<PCあけましておめでとうノベル・2007>


願花の行方



☆★☆♪☆★☆


 鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)は漆黒の闇の中、まだ夢の最中に居た。
 彼の長い人生のうち、本当に幸せだった懐かしき日の思い出がゆっくりと回転しながら過ぎていく。まだ自分の生が限られたものであると無邪気に信じていたあの頃、親しい人と一緒に歓談しながら飲む紅茶の味が舌に広がる。
 ・・・そんな幸せな彼の夢を破ったのは、小さな小さな、囁くような少女の声だった。
 だんだんと大きくなって行く彼女の声は、必死に何かを謝っていた。
『ごめんなさい。私のせいなの。ごめんなさい・・・』
 朧気な意識の中で聞く少女の声は、涙に濡れている。
 そんなに泣かなくても良いんだよ。大丈夫だから・・・そう思いながら伸ばした手は、宙をきるはずだった。
 それなのに・・・詠二の手には、ふわりとした髪の感触が伝わった。
 驚いて目を開ければ、カーテン越しに差し込む月光に照らされて、胸の上に乗った髪の長い少女の顔が浮かび上がる。
 その目からは大粒の涙が流れ落ち、詠二の布団を濡らしていた。
「う・・・うわぁぁぁぁっ!!!」
 詠二はそう叫ぶと跳ね起きた。胸の上に座っていた少女がコロリと後ろに転がり、隣の部屋で寝ていた妹の笹貝 メグル(ささがい・−)が詠二の部屋の扉を叩く。
「お兄さん!?お兄さんどうしたんですか!?」
 鍵が掛かっていないことを確かめるように慎重にノブを回すメグル。
 ガチャリと音を立てて開いた扉から手を離すと、右の壁に手を伸ばして電気を点けた。
 ・・・蛍光灯の白色の光に照らされたそこには、みっともないくらいに動揺した兄と、見ず知らずの幼い少女の姿があった。


 申し訳なさそうにメグルが淹れたココアに口をつける少女の名前は『イリア』と言った。
 外見年齢6歳か7歳かと言うイリアは、小動物にも似た瞳を詠二とメグルに交互にやると、シュンと肩を落とした。
「詠二お兄様、驚かせてしまい、申し訳ありませんです。メグルお姉様も、ココア有難う御座いますです。お騒がせしてしまって申し訳ありませんです」
 気にしなくて良いと言う詠二の言葉と、ココアは美味しい?と言うメグルの優しい言葉に、イリアがうるりと大きな瞳に涙を滲ませる。
 瑠璃色の瞳が伏せられ、淡い金色の髪がふわふわと揺れる。砂糖菓子のような外見をした彼女は、大切そうに両手で包んでいたカップをテーブルの上に置くと、詠二に視線を合わせた。
「詠二お兄様は、願花と言う花をご存知でしょうか?」
「聞いたことはあるよ。どんな願いでも叶えてくれる花・・・新年に神社に持って行くんだよね?」
「大体はそんな感じですけれど、実際には全ての願いを叶えてくれるわけではありませんです。あ、勿論、花に願いをかければ叶えてくれますけれど・・・」
「確か、願花を管理してる精霊みたいのがいて、その子達が聞く願いと聞かない願いに分けるんだよね?」
「はいです。全ての人の願いを聞いてしまうと、世界が滅茶苦茶になってしまいますです」
「って事は、貴方はその精霊なのかしら?」
 メグルの言葉にコクリと頷くと、思い出したかのように再び目に涙を溜め始めた。
「イリア、もう10歳になったです。一人前です」
 どうやら彼女の実年齢は10らしい。勿論、精霊なのでそれが大人なのか子供なのかは分からない。ただ、イリアの言葉を借りれば十分“一人前”と認められる年齢だと言う。
「イリア、願花を1輪任されたです。12月31日の夜から神社に行って、1月1日から人々の願いを聞こうと思ってたです。でも・・・」
 泣くのをグっと堪えるように、口を引き締める。
「願花が、誰かに盗まれてしまったです」
「それ本当なの!?」
「はいです。イリアの管理不足です。自分の失敗は自分で取り返さなくてはです。でも、願花は本当にどんな願いでも叶えてしまう花です」
 誰が盗ったのかは分からないが、もしも悪意に満ちた願い事を唱えてしまった場合、本当になってしまう。また、願花がなければ神社に足を運んでくれた人達の願いを叶えてあげる事が出来ない。
 イリアはそう言って、詠二とメグルに深々と頭を下げた。
「詠二お兄様、メグルお姉様、どうかイリアにお力をお貸し下さいです」
 大晦日の朝からなんて大事件だろう。詠二はそう思いつつも、イリアの肩を叩いた。
「それじゃぁまずは、協力してくれる人を探さないとね。何しろ手がかりはゼロなわけだから、人数は大いに越した事は無い」


★☆★♪★☆★


 猫宮 いゆは、目の前のココアに息を吹きかけるとコクリと一口飲んだ。
「詠二さん達が困ってるなら、いゆもささやかだけどお手伝いするのにゃ」
「有難う、いゆちゃん」
 詠二が小さく微笑み、メグルが「ココアはよく冷ましてから飲んでね」と、心配性の母親のようにオロオロといゆの手元を見詰めながら言う。眉を顰めて、胸の前で手を組んだ仕草は、まるで何かに祈っているかのようだった。
「頑張るから、イリアちゃんもよろしくにゃ」
「宜しくお願いいたしますです」
 いゆよりも年下のイリアは不安げに視線を揺らし、暫くするとウルリと目に涙を溜め始めた。
「もう、見つからなかったらどうしようです」
「絶対見つかるにゃ!ね、詠二さん?」
「そうだよ。見つかるって。だから、元気出して」
 小刻みに肩を震わせながら泣くのを我慢しているイリアに、元気の良い笑みを見せるいゆ。こう言う時に落ち込んではいけない。こう言う時だからこそ、明るくなくてはならない。
「んと、誰が盗んだとか、イリアちゃんは覚えない?」
「・・・何処で盗まれたのかも、分からないです」
「そんなお花があるなんて普通の人は知らないし、知ったらもっと噂になってるはずにゃ。だから、いゆが思うに、イリアちゃんと同じ精霊さんじゃないかにゃって思うのだけれど・・・」
 いゆの言葉に、イリアが「あっ」と小さく声を上げて手を口元に持っていく。
 白く細い指が、淡く色付いた唇を隠し・・・瑠璃色の瞳が伏せられる。
「誰か心当たりがあったのかな?」
 優しい詠二の声に、イリアがゆっくりと頷く。
「心当たりがあると言うだけで、あの子が盗んだとは言い切れませんです。でも・・・」
「一人前って認められてない精霊さんで、イリアちゃんがお花を任されたの知ってた人じゃないかにゃ?」
「どうしてそれを・・・?」
 驚いたようなイリアの表情を見て、考えていた事は間違っていなかったのだと確信した。
 もし、自分が願花を盗むとしたら。そう考えた場合、一番盗みそうなポジションはソコだった。
「そうだとしたら、きっと神社にいるにゃ」
 いゆはそう言うと、壁に掛けられていた丸い時計を見上げた。
「イリアちゃんが任されていた神社はどこにゃ?後1時間ほどで年が明けるにゃ」
 11時を回っている時計に、イリアが立ち上がる。
「えっと・・・ここからかなり遠いところで・・・どうしましょう。間に合うかな・・・」
 焦るイリアの肩に、詠二が手をかける。
「時間なら心配しなくて良いよ。場所が特定できれば俺達がすぐにその場に連れて行く事が出来るから。それより、いゆちゃんはどうして神社にいるって思ったのかな?」
「盗んだ人は、今回イリアちゃんの代理をして自分の方が相応しいって証明してみせたいのにゃ」
 そうだとしたら、捕まえるのは年が明ける時。
 参拝者達の前で、願花を出した時が一番捕まえるのに最良の時ではないか。
「きっと、その精霊さんはお花に自分が管理者になれるようにお願いしようとしてるんじゃないかにゃ」
「そうだとしたら、イリアは・・・もう、そのお花がもてないです」
「だから捕まえるんだにゃ」
 今からその神社に先回りして待ち伏せをしよう。いゆの言葉に、イリアが心細げに頷く。
「絶対、大丈夫だから元気出すにゃ」
「・・・はい」
 瑠璃色の瞳が、何かを言いたそうにいゆに注がれ、伏せられた。


* * * * * * *


 太陽の光の無い夜は、北から吹く冷たい風によってかなり冷え込む。
 境内の中に身を隠したいゆとイリアは、心配してついてくる詠二をメグルをいったん境内の外に出した。
 体の大きな2人は、上手く隠れられないのだ。
 しんと静まり返った境内の中、早くも訪れた参拝者達の足音や声が聞こえて来る。
 詠二に着せてもらった、少し大きめのコートの前を合わせると、手をポケットの中にいれる。
 もこもことしたファーが首筋を柔らかくくすぐり、その中に顔を埋めると深く深呼吸する。
 詠二が小さい時に着ていたものを引っ張り出してきたと言うこれは、詠二の匂いが仄かに残っていた。
 イリアが、腕に巻きついた大き目の時計に視線を落とす。
 こちらはメグルからの借り物で、女性用の小さな腕時計だったが、イリアがするとかなり大きく感じる。
 後10分で年が明ける ―――
 そんな時、不意に空からゆっくりと人が降りて来た。
 右手には儚い光を放つ花を持ち、左手には銀色の鈴を持っている。
 赤い袴が月光を浴びてぬめりと光り・・・その姿は、巫女さんそのものだった。
 長い髪が背で揺れる。その色は、月明かりを鋭く弾く銀色だった。
「これで、この花は私のもの・・・」
「そうはさせないにゃ!」
 いゆはそう叫ぶと、滑る床を蹴った。
 驚いて立ち尽くす少女の手から花を取り、1歩遅れて走って来たイリアに投げ渡す。
「イリアちゃん、いゆのお願いを叶えてほしいにゃ!」
「お、お願い、ですか?」
「願花がずっとイリアちゃんの手元にありますようにって、お願いするにゃ!」
「で、でも、そのお願いをしてしまうと私はいゆちゃんのお願いをきけなくなってしまいます!いゆちゃんは、もっと自分のためのお願いを・・・」
「いゆのお願いはそれだけにゃ!」
 オロオロとするイリアにそう叫ぶと、いゆは真剣な眼差しを向けた。
「・・・分かりました。その願い、叶えます」
 右手に持った花を、ゆっくりと頭上に掲げると目を閉じる。
 すぅっと、イリアが深く息を吸い込む音が境内に響き、差し込んでくる月明かりが尚いっそうの事境内を明るく照らす。
「願花様、願花様、どうか猫宮いゆの願いを叶えてくださいませ」
 願花が輝きをまして行き、パァっと金色の光の粒を撒き散らすとふっと色を落としていく。
「これで、願いが聞き届けられました」
「願花はずっと、イリアちゃんのものにゃ?」
「はい」
 困ったような、嬉しいような、そんな複雑な表情でイリアが頷く。
「これで、もう2度と盗まれないにゃ?」
「はい」
 コクリと頷いたイリアが、境内の隅で立ち尽くしている巫女装束の少女に声をかける。
「イリス。貴方にはまだ、願花を任せるのは早いです」
「何よ!どうしてよっ!」
 イリアと同じような、澄んだ高い声。ただ、イリアの方が少しだけ甘さがある。
 いゆはイリスの顔を見て、思わず声を上げた。
「にゃっ!?」
「ご紹介しますです。イリアの双子の妹の、イリスです」
 銀色の長いストレートの髪のイリスに対して、金色のふわふわとした猫っ毛のイリア。
 鮮やかな紅色の瞳をしたイリスに対して、瑠璃色の深い瞳をしたイリア。
 それ以外、2人は顔のつくりがまったく同じだった。
 多少イリスの方が気が強そうで、イリアの方が穏やかそうな目元をしているくらいだ。
「双子だったにゃか?」
「はい。・・・まさか本当にイリスが盗んでいるとは思わなかったです」
「どう考えたって、イリアよりも私の方が願花を任されるべきなのよ!」
 イリスはそう言うと、プイとそっぽを向いて腕を組んだ。
 自分の何が願花を持たせてもらえない原因なのか、イリスは分かっていないのだ。
 イリアは、その部分に気付いているから、願花を持つ資格がある。
「いゆは、イリスちゃんが願花を任せてもらえない理由、何となく分かるにゃ」
 その言葉に、目を吊り上げるイリス。
「どうしてなのよ!何がイリアに劣るって言うの!?」
「劣るとか、そう言うんじゃないにゃ。イリアちゃんにはあって、イリスちゃんにはないものが、1個だけあるのにゃ」
「なんだって言うのよ!」
「それは・・・」
「ダメです、いゆちゃん!」
 イリアが首を振って、言ってはいけないと、いゆの言葉を遮る。
「自分で気付かなくちゃならないことだからね」
 微かな音を立てながら境内に入って来た詠二が、いゆの手を引くとイリアに声をかけた。
「お仕事頑張って」
「あ、もうそんな時間ですか?」
 慌てて腕時計に視線を落としたイリアの表情が引き締まる。願花を右手に持ち、いゆに深々と頭を下げる。
「本日は有難う御座いましたです。これで、みんなのお願い事を叶えられるです」
「イリアちゃん、頑張ってにゃ」
「皆さん、年が明けますよ」
 メグルの言葉が聞こえた次の瞬間、外が一層騒がしくなった。
 皆が口々に新年の挨拶を言い合い、チャリーンと、お賽銭を投げる音が響く。
「明けましておめでとう御座います」
「明けましておめでとうなのにゃ」
「おめでとう」
 メグル・いゆ・詠二の挨拶に、イリアが願花を高く掲げながら笑顔を浮かべる。
「明けましておめでとう御座いますです。今年が皆様にとって良い年でありますように、お祈り申し上げますです」
 言い終わった瞬間、イリアの表情が引き締まる。そして、次々に祈られる願いを聞き、願花へお願いをしていくのだった。
 いゆ達は暫くその光景を見詰めていたが、そっと境内から抜け出した。
 帰り際に境内を見渡せば、イリスの姿は見えなくなっていた。


「イリスちゃんも、いつか願花を持てるようになるかにゃ?」
「どうだろうね」
 温かいココアと、甘いクッキーに舌鼓を打ちながら、いゆが首を傾げる。
「大切な事に気付けば、きっと・・・願花を持てるようになるよ」
「そうだと良いにゃ。今年のお願いはもうしちゃったから・・・来年のお願いはそれにするにゃ!」
「イリスが願花を持てますように?」
「うーん、ちょっと違うにゃ。イリスちゃんが、大切な事を気付けますようににするにゃ」
「・・・いゆちゃんは願花の精霊に向いてる気がします」
 メグルがクスリと音を立てて微笑みながら、いゆの柔らかな髪を撫ぜる。
「願花に自分の願いじゃなく、人の願いをかける。簡単なようで、難しい事だよね」
 そう。
 願花を持つ精霊は、無欲でなくてはならない。
 自分のための願事をかけてはいけない。
 なぜならば、願花の精霊達の願いはいつだって1つでなくてはならないから。
 “みんなの願いが叶いますように”
 それが、願花の精霊が抱く唯一の願いでなくてはならないのだから ―――――
「いゆちゃん、ココア飲み終わったらお家まで送っていくね。あと、そうだ・・・」
 詠二が立ち上がり、メグルに何かを告げると小さな袋を持って帰って来た。
「はいこれ、お年玉」
「ありがとうなのにゃ!」
 思わぬプレゼントに喜ぶいゆの頭を、詠二がふわりと撫ぜ・・・メグルがキッチンから袋を持ってくると、縛っていた髪を解いた。
「御節と、お菓子を少し入れてありますから。お家で食べて下さいね」
 私が作ったものですから、お口に合うか分かりませんけれどと言葉を次げるメグルに首を振ると、満面の笑みを向けた。
「ありがとうなのにゃ。美味しく頂くのにゃ!今年も宜しくお願いしますなのにゃ!」
「今年も宜しくね、いゆちゃん」
「宜しく」
 いゆは貰ったお年玉を大切にポケットに入れると、詠二とメグルの手を握った。
 詠二が紙袋を持ち、外へと出る。
 まだ暗い空は、あと少ししたら明るくなるだろう。冷たい風を胸いっぱいに吸い込むと、いゆは新しい年の幕開けに微笑んだ。



☆ E N D ☆



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  w3d611maoh / 猫宮 いゆ / 女性 / 12歳 / 直感の白


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■         ライター通信          ■
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 この度は『願花の行方』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 お久しぶりのご参加まことに有難う御座います♪
 願花を盗んだのは精霊・・・と言う事で、イリアの双子の妹にしてみました。
 来年はイリスも願花をもてるのでしょうか。
 今年がいゆちゃんにとって良い年でありますように、お祈り申し上げます。


  またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。