<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


それぞれの歩む道

●新生活初日
 2007年、4月。場所は神・魔・人の共存する町『ビルシャス』。
 近くの公園の桜の花びらが風に乗り舞い散る中、ビルシャスの一角にある自宅前で、真新しいセーラー服に身を包んだ猫宮いゆ(w3d611maoh)が、ピカピカの学生鞄の持ち手を両手でしっかりと持ち、玄関で逢魔の三日月(w3d611ouma)を待っている。
「三日月ちゃーん、まだなのかにゃー?」
 早くするにゃー、といういゆに
「今行くさかい、ちと待っとってぇなー!」
 おろしたてのグレーのスーツに袖を通し、慣れない赤いネクタイを結ぶのに四苦八苦しながら三日月が走って玄関に来た。
「定期、良し。財布、持った。鞄、書類OK!」
 と、三日月は念を押して所持品の確認を始めた。というが、定期と財布、ハンカチ等は前日のうちに忘れないようスーツのポケットにしまい、鞄と必要な書類等が入っているA4サイズの封筒は、玄関の目に付くような場所に置いてあった。
「それじゃ、行くにゃ♪」
 いくつものバイト掛け持ち生活を無事卒業し、ご近所付き合いのコネを活かして家電メーカーに就職した三日月は、今日が初出勤日にあたる。そして…今日はいゆの中学の入学式でもある。

 本当は入学式に行きたかったのだが、運悪く日程がぶつかった為、いゆ一人で行くことになったのだ。
「初出社とはいえ、大事な日やさかい、休んでもええんやで。なあ、ホンマに一人で大丈夫なんか? 今からでも遅ぅない、わいも一緒に行こうか?」
 心配そうな保護者の顔でいゆの入学式に行くと言い出したら 
「小学校の卒業式みたいに、びーびー泣かれたら恥ずかしーのにゃ」
 そ、それはもう言わんといてや! と焦る三日月。
「いゆはしっかり者のお子様だから、中学校の入学式くらい楽勝にゃ。三日月ちゃんこそ、その歳で正社員採用されるなんてラッキーなんだから、気合入れて働くにゃ」
 新人は最初が肝心にゃ、と締めくくるいゆに苦笑いした後、それならせめて途中まで一緒に行こうやと、三日月はまだネクタイと苦戦しながら身支度を整えている。

 中学生になったいゆを見て、三日月は立派に成長した娘を温かく見守るような父親のような表情になった。

●今日からの道
 ほな行こか、といつものように手を繋いで家を出ようとしたが、いゆは差し出された三日月の手を軽く叩き
「いゆは、もうおねーさんだにゃ」
 と笑った。
 その言葉に、いゆがほんの少しだけ大人になったんやなぁ…と実感する三日月。
(「初めて逢うてもう6年……か。時間の流れはあっちゅう間やなぁ。あないに小さかったのに……」)
 三日月は、いゆと初めて出会った日のことを思い出した。

 あの頃、いゆはピカピカの一年生だったが……両親を神帝軍に殺害され、偶然通りかかった三日月がいゆを身を挺して庇った。
 虫の息だったいゆの父親が、必死の思い出「娘を…たの…」と三日月に頼んだ。いゆの父親の血に塗れた手を冷たくなるまでぎゅっと握りしめながら、三日月は誓った。
「お嬢ちゃん…あんたが大きゅうなるまで、わいが面倒みたるわ。あんたのおとんとの約束さかい!」
 泣き顔のいゆを、ぎゅっと抱きしめて言った言葉を三日月は今でも覚えている。
 その後、世間体を気にして周囲には「叔父」と名乗っているが、いゆの逢魔にして父親、母親代わりになり、時にはペットにもなった。いゆが笑顔でいてくれるなら、彼はどんな苦労も厭わなかった。
 小さなアパートでの慣れない家事に苦戦したこともあった。
 遊園地でデートしたり、手を繋いで夕飯の買出しに行ったりもした。
 友人とカップラーメンの取り合いをしている時、いゆが争いを避け、カップラーメンをゲットしたこともあった。
 いゆが一人で泳げるよう、海に行き練習に付き合ったこともあった。
 いゆの宿題を見て「そこ計算違うやろ」と注意したこともあった。
 いゆが夕飯の後片付けを手伝って皿を割り泣きそうな顔をした時、「そないなこと気にせんでもええ」と慰めたこともあった。
 散歩の途中、野良猫と喧嘩していゆに呆れられたこともあった。

 語り尽くせぬ多くの思い出を、三日月は思い出していた。

「三日月ちゃん、どうしたのにゃ? 初出勤なんだから、明るくしなきゃだめにゃ」
 三日月が緊張しているのだろうと、いゆは気遣うように明るく言う。
 家を出ていつもの道を通り商店街に差し掛かる少し手前、いゆがいつもと反対の角を曲がろうとした。
「ど、どこ行くねん」
「今日からこっちなの。三日月ちゃん、頑張るにゃ♪」
 笑って一度手を振ると駆け出すいゆの背中に、出逢った頃の幼かったいゆの姿がだぶったのか、三日月は一瞬、涙が出そうになった。
「(わいのご主人様は、もう一人で歩ける……いや、歩こうとしとるんや。わいも、しっかりせなあかんな。いゆ、わいも負けへんで!)」

 淋しさを振り切るようにいゆに背を向け、三日月は会社へと歩き出した。

<終>

 はじめまして、WRの氷邑 凍矢と申します。
 このたびはシチュエーションノベル(ツイン)ご発注、ありがとうございました。
 魔皇様の成長を喜び、見守るような保護者、という設定で書かせていただきました。
 魔皇様のいゆ様の思い出は、アクスディアギャラリーにあるイラストを参照に致しました。
 三日月様、いゆ様の旅立ちが良きものでありますよう…。
 関西弁に関しては、間違っている部分があるかもしれません。ご容赦ください。

 氷邑 凍矢 拝