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<東京怪談ノベル(シングル)>
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戻りしまでの時を
●面会
新東京・セメベルン某所――1人の青年が1人のアークエンジェルと向かい合って話をしていた。
「……はて、何と仰られましたか?」
アークエンジェルは目の前の青年に対し、話を聞き返した。何故アークエンジェルだと分かるかというと、特徴的な姿をしているからだ。簡単に言えば、アークエンジェルは半獣人的外見を持っているから見分けがつくのである。
「だから……」
青年――魔皇・真田浩之はすぅっと息を吸ってから、先程の言葉を再び口に出した。
「セメベルンで、暮らさせてほしい」
浩之がそう言った途端、アークエンジェルの視線が厳しくなった。
「本気、いえ正気で仰られているのですか?」
当然の反応だ。セメベルンは神に属する者たちの街ゆえ、魔属が暮らそうなどとは普通考えぬことである。
「……嘘や冗談を言ってるつもりはない」
浩之は静かに、だがきっぱりと答えた。少し疲れた感はあるが、身なりは綺麗に整っている。少し前にセメベルンを訪れた時とは雲泥の差だ。
「ならば真意を聞かせていただきましょう、魔に属する者よ」
と言って、アークエンジェルはじっと浩之を見つめる。それはセメベルンの管理の一端を担う者としての責任、責務であった。
そもそも浩之が何故、アークエンジェルと面会しているのか。目的は本人の口から語られた通りだが、気になるのはそこに至るまでの経緯だ。
あることを境に黄昏れ、何もかもどうでもよくなっていた浩之だったが、つい先日のある出来事をきっかけに立ち直りを見せていた。そして自らのコネやら伝手を総動員し、何とかこのアークエンジェルとの面会に漕ぎ着けたのである。欲を言えば街の最高管理者と面会出来ればよかったのだろうけれども、さすがにそこまでは無理だった。管理の一端を担っているアークエンジェルと会うことが出来ただけでも、幸運だと思うしかない。
(……この者の真の目的はいったい……)
アークエンジェルは浩之が話し始めるのを、今か今かと待っていた。
●考えし時の猶予を我に
しばしの沈黙の後、ようやく浩之が話し始めた。
「俺は……戦って、戦って、そうして求めてきた答えに裏切られ、悩み、苦しんできた」
アークエンジェルから目を逸らさず、話す浩之。隠しごとは何もない。嘘偽りなく、自らの想いをさらけだしていた。
「……『管理された』平和と『与えられる』平穏。ここには俺の求める答えはないのかもしれない……。けど」
浩之がぐっとこぶしを握り締めた。
「けど、前大戦で、俺はインファントテンプルムから1つの可能性をもらった。だからこそ……ここで、俺に考える時間を与えてほしい」
「インファントテンプルムの……」
アークエンジェルからぽつりと言葉が漏れる。しかし、その視線は未だ浩之から離れない。
「もちろんタダでなんて虫のいいことを言うつもりはない。奉仕活動や復興支援などに協力することを約束させてもらう。……こう見えても料理の腕は自慢なんだ」
ふっと笑みを浮かべる浩之。それは面会に来てから初めて見せた笑顔だったかもしれない。
「……答えを聞かせてもらいたい」
浩之がアークエンジェルに尋ねる。またその場を沈黙が支配した――。
●結論
「答えですか」
ふう、とアークエンジェルは大きく息を吐き出した。
「答えならすでに決まっています」
アークエンジェルは固い表情のまま、その答えを口にする。
「否。ここセメベルンは我ら神属が暮らす、神属が管理すべし街。管理の一端を担う者として、魔に属する者の居住を認める訳にはゆきません」
「……そんな……」
アークエンジェルの答えに浩之が愕然とした表情を浮かべる。
「しかし――」
ところが、アークエンジェルの言葉にはまだ続きがあった。
「私にはあなたが嘘偽りを言っているとは思えません。そして、インファントテンプルムの意志」
固かったアークエンジェルの表情が、ここで緩んだ。
「居住を認める訳にはゆきません。ですが、私の一存で一時の滞在は許可いたしましょう。このパトモスにおいて、復興支援などの助けとなる力が必要なのは疑いようのない事実。それに、悩める者を無碍に追い返すことは出来ませんから。例え、魔に属する者であろうとも」
「それじゃあ……!」
浩之の表情が輝いた。
「魔に属する者、変わり者の魔皇よ。あなたの求めし答えが見付かることを祈ります」
アークエンジェルはそう言って浩之に微笑みかけた。
かくして、浩之はしばしの間セメベルンにて時を過ごすこととなる。当然人化しての滞在であるけれども。
奉仕活動や復興支援に精を出すのは、浩之にとって充足した時間であった。けれどもどこか、足元がふわふわとして、地に足の着いていない感覚を心のどこかで覚え始めていた。
恐らくは再びまた、浩之は現へと戻る時が来るに違いない。だが今は、しばしここでの時を――。
【おしまい】
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