<バレンタイン・恋人達の物語2007>


+sweet day+


 甘い香りに囲まれて──

 大好きな人の傍に寄り添って──

 あなたはどんなバレンタインを過ごしますか?


+++ +++


 春間近、けれどまだ肌寒く、所によっては雪が降る。
 そんな2月の水曜日。
 風祭・優月はいつもより少しだけ早起きした。
 ケーキを作る準備をするためだ。
 毎年2月14日のバレンタインの日はチョコレートケーキを作る。
 それが毎年の恒例なのだ。
 育った環境が、子供が多い場所であったからかもしれない。
 ただ今は弟と二人暮らしであるため、それほど多くのケーキを焼くことはないのだが。
 いずれにしてもこのケーキを作ることが習慣となってしまって久しいために、作らないと気が落ち着かない。
 それに気が向けば弟も食べてくれるので、作って置く分には悪くない。

「さて……」
 揃えた材料を前に、今年は何を作ろうかしらと思案する。
 去年は何を作ったのだっけ、と記憶を遡れば、彩りにベリーを添えたチョコレートケーキを作ったことを思い出した。
 そのケーキを大好きな人に振舞うことが出来、一緒に頂くことができたことも思い出す。
 頬に朱が感じた優月は手の甲で頬を押さえる。
 今年は会う約束をしていないけれど、訪問されたときにまた一緒に頂くことが出来るかもしれない。
 想って、優月は柔和な笑みを浮かべた。
「そうだわ」
 ココアシフォンを作ろう。
 軽い口辺りで男性でも無理なく食べられるし、フルーツやナッツ類を入れないので口に煩くもない。
 作るものも決まり、優月は早速小麦粉とココアパウダーを篩いに掛ける。


◇◇◆


 スーツ姿でサングラス。
 銀の髪は単発で長身の男性が花屋に居るのは、あまり似つかわしくない。
 綾瀬・貴耶本人もそれは判っている。
 が、日が日であるためか、今日は男性客もちらほら見受けられるようだ。
 そう目立つことはないだろうと、貴耶は周囲を気にすることなく商品を見て回る。
 可愛い花や美麗な花は多く在るが、これだと想うものは見つからない。
 そもそも貴耶には花の名前も種類も判らないのだ。
 店員が薦めてくれる花も、なんとなく違うような気がして、結局断ってしまう。

 いっそ花ではなく別の物を贈ろうか。
 嘆息を漏らし貴耶は店を出ようと振り返り、ガラス戸に入った花に気を取られた。
 蕾のように半分閉じた花弁に、真っ直ぐ伸びた葉と茎。
 凛とした立ち姿に、想い人である華人の姿が重なる。

 一目惚れ、という言葉通り、貴耶はその花──チューリップ──を購入することに決めた。
 小さく楚々とした可憐だが華やかなかすみ草と共に。


◇◇◆


 ケーキも最終段階に入る。
 型にバターも小麦粉も振るわないのが、シフォンケーキの萎まないコツだ。
 それでも繊細なシフォンは、ともすればすぐに萎んでしまう。
「お願いしますね」

 萎まないように作れますように──

 願いを込めるように、優月は静かにオーブンに型をセットした。
 オーブンの中で回り始めた型に、優月はそっともう一つの願いを込める。

 ──今年は何の約束もしていないけれど、また召し上がって頂けますように……


++ +


 上手く膨らんだシフォンケーキを見て、優月はほっとする。
 あとはワイン瓶等適当なものにシフォンを逆さまに差して冷ます。
 今年のケーキも上手く仕上がりそうな予感し、優月は安堵の吐息を漏らす。
 それでは、と優月はシフォンを冷ます間に紅茶とコーヒーを淹れる準備を始めた。
 あの人はコーヒー派だったかしら、紅茶派だったかしら、と考えながらの準備の最中に、訪問者を告げるベルが鳴り響く。
「あ、はーい」
 弟がケーキを食べに来たのだろうと思いドアを開けると、そこには思いもかけない人物が立っている。
「貴耶さん!?」
「連絡もなくいきなり押しかけてすまない」
「あ、いえ……」
 迷惑だろうかと続ける貴耶に、優月は顔を赤くして首を横に振る。
 一緒に過ごせるといいなと思いはしたが、まさか本人が本当に来るとは思いも寄らない。
 嬉しいよりも先に驚きの色合いが強く、どぎまぎしながら優月は貴耶を家の中へ招き入れた。
「今丁度コーヒーと紅茶の準備をしていまして……。貴耶さん、どちらがよろしいですか?」
「あぁ、じゃあ……紅茶を頼む」
「はい」
 落ち着かないのは貴耶も同じで、持ってきた花束をいつ渡せばいいのか悩んでいた。
 玄関先で逢ったときに渡せば良かったのかもしれないが見事にタイミングを外してしまい、今に至っている。
 促されるまま椅子に座り、お茶の用意をする優月の後姿を眺めているのが現状だ。


 ティーポットとカップを載せた盆を持ち、優月が戻ってきた。
「ココアシフォンを作っていたのですが、召し上がって頂けますか?」
「ありがたく頂く。……優月」
「はい?」
 貴耶の承諾に顔を綻ばせた優月は急に名を呼ばれ、不思議そうに首を傾げた。
「君に」
 差し出されたのは、赤と桃色のチューリップとかすみ草の花束だ。
「え? あ、ありがとうございます」
 受け取る際に触れた指が、じんわりと熱を帯びていく。
 伝わる指が頬へと上がった気がして、耳が熱くなる。
 もしかしたら赤くなっているかもしれないと、優月は貰った花束で顔を隠してしまう。
「あ、これ、花瓶に活けてきますね」
 いそいそと花束を抱えて行ってしまう優月を見送り、貴耶はかけていたサングラスを外した。
 花束を渡したことで、一仕事終えた気分になる。
 目の前の紅茶とシフォンに目を落とし、貴耶は穏やかな笑みを浮かべた。
「お待たせしました」
「悪いな、手間をかけさせてしまって……」
「いえ、そんなこと……っ」
 互いに遠慮し譲り合う。
 それからふと視線を合わせると、どちらからともなく微笑み合った。
「綺麗な花、ありがとうございます」
「急に押しかけたのに快く受け容れてくれて、感謝する」
「ご一緒できるといいな、と思っておりましたので……」
 嬉しいのだ、と頬に朱を昇らせる優月に、貴耶は一瞬驚いたように目を見開くもすぐに優しげに目を細めた。
「俺も」
 短いながらも同意を示す貴耶の声に、優月ははにかみながらも幸せそうに頬笑みを浮かべた。
 共に過ごすこの穏やかな刻の流れが、心地よく何よりも愛おしい。

 どうぞ、と促されて口へ運んだココアシフォンは柔らかく、口当たりが良い。
「美味い」
「良かった……」
 貴耶の反応を不安そうに見つめていた優月はほっとする。
 作り慣れているといっても、食べて欲しい人に美味しいと受け取って貰えなければ悲しい。
 しかし優月の想いはちゃんと貴耶に受け取って貰えたようだ。






++ +






 会話も弾み、気が付けば陽が落ちかけている。
 もうこんな時間かと時計を見て嘆息し、けれど腰は重い。
「貴耶さん?」
 嘆息をどう受け取ったのか、優月が不思議そうに名を呼んだ。
「いや……そろそろお暇させて貰おうと思う。長々と居座ってすまない」
「いえ、そんなことは……」
 ないですよ、と無理に笑顔を取り繕い、優月は目を伏せた。
 帰るという人を引き止めてしまうのは悪いと思うも、『寂しい』という気持ちが膨れ上がるのは止められない。
 椅子を引く音がして、はっと顔を上げる。
 座る優月の右手側に立つ貴耶が、優月の右手を取った。
「本当は指輪を、と思ったんだが、サイズが判らなかったから」
 そう言って優月の右手首にシルバーのブレスレットを巻き付ける。
 ラピスラズリを所々に配した、シルバーチェーンのブレスレットだ。
「え? あ、あの、ありがとうございます……っ」
 戸惑う優月に微笑み、貴耶は右手を握ったまま顔を近付けた。

「──っ!?」

 触れるだけの優しい口付けを右頬に落とし、貴耶は離れる。
「今日は楽しかった。……また」
 一度強く右手を握り締めて離し、貴耶はゆっくりと部屋を出る。
 突然のことに反応しきれず、優月が我に返った時は既に貴耶は玄関を出て行った後だ。
 ドアの閉まる音で我に返って立ち上がろうとするも、何故だか足に力が入らない。
 都合の良い夢ではないかと頬を抓ってみたが痛みはあるし、何より右手首には貰ったブレスレットが当たり前のようにそこに在る。
 指の腹でなぞると、金属独特の無機質さと冷たさが伝わり来る。
 だがその伝わり来る感触と裏腹に、優月の心には温かさが広がっていく。

「……また」

 今日と同じように、刻を共に過ごすことができますように──……。

 願いと想いを込めて、優月はそっとブレスレットに口付けを落とした。 




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 w3a817maoh / 風祭・優月 / 女 / 21歳 / 直感の白 】
【 w3a758maoh / 綾瀬・貴耶 / 男 / 23歳 / 修羅の黄金 】

補┃足┃
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*チューリップの花言葉
 赤:愛の告白
 桃:誠実な愛

*ラピス・ラズリ:永遠の誓い