<WhiteChristmas・恋人達の物語>


雪と聖夜が紡ぐ二人の絆

「えーっと、サラダの材料は揃いましたし、鳥さんもOKで、あとは‥‥飲み物? お酒? ワインはやっぱりあったほうがいいのかな?」
 大学からの帰り道。教科書や参考書の類でやや重いバッグを肩にかけながらも、それがまるで羽か何かであるように感じながら、エスティナはうきうきと夕食のお買い物にいそしんでいた。
 今日はクリスマスなのだから、夕食も勿論クリスマスらしいものを。家事を任されている身として、これはどうしても譲れないところだ。
「でも一応未成年ですし、売ってもらえないでしょうか‥‥」
 逢魔であってもこの国で暮らしている以上、この国の法は守らなければならない。酒屋の前で立ち止まってうんうん唸る姿を店員から不審な目で見られている事にも気づかないまま、どうすれば彼が一番喜んでくれるのか、とにかく考える。
 彼――望月葵。エスティナと対を成す魔皇。そして、大切な恋人。
「後でワインだけ、葵様と一緒に買いに出るとか‥‥でも葵様には休んでいてもらいたいし‥‥あ、それにわたしは飲めないからワインだと葵様に付き合えない? うぅん‥‥」
 気を利かせて教授が早めに講義を切り上げてくれたのだから、早く家に帰って料理を始めればいいものを。特に鳥には時間がかかるというのに、最高の笑顔を浮かべてもらうため、悩んで悩んで悩みぬく。彼女らしいといえばまさにその通りではあるが。
 そんな、人目を全く気にせず思考に耽っていたエスティナが我に返ったのは、白いものが落ちていくのが視界に入ったからだった。
「雪‥‥」
 ひらり、ひらりと。音を吸い込み、静けさを生み出しながら降ってくるそれを、彼女は手を出して受け止めた。手袋の上にちょこんと乗った小さな雪を見て、なぜだか、とてもわくわくした。
「葵様にも教えてあげませんと!」
 エスティナと同じく大学に通っている葵だが、定期試験の都合で今日の講義のいくつかは休講になると言っていた。今頃はおそらくもう、家に帰っているだろう。一緒にクリスマスディナーを、との約束もしてあるから、どこかに出かけてしまうという事もないはずだ。
 教えてあげたい。並んでこの雪を眺めたい。
 彼女がそう思った瞬間、ワインの座はやすやすと雪に取って代わられた。彼女はふたりの家に向かって走り出したのだ。

 ◆

 おかえりなさい、というたった一言でさえ最後まで紡げなくなるほど、葵は呆気にとられていた。
「あっ‥‥あおい、さま‥‥ゆっ、ゆ、き‥‥ですっ‥‥!」
「‥‥はい?」
 扉をぶち抜きかねない勢いで玄関に飛び込んできたエスティナは、ぜいぜいと苦しそうに喉を鳴らしながら肩で息をしていた。いつも大学に持っていくバッグだけでなく、どれだけ買ったというのか限界近くまで膨らんでいる買い物袋をもかかえて、家まで全力で走ってきたとしか思えなかった。
 どうしてそんな事をしたのか。当然、葵は疑問を抱いたが、それもすぐに解決した。
 彼女は、ぷるぷる震える指先で外を指している。帰宅後はずっと本を読んでいたから全く外を見ていなかったけれど、その指先に促されて視線をやる。空と街並み全体が白いモヤに覆われたようになっているのが、窓越しにわかった。
「雪ですか」
「‥‥は、はい」
「僕に雪が降っている事を教えたくて、荷物を抱えて走るなんていう無茶を?」
「はい♪」
 あまりにも屈託のない笑顔で即答されて、深い闇のような色をした葵の瞳が、一瞬だけ皿のように丸くなった。
 直後、深く長いため息と共に、彼はうなだれた。
「で、でも、無茶ではないですよっ!? 努力‥‥そう、努力なんです!」
 怒られると感じたのか、必死になって弁解するエスティナ。そんなつもりはないと示すよう、彼女の頭に、軽く手を乗せる。
「まずは落ち着きなさい。水でも飲んで――いや、ホットミルクにしましょう。外は寒かったでしょう?」
 葵はそのまま、うっすらとそこに積もっていた雪を払った。
 払うついでに撫でられている事に気づくわずかな間に呆けた表情を浮かべ、次に嬉しそうに笑う、そんな彼女を愛でる為に。


「装備完了です!」
 しゃきーん!
 どこからともなくそんな効果音が聞こえてきそうなポーズをとって、着替えを済ませたエスティナはキッチンという名の戦場へ突入した。
 女子大生らしい落ち着いた服装から、一転して黒が基調のゴシックな服装に変わったのだから、見た目の印象も大分異なる。だがナイトノワールであるエスティナにとっては今の服装のほうが、より本来の自分に近いと感じられるはずだ。
 ――白いフリフリエプロンのせいでまた別系統の服装になってしまっているきらいはあるが。
 使い慣れたキッチン。得意な家事。必要な材料や道具を手際よく準備し、リズミカルかつ素早い包丁の動きで肉や野菜を適当な大きさにカットしていく彼女は、まさに真剣そのもの。いつ見ても自分には難易度の高い芸当だと葵は思う。
 そちらの方面は手出しするだけ邪魔になりかねないので、せめて部屋の片づけをする事にした。テーブルの上に置きっぱなしだった新聞をラックに入れる。読みかけの本にはしおりを挟み、大学に持っていった鞄と一緒にして自室へ持っていく。戻ってきたら、ソファーのクッションが乱れていたのが気になって、並べなおした。
 改めて、室内を見渡してみる。
 片付いた。
 だが、素っ気無い。味気ないと言い換えてもいい。
 クリスマスらしくないのだ。
(あの様子だと、レベルの高いパーティーメニューがずらりと出てきそうなんですよね‥‥)
 臨界点を間近に控えていた買い物袋を思い出し、葵は小さく唸った。
 彼女の事だから、葵が美味しそうに食べるだけで喜ぶだろう。だが与えられるものに胡坐をかいて座っているだけではダメだ。自分は彼女の主であり、パートナーであり、恋人なのだから。
「ちょっと出かけてきます」
 善は急げ。ジャケットを羽織ると、葵はキッチンのエスティナに声をかけた。
「え、今からですか? どちらへ?」
「百円ショップへ」
 不思議そうに首を傾げる彼女にすぐ戻ると告げて、外に出る。
 雪は先ほど見た時よりも、降っている量が増したようだった。

 ◆

 鳥の焼き加減を確認しながらも、エスティナの頭上には疑問符が浮かぶ。
 帰宅した葵は色々と買いこんできたらしく両手にビニール袋を提げていた。そして自分がいいと言うまでキッチンから出てくるなと彼女に言い含めて、ダイニングに閉じこもり、今に至る。
 料理もほとんど出来上がったので、そろそろ運びたいのだが――いまだにOKが出ない。
「困りました‥‥」
 クラッシュゼリーと一口大に切った果物を入れたガラスの器にサイダーを注ぎたいのだが、まだ時間がかかるのであれば注いでしまうわけにはいかない。シュワシュワと小気味よい発泡音がこのデザートの持ち味のひとつなのに、それを聞けなくなってしまう。
「葵様ぁ〜? まだですかー?」
「ん‥‥ああ、すみません。もう大丈夫ですよ」
 どうも作業に没頭していたようだ。エスティナに呼ばれて我に返ったらしい。すぐさま了承の返事が来て、彼女はダイニングに足を踏み入れた。
「わぁっ♪」
 室内は薄暗かったが、小さくも柔らかく暖かい明かりが灯っていた。グラスに入った水に浮かべられたキャンドルである。
 テーブルの上には他にも色々な小物で飾り付けがなされていた。テーブルクロスに始まってランチョンマット、コースター、ナプキン、そして花まで。緑と赤のクリスマスカラーが使われているものばかりで、後は食器と料理さえ並べば完璧なクリスマスディナーの完成だった。
 しかも、よく見れば葵の着ている服まで変わっていた。大学通学時のラフなものではなく、ネクタイこそつけていないものの、そのままレストランにも出かけられそうな、きちんとしたシャツとパンツにジャケットの組み合わせだ。
「葵、様‥‥?」
「食事には雰囲気も重要ですからね。折角ティナが頑張ってくれているんですから、僕も頑張ってみました。本当ならもっといい物を揃えたかったのですが、何しろ急に思い立った事なので」
 すみません、と謝罪の言葉を述べる葵に、エスティナは頭を左右に勢いよく振った。
「そんな事ありません! わたし、すごくすごく嬉しいです! こんな素敵な場を作ってもらえるなんて――」
 感極まった彼女の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れる。葵が親指の腹でそれを拭っても、後から後から零れてくる。
 肩をすくめる葵だが、困っている風には見えない。
「ティナ」
「‥‥はい」
「雪が降っている事を教えてくれるために走ったり、重い荷物を担いできてまで多くの豪華な料理を作ってくれたり。ティナがそこまでしてくれるのは、何故ですか?」
「それは‥‥葵様に喜んでほしくて。葵様が楽しめるように――」
「僕も同じなんですよ」
 エスティナの髪は綺麗な明るい金色で、さらりとしている。葵はその前髪をかき上げ、現れたひたいに、軽く唇を落とした。ちゅ、とわずかに鳴った。
「ティナの喜ぶ顔が見たくて、頑張りました。ですから、笑ってください」
 そのまま指で彼女の髪を梳きながら、促すように微笑んだ。
「葵、様‥‥」
 いつの間にやら、エスティナの涙は止まっていた。弱冠充血した瞳でパチパチと瞬きを数回繰り返した後、自然に、満面の笑みを浮かべていく。
「はいっ、笑いますっ」
 揺れる炎に照らされたその表情に心をくすぐられたのか、葵はエスティナを抱き寄せた。エスティナも葵の背に両腕を回す。
 二人で笑顔を保ちながら、暫しの間、唇を重ねていた。



 とある事を今の今までしっかり忘れていた事にエスティナが気づいたのは、料理を並び終え、ゼリーと果物の器にサイダーを注ぎ始めた時だった。
「そういえば飲み物を買っていませんでした!」
「そうなんですか? じゃあ丁度よかった、百円ショップから帰ってくる途中で見かけたので、買ってきたんです」
 葵が取り出したのは、ラベルの貼られた瓶に入った、発泡性の白い液体。ぱっと見はシャンパンだが、よくよくラベルを読んでみればノンアルコールと書かれている。つまりシャンパンではなく、シャンメリーだ。
「これなら二人で同じものを飲めますし、雰囲気も出ますから」
 コルクの栓でなくスクリュータイプなのは残念ですが――と蓋を開ける葵。何でもない仕草やちょっとした心遣いは彼の愛情をエスティナに伝えてくれる、最高のプレゼントだった。
 そしてテーブルの上、所狭しと並んだ料理に、葵もまた、彼女からの愛情を感じていた。
「葵様、お願いがあるんですけど」
「何ですか?」
「今夜は一緒に寝てもいいですか? 二人でサンタさんを待つんです♪」
「‥‥また返答に困る質問を‥‥」
 恋人達の時間はまだまだ始まったばかり。聖なる夜も、これからが本番なのだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【w3l437逢魔/エスティナ/女/18歳/ナイトノワール】
【w3l437魔皇/望月・葵/男/21歳/直感の白】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 はじめまして。言の羽と申します。
 敬語カップルさん、素敵です。大好きです。大切に想い合うお二人を描けているとよいのですが‥‥。
 どこまで進んだカップルさんなのかがわかりませんでしたので、お二人の年齢も考慮してその方面は控えつつ、甘く仕上げました。
 お気に召していただければ幸いです。