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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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ヴァイオリンソナタの前奏曲
「うふふっ‥‥私の魔皇様はどこにいるのかしら?」
カツン、カツン、カツン、と。
7cmはあろうかというピンヒールを履いた女が、男達の視線も誘いも物ともせずに、新東京を闊歩している。
──ああ、早く会いたい。
そう、出来れば可愛らしい女の子の主がいい。
赤い舌がちろりと覗き、真っ赤なルージュを引いた唇を舐める。その仕草に周囲の雑音(男達の誘いの声)が煩くなったが、そんなものはどうでも良かった。
〜‥‥〜〜‥‥♪
ん? と今まで周囲に無関心だった女が、ピタリと止まる。耳に何か心地の良い‥‥音楽? が飛び込んできたのだ。
「──上ね」
いきなりヒールで猛ダッシュを始めた女に、目を奪われていた男達は更に目を瞠る。陸上選手もかくやというスタートダッシュであった。
人混みを抜けて路地に飛び込むと、一気に人化を解く。
「うふぅ」
バサッ。
収めていた悪魔羽を出し、尻尾を出す。
そう、彼女──ロウファは、逢魔・インプが本性。未だ主を見つけていないロウファは、何に惹かれたのか分からないまま、空へと舞い上がる。
何か、どこか、今聞いた旋律が気にかかるのだ。
分からないまま、時速100Kmを越す速さで建物の間と間を弾丸のように飛び──
そうして、彼女は見つけた。
彼女の心が打ち震え、涙が零れそうになるほど‥‥愛おしい主に。
●第一楽章
「やっと、見つけた。貴女が‥‥貴女が、私のご主人様なのね」
「‥‥‥‥」
ロウファが降り立った先は、とあるビルの屋上。
そこにロウファが求めて止まない人物──平澤・夢夜が、いた。
感動に打ち震えて声すら掠れている、蠱惑的な謎の女に夢夜は冷たい眼差しを向けた。
気のせいかもしれないが、今空から飛んで来なかったか?
「‥‥‥‥」
何かを心の中で決着づけたのか、夢夜は先ほどまで音楽を奏でていたバイオリンをケースに戻すと、一言もなく背を向ける。
「あら、魔皇様、どこへ行くの? まだ挨拶もしてないわ」
「‥‥いきなり現れてご主人様とか言われる覚えはないんだけど?」
氷のような少女の眼差しに、甘く切なく、きゅううんとロウファの胸が震えた。何故なら、
──まだ十五‥‥いいえ、大人っぽいけれど十ニ〜三くらいかしら? 絹糸のような銀の髪、感情を削り取ったかのような灰の瞳‥‥いいわ。
先ほどまで何事にも動じなかった心が嘘のようだ。彼女の‥‥主の一挙手一投足にぞくぞくと肌を粟立てる。
これは紛れもなく喜びの、いいえ悦びの、感動。
「私の名前はロウファ。うふふっ、貴女のお名前は?」
インプ姿のままで、にじり寄るロウファ。普通の少女ならば怯えるだろうが、夢夜は違った。
「私にそんな露出度の高い知り合いはいません。お引取りを」
ばっさり。
「ふふっ‥‥うふふふふふっ♪」
バタン、と屋上から主が消えた後。ショックを受けるでも呆然とするでもなく、ロウファは身を捩りながら悶絶していた。
「ああ、私は何て運がいいのかしら‥‥あぁんな可愛らしい女の子がご主人様だなんて!」
この豊満な胸に潜んでいた退屈が、嘘のように消え去った。
瞼を閉じると、先ほどの少女の斬るような視線が蘇る。
「うふっ、あの子に可愛らしい服を着せたいわ‥‥あんな服とか、こんな服とか」
うっとりと微笑むその顔は、恍惚。
長く探していた主に不満はない。むしろこの関係に、自分が逢魔である事に、感謝したい。
「‥‥まずはお名前から教えてもらわなくっちゃ、ね」
バサリ、と羽が鳴る。
●第二楽章
──世の中には、様々な人間がいる。
バイオリンケースを手にビルを出た夢夜は、そんな事を考えていた。
ついつい今日も人の居無さそうな屋上で弾いてしまったが、今後はちょっと考えものかもしれない。
今日のように空から降ってくる露出魔の女性(あれは服なのか極めて面積の少ないスパッツなのか)に声を掛けられるかもしれないし、
「ねぇ、お姉さん‥‥僕の力の犠牲になってよ」
こんな風に、犯罪者に目をつけられるかもしれないからだ。
「‥‥ッ!?」
「あはははぁ、いくよぉお姉さあああんっ」
夢夜の目の前に、今まで縁のなかった危険が迫っているらしい。
自分より小さな子供が、何か光の珠のようなものを掌の上に集めている。
「‥‥?」
綺麗、というより悪寒を感じた夢夜は、意味もわからず身を伏せた。
ガタタッ!
「あ〜あ‥‥お姉さん、何でぇ、避けちゃうの?」
ただの光ではありえないそれが、自分が突っ立っていた部分を通過していく。消えた方向に目を向け、少年の方に視線を戻す。
──あの光は、当たると危ないもの‥‥?
よく分からないが、いい予感はしなかった。
「じゃあ、次はぁ‥‥これでいくからねぇ!」
指先を拳銃に見立てて、こちらに向ける。明らかに指先から何かが発射されようとしていた。
逃げなければ、と咄嗟の判断で起き上がり駆け出す。しかしその行為は背中という的を見せてしまったわけで。
「お姉さんにああああたれぇええええっっ!!!」
バイオリンケースを抱き締める事しか、出来ない。
「い、た、‥‥」
自分の声ではないそれに、はたと夢夜が目を開く。気付けば温かい腕の中に自分は居た。
「──あなた」
見上げて絶句した。先ほどの怪しい露出狂かと思った女が、自分を守るように抱きしめていたのだ。
顰められた顔は、どう考えても代わりに攻撃を受けてくれたとしか思えなかった。
「──ど、して」
眉間の皺は相当痛がってる事を物語っている。自分を庇う義務なんて、ない筈で。今日会ったばかりの人なのに。
ほとんど同じ位置にある瞳は、自分を心底案じたもの。間近で見つめる夢夜に、ロウファは微笑んだ。
「だって、ずぅっと貴女に会いたかったら」
●第三章
「なぜ、助けてくれたの?」
路地裏に放置されたままの空き箱に腰を下ろしたロウファの腕を取り、流れた血をふき取りながら訊ねた。
──こんな風に血を流して、傷ついて。痛かっただろうに。
自分を助けるメリットが、よく分からないのだ。
表情のあまりない夢夜の、やや不機嫌そうな顔を察して、ロウファが笑みを浮かべる。
「貴女が私の魔皇様だから」
「知らないわ」
一刀両断とはこの事か。
何を言われても塞ぐどころか嬉しそうな顔を見せるロウファに、若干呆れ気味の夢夜。
しかし。
「──夢夜」
え? とロウファが首を傾げる。自分のハンカチを裂いて包帯代わりに巻いた端をきっちり結ぶと、
「私の名前。‥‥一応、助けてくれたみたいだから」
屋上でしつこくしつこく聞かれた質問にだけ、答えてあげた。
「夢夜♪ 可愛い名前ね‥‥」
うっとり夢見るロウファを放置する。後ろなど一度も振り返ってやらない。
だが。
何となく、何となくだが──、
「夢夜、これからよろしくね♪」
「子供みたいに懐かないで」
この奇妙な縁が、これから先も長く続くような気がしていた。
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