<東京怪談ノベル(シングル)>


その先にあるもの
●復興活動の裏事情
 ほんの数年前まで『日本』であった国は、今は『パトモス』と呼ばれる国となっている。正確に言うならば、『日本』であった国の大部分が『パトモス』と呼ばれていると言うべきだろうか。何しろ、かつての北海道は『日本国』を名乗り、九州・沖縄は神帝軍の占領下にあるのだから。
 そんな状況ながらも、復興活動は相変わらず進められている。中心となるのはパトモス軍の基地がある場所だったり、幸運にも戦いの被害をさほど受けずにすんだ都市部である。もちろん国家として復興の中心となっているのが新東京であることは、改めて言うことでもない。
 だがしかし――パトモス全体で見れば、未だ復興を果たしていない地域が多いのもまた事実。
 それでもまだ、旧来の県庁所在地だった場所や、何らかの特筆すべき産業を擁していた場所ならばましなのかもしれない。問題はそうではない場所、特に交通機関が正常に機能していた時でさえも不便であった場所だ。
 そういった場所は、復興活動がどうしても後回しにされてしまう。答えは簡単である――復興にかかった労力とそれに対するリターンを比較したら、間違いなく釣り合いが取れないのが分かり切っているからだ。
 それならば、先に都市部を復興させた方がよい。そうすることによりその都市部から少なくないリターンを得ることが出来て、そこからさらなる復興活動が可能となるだろうから。
 そういう論理から復興活動が後回しにされている間に、小さな村が野良サーバントなどの餌食となって甚大な被害を受けるケースもある訳だ。残念ながら、今の話は決して少なくないケースである。
 けれども、時間の経過によって好転の兆しはある。復興地域が新たな拠点となり、それまでは手が回らなかった場所にも少しずつ組織的に動けるようになってきたからだ。
 この日もそうだった。かつての中部――テアテラに属する小さな村に、復興活動を行うべく神魔人混合の一団が向かっていた。その村はほんの10日ほど前に、野良サーバントであるゴブリンの集団によって襲撃に遭っていたという……。

●拒む少女
「はいはい、順番に並んで! 押さない押さないっ!」
 手にしたお玉を振り上げながら、エプロン姿の青年が目の前に集まっている老若男女に声をかけた。
「焦らなくても皆に十分行き渡る量はあるから!」
 青年――真田浩之はそう言葉を続ける。辺りには美味しそうな匂いが漂い、浩之の背後にはとても大きな鍋がくつくつと煮えていた。鍋の中身の色を見るに、味噌仕立ての具だくさんな汁物であるだろうか。
 この日、浩之は復興活動の一団に加わって炊き出しの配給係を受け持っていた。無論、この汁物も浩之が主に担当した品である。
 浩之や一団の他の者たちの言葉が効いたのだろうか、集まっていた者たちは徐々に2列で並んでゆき、子供をなるべく前に出していった。
「ほい子供たちっ! お腹空いたろ? 今すぐ掬ってあげるからなっ」
 浩之は子供たちに向かって笑みを浮かべると、プラスチックのお椀にお玉で掬った汁を八分目ほどまで順番に注いで渡していった。
 お椀と箸を受け取った子供たちは、さっそくその汁物を食べ始めた。
「あったかーい!」
「美味しいー!!」
「美味しいね〜」
 さすがは子供たち、反応が早い。口々に感想を言い始めた。やがて大人たちにも回ってゆくが、同じく評判は上々であった。
「おにーちゃんコックさんなのー?」
 小さな女の子が浩之に向けてそう尋ねてきた。
「いや、そうじゃないけど……これでも料理人を目指していたんだ」
「そうなのー? あ、でも、だから美味しいんだねー☆」
 浩之の答えを聞いた女の子は、にこにこと微笑みを向けていた。
(やっぱりいいもんだよな、笑顔は。ん……?)
 女の子の笑顔をしばし見ていた浩之だったが、ふと自分を見つめる視線に気付き、そちらの方に目を向けた。
 そこには140センチはないだろうか、ぼろぼろのマントをまといマシンガンを背負った1人の少女の姿があった。少女はじっと浩之を見つめている。いや、見つめているというか……睨み付けていると言った方が正しいのかもしれない。表情が、険しいのだから。
 浩之はその少女の視線を少し訝しく感じながらも、ゼスチャーで少女に向けて炊き出しを食べないかと勧めてみた。ところが、少女からは意外な言葉が返ってきたのである。
「……いらないよ、そんなもん」
 少女はぼそりとつぶやくと、そっぽを向いてしまった。明らかに嫌悪感を含んだつぶやきであった。 
「おい、あれひょっとして……」
「ああ、俺もさっき気付いた……」
 その時、浩之の耳に近くに居た一団の男たちの声が聞こえてきた。
「……サーバントハンターあかねだよな」
「だろ。野良サーバントの襲撃があったこと聞き付けて、やってきたんじゃないか?」
(サーバントハンターなのか……)
 それを聞いて浩之は、何故少女あかねがマシンガンを背負っているのか理解出来た。サーバントハンターとして、あれは必須の武器なのであろう。
 と、浩之の視界に一団の別の男が駆けてきて、また別の男の耳元で何やら報告している様子が飛び込んできた。報告している男の顔は強張っていて、報告を受けた男も一瞬にして血相が変わった。そして2人、別々の方向へ駆け出していった。
 浩之が視線を男たちから戻すと、あかねも今の2人が居た場所に視線を向けていたのが分かった。あかねはマントを翻すと、村の出口に向かって急に駆け出してゆく。
(……急にどうしたんだ?)
 突然のあかねの行動を不思議に思った浩之。少しして、そんな浩之の元にも報告が届いた。30匹前後のゴブリンの集団が、村近くの岩場に再び現れたと……。

●迎撃
 岩場に、銃声が反響していた。マシンガンの連射音だ。それに声とは言えない悲鳴がいくつも加わり、不協和音を奏でている。
 岩場の中心部には左脇に構えたマシンガンを四方八方に撃ちまくり、空いている方の手でフルオートの拳銃を構えているあかねの姿があった。そして同心円を描くように、倒れているゴブリンたち。あかねのマシンガンの餌食となったのだ。
 さすがはサーバントハンター、たいした腕前だ。すでにゴブリンの集団は半分近くにまで数を減じていた。このままあかねのマシンガンが、ゴブリンたちを全滅させてしまうかに思われたが――。
「!? ちっ……!」
 舌打ちし、左脇に構えていたマシンガンをあかねは足元に投げ捨てた。好事魔多し、マシンガンがジャムったのである。ここからあかねはフルオートの拳銃でのゴブリン迎撃へ移行した。
 1匹ずつゴブリンを確実に仕留めてゆくあかね。だがゴブリンたちだってそう馬鹿じゃない。あかねのマシンガンが使い物にならなくなったと見るや、接近戦だけでなく投石なども行ってきたのだ。
「くっ!」
 こうなると多勢に無勢、1匹倒す間に複数回の攻撃をあかねは受けてしまう。次第に……あかねから余裕が失われていった。
「ガァァァァァァァァァァッ!!」
 そんなあかねの背後から、長剣を手にした一際大きなゴブリンが襲いかかってきた。ゴブリンリーダーだ!! あかねの回避が間に合わない!!
「とうっ!!」
 その時だった。あかねとゴブリンリーダーとの間に割り込むように、白銀の影が飛び込んできたのは。その白銀の影はあかねを抱え込むようにしてゴブリンリーダーのスマッシュ攻撃をかわすと、振り返り様に蹴りをゴブリンリーダーのこめかみ目がけて叩き込んだ。
「グァァァァァァァッ!?」
「これで終わりだ!!」
 白銀の影――真ガーディエルジャケットで全身を純白に覆った浩之はこぶしによる渾身の一撃をゴブリンリーダーに叩き付けた。
「ガ……!!!」
 口元から血を吐き、背中から倒れるゴブリンリーダー。それを目の当たりにした残り数匹のゴブリンたちは我先にとバラバラに逃げてゆこうとするが、浩之とあかね各々の攻撃によって全て倒されてしまったのだった。
「これでひとまず危険は去ったかな……。と、大丈夫だったか?」
 浩之はあかねに声をかけた。あかねはじっと浩之を睨み付けている。
「……一応礼は言うよ。で……悪魔が正義の味方気取り?」
 あかねが浩之に向かって冷たく言い放った。助けられはしたが、それとこれとは別だとでも言いたいのだろうか。
 浩之はしばし黙っていた後、あかねにこう告げた。
「……正義とは理念で、正義の味方とは行動だ。その結果、正義がなされるとは限らない」
「ああ、そうだ。正義の味方なんて自分から言う奴ほど、信じられない奴は居ないね」
 ぷいと顔を背けるあかね。そんなあかねに向けて、浩之はさらに一言静かにつぶやいた。
「……だが、最善を尽くすことは出来る」
 それだけ伝えると、浩之はすっとあかねから離れ、颯爽と去っていった。
「…………」
 その場にはしばらく、あかねが無言で立ち尽くしていた……。

●裏で何があったか、知られなくともよい
「ほい子供たちっ! たくさん食べるんだぞーっ!」
 危険が去った村に戻った浩之は、またエプロン姿の配給係へ戻っていた。あかねに加勢し、ゴブリンの集団を一掃したことなど一団の他の者たちが知ることはなかった。
 と、浩之が行列の先頭に目をやると、そこには顔を背けたあかねの姿があった。
「はいお待ち!」
 汁をお椀に九分目まで注ぎ、浩之はあかねに手渡した。戦って疲れているだろうから、少し多めに入れてあげたのだ。
「……私は残るともったいないから食べるんだぞ。か、勘違いしないことだ」
 憮然とした表情ながらも、あかねはそう言って浩之からお椀を受け取った。
「熱いうちに食べると旨いからなっ!」
 そんなあかねの様子に、浩之はふっと笑みを浮かべて言った。

【おしまい】