<バレンタイン・恋人達の物語2006>


ホワイトバレンタイン

 思い付く限りの好きなものを挙げたとき、きっとその中には雪が入る。白く綺麗なその存在がとても好きで、音を殺すぞっとするような静寂を生むその存在が好きで。
 誰かと見るなら、キミが良い。キミの隣で見られる雪なら、それが何を意味しようとも構わない。
 死でも。
 破壊でも。
 今思い付く願いがこれだけなんて、全く自分というやつは本当に幸せ者だと自覚してしまう。
 それくらい、キミがいること以外には何も求めていないんだ。

 当然であるとは思っていたが、バレンタイン当日ともなれば女性陣男性陣問わず心なしか落ち着かない。無駄にクールを装っている人もいることはいるのだが、実は全く効果を為さないことも、平時やる気成分皆無の人間が急に大増量セールを開催したところで、何を今更という気分が増すだけしかない。
 と、それは一般的な意見であって、彼氏も彼女もいない人間らの意見であって、実際に好きな人がそのような反応をしていたらいじらしくて堪らないというのが本音。こちらも知らぬ存ぜぬを通すのもまあ良いだろうが、さて、それも少し意地悪過ぎるというものだろうか。
 結論として、今日くらいは素直に行きましょうという話。
 予め注文しておいた花束を受け取ると、これ見よがしにとショーウィンドウにはチョコレートが綺麗に陳列されていた。
 自分が食べたいという本音もあるが、あげたら喜ぶなという顔が浮かんで迷ってしまう。

 そして気付いたら、待ち合わせ時刻を当に過ぎていた。

「以上今迄のあらまし兼弁解、っと」
 クライズ・アルハードは少しだけ足を速め、針葉樹の生い茂る街並みの丁度中心を闊歩していた。両脇ですれ違うカップルに幾度か視線を向ける。淡い光を放つ灯りは彼らの表情を僅かにしか窺うことを許さなかったが、感じる雰囲気は暖かいものであることには間違いはない。
 滲み出る幸せを噛み締めるように顔を綻ばせ、自然とにやけてしまうのが抑えられない。一人で歩いている今の姿でさえ、見る人が見れば幸福そうな姿に見えるのだろう。
 両手に紅い薔薇の花束。
 花言葉は言うまででもなし。
 悟ってくれなくても構わない自己満足の類の一つであるのだが、伝われば良いなと思う程度のことであるのだが……気付いてくれたら、本当に嬉しいと思う。うん、嬉しいな。独りよがりでも、それは構わない。

 ふと心をよぎるのは、些末な不安。

 例えば、好きな人の横に立っている存在は、果たして自分で良いのだろうか。
 例えば、この気持ちは重荷になっているのではないか。
 例えば……。
「ったく、らしくない、な」
 止めどなく流れる不安を、言葉に静止の意味を与えることで無理矢理停止させる。思考の停止、或いは感情の抑制。
 所詮、一個人がそれ以上の存在になることは不可能に限りなく近いものであり、他人の気持ちをそれこそナノ単位での狂いを認めない程の厳密さを要求することは不条理なことであり、ただ一人で考え悩む以上の意味はそこには存在しない。
 いつだって、悩みを共有することなんか、出来やしない。
「雪が降れば、ホワイトバレンタインって最高の状況なのに、今年は降らないのかな……」
 不安を紛らわすには、どうでも良いことを言葉にするのが一番だ。クライズは敢えてそうしてみるものの、それなりの成果をみせているようにも到底思えたものではない。
 はーっと出た白い息は綺麗に上空へと昇っていく。冬に特有の澄み切った空には、欠けた月が白い光を放っていた。星は見えても、星座の名前までは良く分からない。名は共通ではないから仕方ないとしても、それ以上は何も分からない。
 不安はつのる。
 口に出した途端に重みになるから、決して言えない。だからと言って、抱えて続けるだけの根気があるかと問われれば、どうだろう。のらりくらりと話題を回避するのは得手であっても、好きな人の前でも表情に出さない自信ははっきり言って、ない。
 それは恐らく、数少ない弱みの一つかもしれない。そうだとしたら、かなり情けない話でもある。自分自身の弱みが、一番恋焦がれている相手なのだから。
 程なくして、待ち合わせの場所が目前に迫る。そうしなくとも見えるのだが、僅かに目を細めると、見知った人影が立っているのが視界に入る。雪が降っていないせいでその姿があまりに白くなっている訳ではないが、待たされているが故に寒そうなのは確かだ。どこかの賢人は<待つのもデートの内>だという名言を残しているからして、これもデートの内なのだろう。
 さて、問題は今迄悶々と考えていた己への問い掛け。結果は未だ出ず。
「どうしたものかな、全く。うん、これは本当に、困った問題だ」
 それでも一つだけ言えることがあるとしたら、好きな人に対するこの感情だけは疑いようもないこと。そして、一緒に過ごせるときを幸福だと心の底から思っていること。
 全く、それだけで充分だと思える自分がいることに呆れながら、クライズは心なしか嬉しそうに足を少しだけ速めた。





【END】

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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【w3h973maoh/クライズ・アルハード/男性/22歳/残酷の黒】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

聖・バレンタインということで甘々な話をとも考えていたのですが、それはサブ的な要素としてメインには葛藤の方を置いてみました。
この後の二人のやり取りが愉しみだと思いながら、非常に気になる場面で終わってしまったのが個人的に残念だと思いました。
機会があれば、別の場面でお逢いしたいと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝