<東京怪談ノベル(シングル)>


Maid in‥‥First nightmare


初夢を見ると実現する
‥‥それは一体誰が言い出した迷信か
子供の頃に、そんな話を聞いていた‥‥






 暗い‥‥‥‥奈落の底のような暗い部屋に、松本 太一は繋がれていた。
 両手と両足には頑丈そうな手錠が取り付けられ、そこから伸びた鎖が果てのない闇の中に溶け込んでいる。部屋の中は寒く、石室の冷気は太一の体を容赦なく包み、体からなけなしの体力を奪っていく。
 この場所に監禁されてから、一体どれだけの時間が経過したのだろうか?
 一時間や二時間では済まされないだろう。館の中で修行を積んでいた太一は、度重なる失敗の罰としてこの空間に連れ込まれた。この、一切の光もなく音もしない、闇に閉ざされた密室空間。地下深くに作られたこの場所の気温は冷水の如く冷え切っており、正常な人間なら半日もあれば体温を奪われて気絶するだろう。
 しかし、今にも気を失いそうなほどに消耗している太一の意識は、体に纏っているメイド服の御陰で保たれていた。
この館のメイド服は、なにも萌え要素のみを追求している三流品ではない。夏は涼しく、冬は暖かく、動きやすく機能的。そんな本格派のメイド服の恩恵と、そして羞恥心によって嫌でも周りを意識してしまい、それが意識を保たせているのだった。

(うぅ、なに‥‥これ)

 太一は周囲の状況を朧気に観察しながら、なぜ、自分がこんな場所にいるのかを考えていた。
 ここで目を覚ます前後の記憶は、どうしてか持ち合わせていない。ここがどこかの館で、自分が何か失敗してここに連れ込まれたのは分かっているのだが‥‥なぜ分かっているのかも分からない。
 記憶を掘り出そうと懸命に思考を巡らそうとするのだが、返って思考は散り散りになり、思考を言葉として認識することすらままならない。

『ふふふ、もうそろそろ限界かしら』

 薄ぼんやりとしている頭に、女性の声が響き渡る。太一が顔を上げると、そこにはメイド服に身を包んだ美しい女性が立っていた。見覚えのない人間の登場に、太一の意識が揺り動かされる。‥‥が、太一は言い表せぬ違和感を感じていた。しかし闇の中にあるためか、女性の姿は薄ぼんやりとしか見えていないためにナニガオカシイノカ判別出来ない。
助けを求めようと口を開くが、ヒューヒューと息だけが抜けるだけで、言葉としての用をなしていない。
 苦しそうな太一を見つめながら、女性は嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

『フフフ、苦しそうですね‥‥魔力ももう尽きつつあるようですし、そろそろこれを着る気になりましたか?』

 そう言って女性は、後ろ手に隠していたナニカを取り出した。

(そ、それは!?)

 ソレを見た瞬間、太一の背筋に悪寒と絶望と恐怖と期待と好奇心が走り回る。
そして、どうして目の前の女性に助けなど求めようとしていたのか。なぜ、この女性こそが、自分が今こうしている元凶だったと忘れていたのか‥‥それを考えるより先に、太一は拘束している手錠と鎖をガチャガチャと揺らして抵抗の念を表した。女性が手にしているソレは、決して触れてはならない物なのだと直感で理解したからだ。

「‥‥‥‥!」
『ふふふ、そう。あなたが着ているメイド服を更に強化し、強化を重ねて狂化に至ってしまった、この館最強のメイド服です。これを着れば、もうあなたはここで修行を積む必要もなくなるでしょう。まぁ、着込んだら最後、死ぬまで脱げないと言われてもいますがそれはそれでこの際構わないと言うことでお願いします』
(構うわーー!)

 女性が手に取っているのは、一着のメイド服だった。色は暗くて不明だが、恐らく紺色。上半身部分と一体となっているスカートは異様に短く、上半身部分にもあちこちに切れ込みが入れられ、人が着込んだら切れ込みのあちこちから肌が覗いてしまうだろうことが容易に予想出来る。ヘッドドレスからヒールまでのフルセットが揃えられているそれは、禍々しいオーラを放って太一の目を釘付けにした。一目で分かる。アレは素人目に見ても呪具の類、ソレも極上の念を込められている、封印指定クラスの呪いである。
 女性はそんな太一の反応に満足した風に嘆息し、悦の入った視線で太一を射抜いていた。

『あなたの出来の悪さにはほとほと呆れましたから、もうこの際、この伝説のメイド服を着込んで呪‥‥聖なるメイド力で仕事を会得して貰います。良いですね?』
「っ!? っっっ!」(呪いって言おうとしたよね!?)

 声にならない声を上げる太一。ここに来て、ようやく太一は目の前にいる女性が、この館のメイド長であると言うことを朧気に認識した。

『ふふふふふふふ‥‥‥‥そう、分かってくれて嬉しいわ』
「〜〜〜〜〜〜!!!!!」(分かってなーい!)

 問いはあったが、答えなど求められていなかった。メイド長はまるで体のラインを確かめるように太一の体に指を這わせていく。そうして手に触れる布を、一枚一枚、丹念に撫でつけていく。まるで、猫の毛並みの感触を味わうように‥‥

「っっっっっっっ!!」

 太一はその感触に背筋を震わせ、逃れようと体を忙しなく動かした。しかし、メイド長の指はまるで蛇のように絡み付いて離れようとしない。メイド長は首元から脇、下腹部から太ももまでを丹念に撫で回したあと、太一の背部(このメイド服はファスナーが取り付けられているタイプだった)に手を回した。

(ひょわわわわわ! そ、そこはぁ!)
『ふふふ。背中を冷たい指が這い回る感触って、気持ち良いでしょう? でも、これぐらいで感じてたらダメよ? これからもっと凄いことをするんだから」

 メイド長はそう言うと、背部が完全にはだけた太一からメイド服を抜き取るように‥‥

『‥‥あら?』
(‥‥鎖で両手足繋がれてるから、脱がせられないんじゃあ‥‥)
『‥‥余計なことを言わなくても良いわよ!』
(なぜ分かった!?)

 微妙に屈辱感の混じったヒステリックな怒声と同時に、太一のメイド服がただの布切れに成り下がった。大雑把に引きちぎられたメイド服が宙を舞い、スカート部分まで一体となっていたために太一の体は下着を除き、九割方を剥ぎ取られた。唯一両腕の部分に袖が残っていたが、申し訳程度にも体を隠せていない。その扇情的な光景は、見る者の精神を無駄に昂揚させる効果しか持ち合わせていなかった。
 ‥‥メイド長は太一を舐め回すように目に焼き付けたてから、手に残った布地を放り捨てた。

『さぁ、これで準備は万端ね。あとは、これを着るだけよ』
(だから、このままじゃ着せることは‥‥‥えぇぇぇぇええええ!!!?)

 メイド長は伝説のメイド服を手に、太一の肩に手を掛けた。鎖に繋がれていると言うのにどうやって着せるのかを疑問に思っていた太一は、メイド長の手が太一の肩に触れた瞬間、伝説のメイド服がまるでアイスクリームのようにドロリと溶けている光景に目を瞬かせて心中のみで絶叫を上げていた。
 得体の知れない感触。先程の冷たい指が体を這い回る感触も恐ろしいものだったのだが、このスライムが体を覆っていく感覚(そうとしか表現出来なかった)はそれを遙かに上回る感触だった。例えるなら、まるで突然プールの水が粘着性を帯びたかのように体にまとわりついてくる。
 ‥‥一体これのどこがメイド服なのか。
 先程までは確かに衣服にしか見えなかったのに‥‥!!

『不思議ですか? 私も詳しいことは知りませんが、初代のご主人様の手によって作成されて以来、数々のメイドの手を渡り、なぜかプロレスラーの手に渡って衣装に使われ、更に身の丈二メートルを超える軍人が変装のために着用し、戦争時には神帝軍の開発部が研究材料として新種サーヴァントに着せていたものの「こいつは手に負えん!」と言って我々の元に戻ってきたという曰く付きの一品ですから。これぐらいは‥‥ね?』
(“ね?”じゃありませんよ! どこの最終兵器ですか!?)

 メイド長の語る伝説のメイド服の来歴を目を白黒させて身悶えながら聞いていた太一は、段々と意識に浸食してくるどす黒い‥‥いや、薄ピンク色の魔力に侵されていった。
 このメイド服が一体どの辺りの家庭でここまでのモンスター化を果たしたのかは分からないが、これだけは分かる。このメイド服によって、これまでに数々の男達があられもない姿にされて悲惨な末路を辿ってきたのだろう、と。そもそもメイド長が触れていた時には何ともなかったのに、太一に触れさせた時点で突然体を覆い始めたのだ。恐らくは男性限定で発動する伝説のメイド服モンスター。数年前に神だの魔皇だので戦争をしている時をも凌駕するカオスである。夢ならサッサと覚めて欲しい。

(はっ! ま、まさか‥‥)

 あまりにも非現実的な状況に、太一はこの状況の絡繰りに思い至った。

(これは夢‥‥夢なんだ‥‥うん。そうだよね。こんなことがあるわけないよね。でもこの光景どこかで見たことがある気がするんだよねぇ。最近メイド絡みでなんかあったっけ? このところ洗脳されたり洗脳されたり洗脳されたりしてたから何だか記憶があやふやでどうにも自信が持てないのですが、これはやはり夢でしょうね。フフフ、そうと分かってしまえば怖い物などありませんわ。何故ならこの先に待っているのは夢オチなのですから。何があってもなかったことになるのなら、もうどうとなって貰って構わないのですわ)

 太一はグルグルと泥酔状態のように回ろうとしない思考を強引に纏め上げ、八割ほど自棄に走った結論を出していた。しかし悲しいかな。その自棄に走った結論でさえ、メイド服から浸食してくるピンク色の魔力によって影響を受けている。即ち、“どんな辱めを受けても気にするな”、と‥‥
 これまでこのメイド服を着てきた者達がどのように果てていったのかは不明であるが、しかし恐らく、最期まで自分がどれほど恥ずかしい格好をして何をしているのかを理解し切れてはいなかっただろう。まさに現在の太一がそんな状態だった。

『まさか、ここまでの効果があるなんて‥‥』

 太一に伝説のメイド服を与えた張本人が、僅かに後退っている。ついにスカート部分までをも完成させて完全なメイド姿となった太一からは、見事なまでのメイドオーラが立ち上り、他を圧倒する見事なメイドマスター(?)となっていた。

『‥‥‥‥』

 変身(?)を遂げた太一を見つめ、メイド長は喉を鳴らし、その姿を凝視した。
元々あちこちが敗れていたりするメイド服である。切れ込みから覗く太一の綺麗な肌は見る者を魅了し、必要以上に短いスカートから覗く脚線美はその目を釘付けにした。しかし悲しいかな。元の美しい女性が着込めば百人中百人を魅了出来ようその魔力も、僅かにスネ毛の剃り残しのある中年男性では効果を発揮しきれない。メイド長はギリギリのラインで飛び出しそうになる鼻血を押さえ込み、何とかその場に踏み止まった。
 そして、当の本人。伝説のメイド服を身に纏った太一は、一切の抵抗をやめ、落ち着いた風に両手を捻り‥‥
 ベキッ!

「ふふっ、この程度の拘束では、私を縛ることは出来ませんわ」
『あらあら。これは予想以上に‥‥おはようございます新人メイドさん。早速、頼みたいことがあるのですが、良いですか?』
「おはようございますメイド長。なんなりと」

 まるで紙細工のように鎖を引きちぎった太一は、既に以前のような怯えた表情を浮かべていなかった。それどころかどこか妖艶な、聖女とも悪女ともとれない微笑みと雰囲気を携えている。
 思わず飲まれそうになっていたメイド長は、オホンと咳払いをし、別人化している太一に指示を出した。いかに太一が伝説のメイド服を着込んでいるとは言え、あくまでこの館のメイド長は自分である。この立場だけは譲れない。
 伝説のメイド服に飲まれ、完全な洗脳状態にある太一に対し、果たしてどんな命令を下すのか‥‥
 メイド長は数秒ほどの熟考の後、小さく頷きながら上を指差した。

『では、最初の命令です。現在、ご主人様は入浴を終え、就寝前最後の執務の最中です。身支度を綺麗に調え、(ピー)の世話を致して下さい』
「そうきましたか。‥‥フフフ、かしこまりました。では、わたくしの持てる全ての技術を駆使してご主人様にこの世、全ての快楽の総算を体験して‥‥」





「頂いて堪るかぁぁああ!!!」

 ガバッ! と布団をはね除け、松本 太一は目を覚ました。その衝撃で布団に重ねていた毛布がベッドの隅にまで吹き飛び、着地の風でカーテンが小さく揺れている。
 ‥‥カーテンの隙間から照りつけてくる陽射しの強さが、既に時刻が昼近いことを指し示してくる。昨日は紅白歌合戦を見たあと、友人達と初詣に行っていて朝方に眠ったため、別に寝坊というわけではない。お正月休みで太一も休みだ。いつまで寝ていた所で、何ら悪い所はない。
 ‥‥しかし新年早々、妙な夢を見たことで太一は頭を抱えてベッドの上で悶え、転がっていた。

「ぐぅ‥‥気持ち悪かった。なに、アレ? もう少し起きるのが遅かったら‥‥」

 その時には、世にも恐ろしい悪夢が展開されていただろう。いや、あの時点でも十分に悪夢として十全に機能していたのだが、それにしても恐ろしい夢だった。もう少しで全年齢対象判から外れてしまう所だった。危機一髪も良い所である。

「うぅ、汗でべったりだ‥‥着替えよう」

 太一は寝汗でグッショリと濡れている寝間着を見下ろし、早々に脱ぎ去った。夏でもないのに全身くまなく汗を掻いているのは、間違いなくあの悪夢の所為だろう。あの衝撃は、しばらくの間忘れられそうにない。
 貴重な休日である冬休みは、どうやら気分転換に費やされそうだ。太一は憂鬱そうに溜息を吐いて、着替えを済ませる。
 すると、ちょうど着替えが済んだ所で、トントンと部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。

「はい」
「ああ、起きてましたか。太一さん、玄関先に、こんな服が置いてあったのですが‥‥」

 彼よりも早く起きていた逢魔が、困惑した表情で部屋の中に入ってくる。



 その手には
 なにか
 見覚えのある
 メイド服が────



 ドロドロと、逢魔の手の中にあるメイド服は、静かに溶け出していた。









 ────悪夢は、まだ覚めそうにない────









☆☆後書き☆☆

 これまでにない程に苦戦してボロボロになったメビオス零です。遅くなりました。申し訳ありません。そしてあけましておめでとう御座います。
 夢オチ‥‥思えば、書くの初めてなパターンだった気がする。まさかここまで難しいとは‥‥不覚でした。もっと書ける練習をしておきます。
 しっかし、このシリーズもだいぶ続いてますね。夢オチだけど夢オチじゃ無さそうです。もしかしたら、起きた気になっていてもまだ眠っているのかもしれません。もはやホラー。メイド長からの贈り物は果たして、太一に何をもたらすのか‥‥!
 ‥‥中途半端でした。すいません。
 では、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。長らくお待たせしてしまいまして申し訳御座いません。作品に関してのご指摘、ご感想がありましたら、ご連絡下さいませ。(・_・)(._.)