<東京怪談ノベル(シングル)>


【 ―双― 】


「――依頼だ」
サーチャーの声がシグマ・オルファネルの耳を刺激した。
その声に頷いて、真剣に聞き入る。
依頼の内容をサーチャーが伝え、それを魔皇――自分達が実行に移す。
それが何時もの事だった。

「マティア神帝軍がひそかに動いているという情報を掴んだ」
静かな声で、サーチャーが告げる。
「…私達はソレを殲滅すればいいんですね?」
シグマが問うと、サーチャーが「そうだ」と肯定する。
「分かりました。その依頼、受けさせてもらいます」
「良かった。それじゃ――」
シグマの言葉に、サーチャーは仲間の集合場所と敵の規模、潜伏場所を簡単に告げる。
その情報をひとつたりとも逃さぬように、シグマは記憶に情報を刻み込んだ。
「後はよろしく頼む」
そう言って通信を終了させたサーチャーの言葉に静かに頷くと、シグマはゆっくりと歩き出した。

―――依頼、開始。

ザワ…。
シグマが到着する頃、集合場所には数人の人影が既に居た。
今回共に行動するであろう仲間の魔皇達である。
それを見たシグマは、悟られぬように小さくため息をついた。
「これは――少し厄介ですね」
集った者は見るからに戦闘慣れしていない魔皇達。
恐らく、最近覚醒したばかりの者達だろう。
自分以外は新人同然――そう思うと少し気が重くなる。
ピリピリと緊張しすぎた緊張感で包まれた雰囲気に、シグマは再び小さくため息をついた。
「それでは、いきましょうか」
――いくら新人でも戦闘になれば、まぁ役に立ってくれるだろう。
そう思って気を取り直し、できるだけ新人魔皇達を気にしない様にしながら目的地へと向かった。


「作戦を開始します!」
その声と共に、シグマを含む魔皇達がマティア神帝軍が潜伏しているという港へと入り込む。
侵入者に気づいた神帝軍は迎撃に移ろうとサーバントを呼び出し魔皇達へと仕向けた。
そして魔皇達とサーバントが衝突する――。
ガッ!ギィン!グシャ!
所々で戦闘開始の音が響く。
それなりに新人魔皇達も頑張っているようだ。
まぁ、頑張ってもらわなければこちらが困るのだが――。
近くでは自分の逢魔もサーバントを順調に屠っている。
この調子で行けばすぐ片付くだろう。
そんな事を考えながら、シグマは冷静に真幻魔影をサーバントへと放った。
辺りを白い霧が包み込み、サーバントの視界を奪う。
否、奪うのではない――幻影を見せているのだ。
シグマが作り出した幻影に躍らせれ、サーバントは不可解な行動をし始める。
それを逃すシグマではない。
冷静に、しかし確実に――。
肉を切り裂く、突き刺す、切り取る。
無慈悲に、あくまで作業的に、シグマはサーバントの命を奪っていった。


「これで最後ですね――」
ブシュゥっと血を撒き散らしながら、最後のサーバントがシグマの手によって屠られた。
ゴブリン等の低級サーバントが相手だったからであろう、すぐに決着がついた事に少し安堵する。
雑魚でもあまり時間をかけすぎると肝心のターゲットに逃げられてしまう可能性が高いからだ。
「私はグレゴールを始末しに行きますので、そちらは任せました」
共に依頼を遂行していた逢魔と仲間の魔皇達に伝え、足早にグレゴールがいるであろう倉庫に向かった。
あの魔皇達でも、あれだけ数が居ればグレゴールの1人2人がいても倒せるだろう。
敵を効率的に始末する為に、シグマは他の魔皇達と分かれて別行動を取る事にした。


ガシャ…ガラガラガラッ!!
ゆっくりと、倉庫の扉を開く。
そこには2つの影――。
「――見つけましたよ」
そこにいたのは2人の少女――否、只の少女ではない。
グレゴールの少女とファンタズマの少女だった。
「くっ…私達の邪魔はさせないわよ!」
ファンタズマの少女と寄り添うような格好で、グレゴールの少女が叫んだ。
(………?)
その姿に、何処かで見たかのような、まるでデジャブのような――懐かしさ。
少女達を見ると、何処か似ている。
何に似ているのか―――。
(…あぁ、そうか…)
あの双子だ。
一度、依頼で、この手で命を奪おうとした――双子のナイトノワール。
「どうしたの!そっちがこないなら、こちらから――!!」
剣を手にグレゴールとファンタズマの少女が迫ってくる。
キィン!
ぶつかり合う刃。
だが、相手はグレゴールとファンタズマと言えど少女なのだ。
あっという間に力の差が歴然と出てくる。
少女が押され、自分が押す。
必死で戦う少女、その姿はあの双子のものではない。
それなのに、何故――。
「!――はぁ!!」
「!?」
眼前に迫る刃。
咄嗟に顔を背け、寸前で刃を避ける。
顔のすぐ横を刃が通り過ぎるが、顔には傷一つない。
上手く回避したはずだ。
だが――。
「…っ!!!」
しかし、シグマが右眼につけている眼帯が、少女の突き出した刃によって――外れ落ちた。

落ちた。
落ちてしまった。
「―――あ」

ドクンッ!

大きく心臓が波打つ。
衝動。
色の、衝動。
刻印の――衝動。

暴走。

「ウォオオ!!」
「ぐぁ!」
シグマの異変に顔をしかめていたグレゴールの少女の首を掴む。
そのままブォン!と投げ捨てる。
ゴスッと鈍い音を立てながら、ファンタズマの少女ごとグレゴールの少女は壁に叩き付けられた。
重なるようにして崩れ落ちる少女たち。


シグマはそれを何の感情もなく見つめる。
ただあるのは――純なる狂気。
凶悪なる――殺意。


「ぁ…な、に?いきなり…」
ダメージを受けつつ、グレゴールの少女は立ち上がる。
否、立ち上がろうとした。
身を起こそうとした瞬間、足に何かかが突き刺さる。
シグマの剣が足を貫いて――地面に、縫いとめていた。
「ア、あ、アアあアぁアああァあ!?!?」
襲いくる激痛、今更ながらに絶叫を上げながらグレゴールの少女は恐怖した。
ファンタズマの少女はグレゴールの少女に突き刺さった剣を抜こうと引っ張り始める。
――そして抜こうとした手を失った。
何処までも何処までも容赦がなく躊躇いがない攻撃。
まるで嬲るように繰り出される攻撃。
悲鳴を上げる少女たち。
その様子にあのナイトノワールの双子の影はもう消えていた。


殺し損ねた、双子の少女。
殺してしまった、2人の少女。


気がついた時には全てが終っていた。
2人の少女は倒れ、醜く屍を晒している。
嬲り殺された少女たち。
嬲り殺した自分。
改めて眼帯を着けなおすと、大きく息を吐いた。
血に染まり、重なるようにして死んでいる少女たち。
それはまるで赤い服を着た仲の良い双子が寝ているようで――。
何故かまた、あの双子の少女を思い出してしまった。


「そろそろ帰りましょうか…」
もうアチラの方も片付いている事だろう。
ゆっくりと歩き出す。
二人の少女の骸を残して…。


途中で逢魔と合流し、仲間の魔皇達の所へと戻る。
作戦の終了を告げに。
潜伏していたマティア神帝軍を殲滅。


作戦、終了。


依頼、達成。


【END】