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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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思い出写真館
松本 太一(w3a176)がメイド服を脱いでから、一週間ほどの時間が経った。
太一が家事修行のためにメイド館に出向いて洗脳されてから、優に二週間の時間が経ったことになる(家事修行で三日、帰ってから七日、そこから四日ほどたった)。
しかし、その最初の十日間の中で負った傷は、三日という短時間では完治するには至らなかった。
「………………」
「あの……太一様?」
やよいの話しかける声にも無反応。彼らのことを知っている者達から見れば、あり得ないことだと目を疑っただろう。
自分探しの旅という名目の失踪事件から戻ってきた太一は、虚ろな目で部屋の隅に蹲り、日がな一日床を埋め尽くす絨毯の毛の数を数えて過ごしていた。背中どころか全身が煤けってしまったかのように薄暗いオーラを体に纏っている。それだけでも十分に近付き辛く、やよいもオーラに気圧されて半径二メートル以内に近付けないでいる。
……それもそうだろう。太一がこの状態になった原因の一旦は、やよいにもあったのだ。
メイド館から戻ってきた時から、太一外に出さないようにと気を付けてきたやよいだった。しかし、それでも完全に人目を避けることは難しい。太一のメイド服姿はメイド館にいたときから既に街中で見られていたし、やよいが現像に出したフィルムはカメラ屋で現像されている。
それも何度も、だ。
人の口に戸は立てられない。太一のコスプレ姿の噂は静かに、しかし確実に街に広まっていった。
…………人の噂も七十五日、ネタに困らないこの街なら、すぐにでも忘れ去られる話題である。しかし悲しいかな。ちょうど噂が広まり始まるタイミングと同時期に外を歩き、記憶のない一週間弱の情報を集めてしまった太一は、自分が街でどのような目で見られているかをまざまざと知ることになったのだった。
その結果、自分探しの旅もたったの三日で切り上げて逃げ帰ってきたのだった。
「太一様。そう、お気になさらずに。ホラ、この写真なんて、よく撮れてますよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥‥全然嬉しくないよ‥‥」
傷は深い。
やよいの精一杯の慰めの言葉も、太一の暗いDFの魔力をより一層の暗黒色に染め上げるだけだった。
「元気出して下さい。あ、そうだ! 今朝、行き付けの写真館の館長さんが、取って置きの衣装を貸し出してくれるって言ってましたよ! パンダの着ぐるみだそうです!」
「‥‥‥‥僕って、一体何なんだろう?」
「可愛いですよ?」
「そんなこと聞いてないよ」
「えっと‥‥‥‥似合いますよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥‥」
太一を包んでいるオーラが完全な黒に染まった。実際に体から魔力でも漏れ出ているらしく、既に太一の姿は視認出来ない。まるで、部屋の隅に真っ黒な巨大毛玉が転がっているような光景だ。何とも異様な光景である。
(ど、どうしましょう。やっぱり、太一様が帰ってきたときにすぐにでも縛り上げて抵抗出来ないようにしたあとで金属バットを全力でフルスイングし洗脳を吹き飛ばした方がよかったんでしょうか? でも、それだと『松本 太一様写真集・愛と憎しみの果てに(永久保存版、総撮影枚数841枚)』も手に入りませんでしたし仕方なかったんですよ〜‥‥)
だが、やよいの未練がましい念のために事態が悪化したのは確かである。このままでは太一が精神的にダメな人になってしまう可能性もある。と言うより、既になりかけている。
手を打つのならば、急がなければならない。
やよいは部屋の隅にいる黒毛玉に近付くと、拝むようにして両手を合わせた。
「お願いです太一様。どうか、いつもの太一様に戻って下さい。太一様を慰めるためなら、何でもしますから、ね?」
「む‥‥」
太一の周囲に立ち込めていたオーラが若干薄れていく。効果有りと見て取ったやよいは、追撃を開始した。
「太一様に着せていた衣装の大半は私の部屋に置いてありますし、ど‥‥道具もありますから! 太一様が望まれるのでしたら、私があの衣装を着て(ちゅどーん!)や(きん! かきん!!)なこと‥‥さらに(ずごごごごご)なことだって‥‥」
「わかった。分かったからもういいから! それ以上の発言は問題になる!」
「え!? 分かったって‥‥‥‥するんですか?」
「しません!」
「‥‥‥‥そうですか」
「落ち込んでるし!」
肩で息をしながら叫ぶ太一からは、数秒前までの暗いオーラが消えていた。やよいの発言を止めるためにそれだけ余裕がなかったと言うことなのだろうが、効果は十分だ。事実、太一はオーラを消しただけでなく部屋の隅からも移動し、床に突っ伏しているやよいの肩に手を当てて慰めようとしていた。
顔を伏せさせ、ニヤリと口元に笑みを浮かべていたやよいが沈痛そうな表情を見せ、太一の顔を覗き込んだ。
「太一様‥‥‥‥どうか、愚かな私をお許し下さい。あんな、太一様を傷つけるようなことをしてしまって‥‥」
「う‥‥もういいよ。なんだか、あんまりこの話を引きずると悪い方面にばかり話が広がりそうな気がする。やよいにも悪気があったわけじゃないみたいだし‥‥」
「すいません。太一様が気付けばズタボロに傷付き果てるのは分かっていたのですが‥‥
「分かってたんだ!?」
「でも、どうしようもなかったんです!」
「なんで!」
「そもそも太一様がメイド衣装なんて格好をしているのが悪いんですよ!!」
「逆ギレ!?」
二人の声は絶え間なく響き渡り、隣近所にまで伝わった。幸いにも二人のことを生暖かいめで見守っていたご近所さんは薄ら笑いを浮かべて聞き耳を立てるだけで、誰一人として苦情を言いに来たりはしない。
その為、二人が言い合いをやめたのは、息も絶え絶えになって疲れ果てたからだった‥‥
「はぁ、はぁ‥‥と、とりあえずやよい。今回のことの罰は受けて貰うことにするよ。さっき言ってたのは却下だけどね」
「あれ? 着せ替えはしないんですか? その後で(ぴちゅーん!)なことを‥‥」
「‥‥いや、後者の方はしない。とりあえず、やよいの着せ替え写真でいいよ。それで“おあいこ”ってことにしよう」
「それでいいんでしたら、どうぞ、ご遠慮なく。ぁ、私の部屋に行きますか? 色々ありますけど」
やよいは特に嫌がる素振りも見せず、太一を促した。何しろ太一を着せ替えメイドとして弄んでいたやよいは、一通りの服装を自分でも試している。今更。コスプレをして写真を撮られるぐらいのことで動じるようなことはないのだ。
(やよい、あんまり反省しているようには見えないなぁ‥‥コスプレ程度じゃ、あんまり効果があるように思えないし、どうしよう。この際、やよいが最初に言った通りに‥‥いやいやいや! 落ち着け僕。そんなことをしたら、またあらぬ噂を立てられかねない。ここは出来るだけ穏便に‥‥)
太一はやよいにどんな罰を与えるべきかどうかを考えながら唸り、ふと、テーブルの上に出しっぱなしにしてあったアルバムに目が止まった。
‥‥‥‥自分が記憶を無くしている間にどれだけの恐ろしい写真を撮られたのか確認するために出して、一通り目を通した物だ。和・洋・中、様々な国のマニアックな服装を着こなしている自分を見たときには本気でへこんだ物だが、思い起こしてみると、その百にも届きかねない種類の衣装の中に、見当たらない物があることに思い至った。
太一はテーブルに近付き、アルバムを手に取った。
「うん。ちょうどいいし、これがいいかな」
「え、あの、太一様。まさか、それを燃やして証拠隠滅とかを考えているのですか!?」
「いや、それをすると今度はやよいが旅に出そうだからね。むしろ逆、この際だから、これを完成させちゃおう」
太一はそう言い、頭上に?マークを浮かべているやよいに笑いかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥‥‥‥
・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥
そうして太一とやよいが訪れたのは、街で最も大きな写真屋だった。主に結婚式や七五三、見合い写真などを手がけている大型の店舗で、やよいが利用するような変わり種を置いているような場所ではない、至極真っ当な写真屋である。
そんな写真屋を感心したように、どこか呆けたように見回していたやよいは、受付を済ませて戻ってきた太一に手を引かれ、廊下を歩いていた。今日が平日だからか、不思議と他の客はいない。
「あの、太一様? こんな所に来て、どうするのです?」
「どうって、言ったでしょ? 写真を撮るんだよ」
「でも、ここじゃぁ、仕返しになるような面白い衣装も可愛らしい衣装もないと思いますけど‥‥」
てっきり弄ばれた報復に下着姿でも撮影されるのではないかと予想していたやよいにとって、この真っ当な写真屋は予想の範囲外だった。それに、太一はあのアルバム(の名を借りた太一写真集なのだが‥‥)を完成させると言っていた。思いつく限りの衣装を撮り尽くしていたやよいにとって、あのアルバムに入っていない衣装がこんな場所にあるとは思えなかった。
(どういうことなんでしょうか? 心なしか、太一様は嬉しそうではあるのですが‥‥)
やよいは楽しそうに手を引く太一の後ろ姿を、怪訝そうに見つめていた。太一の性格上、人の外になるようなことを進んでするようなことはない。ましてや身内であるやよいに危害を加えるようなこともない。今回の罰というのも、やよいがそうするようにし向けたから実現したのだ。恐らくやよいがただ平謝りし、なにも提案をしなかったら、それだけで太一は“良し”としただろう。
そんな太一を楽しませ、かつ罰にもなりうるものが、ここにあるのだろうか‥‥?
「この部屋です。お客様、ご試着はご自由になさって下さい。手伝いとして、室内に二名のスタッフが待機しております。なお、試着は自由ですが、撮影枚数は多くありませんので、ごゆっくりと吟味なさって下さいませ」
「ありがとうございます。さぁ、やよい。入ってみて」
スタッフの案内を聞いていた太一が、到着した部屋の扉を開けながらやよいを促す。やよいはスタッフと太一の顔を流し見てから、室内に踏み込み‥‥
「ぁ‥‥‥‥」
目の前の光景に、声もなく打ち震えた。
‥‥やよいの目の前にあるのは、数々のドレスだった。
深紅、漆黒、黄や緑、そして、純白‥‥色取り取りのドレスの波。しかし全てのドレスが、それがたったの一シーンのみのためにこしらえられるべき物であると言うことを、やよいは一目で理解していた。
「そう言えば、ウェディングドレスは着てなかったよね。結構長い間一緒にいるのに、気が付かなかったんだ。まぁ、同居してから最初の方は着る着ないの問答があったけど、あの時にはお金もなかったし。結局諦めちゃいましたし」
だから、今日は諦めた撮影の続きをしようと‥‥
太一の笑顔と反比例するように、やよいは顔を伏せて、静かに目尻の水滴を拭い去った。
「太一様‥‥そんな前のことを覚えていてくれていたなんて思いませんでした」
「ん〜、僕も結構忘れてたね。今回の騒動がなかったら、忘れたままだったかもしれない。だとすると、あの問題の写真集のことも、別に悪いことばかりじゃなかったって事になるね」
「ふふっ、そうなるといいですね」
やよいは涙目だった表情を微笑みに変え、入り口に立っている太一の手を取った。それから扉を閉め、ドレスアップを手伝うために待機しているスタッフに素早く視線だけで指示を出し、太一の服に手を掛ける。
そこまでにいたって、ようやく太一はなにやら場の空気が一変していることに気が付いた。
「やよい? えっと、ここは花嫁の更衣室であって、僕のいるべき場所じゃないよ?」
「本来はそうなんでしょうが、今回は事情が違います。太一様、太一様が完成させようと言ったあのアルバムの写真は、どのような姿でしたか?」
「‥‥‥‥‥‥あ」
太一はようやく、自分の致命的にして最大にして最強レベルのミスに気が付いた。
テーブル上で手に取ったあのアルバム。問題となったあの中身は、一枚残らず太一の女装写真である。詳細な内容は省くが、とても外部には見せられないような内容‥‥である。
それを完成させるのならば、最後の一枚もそれに相応しい写真でなければならない。
「さぁ、まずはこっちのドレスから試しましょう。大丈夫です。絶対に太一様にお似合いのドレスを見つけ出して見せますから」
「待って! こ、こういうつもり出来たんじゃな‥‥‥‥‥‥ウワァッーーーーー!!」
更衣室から、断末魔ともとれるような悲鳴が微かに漏れる。しかしそれも、楽しそうなやよいの声に潰され、外部の者達には聞き取られることはなかった。
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥
‥‥‥‥結局、この日の太一も、やよいの望むがままの姿にされて撮影に望むこととなった。
直前まで抵抗を続けていた太一は漆黒のウェディングドレスに身を包み、嫌々ながらも撮影されることになるのだが‥‥
純白のドレスとヴェールに身を包まれたやよいとのツーショットは、今も、そしてこれからも、大切にアルバムと共に保管されている‥‥
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