願いが叶うよう、真剣に。

(少しでも彼女との穏やかな時間が続く事。そして今年こそ師範から一本を)

 まだ伝えきれない気持ちを持ち続けられるように。
 そうして。
 目差す師から一本でも取れるべく。

 これが出来たら変われるような気がする、と考え、精進できるよう頑張らねばと言う気持ちと共に背筋が引き締まるのを感じた。

 ふと瞳を開ければ、リラがこちらをじっと見ている。
 どれだけ長く祈っていたかを思い、羽月は困ったような、笑いを誤魔化したような曖昧な笑みを浮かべ、
「……申し訳ない、熱心に祈りすぎたようだ」
 と、謝罪の言葉を言う事に対して、リラは首を緩く振った。
 次にお賽銭を出す人の為に場所を空けると二人は同時に歩き、会話を続けた。
「いえ、そんな真剣なお願いなんですもの。叶うと良いですね」
「ああ。今年こそは叶うと良いんだが……リラさん、おみくじは?」
「あ、毎年此処の神社で引いてるんです。藤野君は?」
「私も此処で引いている。…結構当たる気がするゆえ」
「ですよね、私も去年、失せ物が出てくるって書いてあったんですけど本当に出てきて」
 おみくじが置いてある場所まで二人は歩くと「初穂料百円」と言う文字を見て小銭入れを探す。
 此処の神社は番号が入った札で出されるものではなく、お賽銭箱のような所へ初穂料を入れ、沢山入れられた御神籤箱の中に手を入れ、一つの御神籤を取る、と言うもので。
 まるで当たり籤を探すような気持ちで、リラは籤を大きくかき混ぜ、ひとつだけを取り出すと、羽月がそれに続く。
 上から取るべきか、下から取るべきか、それとも左右どちらからか……そんな風に、考えながら結局羽月が取り出したのは下にあった一つの籤。
 一箇所留められた糊を剥がし、折りたたまれた籤を解くと。
"中吉"
 そんな文字が瞳に飛び込んできて。
 まあまあか、と思いながら御神籤に書かれた言葉を読んでいく。

―少しばかり、走りすぎてしまう事があるかもしれません。
 そう言う時は周囲の助言を得るようにし、謙虚な気持ちで聞くようにしましょう。
 注意深く過ごせば然程悪い事は起こりません。―

 ……走りすぎ注意と言う事なのだろうか。
 そして健康面では更に「少々油断あり、管理の徹底を」とかかれており、自分自身思っていなくても、何処か走りすぎや油断があるのだろうと言う事を考え、「ふむ」と頷いた。
 隣ではリラがとても嬉しそうに、御神籤を読んでいる。
 どうやら、いい結果だったようだ。

 先ほどの賽銭の時とは逆に見られている事に気付いたのか、リラがこちらを振り向く。
 最後まで、いい結果だったのか幸せそうな笑顔にこちらの表情まで笑顔になっていくかのようだ。

「いい結果だったようだ」
「はい、えっと、藤野君は?」
「中吉。可もなく不可もなくというところか……健康面に少々油断あり、だそうだが」
「あら……じゃあ、風邪をひかないように注意と言う事かもしれませんよ?」
 今、インフルエンザが流行ってるから…と言うと、「気をつけてくださいね」そう締めくくり微笑を浮かべて。
 羽月の顔もつられて、穏やかな笑顔になる。
「冬休みだからと言って、夜更かしして身体を冷やさないよう気をつけよう」
「はい」

 どうか、と願う。
 この気持ちのまま、居られるようにと。

 まだまだ手探りの状態で先の事など一つも解りはしない。
 想いが何処から生まれるか、解りはしないのと同じように。
 けれど、願う事はできるから。
 どうか、叶うようにと、ただ願う。

 新年の柔らかな、空気とともに。
 枝へと結ばれる御籤が仲良く二つ、並んだ。







―End―



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛

【w3a101maoh / 藤野・羽月 / 男 / 17 / 学生】
【w3K421maoh / リラ・サファト / 女 / 17 / 学生】


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■         ライター通信          ■
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 藤野・羽月様、こんにちは。お久しぶりです^^
 今回、こちらのノベルにご参加頂き本当に有り難うございました!

 個別はちょこちょこと……最初の場面が個別に近いかもしれません。
 リラさんとご一緒のプレイングを見て楽しい気持ちにさせていただいたり、
此処はどうしようかと色々考えさせて頂いたりととても楽しく書かせていただきました。
 僅かな部分でも楽しんでいただけたら幸いに思います(^^)

 藤野さんにとって、今年と言う年が少しでも良い年でありますように。
 また何処かでお会いできる事を祈りつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。