<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夢が如し


 偶然とは、恐ろしいものだと朝倉・秀治は思い知る。
 綺麗な女性をたまたま見かけ、持て余していた暇な時間を潰す意味で、ちょこっと一緒に過ごせたらいいと思っていた。軽い気持ちで、互いに楽しく一時を過ごそうと思っていただけだ。勿論、断られるかもしれないという事も頭の中においてあった。だからこそ、無謀と思いつつも声をかけたのだ。
 目の前に居る、風上・地華に。
 第一印象から受ける真面目そうな面持ち、一見近寄りがたいクールな雰囲気。ナンパなんていうものを一切拒否しようとする様子であったというのに。
「ええと……いいのか?」
 何度目かになる確認に、地華はこっくりと頷く。
「だってさ、これナンパだよ?」
 こっくり。
 意味が分かっているのか、分かっていないのか。秀治が困りながらがしがしと頭を掻いていると、地華は秀治をじっと見つめながら再び頷く。
「分かっています。お付き合い、するんですよね?」
「ああ。お付き合いお付き合い……お付き合い?」
 自分が考えているニュアンスと違う様子の地華に、秀治は慌てて問いただす。
「私と年齢差がありそうですが……でも、これが運命だから」
「う、運命?」
 話が不穏な雰囲気へと突き進んでいっている。秀治は慌てて「ちょっと待って」という。
「そんな大したもんじゃないぜ? だってこれ、ナンパだし。適当に時間を潰したいだけだから」
「時間潰し、ですか」
「そうそう。だからさ、別にそういう風な大層なもんじゃなくって。もっと軽いノリでいいというか」
「ですが、私はあなたに運命を感じました」
「俺、感じなかったけど」
「いいえ、間違いありません」
 怪訝そうにしている秀治に対し、地華はきっぱりと言い放った。毅然とした様子が、秀治に一歩後ろに下がらせる。
「ええと、その根拠って何?」
 秀治が尋ねると、地華はそっと目を閉じながら微笑む。
「夢、です」
「夢?」
「ええ。私は夢で見た人に、あなたは瓜二つなんです」
 地華の言葉に、秀治は大きなため息をつきながら頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。
「俺には、お姉さんと付き合う気は無いよ」
「お姉さん、じゃありません。風上・地華です」
「じゃあ、地華。俺は地華と付き合うつもりは無いんだけど……」
「でも、さっきは付き合わないかと」
「だからそうじゃなくて」
 うーん、と秀治は唸る。地華はわけが分からず、きょとんとしたままだ。
 秀治はゆっくりと立ち上がりながら、じっと地華を見つめる。
(でもまあ、暇なことには違いないし)
 時間を潰したいのは、まだ変わっていない。そしてまた、どうせ時間を潰すのならば、綺麗な女性……例えば地華とか。
「じゃあ、行くか」
「はい」
 嬉しそうに微笑む地華に、秀治は「あ」と言って付け加える。
「俺は、朝倉・秀治」
 いまさらながらの自己紹介に、地華は再び「はい」と答えるのだった。


 秀治は地華に「どこか行きたいところは?」と尋ねる。地華はきょとんとしつつ、首を横に振った。
「お任せします」
「うーん、それじゃあ」
 秀治はそう言い、地華の手をそっと握り締める。地華は「あ」と言い、握られた手をじっと見つめる。
「公園に行こう。今なら、鳩がいっぱいいるかもしれないし」
「あ、はい」
 軽く手を引っ張られ、公園へと向かう。地華は頬をほんのりと赤らみ、自然と笑みが浮かんでくるのを感じた。
 秀治に連れてこられた公園は、緑の多い落ち着いた雰囲気の場所であった。
「素敵ですね」
 素直な感想を述べる地華に、秀治はにっと笑う。そして、公園の中央に出ていた売店に行き、ビニール袋を持って帰ってきた。
「何ですか、それ」
「鳩呼び道具」
 秀治はにっと笑い、ビニール袋の中から取り出したものを地華の掌の上に乗せた。鳩のえさだ。
「え、これ」
「こうやるんだ」
 戸惑う地華に、秀治は鳩のえさを辺りにばら撒く。すると、えさに気付いた鳩たちが一斉に秀治の下に集まってきた。
 ばさばさという羽音に紛れて聞こえる、秀治の笑い声。地華はその様子にそっと微笑み、掌のえさの存在を一瞬忘れる。
「ほら、地華も」
 秀治に言われ、地華はようやく掌のえさを思い出す。足元には秀治の撒いたえさを突く鳩たちがたくさんおり、地華の持っているえさもそこはかとなく狙っているようだ。
 地華は「えい」と声をかけながら、えさをばら撒く。すると、待ってましたと言わんばかりに鳩が群がる。その必死にも見える鳩の様子に、思わず地華は笑いをこぼす。
「な、楽しいだろ?」
 秀治の言葉に、地華は思わず「はい」と嬉しそうに返事をする。事実、とても嬉しかった。何気ない公園が、秀治がいることによって全く違う世界に見えるのだ。
(やっぱり、そう)
 楽しそうに鳩と戯れる秀治を見、地華は確信する。
(あの人こそが私の運命の相手に違いない)
 何処に行きたいかと問われ、何処でもいいと答えた地華を静かな公園につれてきてくれた。そして、鳩にえさをやるというただそれだけなのに、一緒にいるだけで楽しい気持ちにさせてくれる。
 地華の予感を確信に変えていると、秀治が「参った参った」と言って笑いながら帰ってきた。
「あいつら、結構意地汚いな」
「あなたと一緒にいるのが、楽しいからですよ」
「そっか?」
 不思議そうな秀治に、地華はこっくりと頷く。
「ちょっと休むか。あ、そこのベンチに座っといて」
 秀治はそう言うと、鳩のえさを買った売店に向かった。地華がベンチに座っていると、すっと紙コップが差し出された。
「あ、有難う」
 地華が受け取ると、秀治はにっと笑ってから地華の隣に座った。
「こういう公園とか、あんまり来ないのか?」
「そうですね。少なくとも、こんな風には」
「こんな風?」
 不思議そうに秀治が尋ねると、地華はくすくすと笑いながら、未だにえさを探す鳩を見る。
「あの子達にえさをやったりとか、一緒になってはしゃいだりとか」
「新鮮だった?」
「ええ、凄く楽しかったです」
 地華はそう言って微笑んだ。紙コップをぎゅっと握り締め、嬉しそうに笑っている。秀治はそれを見「そりゃ良かった」と言ってから自らの紙コップをあおった。
「あ、そういえば勝手にコーヒーにしちゃったけど、良かった?」
「はい。ご馳走になります」
「大したもんじゃないけどな」
 丁寧に礼を言う地華に、秀治は苦笑気味に答える。すると地華は「いいえ」と言って首を横に振った。
「よくここの公園には来るんですか?」
「そうだなぁ……ま、たまに。あいつらがえさを
 そうか、と秀治は答える。その瞬間、ざあ、と風が吹いた。
 地華は「あ」と言って髪の毛を押さえる。その際、手にしていた紙コップが倒れそうになり、秀治は慌てて紙コップを受け止める。
――目が、交差する。
 風はやんだが、目は未だ交差したままだった。そうして、ゆっくりと地華が目を閉じた。
(キス、してもいい)
 地華は思う。
 秀治は地華にとって、運命の相手としか思えない。ならば、今こうしてキスをしてしまってもいい、と。
 だが、秀治はゆっくりと放れていった。気配を感じた地華は、ゆっくりと目を開ける。
「駄目だ」
「どうして?」
 尋ねる地華に、秀治は曖昧に微笑む。女好きで、暇があればナンパをする秀治だが、キスは別格だ。
 ゆっくりと首を横に振る秀治に、地華は「でも」と口を開く。
「私は、あなたとキスをしてもいいかもって思ったのに」
「駄目だ。キスは、本気の人とするものだから」
 更に「でも」という地華に、秀治はゆっくりと首を横に振った。それは遠まわしな優しい、だがはっきりとした断りであった。
 しかし、地華はどうしても納得できなかった。
(運命の人、なのに)
 予感から変わった、核心。
(絶対に、運命の相手なのに)
 夢で見た人に瓜二つの風貌に、一緒にいて感じた優しさ。それらは全て、地華にとって秀治が運命の相手であると指し示しているとしか思えなかった。
 それなのに、秀治は首を振る。運命の相手は自分ではない、と言って。
 地華はじっと秀治を見つめる。秀治はそっと地華の手をとる。
「これは、夢だと思うんだ」
「夢……?」
「俺に似た奴を、夢で見たんだろう?」
 こくり、と地華が頷く。秀治は「なら」と言って地華の手を握り締める。
「これは、夢なんだ」
 地華は秀治の手を握り返す。秀治は一つ頷き、ゆっくりとその手を解いた。地華は何も言えず、ただじっと秀治を見つめていた。
 秀治は「それじゃ」と言って、地華に背を向けた。地華がその背を見つめていると、秀治は一度だけ振り返る。
「また、会えたらいいな」
「あ……はい!」
 地華が慌ててした返事に、秀治はちょっとだけ笑う。そうして、手をひらひらと振ってから公園を後にした。
「また、会えたらいいですね」
 一人残された公園で、ぽつりと地華は呟いた。
 本当に夢なのかもしれないと、地華は最後に握り締められた手を見つめた。
 何の変哲も無い、いつも通りの手。
(でも、覚えている)
 夢で見た人と瓜二つの、朝倉・秀治という人を。
(きっと、彼こそが運命の相手だから)
――だから、きっとまた会える。
 地華はそう確信を持ちつつ、ぎゅっと手を握り締めた。
 その途端、公園に残っていた最後の鳩が空へと飛び上がった。目で追っていくと、そこには青空が広がっていた。
 それは、目が覚めるような深い青の色であった。


<夢のような、だが現実の時間をかみ締め・了>