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<WhiteChristmas・恋人達の物語>
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きっかけの日
古の隠れ家――その名が示すのは、異なる次元に存在する異なる世界。魔に属する者なら行き来が可能な、まさに隠れ家である。
元々が大自然に溢れる世界であるので、小規模ながらも開拓された土地に立てられたその家の周りも、豊かな森が広がっている。この森の恵みはとても豊かで、そう簡単には食べるのに困りはしない。
エメラルダが毎日作る食事も、主に森から得られたもので構成される。腕に下げた籠の中身を確認し、量や栄養のバランスを考えながら、彼女は森から出てきた。彼女自身はともかく彼女の主である風祭烈がよく食べるので、そのあたりを管理しておく必要がある。
「スープにこの実を入れて‥‥この茸は炒め物にして‥‥」
ヒーローたる者、いつどんな時でも戦えるようにしておかなければならない。その為に食事はとても大切な行為なのだ。
「‥‥あら?」
家が見えた時、ちょうど烈も出先から帰ってきたところのようだった。だが、どこか様子がおかしい。きょろきょろと周囲に誰もいない事を確認するその仕草は挙動不審以外の何ものでもなく、ヒーローらしくない。
「烈? 何をしていますの?」
「エ、エメラルダ!? ‥‥いや、何でもない」
気になったので声をかけてみたのだが、持っていた布のようなものを背中に隠しながら、そそくさと家に入っていってしまった。
残されたエメラルダは怪訝な顔をして首を傾げた。烈があんな風にこそこそするなんて事態は、滅多にない。それも、パートナーである彼女に隠し事をするなどという事態なら尚更。
(気になりますわね‥‥)
自分も家に入り、キッチンで食材を並べている間にも、先ほどの烈の態度が頭を離れない。自室で作業しているようだし、何をしているのか覗きに行こうかとも思った。
しかし、壁に張ってあるカレンダーで今日が何日であるかを知った途端、ピーンと来た。
今日は12月25日。クリスマスなのだ。
クリスマスと言えばプレゼント。烈が怪しい動きをしているのは、自分に対して何らかの贈り物をしてくれるのではないか。いや、贈り物でなかったとしても、何か心に残るような素敵な事をしてくれるのではないか。例えば‥‥そう、愛の告白のような。
そこまで思考をめぐらせたエメラルダの胸は、期待と高揚感でいっぱいになった。
(もしかして、もしかしてついに――!?)
7年も前からずっと、行動を共にしてきた。二人で苦楽を味わってきた。今もひとつ屋根の下で暮らしている。
いつでも真っ直ぐな烈だから、彼が自分に好意を抱いてくれている事も、エメラルダにはわかっていた。そんな彼だからこそ自分も同じ想いでいる事も。
何かが起こるに違いない。何が起こるのだろう。ああ、自分の期待通りであればいいのに。
動悸が早まるのを抑える事が出来ないまま、記念すべき日になるであろう今日の、夕食の準備に取り掛かる。自分の体がやけに軽やかに動くのを感じ、自然と鼻歌が零れた。
やがて食事の準備を全て終えてしまうと、エメラルダはぶるりと体を震わせた。キッチンに篭って火を使っている時はさほど感じられなかったのだが、空気は確実に冷え込んでいる。
雨戸の閉め忘れを思い出し、小走りで窓に近寄る。暖房がついているとはいえ、やはり森に囲まれた冬の夜は雨戸を閉めないと厳しいものがある。
つっかえ棒を外す際に外の様子を確認する。ほとんど闇と呼べる色合いだったものの、室内から漏れた明かりでごく近い所は目視できる。
「雪、いつの間に‥‥」
ちらちらと雪が舞っていた。下方に落ちていくのに従って目線を動かせば、既に地面がうっすらと白く染められているのもわかった。
「ふふ。ホワイト・クリスマスですわね」
軽く微笑んでから、天も自分達の事を祝福してくれているのだと、嬉しくなった。特別な日が、もっと特別な日になる。間違いなく、忘れられない一日になるだろう。
だがそれにしても、遅い。烈は相変わらず部屋にこもって作業をしている。
空気が冷えているという事は料理が冷めるのも早いという事。一番美味しい時を逃さない為、また体を温める為にも、冷めないうちに食べてもらいたい。自分達が天の祝福を受けている事も教えてあげたい。エメラルダは烈を呼びに行く事にした。
「食事ができましたわ。‥‥‥‥烈? 開けますわよ?」
ノックをしたが、返事がない。中でがさごそと動いている音はしているので、烈がいるのは間違いない。
聞こえていないのだろうか。そう考えた彼女は、ゆっくりとドアを開き、そして見てしまった。
大きな白い袋を持ち、赤と白の上着とズボン、おまけに帽子で身を包み、しかも好々爺のごとき真っ白でふわふわのヒゲをつけている、烈の姿を。
◆
借りてきた衣装を身につける事は簡単だったが、ヒゲをつける位置がいまいち決まらなかったり、中身が空っぽの袋では格好がつかない事に気づいたりで、妙に時間を食った。エメラルダがそろそろ食事を作り終えた頃だろうというのが烈にはわかっていたから、余計に急がなくてはならなかった。
どうにか納得できる程度には用意できた時、ノックの音が烈に焦りを植えつけた。颯爽と彼女の前に現れるはずだったのに。
「あ‥‥」
脱ぐか脱ぐまいか、迷っている間に、ドアは開かれてしまった。
硬直しているエメラルダ。どことなくがっかりしているように見えるのは、烈の気のせいなのだろうか。
「‥‥その服を、隠していたのですか‥‥?」
唇が震えているように見えるのも気のせいなのか。
「あ、ああ」
「‥‥」
「エメラルダ‥‥?」
ただ、何らかの理由で自分が彼女の機嫌を損ねてしまったという事だけ、烈には確信が持てた。彼女には悲しげな表情をさせたくないし、嫌な思いもさせたくないというのに。
それに、今夜はこれから大事な話をしなくてはならないのだ。なんとかして機嫌を直してもらう必要がある。
「エメラルダ、今日は何を作ってくれたんだ? おまえが作ってくれるものは何でもうまいけどな!」
努めて明るく振る舞ってみる。けれど彼女の表情は変わらない。
「腹がすきすぎて、もう限界で――」
「‥‥烈」
「な、なんだ」
セイレーンであるエメラルダの声は、よく通る澄んだ声だ。だが今のように押し殺したような低い声で名を呼ばれれば、烈でなくとも一瞬怯む。
「その格好はどうしたんですか」
「ん? これか‥‥。キリスト教徒じゃないんで、サンタの格好をして祝おうと思ったんだが、変、かな」
「サンタクロースのモデルは、そのキリスト教の聖人ですわ」
「そうなのか!?」
驚き、では自分は聖人を真似ている事になるのかと思いながら、烈はテープでつけていたヒゲをぺりぺりとはがした。食事をするには邪魔だからだ。
そんな烈に、エメラルダはふぅ、と小さく息を吐いた。
烈は彼女の機嫌が一層悪くなったのではと危惧し、恐る恐るその表情を確認してみたものの、胸を撫で下ろす事になった。
「本当に、しょうのない人」
元気に悪戯する子供をいさめるような、暖かい微笑だった。
◆
闇の黒。雪の白。そのコントラストを、窓から漏れる橙の灯で味わう。
固く繋がれた手。互いの眼差しは窓の外に向けられていても、口を閉ざし一言とて発しなくても、想いは真っ直ぐ相手を目指していた。
◆
「うん、うまい」
木の実のスープを一口飲んだ烈が、満面の笑顔で賛辞を告げてくれる。
それだけで十分ではないか、とエメラルダは思う。けれど心の片隅がちくりと痛いのは、期待を裏切られたから――だが、そもそもが勝手に抱いていたもの。烈を責めるのは筋違い。
そうして彼女が自分をいさめようとしていると、烈はスープの皿を置いた。代わりに、床からサンタ袋を取るやいなや、内部をがさごそと漁りはじめる。
「‥‥?」
「あったあった。エメラルダ、手を」
言われて彼女が差し出したのは右手だった。しかし烈は首を振る。不思議に思いつつ、今度は左手を出す。
「今日はサンタがプレゼントを渡しにくる特別な日、そうだろ」
エメラルダの左手を、烈の両手が包み込む。ややあって、烈の手が離れた時、彼女の細長い指に煌めく物があった。
まるで綺麗な水底の如き蒼い石が彼女の潤んだ瞳のように煌めく、指輪が。
それも、薬指に。
「烈‥‥烈、これ、これは‥‥」
「戦いが終わって平和になったら伝えたいと思っていたんだが、遅くなってすまない」
何か言おうとして口をぱくぱくさせているエメラルダ。うまく言葉を紡げない彼女は、せめてと烈の瞳を覗き込んだ。
優しい色だ。時々不器用だけれど、しっかりと受け止めてくれる。
「好きだ、エメラルダ。これからも共にいてほしい」
今だってこうして、彼の中にある自分への愛情を示してくれたではないか。
「‥‥あ‥‥わ、わたくしもっ‥‥」
「ゆっくりでいい」
「‥‥‥‥‥‥っ」
うまく息を吸えないエメラルドを慮る烈の言葉に甘えて、彼女は一旦、瞼を下ろした。たっぷりと時間をかけて、気持ちを落ち着かせ、呼吸の乱れを整える。
体がすっきりとした感じがして再び目を開けると、変わらず優しい色の目をした烈が、彼女の言葉を待っていた。
「わたくしも、ずっと、烈を慕っておりましたわ‥‥」
嬉しい、愛しい、ありがとう。伝えたい事はいくらでもあるのに、猶予の末、口から出てきたのは月並みな返事。
でもそれでいい。いや、それがいいのだ。素直で純粋な想いを、これからも並んで歩いてゆく事を、二人は確かめ合ったのだから。
やはり天は祝福してくれている。
「歌ってくれないか。おまえの歌声が聞きたい」
「ええ‥‥あなたが望むなら」
伴奏はない。聞いているのはひとりだけ。
そのたったひとりが意志を貫けるように、彼女はいつまでも歌い続ける。
たったひとりの聴衆たる彼もまた、彼女を傍らに連れ、夢へと手を伸ばす。
信じるものを、叶えるために。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【w3c831魔皇/風祭・烈/男/25歳/修羅の黄金】
【w3c831逢魔/エメラルダ/女/29歳/セイレーン】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました。言の羽です。
クリスマス当日に間に合わず、申し訳ありませんでした。
ヒーローが現実に存在する為には、戦う相手としての敵よりももっと高い壁がたくさんあるのではないでしょうか。
けれどエメラルダさんの声援と支援を受けた烈さんは、それこそヒーローとして申し分のない活躍を続けていかれるのでしょうね。
互いに唯一無二なお二人を書かせていただき、ほっこりした気分になりました。またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
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