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<東京怪談ノベル(シングル)>
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−シアワセノカタチ− 第1話
真っ赤なヴァージンロードをゆっくりと進んでゆく花嫁は、一点の曇りもない純白のウェディングドレスを身に纏い、まるでそれ自体が可憐な一輪の花であるかのように美しかった。
ステンドグラス越しに差し込む光はとても眩しくて、まるで天から与えられた福音のようですらある。
そんな神聖な輝きに包まれて、これから共に人生を歩んでゆくことを誓い合った2人は、お互いの顔を愛しそうに見つめて幸せそうに微笑んだ。そしてそれを見守る人々の顔も一様に優しく、幸せに満ち溢れている。
ただ、その中にひとつだけ、周囲とはまったく違う表情が混ざっていた。
ぱっと見では男の子か女の子か判別がつかないような、とても可愛らしい子供だ。ただ、まるで人形のように無表情で、それが本来持っているはずの魅力を半減させてしまっていた。
柔らかな髪の間から生えた猫の耳が、なんだか頼りなさそうにしゅんと垂れている。同じく服の隙間から覗く長い尻尾も、機嫌の良い時には元気よくぱたぱたと跳ね回っているはずなのだが、今はまるで飾り物のようにぐったりと動かなくなってしまっている。
(お兄ちゃん……)
その子供―――ラムは、花婿をじっと見つめたのち、苦しそうに眉をしかめてふいっと視線を逸らした。幸せそうな新郎新婦の姿を見ているのは耐えられない、といった様子で。
(大好きなお兄ちゃんが、あんなに幸せそうにしてるのに……僕はどうして嬉しくないのかな……)
胸の中に渦巻く、もやもやした想い。
大好きな人の新しい門出なのだから、心から祝福しなければ。心の中の自分が言う。
でも、素直に喜べない。2人の姿を見ているのがつらい。もう1人の自分が言う。
ふたつの声が激しくせめぎ合って、ラムはつらくて苦しくて仕方がなかった。いっそのこと何も考えずにいられれば楽なのに……そんなことさえ考える。けれども、極力考えないように心がけてみても、ふとした瞬間に再びどこからともなく声が湧き上がってきて、また終わりのない言い争いが繰り返される。
(お兄ちゃんとお姉ちゃん……好きな人同士結婚したんだし……祝わないといけないのに……なんでこんなに胸が苦しいんだろ……)
ラムは知らない。
自分がその人に対して抱いている想いの正体も。花嫁と花婿の姿を見て苦しくなる理由も。
それを知るには、ラムはあまりにも無垢で幼かった。
(……僕はきっと悪い子なんだ……だからお兄ちゃんたちを祝ってあげられないんだ……)
そんなふうに自分を責めてみても、何が変わるわけでもない。
ただ、何かが心に引っかかった。
そして記憶の糸を手繰り寄せて、ラムはあることを思い出していた。
それはドラマの中のワンシーン。
たまたまテレビをつけたら放送していて、他に面白そうな番組もなかったので、ぼんやりと眺めていた……そんな何気ない一場面が唐突に甦ってきたのだ。
『彼が幸せでいてくれたら、それでいいの。だから私のことは気にしないで』
こう言って、淋しそうに微笑む女性。
もう1人の友人らしき女性が、心配そうにそれを見つめている。
『本当にそれでいいの? あなたの気持ちはどうなるの? あなただって、あんなにあの人のこと愛してたじゃない』
『確かに、彼を想う気持ちがなくなったわけじゃない。今でも彼のことが好き』
『だったら……!』
なおも説得を続けようとする友人の言葉を遮って、女性は微笑んだ。
淋しそうに。つらそうに。でも、揺るぎない意思に彩られた瞳で。
『それでも、あの人が幸せでいてくれることが、私にとって一番の幸せだから……』
まだ幼いラムには、愛や恋というものはよく分からない。
けれども、その台詞の意味は何となくだが理解できる。
(大好きな人が幸せでいてくれたら、自分も幸せってことだよね……)
たとえその大好きな人と一緒にいられなくなったとしても、その人が好きな人と共に幸せに暮らせるのだとしたら、自分もその幸せを心から祝い、同じように幸せになることができる。つまりはそういうことだろう。
けれども、意味は理解できたとしても、その気持ちに共感することはできなかった。
大好きな人が幸せそうにしているのに、自分は幸せではない。
彼と同じように微笑むことなんてできない。
ただ、苦しい。
ひたすらに苦しくてつらい。
(……やっぱり僕は、悪い子なんだ……)
そう思うといたたまれなくなった。
“お兄ちゃんが幸せでいてくれたら、それだけでいい”―――あのドラマの中の女性のように、そんなふうに強く言い切れたらどんなにいいだろう。でも、どうしてもできないのだ。理屈ではなく、心がそれを拒む。どうしてそんなふうに思うのかも分からないのに……
「誓いのキスを」
不意に、神父の声が思考の隙間に割り込んできて、ラムははっとなって顔を上げた。
慌てて前を見ると、そこでは今まさに新郎が純白のヴェールに手をかけ、花嫁にくちづけを送ろうとしているところだった。
まるでナイフでも突き立てられたかのように、ずきりと胸が痛む。
周りの人たちは皆、新郎新婦に気を取られていて気付かなかったが、ラムの顔は血の気が引いて真っ青になっていた。
(苦しいよ……)
ぎゅっと胸を押さえると、その手の甲にぽたりと一滴、何かが落ちる。
無意識のうちに、ラムの瞳からは涙が溢れ出していた。
(あぅ……なんで……これ……涙……?)
どうして自分が泣いているのかも分からないまま、ラムは涙を流し続ける。止めようと必死になっても、それは一向に止まってくれる気配がなかった。
それから頭が真っ白になって―――その後どうなったのか、もはやおぼろげにしか覚えていない。
やがて結婚式が終わった後、ラムは忽然と姿を消してしまった。
誰にも何も告げず、書き置きすら残していかなかったため、行き先はまったく分からない。
ただ、新郎新婦への祝いの品だけがぽつりと残されていた。
ラムが一体どんな想いでそれを置いて行ったのか、知る者は誰もいない。
「お兄ちゃん結婚おめでとう……。そして……さようなら……。……ごめん……なさい……」
その呟きは、誰にも届くことはなかった―――
To be coutinued...?
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