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<PCゲームノベル・櫻ノ夢>
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桜色の子守唄
「どこかの森で、大きくて綺麗な桜が咲いていて……」
「酒を飲みながら見るにはもってこいのな。桜の花びらがそれは綺麗に光っていて」
「ところが、その木の下には一人の女の子がぽつんと立っているんだ」
「可愛い女の子だろ? 何か探しているらしい。宝物だとか何とか」
「お母さんじゃなかったか、何か迷子になったらしい」
「俺はお父さんだって聞いたぞ」
それは街角の──ありふれた話だと片付けるには、少々広まりすぎていた噂話。
いずれにしても、共通しているのは──『桜の木の近くで、桜色の髪の少女が何かを探している』らしいということ。
親兄弟、友人、ふかふかのクッション、金の鈴の黒猫、てのひらいっぱいの宝石、見たこともない花の種、なくしてしまった御伽噺の本、精霊の歌──……女の子が探しているものは、それこそその『夢』を見た者の数以上に存在していた。
──その夢には続きがあるらしい。
少女が探しているものを見つけることができたなら、その女の子が何でも願いを叶えてくれるのだと。
ただの尾ひれなのかもしれないし、もしかしたら本当の話なのかもしれない。
しかしながら、まだ少女が探している『何か』を見つけた者はなく、だから、少女によって願いを叶えられた者もまた、いないのだ。
まるで桜に包まれたような不思議な夢を見たのは、そんな話を小耳に挟んだ日の夜のこと。
「ねえ、あなたは……わたしが探しているものを見つけてくれる?」
それは、風に舞う小さな桜の花が運んできた、一つの物語。
*・**…・・
「うわあ……綺麗だなあ」
夜空に舞う、星のような花びら。
こんなにたくさんの桜を見るのは、たぶん初めてだった。しかも硬いコンクリートの上に窮屈そうに並んでいるわけでもない──ありのままの姿で、ただそこにあるなんて。
何だか嬉しそうに、楽しそうに見えたのは、きっボクの気のせいなんかじゃない。一人で見るのがもったいないって、そんなことまで思ってしまうくらい。
──皆でお花見できるといいなあ。ボクはそんなことを思いながら歩いていた。
こんなにも綺麗なのに。
こんなにも嬉しそうに咲いているのに。
だけど、どうしてだろう。
大きな大きな桜の樹を見上げていたその子が、とても寂しそうに見えたのは。
ああ、きっとこれは夢。誰が話していただろう、不思議な、夢のお話。
何かを探す少女の話。何を探しているのかは、わからない。
──探し物は、まだ見つかっていないのだろうか。
「キミが『桜の樹の少女』だね。探し物なら、お姉ちゃんが一緒に探してあげるよ♪」
振り返ったその子がにこりと笑ってくれたことに、ほっとする。
「わたしのことを、知っているの? あなたは、だあれ?」
「ちょっとだけ、だけどね。でも、もっとキミのことを、色々と知りたいって思うよ。ボクの名前はクリスクリス。 ──クリス、だよ!」
噂に聞くだけでなく、こうやって出逢うことができたのだから。噂ではないと、本当のことだと、そう思える喜びは何という奇跡だろう。
「……ありがとう、クリス。──とても、とても嬉しい」
「ボクがここに来たのも、きっと理由があるんでしょ? 思うんだ。もしかしたら、ボクが──自分の探しもの、見つけたからかな……って。だからキミの力になれると思うんだ。ボクもずっと探していたものを、見つけることができたから」
「──あなたも、何かを探していたのね?」
ボクは頷いた。探していたもの、それはボクの命、魂──きっと魂よりも大切なひと。
「うん、ボクが生まれてからずっと探していたもの。それはね……ボクの主──魔皇さま。逢魔であるボクと、この世の誰よりも、何よりも、強い強い絆で結ばれた……ボクだけの魔皇さま」
胸に手を当てる。どきどきする。あのひとのことを思うと、それだけで心が満たされる。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいけど。
「だから、キミが大切な物を探している気持ち、良く分かるんだ!」
そんなひとが、そんな存在が、この少女にもただ一つでもあればいいと、願うことは許されるだろうか。
「絆……」
少女は何かに祈りを捧げるように、両手を胸の前で組み合わせて目を閉じた。ボクも同じように、両手を組み合わせて目を閉じた。
この子は何を思い、何を求め、何を願っているのだろう。
きっと色々な人が色々なことを感じて、考えた。だからあんなにも噂になっている。
──ボクも、それを少しでもわかることができるだろうか。
頬を擽る桜の花びらがくすぐったくて、思わず笑ってしまったのは内緒だ。
「聞いたよ。キミの探しもの……親兄弟、金銀財宝、伝説の中の品物……ねえ、どれが本当? キミ自身も良く分かってないのかな?」
ボクは目を開けて、少女を見やった。
少女は、不思議そうに目を瞬かせながら──寂しそうに笑っていた。
そんな顔はしてほしくない。笑顔は好きだけど、もっと楽しそうに、笑ってほしい。
どうすればいいだろう。ボクにできることは何だろう。
「……じゃあ、キミの一番側にいるひとに、聞いてみようか」
この子をずっと見守ってきただろう、ひと。人と呼んでいいのか、わからないけれど。
ボクは桜の木を見上げた。どんなに降っても止まないと思えるような──降り続く花びらの雨は、とてもあたたかいと感じた。
「あなたがこの子を護っているなら、この子を想っているなら、何を探せばいいか、教えてくれませんか? ボクが魔皇さまと出会って、欠けていた心が満たされたように、彼女の心も、本来の姿にしてあげたいと思います」
──それとも彼女は……それが目の前にある事に気付いていないだけ?
見上げていた桜の木が、まるで問いかけに答えてくれているかのように、きらきらと──その輝きを増した。
夜なのに昼間みたいに明るくなって、とても眩しいけれど、とても、綺麗──
世界中がこんな風になったら、争いはなくなるんじゃないだろうか。世界は美しいって言う人の気持ちが何となくわかるような、そんな光景だった。
「……ずっとずっと、ずうっと昔。世界はとても綺麗だった」
少女は──やっぱりどこか寂しそうに笑いながら──桜の木に寄りかかり、呟いた。伸ばした手のひらが桜の花を握り締める。
「朝焼けの色を知っている? 獣達が木漏れ日の下で踊る姿や、あなたの髪や瞳の色に似た星が歌う空を、見たことがある?」
きっとこの子は遠い昔を知っているのだろう。ボクはそう思った。彼女の瞳に焼き付いている光景は、どれほどまでに美しいのだろう。
「わたしは、そんな世界をあなたに知ってほしい。いいえ、そうね……わたしがこの世界にいたことを、あなたがここに来たことを、覚えていてほしい」
それが、彼女の探し物。探し物と言うよりは、きっと、願い。
そして、空に光が差した。
「夜が、明けるわ」
お別れなのだと、思った。だって、これは夢だから。醒めない夢などないのだから。
「ねえ、ボク達、また逢えるかな」
だけど、ボクはそう聞いていた。不思議な夢、忘れたくない。もう一度、何度でも逢いたい。
今度は一人じゃなくて、皆で、逢いに来たい。もっともっとたくさんの人に、出逢ってもらいたい。
「──ええ、きっとまた逢える。だってこうして、出逢えたんだもの」
「そうだ、ねえ! キミの名前を教えて──」
「……わたし? ──わたしは……」
唇が動いたように見えたけど、何と言っていたのかは聞き取れなかった。
それが、夢の終わり。
*・**…・・
握り締めようとした手は何も掴めなくて、その代わりに耳に叩きつけられるように響いた鐘の音でボクは飛び起きた。
見慣れた部屋の風景の中で、目覚まし時計が一生懸命朝を告げている。
「うわわわっ、遅刻しちゃう!」
どんなに素敵な夢の後でも、現実は決して待っていてはくれない。
忙しなく始まる、いつもと同じ日常。
けれど不思議と、気持ちは穏やかで。
ああ、きっと、きっと桜が咲いたから。
ボクは部屋の窓を開けて、お日様と風の匂いをたくさん吸い込んだ。
感じる、花の香り。あの子が笑ってくれたような気がして、何だかとても嬉しかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【w3c964ouma/クリスクリス/女性/16歳/ウインターフォーク】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。この度はご参加頂きまして、誠にありがとうございました。
クリスクリス嬢の元気な部分を描写できていれば、と、切に願うばかりです。
拙い作品では在りますが、櫻の夢の物語のひとつとして、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
羽鳥日陽子 拝
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