<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


よく晴れた夏の日は
●電話のベルがあなたを呼ぶ
 それは夏のある日、青空広がるよく晴れた日の朝のことであった。
 この日特に予定もなく、自宅でごろごろうだうだと惰眠をむさぼっていた月村心に1本の電話がかかってきた。もうすぐ朝の9時半を過ぎようかという頃である。
「……あぁ……?」
 電話のベルが邪魔だと言いたげなつぶやきを発し、心は少し気怠そうに身体を起こした。そして軽く目を擦りながらその電話に出る。
「はい、もしもし」
 ともすれば心の声は不機嫌に聞こえたことだろう。実際表情も渋かった。だがしかし、電話の向こうから聞こえてきた声は――。
「おはよ〜♪」
 と、女性の明るい声である。その声の主が誰なのか、心はすぐに分かった。幼馴染みの神崎雛であるに違いない。
「……何だよ朝の早くから」
 そう言ってから、心は小さなあくびをした。すると電話の向こうからは、雛の呆れたような声が返ってくる。
「もう9時半よ?」
「まだ9時半だろ? で、何だよ用件は」
 心が雛に用件を問う。思うに、さっさと済ませてまたごろごろとしていたいのかもしれない。
「えっと、心君……確か前に休みで暇だって言ってたでしょ? 今日」
「あー……言ったっけなぁ」
 雛の言葉に、記憶の糸を手繰る心。そう言ったような覚えはあった、たぶん。
「だから……ね。新しい眼鏡買いに行くから、一緒に選ぶのに付き合ってよ?」
「はぁ? いきなりかよ?」
 突然の雛の誘いに心は驚いた。そして数秒経たぬ間にまた驚いて言った。
「……つか今から!?」
 話の流れからすれば間違いなくそういうことになるだろう。平たく言えば『今日休みなのは知ってるから、今から買い物に付き合え』ということなのだから。
「そ、今から」
 さらっと答える雛。
「じゃ、待ち合わせはいつもの所でよろしくね〜♪」
「ちょ、ちょっと待……」
「早くね」
 そこで電話が切れた。心の耳に聞こえてくるのは発信音のみ。
「……たく……今からかよ……」
 心は深い溜息を吐くと、がっくりと肩を落としたのであった……。

●遥かなる道程
 時間は少し進んで朝10時前――待ち合わせ場所にはすでに雛の姿があった。そして時計を気にしながら、何度か辺りを見回している雛。
「あ」
 そんな雛の視界に、駆けてくる心の姿が飛び込んできた。手を振りこっちだと誘導する雛の所へ、速度を落としながら心が近付いてくる。
「今からってのはきついだろ……」
 待ち合わせ場所に着いて早々にぼやく心。
「こっちにだって予定があるんだからな」
「でも今日は休みでしょ?」
「う」
 何か痛い所を突かれたような気がして、心はそのまま黙ってしまった。
「それじゃあ心君にも会えたし、お買い物にしゅっぱーつ!」
 意気揚々と前に立って歩き出す雛。心はやれやれといった表情を浮かべ、雛の後ろについて歩いてゆく。
(ま、眼鏡屋に行くだけだしな。1時間もあれば終わるだろ)
 と、心は高を括っていたのだが……。
「あ、ちょっといい?」
 不意に雛が立ち止まり、近くにあった店の方に目を向けた。そこはいわゆる女性向けの雑貨屋で、ちょうど夏のセールをしているようであった。
「いいけど」
 心がそう答えると、すぐに雛は店の中へと向かっていった。行動が早いというか何というか。
(5分、いや10分くらいか……)
 心は雛についてゆきながら、雑貨屋での滞在時間をそんな風に見積もった。ところが、である。
「これ可愛い〜っ」
「柔らかそう……」
「……お風呂場にほしいかも」
「部屋に合うかなあ?」
 思いのほか、店内を細かく見てゆく雛。あれこれと自分の気に入った品を手に取って、時には心に意見を聞いたりしながら雛は店内を回ってゆく。気が付けば、この雑貨屋だけで1時間近くも時間が過ぎていた。
「楽しかった〜」
 笑顔で雑貨屋を後にする雛。結局ここで買ったのはあれこれ見た中の2、3点くらいであった。
「じゃ、いよいよ眼鏡屋だな。えーと、あっちだよな?」
 心が道を確認すると、雛がこくっと頷いた。今度は心が先に立って歩き出す。
(終わったらちょうど昼か)
 などと思いながら歩く心。少しして――。
「ねえねえ心君?」
 後方から心を呼び止める雛の声が聞こえてきた。振り返ると、雛が立っていたのはとあるカラオケボックスの前。値段表を指差して嬉しそうに心に話しかけてきた。
「見て見て、今ならフリータイムでこの値段だって! ちょっと歌ってこ?」
「……眼鏡屋は?」
「逃げないでしょ?」
 呆れ顔の心に対し、雛がしれっと答える。いやまあ、そりゃ露店とか屋台でもなきゃ逃げませんけれども、ええ。
「しばらく歌ってないし〜。ね?」
 なおも心を誘う雛。この様子では、少し歌っていかなきゃ先へ進みそうにない。仕方なく心は折れ、カラオケに付き合うことにした。この時点でもう、眼鏡屋に行くだけだったはずが迷走状態に入ってきたと言えよう。
 そして……4時間ほどが経過した。
「うーん、歌ったわね〜☆」
 十分に歌ってきたらしく、背伸びしながら感想を口にした雛はかなり清々しい様子であった。さて、一方の心はというと……。
「……歌ったなあ……」
 あ、何か軽く頭抱えてるし。こんなはずでは……といった雰囲気があった。
 実は心、ついつい調子に乗って結構な曲数を歌ったのである。まあDJとして活動していることもあるし、音楽絡みのことは仕方のないことではある。
「心君、歌ったらお腹が空かない?」
 時計を見た雛が心に尋ねてきた。もう昼の3時なのだからお腹が空かないはずがない。
「空いたけどさ……」
 心はこう返してから、ぼそりとつぶやいた。
「いつになったら辿り着けるんでしょうか?」
 無論、眼鏡屋のことだ。
「とりあえずお昼食べてから? 心君が選んでいいわよ」
 もう昼食後なのはこれで確定。食べたい物を心は尋ねられた。
「夏だから……カレーか?」
 夏にカレー、元気が出そうな感じである。それに、そう外れも少ない料理ではあるし。
 かくして2人は近くのカレー専門店に入り、少し遅い昼食を済ませるのであった。

●目的を終え、日も暮れて
 昼食後、2人がようやく眼鏡屋に着こうかという頃には、時刻は夕方4時になろうかとしていた。朝10時から数えて、もう6時間が経ってしまっていた。
「やれやれ、やっとか……」
 この心の溜息混じりのつぶやきは、きっと本心からのものであろう。
「というか、そんなに眼鏡なんかあってどうするんだ? 壊れた訳じゃないだろうに?」
 そして、ふと浮かんだ疑問を心は雛へぶつけてみた。雛が今かけている眼鏡をしげしげと見てみるが、別段どこかが壊れたとかはなさげであった。
「いいの。その時の気分とかで色々変えるんだから」
 で、その疑問に対して雛から返ってきたのはこんな言葉。どうやら雛にとっての眼鏡は、実用品兼アクセサリーといった趣旨の品であるようだ。
「ふーん……そんなもんなのか」
「うん、そういう物なの」
 言葉を交わしながら、店内に足を踏み入れる2人。雛はさっそくずらりと並んでいる眼鏡を見てゆき、自分好みの物がないかどうかを探し始める。
「ん〜……このフレーム……うーん……」
 真剣な表情で眼鏡を1つ1つ見ている雛。結構細かい部分までチェックを入れているようだ。そんな雛の姿を横目に眺めながら、心も2つ3つ眼鏡やサングラスをかけてみて、鏡で自分の顔を見てみたりして時間を潰していた。
「よし決めたっ、これっ」
 そうこうしているうちに、雛があれこれ悩んだ末に1つの眼鏡を選んで、それを店員に示していた。
「やっと決まったか……」
 心が雛の近くへやってきた。時計に目をやると夕方6時をとっくに回ってしまっていた。
「うん。2つに絞り込んでからがちょっと悩んじゃったけど。甲乙つけ難くて」
 そう答える雛の言葉から、どうやら望み通りの品が買えたようだと分かる。
「その甲乙つけ難かったもう1個は……?」
 と心が聞くと、雛は黙ってすっと1つの眼鏡を指差した。値札にはそれなりの値段が記されている。ということは、選んだ方も結構な価格であったと思われる。実際、雛が財布から出した紙幣の枚数がそれを裏付けていた。
 ようやく眼鏡を買い終え2人が店から出てくると、辺りを夕闇が覆い始めていた。
「もうこのまま食事も済ませてくか?」
 時間も時間ということで、心は雛にそう提案した。雛の方も異存はなく、2人は近くの和ダイニングな店に入ることにした。
 席に着き、さっそくメニューを広げる2人。
「へえ、色々種類あるんだな。じゃ俺はこれと……これとこれ。お、こっちのも何か旨そうだな」
 メニューに目移りし、いくつも指差してゆく心。雛の方はまあ普通に食べたい品を選ぶ。
 そこでまた2時間ちょっと過ごして、2人は店の外へと出てきた。
「……というか、食べ過ぎじゃないの?」
「これぐらい普通だろ?」
 そんな会話を交わしながら。メニューを選ぶ様子からしてそうだったが、心はかなりの大食いなのだろう。もちろん食べる物食べれば、それだけ財布が軽くなってゆく訳ですが。
 ともあれ食事も終わり、このまま別れて帰るのかと思いきや――。
「心君うち来る? 新しいゲーム買ったんだけど……」
 と、雛が心を自宅へ誘う。
「また対戦相手にする気か? いいよいいよ、付き合ってやるから」
 よくあることなのだろう、心は苦笑しつつも雛の家に向かうことにした。
 着いたらもちろんゲームで対戦。所有者ゆえのアドバンテージか、今回の対戦成績は雛が優勢で進んでいった。
「くぅ……4連敗かっ!」
 コントローラを放り出し、心は後ろへごろんと倒れ込んだ。そんな心の姿を見て、雛がくすくすと笑う。
「……空気入れ替えりゃ流れも変わるだろ」
 そんなことを言いながら、心は窓の方へもそもそと動いてゆく。そして窓を開けると、外から穏やかな風が入ってきた。
「お、いい風」
 心はまた自分の場所へ戻り、ごろんと横になった。いい具合に空気が流れているのだろう、気持ちいい風を心は感じていた。
「あー気持ちいいー……」
 目を閉じ、心はぼそっとつぶやいた。
「気持ちいいの? それじゃあわたしも……」
 雛も同じように横になってみた。なるほど、確かにいい風が来ている。
「ほんとだ〜、気持ちいい〜……」
 雛も目を閉じてつぶやいた。
「ちょっと休憩な……」
「うん、休憩ね……」
 その2人の言葉を最後に静かになる室内。少しして、静かな寝息がどちらからともなく聞こえ始める。
 こうして、よく晴れた夏のある1日は終わりを迎えるのであった――。

【おしまい】