<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【見えない真実の中で――第三章――打開編】

 ――茜色に染まる大空を鋼鉄の巨人が滑空してゆく。
 緋に機体を照り返す殲騎『ドリルカイザー』は重厚なフォルムにも拘わらず、左右に伸びた翼で空を切り、ウェイトを感じさせない速度で飛翔していた。武骨な上半身背面に連結された鳥型魔獣殻『迦楼羅』の恩寵もあるかもしれないが、空を仰いだ者がいたとするなら、まるでロボットアニメのような光景に目を奪われた事だろう。
 尤も、殲騎と呼ばれる巨人が飛行する姿は、神魔戦線を乗り越えて来た人類にとって、そう珍しいものではない。それでも螺旋皇帝の攻撃的なシルエットが空を舞う様はどこかダイナミックだった。
「そろそろ到着しますわね」
 山岳を捉えると、清流の如き澄んだ女の声がコクピットに響いた。暫しの沈黙後、エメラルダの声は訝しげな色を湛えて魔皇の名前を呼ぶ。
「‥‥烈?」
「あ、ああ‥‥どうかしたのか?」
 少年のような声が返ると同時に視界が背後に流れる。風祭烈の瞳に映るは、優麗なエメラルドグリーンの長髪と、上目遣いで頬を僅かに膨らます美女の不機嫌そうな風貌だ。耳に覗く美しいヒレ状のセイレーンである証でさえ、ツンツンしているように見えるのは気のせいだろうか。
「どうかしたのかじゃありませんわ! 聞いてなかったのですか?」
 背後のタンデムシートにおりますのに、と、逢魔の美女はただでさえ近い距離を更に縮めた。妖精の如き美貌とはいえ、怒った顔が迫るのは抵抗がある。青年はあどけなさの残る精悍な風貌をオーバーに崩して引く。
「‥悪い‥‥考え事をしていたんだ」
「考え事? 何ですの? 言ってごらんなさいな」
 主に訊ねるという口調ではない。まるで姉が弟に接するような響きだ。確かに年齢的にはエメラルダが僅かに年上ではある。少女の愛らしさも美貌に彩りを与えているが、肉感的な容姿から漂う雰囲気は大人の美女だ。
 尤も、仮に年下だったとしても、駄目な兄貴に世話を焼く妹的に接したであろう。
 やはり、烈という魔皇が放つ少年のような雰囲気に因る部分が大きいのかもしれない。
「例のキメラ型サーバントさ。黒幕はシャイニングフォース(SF)で操っている神帝軍と考えていたが‥‥サルデス(中国)地方での最近の活動をあまり聞かないだろ? その事が気になってな」
 ――私の最高傑作に『あの』村を襲わせる。
 廃墟に響き渡った声が脳裏に甦った。
 奴は日没後、山に解き放ったサーバントに村の民家を襲わせるとも言っていた。この圧倒的暴力を阻止するべく、烈達は夕焼けに染まる空を駆けているのだ。
「確かに‥‥神帝軍の活動報告は聞きませんわ。あの村でも‥‥」
 元を糺せば、村にサーバントが出現するという噂が流れていた為、来訪したのが始まりである。
 しかし、村人はサーバントの情報を知らなかったばかりか、サーバントハンターが訪れる町の酒場で得た手掛かりは、定期的にキメラの噂が流れるという事だった。
 余りにも釈然としない事実ばかりで気持ちが悪い。
 烈でなくとも、喉奥に魚の骨が刺さったような状況はもどかしかった‥‥。

●解き放たれたキメラ
 ――山岳に茂る森が見えて来た時だ。
 既に夕日は落ち、闇が周囲を包み込んでいた。風に揺らぐ森の木々は、まるで漆黒の大海原のように波打つ。ドリルカイザーが更に接近したその時、大海から飛び出すように異形の怪物が空を舞った。
「来やがったな!」
 殲騎の眼が捉えた数匹のサーバントを視界に映し、烈は操縦桿を握り締め、不敵な笑みを浮かべて見せる。次いで直ぐ背後からエメラルダが口を開く。
「鳥類のサーバント…いいえ、違いますわ。あれもキメラ型サーバントという事ですわね。大きさは殲騎に匹敵しますわ」
 初めて見るサーバントのフォルムに、逢魔の美女は「気をつけて」と、魔皇の青年へ青い眼差しを送り注意を促した。烈は軽く返すものの、獲物を捉えた眼光は警戒の色を浮かべていない。
「悪には正義の鉄槌を食らわすまでだぜ! 村を襲わせたりさせないッ!!」
 ドリルカイザーの大型ブースターと合わせて鳥型魔獣殻が粒子を噴射すると、迦楼羅の翼で空を切り裂きながら殲騎は一気に飛び込んだ。サーバントとて、容易に接近を許すつもりはない。口を開くと威嚇するように高らかに鳴き声を響かせ、火球の洗礼を次々と放つ。忽ち烈達の視界は火炎弾に包まれた。それでも青年の口元は不敵な笑みを浮かべたままだ。
「翼を得た螺旋皇帝を舐めてもらっちゃ困るぜ!」
 接近しながら機体を大きく左右にスピン(錐揉み回転)させ、次々と洗礼を潜り抜けてゆく。コクピット内は激しいGに強襲されているだろうが、常人の身体能力を超越した魔に属する者にリスクは皆無だ。闇の中で残像を描きながら肉迫するドリルカイザーの眼光がギンッと輝く。
「そこだッ! 唸れッ! ドォリルラァァーンスッ!!」
 刀身を回転させて叩き込む、真・魔皇殻『真・ドリルランス』がサーバントの懐を貫いた。次いで、闇に断末魔を響かせるキメラの軌道をそのまま眼下に向けると、更に大型ブースターを噴射して急降下する。殲騎の眼が捉える視界が、仰向けで翼をバタつかせるサーバントで覆われる中、鈍い衝撃と共に木々や深緑が砕け舞い散り、急速で迫った地面にキメラを串刺しにした。流石の化物も絶命した事だろう。蹂躙された森に月明かりが差し込む。
「ここは‥‥」
 照らし出されたのは殲騎やネフィリムの残骸だった。金属とは異なる物質で模られた鎧は、錆びて朽ち果てる事なく、戦場の痕跡を浮かび上がらせる。
「騒がせちまったな‥‥うおッ!」
 刹那、激しい衝撃がコクピットを襲った。倒したのはたった一匹だ。忽ちキメラに頭上を包囲され、火球の洗礼が放たれたのである。これでは派手な大技をエメラルダに咎められかねない。背中に突き刺さる視線が痛いのは気のせいだろうか。
「嬲り殺しとは、いい趣味だぜ! させるかよ!」
 一斉放火と同時、ドリルカイザーは串刺しにしたサーバントの亡骸を盾にして凌ぐ。激しい爆炎が吹き上がり、抉られた大地が土煙となって巨人を包み込んだ。巨体同士の戦いは、容易く森の木々を吹き飛ばし、地表を穿ち、森の様相を変容させてゆく。尚も放たれる洗礼に周囲が煙ると、異形のキメラはゆっくりと降下して四足で着陸する。視界から消えた巨人を捉えようとしているのだろうか? 爆煙に包まれた地点に踏み込んだ時、煙る視界を横薙ぎに切り裂き、螺旋皇帝が姿を現わした。慌てて地を蹴り後退するキメラを、伸びた多関節の脚がガッチリと拘束すると、再び螺旋の鉄槌を食らわす。飛び散るサーバントの体液に染まる機体を捉え、キメラは驚愕を含むかのように鳴いた。
 ドリルカイザーの姿が変容していたのである。
 否、正確に言えば、更に鎧を纏ったと例えるのが正しいだろうか。集中砲火の最中、烈はエメラルダに蟹型魔獣殻『G』を召喚させ、強固な甲殻とシールドとなる巨大な鋏により、ダメージを軽減させたのだ。殲騎はほぼ無傷といって過言ではない。
「残念だったな、頑丈なのが取り柄でね」
「烈、このキメラ達、よく見れば特長が異なりますわ」
 夜に紛れて動き出したサーバントを正確に視認する事は難しい。改めて覗うと、鳥に特化したタイプと、先ほど鉄槌を浴びせた獣に特化したタイプの二種類いるようだ。いずれにしても飛ぶのだから厄介な相手に変わりない。
「倒しちまえば関係ないぜ!」
「‥‥って、そうじゃありませんわ!」
「エメラルダ! 霧のヴェールを頼むぜ!」
「ちょっと!」
 烈は獲物を捉えて一気に肉迫すると、次々と螺旋の鉄槌を叩き込んだ。修羅の如く闘う魔皇の背中に逢魔の美女は溜息を洩らしつつ『霧のヴェール』を行使すると、ドリルカイザーに靄のような霧が纏わり付いた。おぼろげな残像を描いて飛び込む殲騎へ向けてキメラが火球を浴びせるが、霧のヴェールが命中率を低下させる為、直撃する事は無い。仮に命中したとしても、Gの鋏がシールドとして機能する事で、洗礼を弾く。
「捕まえた、逃げられると思うな!」
(Gの性能を巧く引き出していますわ)
 エメラルダが操縦桿を捌く烈の背中へ微笑む。魔皇の青年はドリルカイザーを包み込むように召喚された蟹型魔獣殻を巧みに行使していたのだ。逃げるキメラを胴体部から伸びた多関節の脚で捕え、動きを制した所に螺旋の鉄槌を下し、巨大な鋏でサーバントの亡骸を掴んでは盾としてダメージ軽減に努めた。修羅の黄金とセイレーンの組み合わせだから可能な戦法とも言えるが、高い耐久力と白兵戦闘能力に支えられた戦い方は烈の得意とするものだ。
 しかし、多勢に無勢に変わりない。キメラの連携は次第に殲騎へダメージを与えてゆく。逢魔の特殊能力『清水の恵み』は、被ったダメージを回復するが、無限の効果がある訳ではない。
「烈、甘く見ない方が良いですわ! 清水の恵みだって‥‥」
「ああ、分かっているさ! エメラルダに負担ばかり掛けさせないぜ! 真魔炎剣! フレイィィムッパァニッシュメントオォォッ!!」
 ドリルに蒼い炎が纏わり、そのままキメラに叩き込むと同時に火花が迸った。苦痛の叫びをあげるサーバントを更に抉る事なく、次いでブースターを吹くと軽く宙を舞い、続いて新たな獲物に蒼を迸らせてゆく。ほぼ取り囲むキメラに洗礼を与えると、ドリルカイザーは地面を砕いて片膝立ちに着地して振り返る。
「これでワードオブコマンドは解除された筈だぜ‥‥何っ!?」
 ――ワードオブコマンド。
 神帝軍のシャイニングフォース(SF)の一つである。真魔炎剣<フレイムパニッシュメント>は、SFに因る特殊な状態を消滅させる効果があるのだ。つまり、烈はキメラの連携をSFの効果と察し、連携を崩すべく洗礼を放ったのである。
 しかし――――。
「烈、連携が乱れたようには見えませんわよ」
 言い難そうな響きがエメラルダの口から零れた。烈は驚愕の色を浮かべるものの、口には出さずに呑み込み、顎を引いて異形の化物を睨む。
 ――ワードオブコマンドじゃない? 黒幕は神帝軍じゃないのか?
「ヤロウ! だったら片っ端から叩きのめすだけだぜ!」
 背後で美女が溜息を洩らす。だが、予め召喚した兵力から考えても他に策が無いのも事実だ。殲騎に装備された魔皇殻は『真ドリルランス』『真アクセラレイトドリル』『真ワイズマンロック』。高性能浮遊機雷は兎も角、得物は白兵戦で効果を発揮するものばかりである。魔獣殻ですら遠距離と相性が良い訳でもない。
「仕方ありませんわね。烈、無茶はしないで」
「ああ、手負いの群れには正義の鉄槌を浴びせてやるぜ!」
 本当に彼女の声を聞いているのか微妙だ。
 しかし、烈の言葉通り、真魔炎剣の洗礼は致命傷とはいかないまでもダメージは少なくない。幸いにしてキメラのスピードはドリルカイザーを翻弄する程でもなかった。もし、スピードに特化するようなキメラだった場合、烈達に勝機は無かったかもしれない。撤退する事は出来る。だが、戦線離脱は村への攻撃を許してしまう事へと繋がるのだ。恐らく二人は命の炎が燃え尽きるまで、阻止に徹した事だろう。
 ――戦いは壮絶さを極めてゆく。
 先ず、烈はターゲットを地上のキメラに絞った。当然、頭上から火炎弾が放たれるが、浮遊機雷で凌ぎつつサーバントに接近を繰り返せば、動き回る分、上空からの狙いを削ぐ事が出来る。ブースターを駆使して左右に揺さ振りを掛けながらスラロームを描けば、地上の攻撃も容易に当たりはしない。尤も、エメラルダの特殊能力あって可能となる戦法なのは変わりないだろう。
「次ッ! いつまでも狙い撃ちなんざさせやしないぜ!!」
 サーバントの体液に塗れた螺旋皇帝がブースターで飛翔する。まるで血塗れの鬼の如く殲騎のシルエットはキメラに飛び込み、次々と地表へ肉片と化した骸を落下させた。その総数は二桁に及ぶだろうか。地上に積み重なる化物の死体は凄惨なものだった。
「ハァハァ‥‥手こずらせやがって‥‥」
 流石に烈の呼吸も乱れていた。一騎当千の様相たる激闘を繰り広げたのだから無理はないだろう。背後のシートではエメラルダが気だるそうに魅惑的な肢体を弓なりに反らせ、荒い息に合わせて豊かな胸元が激しい起伏を浮かび上がらせる。
「‥‥ハァ、ハァ‥これで、村は救われたのですね」
「ああ、これでキメラサーバントは全部の筈だ‥‥」
 確信があった訳ではない。だが、視界を村へと流しても、被害が出ているようには見えなかった。黒幕の言葉が真実を語っているなら、村を襲撃するというのは阻止させる為の口実だ。
 つまり、この戦いも仕組まれた事に過ぎないのかもしれない――――。

 ――殲騎が飛び去って数刻後。
 森上空でヘリが滞空する中、キメラの骸に数名の人影が群れ集っていた。
『しかし、派手にやってくれたものだな』
『どいつも風穴が空いてやがるぜ。焼けた匂いも強烈だな』
『急げ! 全て回収して痕跡を消すのだ』
 人影は各々の役割を果たすべく散らばり、キメラの回収を進めてゆく。
 或る者達はヘリから垂れているフックにサーバントを固定し持ち上げると、付近の路上に待機している大型トレーラーの荷台へ運ぶという作業を繰り返した。骸も多いだけに並ぶトレーラーも相当の数だ。
 全ての作業が手際よく行われ、キメラの死体回収は帰還するのみとなった。上空のヘリが夜空を駆け抜け、闇にローター音が描き消えてゆく。トレーラーはサーバントを覆い隠し、ゆっくりとエンジン音を轟かせて動き出した。
 ――よし、後を着けるぞ!
 一度立ち去った後に戻り、状況を窺っていた烈が傍で同様に息を潜める美女へ視線を流す。エメラルダはコクリと頷き覚悟を決めた。このまま本拠地を掴もうという算段だ。
 見ていやがれ‥‥いつまでも思い通りにさせないぜ――――。


<ライター通信>
 この度は発注有り難うございました☆ お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 遅くなり申し訳ありません。切磋、1年に1度あるか無いかの大風邪に感染し、思うように筆が進みませんでした。それでも戦闘後までは綴れたのですが、抉るような腹痛が強襲して、そのまま倒れておりました。今も熱が下がりませんが、腹痛は鎮めたので続行している次第です。
 さて、いかがでしたでしょうか? 前回の直後という事で殲騎メインで綴らせて頂きました。前回から1年経過しておりますが、飽く事なく発注頂けて嬉しい限りです。ノミネートはスケジュールの都合で何度もお断りしており申し訳ありません。今回は丁度空いた所でしたのでお引き受けした次第です。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆