<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


ハロウィンの夜

◆オープニング
「Trick and treat!」
 子供の叫び声と共に、世界は暗転した。 

 気が付いた時、私は暗い色の絨毯の上に倒れていた。
 辺りを見回すと、そこは、長い、始まりも終わりも見えない程に長い、廊下。
 左側には、同じ形の出窓がずらりと並び、右側には、大小色形様々な扉が並ぶ。
『ようこそ、世界樹の迷宮へ!』
 頭の中に響く声。
 ここは、何処?
 私は‥‥
 カッ! ‥‥ドゴォォン!!
 頭の中まで真白く染めるような閃光と、それに続く轟音。
 雷か、と窓を見て、仰天した。
 大小様々なジャック・オ・ランタンと、不思議な色の花の鉢植えが置かれた、その向こう。
 ガラスに映った、自分の姿。
「これは‥‥っ」
 2歩、3歩と後ずさる。 
 ガタッ。
 固い感触。ドアに背をぶつけたようだ。
 ふと心惹かれてノブを回し、部屋の中を覗き込んだ。
 そこに、見えたものは‥‥
『ここは、キミの願いが叶う世界。その姿で、その場所で、キミは何を願うんだい?』
 知らず、握り締めていた手から力が抜けた。
 カツン。
 七色の絡まる飴玉が、床に落ちてコロコロと転がった。

◆◆◆
 そこにあったのは、闇。そして、鏡。
 一筋の光も射さぬ部屋の中、何故か鏡に映った姿だけは、はっきりと見えた。
「これは‥‥」
 真白き指を、つい、と伸ばす。鏡の向こうの自分と、触れ合う指先、手のひら。
 ひやり。
 硬い感触に遮られた、その向こう。
 漆黒の髪に縁取られた白い顔は、真紅のドレスに包まれた体は、見慣れたものではなく。‥‥あと15年も生き抜けば、そうであるだろう姿。
 ただ、まっすぐに見つめ返す瞳だけが、よく見知った、赤。
「私は、マキ」
 激情の刻印が浮かび上がる。
「私は‥‥魔姫」
 真樹を守る者。
 真樹の苦痛を背負う者。
 ただ、その為にのみ、存在する、もの。
 だから‥‥
『ここは、キミの願いが叶う世界。その姿で、その場所で、キミは何を願うんだい?』
 観察者が囁く。
「‥‥――。私に望みなど、ない」
 この闇は、その象徴。
『ふうん?』
 ざわり。
 風もない、部屋の中。ゆらゆらと、真紅の裾が揺れる。

「‥‥っ」
 世界が、反転した。
 サーバントの咆哮。人々の、怒り、嘆く声。その中で微かに聞こえる‥‥
「これは‥‥」
 命の歌。生まれ出たそのことを、確かに世界に刻もうとするがごとく。嘆きでも歓びでもなく、ひたすらに、生きようとする者の慟哭。
「あ、あ‥‥」
 グレゴールの少女に抱かれたそれは、真樹。うっすらと開かれた赤い瞳。その頬に、両手を伸ばす。
「!」
 指先が触れる、ほんの一瞬前、再び世界は闇に沈んだ。

 まず感じたのは、血の匂い。
 次いで、ゆらゆらと、少しずつ焦点を合わせるように、景色が浮かびあがる。原型を無くした獣が、朱にまみれて転がっている。足元に倒れているのは、黒髪の少年。自分と対をなす者。
 べっとりと血の付いた手、太刀。巨大な片刃のそれは、魔皇殻。
「これは‥‥私」
 魔姫。
 そっと胸を押さえる。真樹は‥‥眠っている。その事に、心の底から安堵する。

『そう、それがキミの望み』
 再び、闇の中。
 鏡の中に、自分と、いつの間にかもう1人。
 振り返る。
「キミは、真樹に触れたかった。抱きしめたかった」
 オレンジの髪、緑の瞳。
「真樹を守りたかった」
 血色の悪い、少年。
「誰?」
 足元には、歪んだ笑顔のジャック・オ・ランタン。
「リデル。観察者さ」
 にぃっ。
 カボチャと同じ顔で笑う。
「私には、望みなど無いと‥‥」
 ひょい、とリデルが腕を上げる。鏡を、指差す。
「その鏡が、キミの望み」
 映るのは、20歳の魔姫。
「魔姫という、存在そのもの」
「どうして、名を‥‥」
 がしょん。
 持ち手のついた、ブリキの箱を床に置き、その前に座り込むリデル。
「真樹を抱擁し、知識に富み、導く者」
 くるり、人差し指を回す。
「誰より清く正しくあり、暴力を決して赦さない」
 手のひらサイズのジャック・オ・ランタン、色とりどりの小瓶、セロファンに包まれた飴。ひとつひとつ取り出し、並べる。
「それは、母親であり、父親という存在‥‥違う?」
「私、は‥‥」
 小瓶の粉をひと匙、別の瓶からは、雫を一滴。カボチャの口の中に落として、ついで飴玉、そして、擦ったマッチを放り込む。
「キミは、両親の投影なのかもね」

『キミは、真樹に触れたかった。‥‥抱きしめたかった』
『真樹を守りたかった』

 観察者の声が、頭の中で響く。
「私は、魔姫‥‥マキ」
 マキの望むもの。
 それは、真樹を抱擁する魔姫。‥‥両親に抱かれた、真樹―マキ。
 神魔の争いの無い、ごく普通の平和な世界で、幸せに暮らすマキ。
「しかし、生まれた瞬間、真樹はその望みを奪われた。‥‥そして、魔姫が生まれた」
 抱きしめたかった、魔姫。
 抱きしめられたかった、真樹。
「どっちも、マキの望み。だから『存在すること』それがキミ、魔姫の、キミ達、マキの望み」
 ぽんっ。
 カボチャの口から、七色の星が、煙が、飛び出した。
「真樹‥‥」
 魔姫が呟く。星は、煙は、黒髪の幼い少女に変わる。
 にこ、と屈託無く笑う少女の前に膝を付き、抱きしめる魔姫。

 光が、射す。世界が、変わる。
 秋の野原。夕焼けの雲。ススキの揺れる野原に、1人立つ。
 遠くで手を降る2つの影。
 まろぶように駆け寄って、手を握る。右手は白くて柔らかい手と。左手は大きくて少し硬い手と。
 2人を見上げる。自分のそれより遥かに高い所にある顔は、逆光でよく見えない。
「おと‥さ‥‥、‥か‥‥ん」
 2人に掛けた、自分の声が遠い。
「マキ‥‥」
 双方から、抱きしめられる。心地よい熱に、目を閉じかけて‥‥違和感を、感じた。
「違う」

 瞬間、夕暮れの世界は霧散し、元の闇に戻る。そこには、既に真樹の姿は無かった。
「あれ? 戻ってきちゃった。‥‥望んだもの、なんだろ?」
「ああ。だが‥‥これは弱さだ」
 きっ、と顔を上げる。
「世界に求めても、世界は答えてくれない」
 たった数年の人生で、嫌というほど見せ付けられた真理。
「どんな世界でも、自分自身が全てを決めるのだから」
 甘い幻にまどろんでいる暇などない、と。
「ふうん‥‥面白いね、キミ」
 にや、と笑う。リデルは、取り出したカボチャを、小瓶を、片付けた。
 最後に残った飴玉を、ひとつ、取り出して魔姫に手渡す。
「あげるよ」
 一言、言い残し、片足を軸にくるりと回ると、闇に溶けるようにして消え去った。
 魔姫が、七色絡まるそれを口に含むと、手が、足が、慣れた長さに戻る。
 辺りを見回すと、入ってきたものとは別の扉が現れた。
 少し背伸びして、ノブに手を掛ける。その瞬間、察した。向こうに広がるのは、血と怨嗟の世界。戦い止まぬパトモス。
 それでも、私は戻る。
 そここそが、魔姫と、真樹の生きる世界なのだから。
「真樹‥‥」
 自分で自分を―魔姫を、真樹を‥‥マキを、抱きしめ、目を閉じる。
 そして。
 く、と顔を上げ、再びドアに手を掛けた。
 真紅の瞳に、変わらぬ決意を湛えて。 

 <了>


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【w3l289maoh / 佐嶋・真樹 / 女 / 4歳 / 激情の紅】
【NPC / リデル / 無性 / 外見12歳 / 観察者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、紡木です。
 魔姫さんの、真樹さんの、望むもの、望む姿。表現出来ていますでしょうか?
 厳しい世界に生きる彼女達のこれからが、良いものであるよう、願っております。

 この度はご参加いただき、誠にありがとうございました。