<PCあけましておめでとうノベル・2007>


◆ 福袋戦線 ◆


『開店 10分前 と なりました……―――――』

機械的な音声が、開店前の百貨店・店員達をざわつかせた。

持ち場に戻れ、商品は並べたか、ボロは出ていないか!

それぞれの売り場のチーフたちは大声を張り上げて準備の最終段階を整える。
慌しく走る店員達、店の外には…、広告・宣伝・PRの甲斐あって、長蛇の列。
店内以上に熱気溢れるざわつきが、店員達を奮わせた。

『八百万商店一の、大イベント…福袋争奪戦は甘くない』

店内放送がいきなり男の声に切り代わった。

『しかも――、今年の福袋は各界に合わせた福袋が目白押しだ』

店員達もそれはわかっていたようで、ヒイと小さな悲鳴を誰かが上げた。

『では…幸運を祈る!』


ブチッ

む、無責任だ…。

それもまた、誰かが呟いた。そうして…

『おはようございます 今日も皆さん ゲンキに お願いいたします』


『いらっしゃいませ!!!!!』





一斉に、店員達がお辞儀した瞬間に、戦いの火蓋は落とされたのだった。






そして、遡ること数分前。

…周りの雰囲気が一変し、騒がしくなった。その内の一人、寒さに少々鼻っ柱を赤くさせ、そわそわと足踏みをしている外見上では…青年の名前は、イグレット。
周りの人々は少々さっきだっているも、イグレットはどちらかと言うと楽しみにしているように、口角が上がっている。

「福袋、かぁ…初めて買うんだよな…どんな物が入ってるんだろ」

ぎらぎらと目を光らせている人々をよそに、一人何だかホクホクと楽しそうにしている。視線をさまよわせ、店内にある大きな壁掛けの時計を見た。…まだ開店まで一分ほど、わずかな時間の余裕があるが、それを感じさせないほどに人々は熱気だっている。

「……魔皇様が言ってた通り、の、人の多さ…。何でそんなに殺気立ってんのかな…」

イグレットが一人、客たちの殺気に戸惑っていたが、それを更に煽るのは開店のチャイム。そして続いて、アナウンスが入った。


『開けまして、おめでとう御座います。ご来店まことに有難う御座います、本日初売り、どうぞごゆっくりお買い物を楽しんでくださいませ』


遂に待ちに待った開店時刻、並んでいた人々は順番など弁えずに流れ、店へと雪崩込んでゆく。…そして、見事にイグレットはその濁流へと飲み込まれていた。

「痛い!ちょ、…痛いってば!押さないで!」

イグレットの必死の叫びは、おばちゃんたちの歓声にかき消され、若い女性たちの悲鳴に飲み込まれ消えていった…。老若男女、問わず人々は八百万商店の中へと吸い込まれるように入っていく。




さて、人込みに揉まれながらも何とか、イグレットは上手い具合に人の流れに乗り、目当ての衣類ブースへと到着。通路は警備員さんたちが、何とか整理してくれたお陰か、開店時よりは通りやすくなった事は大変有難い。
しかし、問題は…目の前の、黒山の人だかりとはこの事だろう。おばちゃんが激しい争奪戦を、目の前で繰り広げている。イグレットは、福袋、と言うものが予想以上の格闘イベントだ、と言う事に、逆に張り切る様子を見せた。

「よっし、良い物取るぞー!」

ぐっ、と両腕を袖まくり。意気揚々と、人だかりへと向かって歩みを進めた。


「あいててっ、ちょっと…あ、やっと見えた…」

おばちゃんたちと、押し合い圧し合いながらも何とか最前列へと到着。目の前にずらりと並ぶ赤の袋に、賑やかな書体で【福袋】と描かれてある。それを目に映したイグレットの赤い瞳は爛々と輝いた。
しかし、どれに何が入っているのかは、やはり判らない。大まかなイメージだけでも掴めればいいのだが…、後ろから押される感触を受けながらも、何か良い事でも思いついたのだろう。イグレットは大きな目を見開いた。

「そうだ、祖霊招来すれば教えてくれるかも…良い春物、冬物当たります様に〜ッ」

何とか留まりながら、少し集中、その間に少し後ろの列へと流されてしまう。だが、目当ての袋がわかれば、それへ突進すれば良い話。祖霊招来を手早く済ませた、…イグレットの視線が周りをぐるりと見渡した。そうして、一つ、頷いたなら、なるほどと呟く。
観察をするように崩れていく福袋の山を眺めた後に、周りには何もいないが、ありがとうとイグレットは軽く何処かへと向けて手を振るった。そうして、気を張り直し、目指すは最前列、猛者が集まる修羅場へと。

「よっし、あれだね…絶対に取ってやる!」

人込みを再度潜り抜け、素早くイグレットは腕を伸ばし福袋を掴む……確かに手ごたえはあった、それはもう、予想異常なほどに。
…きっ、と、厳しい目線がイグレットへと刺さる。左隣へと目線を向けた…、おばちゃんと熱い視線がぶつかり合う。…よく見れば、おばちゃんも手を伸ばしていた、そう、イグレットも掴んでいる福袋。敏感に感じた危機感に、ぐっとイグレットの手にも力が入り、そこから戦いの火蓋は落とされた。

「っうわ、〜…おばさんが、相手でも容赦しないよ!僕だってこれが欲しいんだ!」

「ふ、お坊ちゃん、あんたに初売りの恐ろしさを叩き込んでやるわ!」

おばちゃんは不敵に笑う、少しイグレットはひるむが、その手に力を入れて奪い合う。しかし、此方が力は勝っているだろうに、中々相手から福袋を奪うことは出来ない。足場も悪い、人が多すぎだ、引っ張り合いを続けている最中、イグレットの足に妙な感触が伝わる。

「痛いわよ、アンタッ!」

「あっ、すみませ…ああっ!!」

もう一方のおばちゃんの足を踏んづけてしまったようで、起こられ思わず謝ったその瞬間だ。おばちゃんの手はぐっと力み、超人並みの力を発したのではないかと思われたほどだ。イグレットの手から、易とも簡単に福袋はすり抜けていく。
すり抜けていく福袋を目で追っていけば、おばちゃんと再度視線がかち合った。…にやりと笑うおばちゃん、イグレットはその場で固まってしまう。…舐めていた、初売りと言うものを。しかし、学習能力というものがある、イグレットは福袋が奪われた事に、一々嘆いてなどいられない。そうしているうちに、当たりはどんどんと初売りのベテランたちによって引き抜かれていくだろう。

「……と、取られちゃった…、でも、負けない!よしっ!」

気合を入れなおし、祖霊から貰った情報を頭の中でもう一度、考え直しながら福袋を鋭く目を細め、選定していく。次は、どの袋かな、…イグレットは何度か瞬きを。その目にぐっと力が入る、見つけた!

「…あ!」

なんとも、運命とは残酷なもので…再度、掴んだ袋はおばちゃんと同時に掴んでしまう。しかし、先ほどのように行くわけには行かない。イグレットは目線のあった新たな敵、おばちゃんへと不敵な笑みを投げかけた。

「今度は僕が買うんだからね!」

「あたしだってぇ…!ダンナに買っていくのよ!」

再び繰り広げられる、激しい争奪戦。周りの戦いも、福袋の数が少なくなるにつれ、ヒートアップしてきた様だ。先ほどよりも、混雑が増す。足を踏まれた所で騒ぎ立てる人などいない、それよりも、我先にと目当ての商品が入っているだろう、願いを込めて福袋を引っ手繰る様に手に入れていく。
これを逃せばイグレットに後はない、絶対にこの戦い…負けられはしない。

引っ張り合いの争奪戦は激しく、袋が今にも悲鳴を上げて真っ二つに分かれてしまいそうだ。丈夫そうな袋だったからいいものの、それでも、取っ手の部分はかなり弱ってきている。それでも、お構いなしに、我が物にしようと頑張る二人。

「諦めて別のにしなよっ!」

「あんたこそ、年長者には遠慮なさいっ!」

ぐいぐいぐいと引かれては引き返し、引いては引かれ返され…その繰り返しが幾度とも無く続く。イグレットはこれでもかと、福袋を引っ張る。おばちゃんも負けじと、袋にしがみつき食いしばった歯をむき出しに、威嚇している様だ。

「んも〜、離してよ、…ッおばちゃん!」

「…ンなッ!おばちゃ…?!」

おばちゃんの手が緩む、ここが好機、それをイグレットは見逃さず、ぐっと掴んだ両手が白むほどに力を入れる。いっせーの…せ!の合図で、腕を力強く引いた。おばちゃんの指に引っかかりながらも、念願の福袋はイグレットの腕の中へと飛び込んで来る。それを守るようにしっかりと腕に抱き、唖然とするおばちゃんへとイグレットは止めの様に、にこりと笑った。

「やったぁ!お目当てゲット〜!」

イグレットは、やや、草臥れてしまった袋を抱いて、嬉しそうに戦場を抜けた。背後でおばちゃんの悔しそうな言葉が聞こえてきたが、戦いに勝利した感激に跳ねるイグレットの耳元へは、届かない。
まるでスキップするように軽やかに、長蛇の列となるレジへと向かう。長い待ち時間も、苦ではなく、レジからやっと通り抜け…意気揚々と向かうのは、休息用のベンチ。

「あっ!大当たり!」

赤い袋から取り出されたのはダッフルコート、少し薄手のタートルネックのセーター…等と、冬・春には持って来いの品々ばかり。一枚一枚、イグレットは広げ体に当ててみる。サイズはあつらえた様に、合っていた。

「サイズもぴったり…言うことなし!買いに来た甲斐があったなあ…」

今までの激しい戦いの事を思えば、小さく笑みまでこぼれてしまう。僕頑張ったな…と、一つこぼせば、広げた服を袋へと仕舞う。ゆっくりと立ち上がれば、跳ねるような足取りで出入り口へと向かう。人々の往来は激しい、まだまだ激しい戦いが繰り広げられるのだろう。
出入り口の人込みを掻き分け、晴れ晴れとした空が見えれば、ぐっとイグレットは腕を伸ばして固まった筋肉を伸ばす。

「あ、肉まんでも買って帰ろう〜」

近くにコンビニがあったはず、湯気立ち上るあの白い姿を思い浮かべれば、イグレットの笑みも深くなる一方。翻る風は枯葉を攫い、イグレットの黒髪も青い空を背景に舞った。新春の華やかな飾りつけは、目にも眩しい。





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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【 w3b587ouma / イグレット / 男性 / 33歳 / 凶骨】


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■         ライター通信          ■
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■イグレット 様

はじめまして、ライターのひだりのです。
今回は発注、誠に有難う御座いました!
福袋争奪戦ということで、一般的なバーゲン戦争描写でしたが
いかがでしょうか?お気に召していただけると幸いです。
喜んだり、楽しそうにしている様子が伝わればと思います。

では、これからも精進いたしますので、機会がありましたらば
何卒、再度宜しくお願いいたします。

ひだりの