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<東京怪談ノベル(シングル)>
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■ 復讐の刃 ■
「親友の仇を討って欲しいんだ!」
依頼主は涙を流しながら請負人へと訴えた。
「あんな…あんなやり方で…!憎いんだ、どうしようもなく…あいつの無念が俺には分かるんだ!!」
だから復讐を頼むと、依頼主は頭を深く下げた――。
**************
「俺の友人はGDHPの隊員だった…。正義感が強くて、仕事に誇りを持ってて……俺の親友だったんだ…」
頼みたい仕事があると連絡を受けた月村・心は、じっ…と依頼人の顔を見つめた。
目が赤く、頬が少し痩せている。
よっぽどその『親友』の死がショックだったのだろう、精神も追い詰められているようだった。
「あいつは裏格闘興行の調査の指令を受けてデモンズゲートへと向かった…その時はまだ元気だったあいつが忘れられない」
依頼人がぐっと拳を握った。
まるでその中に怒りや哀しみ、恨みを全て込める様に強く、強く。
「なのに…裏格闘興行の奴らに見つかって、あいつらの余興の餌にされちまったんだ!!!」
そう、それはまるで一昔前の公開処刑の様に。
依頼人の親友は、腐った客と腐った主催側の楽しみとして散った。
ぼろぼろに、完膚なきまでに、惨殺という字が正しく当てはまる殺し方で――。
「あいつの死体はほとんど原形を留めてなかったんだぞ!あんな、あんな…殺し方…!…許せるものか!!!」
握った拳がぶるぶると震えていた。
(…復讐、か)
激昂する依頼人を冷静に見据えながら、月村は小さく息を吐いた。
「だから、俺に復讐の依頼を?」
「そうだ!裏格闘興行を主催した奴と親友を殺した奴を…あの悪魔達を殺してくれ!」
依頼人はまだ気が高ぶっているのであろう。
ガタリと身を乗り出しながら月村へと訴えた。
「しかしな…」
その必死さに押されながらも、月村はその依頼を受けるか悩んだ。
元来、復讐は何も生み出さない。
己の身に溜まった恨みを果たした後に残るは虚無――。
「頼む!俺は悔しいんだ…あいつは殺される様な奴じゃなかった!お願いだ、仇を…あいつの無念を晴らしてくれ!!」
「お、おい、ちょっと…!」
渋る月村に依頼にはすがりついた。
「頼む…お願いだ…!!」
「………仕方ないか」
首を縦に振らなければ手を離さないとでも言う様な必死の形相の依頼人を見て、月村は仕方ないというように依頼人へと頷いたのだった――。
**************
依頼を受けると決まれば話は早い。
月村は迅速に装備を整え、デモンズゲートのとあるビルへと足を踏み入れた。
依頼人の話だと、挑戦者として参加申請すれば簡単に忍び込めるらしい。
ただ見つかれば依頼人の友人の様な悲惨な死を迎えることになるが――。
そうでなくとも、挑戦者としてリングに立てばもう逃れる事はできない。
一対一、両者の命を懸けての勝負となる。
そう、一対一――それはとても都合がいい。
しかも挑戦者は対戦相手を指名できる特権がある。
対戦相手を殺してくれと頼まれている身にとって、無駄な手間をかけないで済むのは助かった。
手早く手続きを済ませ、あとは出番を待つのみ。
(…ホークアイか。噂では大男らしいが、特に問題はないか)
そう、『普通』の人間であったならば問題はない。
大勢ならともかく一対一、魔皇である月村にとっては絶対的に有利な相手である。
『ホークアイ選手と対戦を希望する方は至急リングの方へお集まりください。繰り返します――』
待合室にアナウンスが響く。そろそろ出番のようだ。
「さぁ、切った張ったの命賭け。つまらない勝負を始めようか…」
ゆらりと立ち上がる。
静かな殺気を纏わせて、依頼を完遂する為に。
黒装束を纏った男は殺戮の舞台へと身を投じた――。
**************
『レディイイイス&ジャントルメェエエン!興奮と殺戮の舞台へようこそぉ!!』
司会者兼審判らしき男がリングの中央で叫んだ。
四方に高い柱、そして柱を繋ぐ様に鉄網が張り巡らされている。
それはまるで常人では逃げることすら叶わぬ牢獄――。
『今回この舞台へと降り立つのは名も無き黒服の挑戦者!それに対するは我らがヒーロー、ホォォオクアァイィイ!』
司会者の言葉に、ワァっと怒涛の如く観客から歓声が上がった。
『さぁ、今宵死闘を繰り広げる選手の入場だぁあああ!!!』
パッと照らされる二つの照明。
リングの中で二人の男は敵対するように、リングの角と角の対局する位置に立っていた。
一人は大柄な体に屈強な筋肉を纏い、自信ありげな笑みを浮かべる強面の男――ホークアイ。
一人は対局する男と比べると細いと感じてしまう体に黒き装束を纏い、顔さえも分からぬ男――月村。
正反対の選手達の登場に観客は更に歓声を上げた。
『勝負はどちらかの命が無くなるまで!ルール無用のデスマッチ!!!』
司会者から審判の役割へと変わった男は宣誓する様に中央で手を上へと上げた。
『レディイイ!!ファイトォオッ!!!!』
歓声の中、死刑を宣告する様に、審判の手が下へと下ろされた――。
先に動いたのはホークアイだった。
「ぶっ潰してやるぜぇ!!」
獰猛な笑みを浮かべ、一直線に月村へと拳を振り下ろしてくる。
試合前の自信ありげな態度を裏付けるように、その拳は常人に比べて速く、鋭い。
「潰されるのはどっちかなっ!」
月村は冷静に右へ一歩ステップ。
ビュンっと風を切る音を感じながらその拳を避ける。
そしてそのまま左足を前へ、一気に踏み込み――!
「ハァッ!!!」
ホークアイに負けず…否、それ以上の速さと鋭さで月村はホークアイの腹へとその拳をめり込ませた。
(な…!?)
確実に相手の腹に入った筈なのに――感じる筈の手ごたえが、無かった。
体を突き破るほどの拳を、ホークアイは腹で受け止めていた。
「この程度か、黒服さんよぉ!?」
ドンッと腹に強すぎる衝撃が月村を襲った。
(…殴り飛ばされた――魔皇の自分が、ただの人間に?)
勢いでごろごろと転がりながら月村は密かに歯噛みする。
簡単に勝てると思っていた。
そう、一撃で勝負がつくはずだったのだ――あの一撃で。
(…何故、効かなかった…?)
素早く体制を建て直し、ホークアイを睨みつける。
「ハッ!ビビってねぇで来いよ、潰されるのが怖くて怖気ついたか?」
「………」
ホークアイの安い挑発に乗らず、月村はじっと考える。
(秘密があるはずだ。考えろ、冷静に…秘密を暴き出せ)
静かに息を吸い、そして吐く。
何故自分の攻撃が効かなかったのか。
何故こんなにも自分にダメージを与えることができるのか。
考えろ、暴け、底の底まで晒し出せ――。
「じっとしてちゃ死ぬぜぇ!!」
「…くっ!」
その間にもホークアイは容赦なく月村を攻め立てる。
避けられる程度の攻撃もあれば、フェイントを利用した意地が悪い攻撃を仕掛けてくる。
着々と溜まるダメージ。
しかし、こちらから攻撃を仕掛けても大した手ごたえが感じられないでいる。
完全に月村の不利だった。
『 殺 せ ! 殺 せ ! 殺 せ ! 』
その様を楽しむ様に観客も狂気に包まれていく。
人を人とも思わぬ様に、死を望む観客達。
神をも殺せと、魔をも殺せと、観客は狂い猛る。
『 殺 せ ! 殺 せ ! 殺 せ ! 』
人が神を殺す。
人が魔を殺す。
神魔に敵対する人間。
神魔に敵対できうる人間――ホークアイ。
(あぁ…成る程、な)
全てのパーツが揃い、その秘密が月村へと晒される。
そう、ホークアイ自身が対神魔となり得る存在になっているという事――。
「そろそろ諦めちゃどうだ?客も悲鳴が聞きたくてうずうずしてやがるしなぁ!」
ホークアイが拳を握る。
その拳には多分――対神魔用に作られた武器でも仕込まれているのだろう。
そしてその体にも――屈強な筋肉と共に、人間が神魔の攻撃を耐えられるような装甲が仕込まれている。
全身対神魔に強化された体。
それがホークアイの秘密。
ならば、それならば、そういう事ならば――!!
「悲鳴をあげるのはお前の方だ…」
秘密が分かれば、怖いことなど、微塵も無い。
「強がりも程ほどにしねぇと痛い目みるぜぇ!?」
憤怒の顔に彩られたホークアイが迫る。
安っぽい挑発に乗ってしまう様な男に今まで苦戦させられていたと思うと恥かしくなる。
だが、これで終わり。
一貫の終わり。
「おぉおおおおお!!!!」
ホークアイの拳が迫る。
月村は避ける。踏み込む。
狙うのは――殺意と怒りを宿した眼。
そう、大事な大事な眼に装甲など、埋められるはずも無い。
月村の指が、ホークアイの眼を抉る様に突き刺さった。
「ひぎゃぁああぁ嗚呼ああ嗚呼あぁ嗚呼あ!!!!!」
獣の様な悲鳴と共に、紅が舞った。
ホークアイの眼から止め処なく血が溢れ出る。
観客は騒然となり、また狂ったように叫ぶ。
出る、叫ぶ、赤く、紅く、リングが染まる。
両目を抉り取られ、ごろごろとみっともなく転げまわるホークアイに月村は容赦なく首へと手をかけた。
易々と首に腕を回し、引きずり起こす。
「ぐ、ぐぇ…!」
「じゃあな。これでおさらばだ」
耳元でホークアイへと囁きかけ――腕に力を込めた。
ゴキンッ。
鈍い音と共にホークアイの首はあらぬ方向へと曲がった。
ぶくぶくと口の端から白い泡を吹き、多くの命を玩ぶ様に奪った男は自らの命を奪われた――。
『勝負あり!!勝者、黒服の挑戦者ぁああああ!!!!!』
審判が判決を下すと、観客は再び狂いに狂った。
金が飛び交い、怒声が飛び、嬌声が飛び、様々な声が交じり合って歓声となる。
その様子を月村はただ冷ややかな眼で見ていた。
落ちるところまで落ちた人間達を見つめていた。
パン、パン、パン。
怒涛の歓声の中、拍手がひとつ。
撫で付ける様にセットされたオールバックに清潔感溢れるパリッとしたスーツを着た男。
その顔にはとても楽しそうな笑顔が浮かんでいる。
「いやぁ、素晴らしかった!無敵とも呼ばれたホークアイを倒すとは大したものだ!」
「…貴様が主催者か?」
賛辞の言葉を並べ立てる男に月村は問いかける。
「あぁ、そうだとも!今宵は貴方の勝利を称えよう!」
多額の金と共に、と男は笑った。
楽しそうな笑みで、穢れた笑みで、男は笑った。
「称えてもらわなくてもいい、お前はここで終わるのだから」
「…何?」
ぼそりと呟かれた月村の言葉。
眉を潜める主催者の男。
そして――。
『 全員、大人しくしろ!! 』
バァン!っと勢い良く四方八方の扉が開かれた。
そこから雪崩れ込む様に観客達を取り囲むのは――GDHPの隊員達!
観客が悲鳴を上げる。
逃げようと動く者は容赦なく取り押さえられた。
「な、なな、な――!」
「こんな腐った宴も、お前みたいな腐った奴も、全て終わりなんだよ」
金魚のようにパクパクと口を開閉させる主催者の男に向かって月村は容赦なく言葉を吐き捨てた。
「お、終わり、おわ…!!!」
「じゃあな、地獄で宴の続きでも楽しんできな」
主催者の男が月村へと掴み掛かる前に、月村の腕が男の心臓を貫いていた。
「が…ぁ…」
ごぷりと血を吐きながら、崩れ落ちる男。
何人も、何十人も、何百人もの死を演出してきた男のあっけない死だった――。
**************
「…これで依頼は終了だ」
後日、月村は依頼人へとホークアイと主催者の男の処分を告げた。
「あぁ…ありがとう…ございます」
凍ったような無表情で依頼人は頭を下げた。
もう分かっているのだろう。
あんな連中が死んだところで、いなくなったところで――親友は還ってこない。
依頼人のもとへと還って来る筈がないという事を――。
「うぅう…うぅ…」
依頼人は泣いた。
その涙が何を意味するかは――依頼人しか分からない。
分からないが、月村には漠然と分かってしまった。
哀しみ、空虚、孤独の涙――。
「復讐なんてこんなもんだ…する方も、される方も、救いなんてないのさ」
「うぁああああああ!!!!」
月村の言葉に、依頼人は泣き崩れた。
ぼろぼろに崩れて、ぼろぼろに壊れて。
救われたいと涙を流し、救われないと涙を流す。
「復讐に救いなんて…求めるだけ無駄だ…」
月村は悔しげに歯を噛み締める様にして、泣き崩れた依頼人へと背を向けた。
報酬など受け取る気にはなれなかった。
こんな仕事の報酬など、受け取れる筈がなかった。
悲しみの声を聞きながら、月村は歩き去った。
己の心に、復讐という名の刃で作られた傷を残して――。
【END】
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