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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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教師なんですよ?
●美味しく作りましょう
新東京・神魔人学園――トリニティカレッジとも呼ばれるこの学園は、様々な学校の集合体である。高等部や大学など普通の学校はもちろん、警察学校まであるのだからその規模と幅広さは分かってもらえるだろう。
さて、そんな神魔人学園の高等部ではちょうど授業の真っ最中だった。時はバレンタインデー前日のことである。
「炒めるのは、ごま油でです。サラダ油でも構いませんが、風味付けのためにはやはりごま油をまず強火で……」
家庭科室では調理実習が行われていた。前方教壇前では、ごま油の入った瓶を手にしたラディス・レイオールが生徒たちを相手に、ごま油を使う理由を丁寧に説明している所だった。
各々のテーブルを見てみると、ささがきされたごぼうやスライスされたれんこん、千切りされたにんじんなどの根菜がボウルに入っていた。他にとうがらしもあったことから、どうやらきんぴらを作るようである。
やがて、あちこちからじゅうじゅうとフライパンで物が熱せられる音が聞こえてきた。ごぼうやれんこんを炒め始めたのだ。
「しんなりして油が回るまで、丁寧に炒めてくださいね。くれぐれも焦がさないように」
テーブルの間を回りながら、各々の様子を窺うラディス。そして火力の強すぎる班にアドバイスをする。
「ああ、それは火を弱めた方がいいですね。しばらくは予熱がありますから、それで十分炒められます」
意外と忘れがちだが、火を弱めたり消したからといって熱せられたフライパンはすぐには冷めない。徐々に温度は下がってゆくのだ。もし急激に冷ましたいのなら、濡れ布巾にフライパンの底を押し当てるのが確実だろう。
「どうですか、しんなり油も回りましたか? そうしたら、先に合わせていた調味料を加えて、汁気がなくなるまで炒めてください」
「先生、お醤油だけじゃダメなんですかー?」
調味料を加えるよう指示したラディスに、生徒の1人から質問が飛んだ。
「うーん、ダメとは言いませんが、お醤油だけではやはり味も単調になりますね。よいお醤油を使うならまだしも、やはり誰かに食べさせてあげたいのでしたら、みりんにお砂糖、それからだしと合わせた方がいいでしょう」
少し思案してから、きちんと質問に答えるラディス。男性だがさすがは家庭科教師、その技量は確かなようだ。
そうこうしているうちに、無事にきんぴら完成。ラディスは試食に入った各テーブルを回り、完成品の味見を行う。
「……ちょっとお醤油が多かったですかね。次は少し抑えるといいでしょう。これはこれでご飯が進みますけど」
よい所にも触れつつ、改善点はきちんと指摘するラディス。元来のんびりとした雰囲気と丁寧な口調ゆえ、注意しても空気はぴりぴりとはならない。生徒も納得してその指摘を受け入れていた。
「それでは今回の調理実習はここまでです。片付けを済ませた班から、順次解散して結構ですよ」
各テーブルの味見を済ませたラディスは、最後にきんぴらを作る上での要点にいくつか触れてから、調理実習の終了を宣言した。と、途端に何人もの女子生徒たちが教壇を降りようとしていたラディスの元へ殺到した。
「先生っ、チョコの作り方教えてください!」
「湯せんって、チョコをお湯に入れればいいんですかっ?」
「簡単だけど豪華に見える方法知りませんか、先生!」
「どーして今日チョコの作り方やってくれなかったんですかー!!」
女子生徒たちが口々に言うのは、時節柄やはりチョコレート絡みばかり。何しろもう明日なのだから切実であるのだろう、皆。
(予定変更すべきでしたか)
ラディス思わず苦笑い。先に立てていた予定通りにやっただけなのだが、女子生徒たちにとっては今はきんぴらよりチョコレートであったようである……。
●仮面の印象
一方同じ頃、美術室では当たり前のことだが美術の授業が行われていた。教えるのは仮面の美術教師、ヒール・アンドンである。
「さて、今日は先日作った仮面に彩色を施してもらう。紙粘土で同じように仮面を作ったが、形は同じでも色彩などが異なればその印象はがらっと変わることを、完成後その目で確かめてもらいたい」
サンプルの仮面を手に、生徒たちへ説明するヒール。題材となる物こそちと謎だが、狙いとしては悪くない。色彩による印象の違いを教えるのも、れっきとした美術の授業の一部であるのだから。
「この例は日常生活でもみんな目にしていると思う。例えば同じデザインのドレスがあるとして、色が白か黒か違えば印象は違って見え……」
ヒールは具体的な例を挙げてなおも説明を続ける。と、後ろの方で女子生徒2、3人がひそひそ話を始めた。
「……だよね?」
「かもねー……」
「例が例……だもん」
そのひそひそ話がヒールの耳にも届いたか、ヒールは大きく咳払いをした。ぴたりと止まるひそひそ話。
「あー……あまり説明が長くなっても退屈だろうから、話はこのくらいにしてさっそく実技に入ってもらう。さあ、思うまま自由に筆を走らせるんだっ!!」
あのー、ヒール先生。彩色の技術は説明しなくていいんですか?
「技術は後からついてくる!」
……はあ、そういうものですか。
「分からない所があれば聞いていいから」
ともあれヒールは、彩色を始めた生徒たちの間をゆっくりと歩いて様子を見て回り始めたのだった。
「確かめようか……」
「……いいかも」
「明日……あれだっけ」
先程の女子生徒たちによるひそひそ話が再び始まったことに、気が付かないまま。
●大漁です(でも喜べない)
そしてバレンタインデー当日。
「せーんせ」
休み時間、家庭科準備室で仕事をしていたラディスの所へ、女子生徒が後ろ手でやってきた。
「はい、何か質問ですか?」
にこりと笑みを浮かべて応対するラディスの目の前に、綺麗にラッピングされた包みがすっと差し出された。
「チョコ、食べてください☆」
「あー……今日はそういう日でしたね」
女子生徒のチョコレートを嫌な顔せず受け取るラディス。よく見れば引きつった笑みであることは簡単に分かっただろうが、女子生徒は渡すのに注意がいってそこまで気付いていなかった。
と、突然家庭科準備室の扉が開かれたかと思うと、そこには女子生徒の集団が。
「あっ、抜け駆けずるーい!」
「先生、先生! あたしもチョコー!」
「愛情いっぱい詰まってまーす♪」
そんなことを口々に言いながら突入する女子生徒たち。はてさて、今日1日でどれだけチョコレートが来るのやら。
同じ状況は美術準備室のヒールにも起こっていた。
「ヒールせんせっ、これで今度の成績お願いねっ!」
「チョコで仮面作ってみたんです☆」
「先生……私の気持ちなんです……」
休み時間毎に誰かしらやってきては、仕事中のヒールにチョコレートを渡してゆくのである。まあ思惑は各々違っているのだが……。
「せんせー、余ったからあげるー」
「ちょっと待ていっ!」
さすがにこれにはヒール、すかさず突っ込んだ。
「余り物渡してどうするっ?」
「えー? だって無駄にするのももったいないしー。それにー……」
「それに?」
「嫌がらせ!」
びしっと親指立ててぺろりと舌を出した女子生徒に、仮面で詳しい表情こそ分からないがヒールはげんなりとした。
「だったら他の男子生徒にでもあげろと……」
ぶつくさ文句言うヒールであったが、件の女子生徒はそれを聞くことなく美術準備室を出ていった……。
●既婚者たちの嘆き
その日の放課後、ラディスはヒールの居る美術準備室へ現れた。両手にチョコレートの入った紙袋を提げて――。
「参りましたねえ……」
開口一番、溜息を吐くラディス。
「……参ったなあ」
それに返すヒールもやはり溜息を吐く。机の上にはてんこもりのチョコレート。
「既婚者なんですけどねえ」
「既婚者なんだけどなあ」
そして両者同時に同じことをつぶやいた。やはり既婚者である自分たち、こうして大量にチョコレートをもらってしまうのはどうかと思う訳で。嬉しくなくはないのだが、やっぱり複雑。義理が大半であっても、中には真剣なのも1つ2つ混じってるようだから、これまた困る。
「うーむ……食べずに捨てるのはまかり間違っても出来ないしな」
思案するヒール。捨てるのは論外。食べ物を粗末にしてどうするんだという話である。それにそんなことをしては、せっかくの気持ちをも粗末にしてしまうことになる。
「いっそ全部溶かして、ケーキやクッキーに転用してみますか」
やはり思案顔のラディスがそんな案を出す。このまま持って帰っては丸分かりだが、溶かして手作りのチョコケーキやチョコクッキーなどに変えてしまえば分かりにくくなるはずである。何度かに分けて持って帰れば、なおいいかもしれない。
「何にせよ、手紙だけ先にどうにかするか……」
そう言ってヒールは机の上のチョコレートの包みに手を伸ばした。こういう時、既婚者にとって一番危険なのは手紙である。何にもないけれども、万一とんでもない内容の手紙が見られてしまった日には……!
「……ですよねえ」
うんうんと頷きながら、ラディスも紙袋の中へ手を入れた。
しばらくの間、もくもくと手紙の処理を行う2人。と、不意にヒールの手が止まった。
「……あ……?」
表情こそ見えぬが、ヒールは明らかに絶句していた。不思議に思ったラディスが、ヒールの手にしていた手紙をひょいを横から覗き込む。
「どうしま……し……いっ?」
それを見るなりラディスも絶句。手紙と思ったそれは、実はチラシであった。そこには大きな文字でこのように記されていた。『やどりんファンクラブ・レイディアファンクラブ会員募集』と。
「…………」
「…………」
無言で顔を見合わせる2人。『やどりん』とはヒールの、『レイディア』とはラディスのこと――だがそれは、某同好会でコスプレさせられた時で使われる名前で、その正体まではばれていないはず。
だけどそのはずなのに、何故こんな物がここにあるのか?
謎のチラシの存在に、ラディスもヒールもただただ唖然とするばかりであった……。
【おしまい】
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