<PCゲームノベル・6月の花嫁>


真紅のウェディングドレス



1.
 花嫁のドレスって、普通真っ白っていうのがお決まりでしょ。
 白無垢とか、とりあえず白いわよね。
 でもね、そこに出る花嫁の着てるドレスは──真っ赤なんだって。
 紅い生地で作ったんだろうって? なんでそんなものでわざわざウェディングドレス作るのよ。
 なんか、噂では式の当日に男に逃げられて、首を切って自殺したんだって。
 で、その血のせいでドレスが真っ赤なの。
 あれ? 違ったかな、逃げようとした男を殺してだったかな。
 まぁ、そのどっちかのはずなの。
 ……で、出るんだって。
 何って勿論花嫁に決まってるじゃない。
 花嫁の死んだ日にその教会に行くと、真っ赤なウェディングドレス着た元花嫁が。
 見たら殺されるかって? 知らないわよ、私はそこまでは。
 でも、ただ出るだけだったらつまんないから、何かあるんでしょ、きっと。

 そんな噂話がアトラス編集部の麗香の耳に届かないはずはなく、取材のための準備も整えていたが、彼女は失念していた。
 自分よりも先に、その場所へ行くものが現れることもあるということに。


2.
 母親の死と共に生まれた子である真樹にとって、赤は特別な色だった。
 温もりと生命の象徴であると同時に、憎しみと死のそれでもある赤。
 だからなのだろうか、その夜ふらりと訪れた教会から真樹の身体、いや魂の何処かから懐かしさを覚えるものを感じた気がしてその中に入ってしまったのは。
 人気のない寂しい教会だった。
 昼に来たならばもう少しは違ったのかもしれないが、月明かりもあまり当たらないこの教会は暗くて寒く、そして何よりも何処か寂しさを覚える。
 しかし、そんなことを真樹は気にしたふうでもなく、それよりも身体に溜まっている疲労がうとうとと眠気を誘っていた。
 寝心地が良いとは言えないが、それでも床や地面に眠るよりはずっと良い整然と並べられた長椅子のひとつに横になると、そのまま真樹は眠りについた。
 1時間、いや30分もおそらくは眠っていなかったと思うが、その間に真樹は夢を見た。
 真樹にとって特別な色、赤で彩られた夢。
 それは幸せな夢でもあり悪夢でもあるものだったが、それを楽しむこともうなされることもする前に真樹は目を覚ました。
 夢の続きを見ているような気がしたのは、目の前に現れているもののせいだろうか。
 ウェディングドレスを着た女性がそこにはぼんやりと立っていた。
 しかし、そのドレスの色は赤い。
 まるでさっきまで見ていた(どんな内容だったのかはしかし覚えていないのだが)夢に出てきそうなほど赤いドレスを纏った花嫁。
(はなよめさんのきるふくは、しろじゃなかったっけ……?)
 以前、誰かから教わった話。
(なにかがへんだ、このはなよめさん)
 最初は赤いドレスを着ているように見えた女性だが、しっかりとその姿を見つめた真樹の目は『それ』を捉えた。
 声、いや、これは思念。
 噂という形の期待、願望、揶揄。
 他者の不幸を喜び、それを楽しむものの多くの思念がその女性の身体を取り囲んでいた。
『その教会に出る花嫁はさ……』
『真っ赤なウェディングドレスを着てるんだって』
『……自殺したんだって』
『出るんだったら何か起きないとつまらないよね』
 身勝手な期待やからかいのこもった声が花嫁の身体を取り囲み彼女を苛む。
(だから……)
 見つめていた真樹にはわかった。
(だからこのはなよめさんはかなしいかおをしているんだ。あんなくるしそうなかおを……)
 悲しげな顔をする花嫁、しかしそれは生前の恨みなどではなく死した後の自分を苛む心無い噂話の所為。
 純白のドレスを着ていたはずなのに、何処からかすり替えられ赤く染まったように見えるウェディングドレス。
 ちら、とその目が真樹を見たような気がした。
『貴方も噂を聞いて見に来たの? すっかり赤くなってしまったこのドレスを……』
 そんな声が、真樹の耳に届いた。
 悲しげな声に真樹は小さく首を振り、微笑みを花嫁に向けた。
「あかくなんかないよ。はなよめさんのきてるどれすはよごれひとつみえないくらいきれいな、とてもきれいなまっしろのどれすだよ」
 噂によって彩られてしまったドレスも、真樹の目には真実の姿を見せる。
 真樹に見えている花嫁の姿は、紛れもなく純白のドレスを着た美しい花嫁に他ならなかった。
 その言葉に、花嫁は幸せそうに微笑む。
『……ありがとう、そう言ってくれる人を待っていたの。私を解放してくれる人に』
 そっと、花嫁は真樹の頭を撫でた。それは死者を冒涜するような噂話を頼むような生者よりもずっと温かなものに真樹には感じられた。
『これで、あの人の元にやっと行けるわ』
 ありがとう。もう一度そう言うと、花嫁は淡い光に包まれて教会から姿を消した。
 その姿をぼんやりと見送った真樹は小さく手を振った。
 手を振りながら、真樹は花嫁の微笑んだ顔を思い出していた。
 優しく温かい笑顔。
(まるで、おかあさんみたい)
 母の死と共に生まれた真樹はその顔を知らない。
 そのはずだが、幸せそうに微笑んでいた花嫁の顔が、何故か真樹には母親の顔に見えた。


 以来、その教会で真紅のドレスを着た花嫁が出るという噂はふっつりと途絶えた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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w3l289maoh / 佐嶋・真樹 / 3歳 / 女性

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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佐嶋・真樹様

初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は当依頼に参加していただき誠にありがとうございました。
赤が特別な存在であるという真樹様自身の表現や話の流れがうまくできていますかどうか心配ですが如何でしょうか。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝