<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【見えない真実の中で――第五章――激闘の果て編】

 ――荒廃した大地でテンプルムが爆ぜると共に紅蓮の悲鳴を轟かせた。
 生物と建築物が融合したような巨大浮遊要塞だった代物は、彼方此方から爆炎を噴き上げ、四方八方に破片を撒き散らしては倒壊したビルに追い討ちを掛けてゆく様相である。大地を揺るがす如き轟音と漆黒の魔物が発ち昇るような黒煙は、市街地にも届いた事だろう。
 そんな痛々しい断末魔を次々とあげるテンプルム内での戦いは未だ終わりを迎えていなかった‥‥。

 視界に捉えたキメラ型サーバントが獰猛な咆哮を響かせて一杯に迫る。同時に真ショルダーキャノンが炸裂弾の洗礼を叩き込み、凶暴なモンスターは吹っ飛ぶと、壁に激突して血肉の華を咲かせた。次いで映し出されたキメラ型サーバントの軍勢が螺旋皇帝ドリルカイザーに飛び込む。
「しつこいんだよッ!」
 風祭烈は苛立たしげな口振りで叫ぶと、殲騎の両腕に装備された真ドリルランスと真アクセラレイトドリルの洗礼を次々と繰り出した。螺旋の鉄拳を受け、キメラ型サーバントが肉片と鮮血を撒き散らす。ドリルカイザーの武骨なフォルムも夥しい血肉で壮絶な有様だ。どんなに同胞が血祭りにあげられようと、夥しいモンスターの群れは怯みはしない。青年はあどけなさの残る精悍な風貌に眉を顰める。
「これじゃキリが無いぜ!」
「烈、気付いているかしら」
 螺旋皇帝コクピットの中、操縦桿を捌きながら激闘を繰り広げる烈の背後から女性の声が届いた。青年は「何の事だ?」と訊ねながら視線を流す。魔皇の瞳が捉えたのは、優麗なエメラルドグリーンの長髪から美しいヒレ状の耳を覗かせたセイレーンの逢魔だ。彼の後部シートでサポートを担うエメラルダが、美貌に躊躇いの色を浮かべながら口を開く。
「一箇所だけルートが手薄ですわ。でも、これって‥‥」
「やっぱりそうか‥‥」
 烈の言葉に美女は「え?」と小さく洩らした。ヤンチャな弟のように時々は感じていたエメラルダだが、青年は彼女が思うほど精神年齢は幼くないらしい。不敵な笑みを浮かべて瞳を研ぎ澄ます。
「敢えて乗らないつもりでいたが、敵のお偉いさんは俺達を招待したいようだなッ!」
 螺旋皇帝の背中で大型ブースターが唸り、僅かに床から浮くと一気に軍勢の手薄なルートへ飛び込んでゆく。殲騎が十分に突き進める通路は狭まる事は無かった。背後からサーバントが追い掛けて来るが、ドリルカイザーのスピードに敵う訳がない。行く手を阻むモンスターを何体か葬ってゆくと、次第に通路は閑散とした様相を呈した。刹那、背後でエメラルダが慌てたように唇を開く。
「烈、前方に生体反応がありますわ!」
「そういう事かよ。どうやら歓迎の舞台は整っているらしいな」
「‥‥整っているって‥‥烈? まさか承知で向かうつもりですの?」
 逢魔の美女は素っ頓狂な響きで訊ねた。敵が尚も戦わせたい相手なら余程の自信作だろう。否、サーバントばかりが相手だったとはいえ、最後に待ち構える敵が神機巨兵ネフィリムである可能性も否定できない。殲騎の送還も許されないダメージを受けた現状で、対峙する事は危険だ。「へッ!」と魔皇が苦笑する。
「承知も何も、招待を断る訳にはいかねぇじゃないか。気に食わないからブチ倒す!」
 ‥‥前言撤回。精神年齢はヤンチャな子供らしい。
「仕方ありませんわね。危なくなったら素直に脱出して欲しいですわ」
 エメラルダは聞き分けのない弟を見つめるような眼差しで、穏やかに微笑んだ‥‥。

●完成体の脅威
「あれは‥‥ッ!」
 コクピットから捉える視界に映し出されたのは、広大な敷地に待ち構える異形のシルエットだった。周囲は生物と建築物を融合させた壁に覆われており、さながらコロシアムの様相である。
 次々と天井の照明が光を放ち、異なる獣の頭部が三つ並んだ巨大なキメラを照らし出す。鋭利な爪の四足サーバントは背中に翼を生やしており、ヒドラのような龍の頭部が幾つも窺えた。全身は龍鱗に覆われ、見るからに硬そうだ。更に胸部は強固な甲殻に包まれており、怪獣と呼称しても違和感は無いだろう。武骨なドリルカイザーでさえ貧弱に窺える。
「烈、あのサーバント‥‥」
「ああ、忘れもしねぇ、サルデスを訪れて螺旋皇帝と初めて戦ったキメラタイプと同じだ。否、少し様子が違うな」
「ええ、背中に頭なんか生えていなかったですわ。それに再生の遅い胸部も‥‥」
「なるほど、モニター調査の結果、お客様に満足できる商品を提供できたって訳だな」
 不敵な笑みを浮かべて烈が身構える。後部座席のエメラルダは緊張感の無い魔皇に不安げな瞳を投げた。怯みを微塵も見せない背中は相変わらずだ。
 そんな中、壁に備え付けられた社標のランプが点滅すると、同時にスピーカーから声が響く。
『来てくれて嬉しいよ、魔に属する者』
「黒幕の招待は受けなきゃな。ボスクラスの悪役ならシルエット位は見せやがれ!」
 敢えて説明しよう。烈はヒーロー物が大好きである。突風を浴びた如く暴れる長い黒髪と頭に装着しているゴーグル、白いライダースーツと首に巻かれた赤いマフラー、腰には変身ベルトを装着している拘りようだ。魔の力を行使するものの、彼のハートは常に正義のヒーローなのである。
『ゆっくりしたいが時間が無いので手短に話そう。キミ達のお陰でバトモス軍が向かっている。基地を破棄し、機密保持の為に自爆装置を起動させた』
「自爆装置ですって!? 烈ッ!」
 エメラルダが驚愕する中、殲騎の背後で入り口がシャッターで塞がれた。否、そんな生易しい物ではないだろう。
『キミ達にはキメラの性能試験をしてもらう。御覧の通り、コイツを隔離する為、壁や先ほど閉じさせてもらった入り口の扉は容易に破壊できないよう施してある』
「へッ、安心しな。招待を受けて途中退場はしねぇよ!」
『‥‥ここがお前の墓場だ』
 穏やかな口調は一変。凄味を利かせた冷酷な響きを伴う黒幕の声はプツリと掻き消えた。同時に怪獣は獰猛そうな赤い眼光をギラつかせ、ドリルカイザーを睨む。ゆっくりと獣の大きな顎が開き、口内で炎が燃え滾った。刹那、振り上げた太い首が勢い良く伸びると共に巨大なブレスの洗礼が放たれる。忽ち烈は驚愕に瞳を見開いた。
「で、でけえッ!」
 背中のブースターで横へスライドする殲騎。分厚い壁を大きく抉った威力は油断ならない。次いでキメラは背中に幾つも生えた龍の首から小さなブレスを吐き捲くった。螺旋皇帝は接合されている蟹型魔獣殻の甲殻とシールドとなる巨大な鋏で洗礼を防御する中、炎がフォルムに弾ける。獣の頭部から放たれるブレスが戦車の主砲と例えれば、背中に生えた龍の首から撒かれるブレスは歩兵の接近を阻む為の機銃に等しい。
「ダメージは少ないですわ! でも」
「無傷って訳にはいかないようだな。足を止められた時に本命を叩き込まれたらヤバそうだぜ」
 エメラルダの言葉に応えた烈が顎を退いて怪獣を睨む。捉える先は強固な甲殻に覆われた胸部。
「だが、逃げ回っていてもラチが明かねぇ!」
「ええ、それに自爆のカウントも進んでいる筈ですわ」
 逢魔の美女も異論は無いようだ。二人に呼応するようにドリルカイザーの眼光がギンと輝き、ブースターを唸らせて小刻みに左右に軌道を変えながら間合いを詰める。機銃の如く放たれるブレスを蟹型魔獣殻の甲殻が防ぐ度、コクピットが衝撃に揺れ、堪えるエメラルダの豊満な二つの膨らみがたわわに弾んだ。奥歯を食い縛る烈が吠える。
「行けぇッ! 真ッ両断剣ッ!!」
 螺旋皇帝の腕に装備された真アクセラレイトドリルにダークフォース『真両斬剣<ギガプレイクス>』を付与し、胸部のコアに渾身の一撃を叩き込んだ。
 刹那、火花が迸ると共に殲騎の螺旋は一瞬にして砕かれた。次いで強襲したインパクトに騎体が大きく体勢を崩す。
「きゃあぁッ!」
「くッ、なんて硬さだ! だが、ここで退く訳にはいかねぇんだよッ! うおおおぉぉッ!!」
 再生能力の要を破壊しない事には何度攻撃しても倒す事は出来ない。損害と魔力の消耗が蓄積される中、気にせずに全力で洗礼を叩き込んだ。ブレスを浴びた蟹型魔獣殻の破片が粒子と化して散り、ドリルカイザーの装甲にも傷が増える。真ドリルランスが唸る度、鈍い打撃音と共に火花が迸った。
「烈、このままだと『G』がもちませんわ!」
 エメラルダが戦慄の色を浮かべて蟹型魔獣殻の限界を促す。幸いだったのは真アクセラレイトドリルと引き換えにダメージを僅かでも与えられた事だ。幾度となく片腕の螺旋を繰り出しているが、先のように砕ける様子はない。
「見た目にはコアは無傷のようだが、ダメージは蓄積されている筈だ! 堪えてくれ、Gッ!」
 烈の咆哮と共に真ドリルランスが叩き込まれた刹那、怪獣は強烈な体当たりを食らわした。豪快な衝撃に蟹型魔獣殻の鋏が粒子を舞い散らす中、螺旋皇帝が吹っ飛び、強固な壁に背中がメリ込む。コクピットに叩き込まれたインパクトも相当なものだろう。逢魔の美貌が苦悶を放ち、優麗なエメラルドグリーンの長髪が宙を舞い泳ぎ、水の衣に包まれた豊かな胸元が激しく揺れ弾んだ。
「んああぁッ!」
「大丈夫かッ、エメラルダ! あの図体でタックルとはな、振り出しに戻されちまったぜ‥ッ!?」
 烈はコクピット越しに映るキメラに違和感を抱いた。怪獣は追撃の咆哮を浴びせる事もなく、まるで電池が切れた玩具の如く全ての機能が停止したようである。青年が困惑の色を浮かべ呟く。
「どうしちまったんだ? 動かなくなったぞ」
「中枢系の損傷で再生能力に費やす負担が大きくなったのかもしれませんわ」
 サルデス地方で遭遇したキメラとの初戦では、確かにコアの回復は遅かった。ならば――――。
「あれをやるぞ、エメラルダ!」
 魔皇の指示に逢魔は戸惑いと不安を綯い交ぜに浮かべた眼差しを逸らす。
「確かにあの装甲を破るには他に手はありませんが、仲間の援護無しには当りませんわよ」
「セイレーンの加護で8種の内で最高の耐久力を得たこのディアブロなら手はある!」
 視線を背後の美女へと流し、青年は不敵な微笑みを浮かべて見せた。
 ――俺を信じろ!
 力強い眼差しがエメラルダの躊躇を拭い去る。セイレーンは瞼を伏せて微笑むと、信頼に彩られた青い瞳をゆっくりと開く。
「ええ、お任せ致しますわ‥‥烈」
 無言の会話を瞳で交わした二人は、同時にキメラへ眼差しを研ぎ澄ました。ブースターに粒子を煌かせて迫る中、重ねる声が招来を紡ぎ出す。
「「出でよ、螺旋皇帝へ力を与えるもの『迦楼羅』!!」」
 傷ついた蟹型魔獣殻Gが瞬時に送還されると、代わってドリルカイザーの背に召喚されたのは左右に巨大な金色の翼を広げる鳥型魔獣殻迦楼羅だ。一気にスピードアップした殲騎がコアへ突撃する。
 再び起動した怪獣がブレスの洗礼を放つ中、エメラルダは瞳を閉じ、意識を集中させた。ふわりと長髪が宙に浮き上がると共に呪文を紡ぐ。
「霧のヴェール」
 刹那、螺旋皇帝が半透明の霧のような衣に覆われた。騎体はダイナミックなフォルムごと回転を描き、ドリルランスを構える。付与するダークフォースは『真燕貫閃<スワローピアッシング>』だ。
「食らえッ! ドォリルッピアッシングウゥゥッ!!」
 竜巻の如くキメラの胸部に洗礼を叩き込むと、怪獣のコアが破片を散らせて砕けた。致命傷から鮮血が迸る中、尚もブレスを放ち捲くる。しかし、霧のヴェールで守られたドリルカイザーに容易く当たりはしない。真ショルダーキャノンを返す度、裂けた皮膚から血飛沫が舞う。それでも苦痛の咆哮一つ響かせずブレスの洗礼を吹き荒らした。避け切れずダメージを浴びた殲騎の装甲が悲鳴をあげる。
「再生できなくともタフなのは変わりないって事かよッ」
「烈、おかしいですわ。このキメラ型サーバント、まるで痛覚が無いみたい」
「らしいな。大方戦闘に必要ない部分は取り除かれているんだろう。まったく、気に食わねぇッ!」
 烈が吐き捨てるように応えると、エメラルダは眼差しに慈愛の色を滲ませた。再び瞼を伏せると、青いオーラを纏いながら歌声を響かせる。逢魔の特殊能力『勇躍の歌声』は清流の如き清涼な響きで紡がれ、さながらレクイエムのように流れた。螺旋皇帝が破片を散らせながらも青白く輝き、ドリルランスを次々と叩き込む中、太い怪獣の足が地響きと共に崩れる。尚も攻撃を止めない姿は憐れにさえ感じた。
「痛覚を失い、肉体の限界を忘れたお前の負けだ!!」
 殲騎は一旦離脱すると、宙を飛翔しながら旋回を描き、ドリルランスの先端を向ける。
「安らかに眠るがいい! 唸れッ! ドオォリルックラアァァァッシュッッ!!」
 エメラルダの歌が響く中、再びスピンと共に胸部へと叩き込んだ螺旋の洗礼は、遂にキメラを抉り貫き、完全に絶命させた。騎体の回転が止まると同時に装甲にこびり付いた怪獣の血肉が赤い花弁の如く舞い散る。烈達には理不尽に弄られたキメラに捧げる鎮魂華に映ったかもしれない。
 刹那、床が膨れ上がり、彼方此方から爆炎が噴き出した。自爆の影響が及んだのである。
「烈、脱出しましょう! きゃあぁッ!」
「エメラルダッ! うおあぁッ!」
 激しい振動にコクピットが強襲され、ドリルカイザーが紅蓮に染まった――――。

●エピローグ
 テンプルムが燃える。
 夜の闇に次々と爆炎の華を咲き乱しながら、巨大な物体が原形を次第に焼失させてゆく。
 バトモス軍が集結しているが、消火は容易に済みそうも無い。
 証拠隠滅を図った自爆である。黒幕とて十二分な準備をしていた筈だ。
 幸いだった事は復興の行われていない荒廃した区域だったといえるだろうか。
「終わったな‥‥」
 満身創痍で佇む殲騎の肩に立つ青年が口を開いた。傍で腰を下ろし、優麗な長髪が風に靡くのを手で押さえながら美女が柔らかく微笑む。
「ええ‥‥長い戦いでしたわね。あら、朝日ですわ」
 螺旋皇帝ドリルカイザーが次第に昇る陽光を浴びてゆく。
 魔皇と逢魔は額に手を翳しながら眩しさに瞳を細めた――――。

 ――目の前の悪は滅んだ。
 だが全ての悪が滅んだわけではない、戦え、負けるな、風祭烈!

 <見えない真実の中で――完>


<ライター通信>
 この度は発注有り難うございました☆ お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 遅くなり申し訳ありません。またしても風邪に見舞われ‥‥‥冬は嫌いです。
 さて、いかがでしたでしょうか? 最終回らしく色々と盛り込んだつもりです。
 黒幕は男女どちらでも対応できるような口調とさせて頂きました。アフレコお願いします(笑)。
 やはり最終回で歌わない訳にはいかないじゃないか! とセイレーンの特色である歌を唄わせて頂きました。なんかキメラが哀愁漂う怪獣になってしまいましたが、思えば被害者(?)ですよね(因みに鎮魂華は誤植ではありません。造語です(苦笑))。
 戦闘シーンは演出的に3Dアクションゲーな雰囲気で綴らせて頂きました。アーマードとか、Jなんたらとかってタイプですね(余談ですが、Jはドリル装着可能ですよ。どーにも幼稚っぽい設定やキャラ作りが許せる範囲か微妙ですが)。テンプルム内の移動やボスとの対峙に雰囲気を少しでも感じて頂ければ幸いです。
 さてさて、切磋はオリジナルテキストを日付で管理しているのですが、2006年1月って‥‥約2年越しの物語でしたね(どんなペースのOVAだよって感じです(汗))。
 長きに渡り発注ありがとうございました。無事完結編を迎えられて嬉しいような寂しいような‥‥でも、やっぱりオーダーあっての完結ですから嬉しいですね。
 最近とんと書いていない人型ロボット物のダイナミックな戦闘を描く機会を与えて頂き感謝です♪
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆