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<東京怪談ノベル(シングル)>
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−シアワセノカタチ− 第2話
短い書き置きだけを残して忽然と姿を消してしまったラムを、周りの人たちは必死になって探し回っていた。
しかしどれだけ探しても行方は分からず、手がかりひとつ掴めないまま虚しく時間だけが過ぎていった。
それもそのはずだ。
薄汚れた雑居ビルや廃屋が立ち並ぶ場末の路地。
その中に紛れるようにしてひっそりと建つ古びたアパート……一見しただけでは人が住んでいるのかどうかさえ分からないようなそのアパートの一室にラムがいるなどと、誰が想像できただろう?
まるで人の目から隠れるようにして、ラムはそこでひっそりと暮らしていた。
この時、ラムはまだ15歳。
まだあどけなさの残る可愛らしい子供が1人で暮らすには、あまりにも似つかわしくない場所だ。
だが逆に言えば、ラムが1人で住めるような場所と言ったらこのぐらいしか見つからなかった。きちんとした管理人のいるアパートでは、保護者がいなければ部屋など貸してくれない。下手をすれば家出人として通報されてしまう可能性もある。
だからこそラムは、同じような「訳あり」の連中が集まるこの場所を選んだ。ここならば、きちんと金さえ払えば誰にでも部屋を貸してくれるし、追い出されることもない。その代わり、他の部屋の住人には一切干渉しないのがルール。ラムは同じアパートにどんな者たちが住んでいるのかまったく知らないし、ラムのことを知っている者も恐らく存在しないだろう。ただひとつ分かるのは、皆「真っ当な」人間ではないということだけ。
誰とも関わらず、誰からも干渉されない。
そんな生活を、ラムはずっと続けていた。
孤独なラムが唯一接触するのが、仕事の仲介人だった。
仕事、すなわち暗殺の依頼。
その雪のように白い手を真っ赤な血に染めることによって、ラムは日々の糧―――いや、それどころか、生活に必要なすべてのものを揃えても尚おつりが来るほどの収入を得ていた。
しかし、それにしてはラムの部屋はあまりにも殺風景だった。
ベッドや冷蔵庫、クローゼットなど、本当に必要最低限の家具しか揃っていない。テレビもないし、服だって飾り気もない質素なものがほんの数着あるだけ。食器に至っては、かろうじてカップがひとつあるくらいで、他には皿ひとつ見当たらない。台所も使った形跡がなく、そこからは生活の匂いというものがまったく感じられなかった。
―――事実、ラムの状況は「生活している」と呼べるようなものではなかった。
生きているというよりも、ただ機械的に活動しているだけと言ったほうが正しいかもしれない。
確かにラムの心臓は動いていて、呼吸をしていて、その体には血液が巡っているけれど、それはただ体が生命活動をしているだけ。心は石のように固く冷たくなってしまっていて、そこにはもうほとんど感情というものは残されていなかった。
その証拠に、ラムはただ黙々とターゲットの命を奪った。
申し訳ないとも悪いとも思わない。かと言って別に楽しいわけでもない。
そこにあるのは「無」。
プログラムされた動作をただひたすら繰り返す機械のように、何の感慨もなく、何の表情もなく、ラムは仕事をこなしていった。
けれども。
ふとした拍子に、すっかり色褪せてしまったかに思われた感情が胸に蘇ってくる。
それは切ないほどの鮮やかさでラムの心を満たしてしまう。
そうするともう、どうにもならなくなってしまうのだ。
「……独りは慣れてるはずなのに……」
呟くラムの瞳から大粒の涙が零れる。
そう、独りでいることには慣れている。独りで食事するのも独りで寝るのも平気なはずなのに。
「……昔に戻っただけなのに……なんで涙が出るの……。お兄ちゃんなんて……いなくてもなんともないはずなのに……」
お兄ちゃん。
その懐かしい響きに、また涙が溢れた。
彼がいなくても生きていける。非合法な手段とは言え、生活するのに充分な収入だって得て、こうして部屋を借りてちゃんと暮らしている。
でも、苦しい。
あの懐かしい笑顔。優しい声。彼と過ごした暖かな日々……いくら考えないようにしても、どうしても思い出してしまう。忘れたと思っても、必ず蘇ってくる。まるで寄せては引くさざ波のように。
「……お兄ちゃんも、こんなふうに……僕のこと思い出してるのかな……。それとも、もう僕のことなんか忘れちゃって……お嫁さんと幸せに暮らしてるかな……」
2人の幸せを願って出てきたはずなのに、忘れられているかもしれないと思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。
自分は何を望んでいるのだろう。
どうしたいのだろう。
分からない。
ワカラナイ。
すべての考えを振り払うかのように、ラムは自分の頭をくしゃくしゃに掻き乱した。
もう何も考えたくない。
とにかく一秒でも早く眠りの波が意識を攫ってくれることを願って、ベッドに突っ伏す。
自分にとってのシアワセが一体何なのか、ラムは完全に見失ってしまっていた。
To be coutinued...?
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