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<バレンタイン・恋人達の物語2006>
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チョコレートの家
招待状☆☆☆
2月14日の日に 貴方がたを我が家へご招待
チョコレートといわず、お菓子ならば我が家にあらゆるものが揃ってございます
ぜひお二人で遊びにいらして下さい
☆☆☆チョコレートの家の魔女より
**********
「チョコレートでできた家にご招待……?」
招待状に補足で詳しく書かれた部分を読んで、空木崎ひふみは首をかしげた。
「何であたしのところにこんなものが届いたんだろう……」
その“チョコレートの家”とやらにも、“魔女”とやらにも、まったく覚えがない。
ひふみは少しだけ眉根をよせた。
「面白そうだけど……あたしひとりじゃ不安だな」
あれこれ考えたあげく、ひふみはひとりの男性を思い浮かべた。
「風閂に付き添ってもらおう。何かあったときのボディーガードとして――カタブツだけど頼りになるんだよね、顔はちょっと怖いけど」
風閂。魔皇であるひふみを一途に護衛しているレプリカントである。ひふみよりひとまわり以上歳上だが、それだけにますます頼りになった。
顔がちょっと怖い、のは常に眉根を寄せるような、怒っているような顔立ちをしているからかもしれない。
とにかく、主であるひふみにそう形容されてしまった風閂は、ひふみの誘いに怖い顔をますます怖くした。
「『ちょこれーと』というのは、板みたいな形の菓子だったな。そのようなものでできた家など、あるわけないだろう」
冷たく主をあしらおうとした風閂に、ひふみは腰に手を当てて、
「むー! 疑うならなおさら一緒に行こうよ!」
と顔を近づけた。
風閂は考えた。
――本当はその招待自体に何か裏があるのでは、ひふみに危険があるのでは、と心配だったのだが、絶対に口にするつもりはなかった。
「……分かった、行こう」
ひふみの楽しそうなきらきらした瞳に負けて、風閂はため息をつきながら渋々腰をあげた。
招待状に書かれた通りの道筋を行くと、
きらっ
何かが視界を埋め尽くすほどにきらめいた。
「――わっ!」
ひふみがまぶしさに思わず目をつぶり、とっさに風閂がひふみをかばう。
しかし――
何秒経っても、それ以上何もない。
風閂の背後にかばわれていたひふみは、気配で風閂が呆然としているのを感じていた。
「な、なに? なに?」
ひふみは大きな風閂の体の横から顔を出す。
そして、
「うわあ!」
――そこに、ひとつの家があるのを見た。
よくケーキの題材として作る家がある。
その家はそんな素朴な感じをかもしだす、何だか穏やかな雰囲気の家だった。
屋根は茶色、壁は白。窓はちゃんとついているが、ガラスははまっていない。穴が開いているだけだ。
ほんのりと、かすかに甘い香りがする。
「ちょっと触ってみよう」
ひふみは大喜びでその家に近づいた。
そして細い指でそっとその壁やドアにさわり、「うっわあ……」と感嘆の声をあげる。
「本当に全部チョコレートでできてるみたい……。すごーい♪」
しかしこんな日光の下で、溶けないのだろうか?
「中は溶けてないよね……?」
ひふみはつぶやき、ドアを押した。
「ここがその家か……。甘い匂いが漂う家とは何と面妖な……って、ひふみ!」
風閂はひふみがドアを開けたのを見て、大声をあげて止めようとした。
「軽々しく中に入るな! 何か危険があるやもしれんぞ!」
しかしひふみは言うことを聞かなかった。
堂々と中に入り、目を見張る。
中にある家具――テーブルや椅子はもちろん、暖炉や時計、棚に置かれたアンティークにいたるまですべて……甘い香りがほのかにする、チョコレートらしきものだったのだ。
「テーブルも椅子も暖炉もみーんなチョコレートだ!」
どこかできらきらと輝くような、オルゴールの音がした。
――チョコレートの家へようこそ、お客人――
と、どこからか声が聞こえた。
「あれ、魔女さん? 魔女さんどこだろ」
ひふみはきょろきょろと部屋の中を見渡す。
そこには誰もいなかった。
――ふたりのお時間の邪魔は致しません。どうぞごゆっくり――
「うわあ、さすが魔女さん」
ひふみはドアのところで立ち往生しているレプリカントを見た。
「ほらほら~。入ってきなよ。大丈夫そうだよ? 魔女さんいい人だし」
「魔女だと? 誰もいないではないか」
どうやら家の中に入っていなかった風閂には聞こえていなかったらしい。
「いいから入ってきなよってば~」
ひふみがわざわざ立って風閂の腕を引きに行く。
無理やり風閂は家へと足を踏み入れるはめになり、怖い顔をさらに怖く怖くした。
――チョコレートの家へようこそ、お客人――
――これでおそろいですね。ごゆっくり――
「誰だ!?」
聞こえてきた魔女の声に、風閂が刀の柄に手をかける。
しかし、部屋には誰もいない。
「ますます怪しいではないかっ!」
風閂がずかずかと家捜しを始めるのを無視して、ひふみはチョコレートでできた長椅子に腰をかけた。
「わあ、何の違和感もない~」
椅子をちょこっと指で触ってなめてみると、ほんのり甘い味がした。
「やっぱりチョコレートなのに……溶けてないんだなあ」
そもそも暖炉に火が入っているのに、暖炉自体も溶けていない。
ここはまさしく魔法の家だ。
「ぬおっ!」
家捜しをしていた風閂が、なぜかあとずさった。
「どしたの?」
ひふみは腰をあげかける。
「なんだこのお菓子の山は!」
――部屋の一角にあった棚を開けてその中身を見たらしい。
「お菓子。お菓子か……」
そう言えば招待状に、お菓子なら何でも揃ってるって書いてあったっけ、とひふみは思う。
でも。
今日は2月14日だ。
「ねえねえ、風閂。風閂も突っ立っていないで座ったらどう? 木製みたいな感覚だよ」
「ひふみ……全く。少しは警戒心というものを抱け。それでも俺が護るべき魔皇か」
そもそも魔皇とはだな、と風閂がとうとうと説教を始める
「魔皇とはだな、常に清く正しく、慎重に生きるべきなのだ! いいか、露出が多いなんていうのは防御の問題で最も危険だ、決してやるな!」
「……単に風閂が露出の多い女性苦手なだけじゃない」
「そしてだな、おとなしく清楚に、ときおり気を利かせてレプリカントに茶を出すくらいの心意気で――」
「あ、それって風閂の理想の女性? うっわー面白い、ちょっとメモしとこ!」
「ひふみっ!」
「え? だって魔皇の心構えには全然聞こえないよ?」
「~~~~~~~」
風閂がわらわらと指先をわななかせる。
本当のことなのに……とひふみは呆れた顔でレプリカントを見つめた。
どこからか聞こえる小さなオルゴールの音が、二人の雰囲気をだんだん変えていく。
「……さっきから聞こえてくるこの音は、なんだ?」
「オルゴールでしょ?」
「おるごーる? た、たしか音楽を鳴らすおもちゃだな」
「そうだね。どこにあるのか分からないけど……」
綺麗な音よね、とひふみは優しく微笑む。
風閂は真っ赤になった。
――その一瞬のひふみの微笑みが、なんとも色っぽくて別人のようだったから。
そしてひふみは、大事に服の中に隠していたある包みを取り出した。
薄水色の紙でラッピングされた箱――
「はい、風閂」
「なんだ?」
「これ、あたしから風閂へプレゼント」
「………?」
風閂はいぶかしそうに、そのラッピングされた箱を見つめた。
「俺への『ぷれぜんと』だと?」
何故か分からないが、首の後ろがむずかゆくなるような感覚を覚えた。
ひふみがわざわざ風閂を指定しての『ぷれぜんと』と言ったからだろうか。
『ぷれぜんと』を差し出すひふみの笑顔が、何とも綺麗だったからだろうか。
どこからか聞こえてくる穏やかなオルゴールの音が、彼の心を何とか落ち着かせてくれる。
風閂はどさっとひふみの隣に座り、
「あ、開けてみてもいいのか」
深呼吸をしながら、箱を受け取った。
ひふみがうなずいたので、風閂はおそるおそるラッピングを解き始めた。
ラッピングの紙を破るのがもったいなくて、破れないよう破れないよう気をつけたつもりだったのだが、元々力の強すぎるせいなのか――単にデリケートな作業が苦手なのか、風閂はびりっと薄水色の紙を破いてしまった。
「――……」
思わず凍りついたように息をのんだ風閂に、隣でくすくすとひふみが笑う気配がする。
「す、すまん。破いてしまった」
「いいよ。っていうか、風閂がそんなこと気にするタイプとは思わなかったなあ」
「そ、そうか?」
何を笑われているのかいまいち分からなかったが、とりあえずひふみが不機嫌にならなかったことにほっとして、風閂はラッピングの中から現れた白い箱を取り出した。
おそるおそる開けてみる。
中には、一口サイズのチョコがたくさん入っていた。
「む……これも『ちょこれーと』ではないのか?」
「うん。でも甘いの苦手っぽそうだから、ビターにしてみたの。口に合うかどうか分からないけど……食べてみて」
ひふみがちょこっとだけ舌を出し、えへへと笑う。
風閂はどきりと心臓が跳ねるのを感じた。
こんな顔の主を見て、「いらない」だなんて言えるわけがないではないか。
「ふ、ふむ……。では、一口いただこうか」
ひとつをつまみ、口の中に放り込む。
「……む?」
その意外な味に、風閂は少し眉をひそめた。
「『ちょこれーと』は甘いと聞いたが、これは少し苦いな」
「うん、そうしたもの」
ひふみがにこにこと隣で見ている。
風閂はなぜか主の顔を直視できないまま、
「これは……俺の好みの味だ」
と言った。
顔を見ないまでも、嬉しそうにひふみが笑ったのが分かった。
――なぜひふみは突然、自分に『ちょこれーと』をくれたのだろう?
風閂はその理由を知らなかった。
今日の日付の意味を知らなかった。
しかし……
耳元をくすぐるオルゴールの音が、二人を取り巻いていく。
「ありがとう。感謝する……」
そう言った瞬間の自分がいったいどんな顔でいたものか。
風閂は分からなかったが、きっと滑稽な顔になったに違いない。力を入れようとして、どうしても入らなかった、奇妙な表情になっただろうから。
しかし、ひふみは笑ったりしなかった。
「うん。喜んでくれて嬉しい」
主たる少女はそう言った。
風閂はおそるおそる彼女の顔を盗み見る。
ひふみは輝かんばかりの笑顔でいた。
その瞬間、風閂は今まで彼女の顔を見られないでいたことを後悔した。
こんなにいい顔を……見ないでいたなんて、なんてもったいない。
オルゴールの音が――
風閂の心をどこか動かした。
なぜそんなにいい顔をしているのか、ひふみに問うてみたかったけれど。
それよりも言いたい言葉がある気がした。
「ひ、ひふみっ」
「ん? なーに?」
「ずいぶんと……機嫌がよさそうだなっ」
ごほんと咳払いをしながら、風閂は言う。
「うん。だって風閂が喜んでくれたし」
――だからってなぜ?
訊いてみたかったけれど、そんな度胸がなかった。
(度胸がないだと? この俺が?)
風閂はもう一度咳払いをする。
そして、
「な、なかなかいい顔をするのだなっ、ひふみも!」
などと言ってみた。
「やっだー。私はいっつもいい笑顔してるのに~」
ひふみは不満そうにそう言った。風閂は慌てて、
「いや、そういう意味ではない。そうではなくて……」
ひふみがくすくすと笑う。
「分かってるよ。今日は特別嬉しいから、きっとそのせいだね!」
「特別に嬉しい……?」
――何だろう、それは?
訊いてみる度胸がない。
(……下手な戦いよりもよほど……勇気がいることのような気がするな……)
風閂はチョコレートの詰め合わせを見下ろして思った。
そして、
「うまいから、すべて食べてしまうことにする」
照れ隠しに、もうひとつつまんで口の中に入れた。
苦めの味が、舌の上でとろける。
オルゴールの音がする。
どんなチョコレートより甘く……
どんなチョコレートより爽やかで……
どんなチョコレートより――
「いや」
風閂はオルゴールの音に耳を傾けながら言った。
「俺は、こっちのほうがいい……」
手にしっかりとつかんだ主からの箱。
一気にたくさん食べてしまうこともできたけれど、もったいなくて、ひとつずつ丁寧に食べた。
食べている間は何もしゃべることができない。さぞかしひふみが退屈しているだろうと思ったけれど、主たる少女は足を揺らしながら嬉しそうにこちらを見つめているだけだ。
何の不満も言ってこない。
オルゴールの音が時を止めて、
ああ、そうかと風閂は納得した。
――この音楽はこのためにあったのか。
今日が何の日なのか、風閂は知らない。
ひふみも、結局教えてくれなかった。
けれど、
――いい一日だった。
チョコレートの家を出る時に、風閂は無条件にそう思った。
警戒心などすべてなくして。
――ここはチョコレートの家。
すべての心を溶かす、チョコレートの家――
―Fin―
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【w3g785maoh/空木崎・ひふみ/女性/16歳/直感の白】
【w3g785ouma/風閂/男性/30歳/レプリカント】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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空木埼ひふみ様
初めまして。ライターの笠城夢斗と申します。
このたびはバレンタインノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
今回の内容は風閂さんよりの視点となってしまいましたが、かわいいひふみさんを書けて満足です。
本当にありがとうございました!
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