<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


渚の最凶コンビ

 降り注ぐ陽射しが、海水浴客たちの小麦色の肌に照り返す。
 じりじりと、太陽が砂浜を焦がしている、そこは真夏のビーチである。
 波打ち際ではしゃぐ子どもたちの歓声、浜茶屋の賑わい、ラジオから流れる音楽……。神帝軍の支配を脱した世界の、なんと、感情ゆたかな、めくるめく色彩に充ちていることか。
 そんな感傷を、一瞬でも彼女たちが抱いたかどうか。
 ビーチの一角に、人だかりが出来ている。
 ときおりあがる歓声や拍手。

 ザッ、ザッ、ザッ――

 そこへ近付く、砂を踏む足音。
 ああ、誰が知りえただろう。それが、阿鼻叫喚の、惨劇の足音であると。

「受付はこちらですの?」
 係の男は、目を上げたところに、オレンジ色のあざやかなビキニを見る。いや、正確にはビキニに包まれた、ゆたかな胸を、というべきだっただろうか。
「えっ、ああ、参加ですか――?」
「飛び入りでも構わないのですよね?」
「ええ、もちろん。大歓迎です!」
 にこにこと、男はふたりの参加を認めた。
「ですって。参りましょう、霧江さん」
 オレンジのビキニ――静夜は連れの、赤いワンピース水着を振り返った。
「本当にやるのか」
「賞金もでるそうですし。さあさあ」
 手を引かれながら、九尾霧江は、億劫そうに、かけていたサングラスを外した。あらわれた、切れ長の目を細め、会場を見渡す。
 砂浜の上に張られたコートと、それを取り囲む段状の観客席。

 飛び入り歓迎! 男女混合ビーチバレー大会

 そんな文字の躍る横断幕が目にとまった。
「ま、たまにはこういうのもよかろう。……だがやるからには、手加減は無用だぞ」
「もちろんですわ」
 霧江もまた、モデルもかくやといったプロポーションの持ち主である。白い肌の、日焼けが気にならぬのだろうかと思うが、赤い水着はその肌にひどく映え、また、フロントの大胆な編み込みの隙からのぞく胸元がすれ違う男たちの目を奪う。
 それでなくても人目を引く容姿のふたりである。男女を問わず、飛び入りを宣言したふたりを、人々の視線と囁きが取り囲んだ。
 その中にこそこそとカメラを抱えて動くあやしい人影の姿があり。
 きらり、と霧江の目が光ったことに、そのとき、気づくものはいなかった。

「はっはっは、これは可愛らしいお嬢さん方だ。お手柔らかになァ」
 対戦相手は、見るからに屈強な体格の男二人組だった。
 男女混合という時点で、多分にお遊び的な性格の強い娯楽イベントのはずなのに、こういう本気度満点の手合いが参加しているのはどうかと思うが、誰でも飛び入り可というオープンさなのだし、仕方あるまい。
「はい、よろしくお願いします」
 にこりと微笑む静夜。さして表情を変えない霧江。
 男たちのサーブで試合がはじまる。
 誰もが、さほどの時間もかからず、男たちの勝ちに終わると思った。せめて、それまで、ふたりの水着姿を堪能できればそれでよいか。
「はいっ」
 手加減のつもりか、放物線を描いて到来したゆるやかなサーブを、静夜がトス。
 そんな動きはとっくに見越して、余裕の笑みで、男たちの筋肉がネットの向こうに壁を……
 ごう――
 と、唸ったのは風か。
 霧江のアタックが、ボールを、男たちの背後、かれらのコートの中央の砂に、半分ほど埋めていた。ぶすぶすと煙が上がっているようなのは気のせいだとしても。
 ピッ、と得点を告げる審判のホイッスルがだいぶ遅れたのは、誰ひとり、彼女のアタックが見えなかったからだ。
 一拍置いて、どっと、歓声が客席を揺るがした。
「……ほ、ほう……」
 男のクルーカットのこめかみに、ぴくぴくと浮かぶ血管。
 浅黒く日焼けしたその頬には、しかし、ボールが通り過ぎたときの風圧によるものか、切り傷が浮かび、すうっと血が垂れてきていた。
「やるじゃねぇかぁ」
「はい、やります♪」
 静夜の笑顔に、男たちの魂に火がついたようだ。
 しかし――
 結論からいうと、まったく敵ではなかった。
 男たちはそれなりに機敏で、一度は霧江のアタックをレシーブすることはした。だが。
「重ッ!」
 そのままなかば埋もれるように、地にねじふせられただけであった。球を受けた腕にありありと残る、その跡。
 それでも不屈の意思で立ち上がったものの、次の攻撃――むろん攻撃といってもあくまでバレーの、という意味だ――はレシーブさえし損ねて、ボールが男の腹を直撃。あえなく轟沈となった。
 歓声と、ちょっと微妙などよめきとが交錯する中、屈託なく(あるいは屈託ないふうを装って)Vサインで愛嬌をふりまく静夜。かたわらで霧江は汗ひとつかかずに、どこかけだるげな表情で、髪をかきあげる(またつまらぬものを斬ってしまった、と言った風情であった)。そしてふたりの後ろを、男を乗せた担架が通り過ぎてゆく……。
 しかし、これは始まりに過ぎなかったのである。

 本気モードの連中でさえそうなのだから。
 ナンパ感覚で、あるいは連れの女の子にいいところを見せたくて参加した男たちなど、嵐の大海に浮かぶ小舟も同然であった。
「はい、次!」
 全身にボールの跡を残した男たちをのせた担架が2台。
 犠牲者はそれだけにとどまらず……、あるときは、審判が、またあるときは観客が犠牲になった(かろうじてレシーブされた球も、その勢いを減じることなく、しかも明後日の方向に飛んでいってしまったことがおもな原因である)。
 死屍累々の惨状を築きながら、ふたりは大会を勝ち進んでいく。
「そーれ!」
 疲れた様子も見せず、軽快なトスを見せる静夜。
 ビキニの胸が揺れるその瞬間――、歓声の中にかすかに混じる音を、霧江の聴覚は聞きもらさない。すなわち、カメラのシャッターを切る音だ。
 だん、と、霧江が打ったアタックは、しかし、それまでの猛攻からすれば、驚くほどゆるやかなもので。
 これはしくじったか、と、おお、とどよめきが漏れる中、相手は今がチャンスと、ディフェンスで応じる。
 弾き返されたボールを、霧江がさらに打ち返した。
 おお〜!と再びどよめき……というか、悲鳴。ボールがものすごい勢いで客席側に飛来(襲来)したからだ。蜘蛛の子を散らすように人々の波がさあっと引く中、ボールはひとりの男に真っ向から命中していた。
 ごとり、と昏倒した男の傍に落ちるデジカメの画面に、一瞬、霧江と静夜の、胸元やらおしりやらをクローズアップした画像が浮かび、そして、ふっ、とブラックアウトした。煙を吐いて、デジタルカメラは絶命する。
 むろん、コート外もいいところに球が落ちたので、レシーブとしては失敗なのだが、目的は果たしたわけで、こんなものすぐ取り返せると、涼しい顔の霧江。ちらり、と彼女が見遣った別の方角で、同じようにカメラを手にした男たちが、青い顔でこそこそとその場を離れていった……。


 ピィィ――――――――――ッ!

 響き渡るホイッスル。
 それが決勝戦の勝敗が決した瞬間であり、
 対戦相手が、本日、何番目の犠牲者となるかはもはや定かではないが、とにかく、殺人アタックの餌食と化して砂に顔をうずめた瞬間であり、
 霧江と静夜の優勝が確定した瞬間であった。
 これでもうボールから逃げ回らなくてもよいのだ、という安堵の気持ちをこめた歓声が、客席から怒濤のようにあがった(流れ弾に沈んだり、逃げ出したりして、段状の席は歯抜けだらけだった。それでも席にとどまり続けた男たち――ふたりの胸やおしり目当て――こそ、その鉄の勇気を讃えられるべきであろう)。

 優勝トロフィーを手に、小悪魔の笑みの静夜と、まあ、こんなものか、と言った「軽く汗を流したわ」くらいの顔つきの霧江が、記念撮影のファインダーに収まる。
 パシリ、とシャッターが降りた背後には、ものいわぬ屍の山。
「おめでとうございます! こちら優勝賞金と――」
 祝儀袋とともに、主催者の差出しのは……優勝賞金をかるく上回る金額の請求書。
 いわく、設備の修繕費、賠償金、負傷者の治療費・慰謝料……。
 満面の笑みでにこやかに見つめ合う、主催者と静夜。
 彼女は祝儀袋だけをむしりとると、請求書のうえにさっと一枚の名刺を差出した。
「ソレは、ココ宛で、よろしくですわ」

 名刺には、喫茶シュバルツバルトの店名と住所、そして、「店長」という肩書きの男の名前が記されているのであった。

(了)