<東京怪談ノベル(シングル)>


巫女の円舞

●押された後のリピートボタン
「今日は、いい天気ですよね…」
松本・太一は、その日はやはり留守番で。格好のお昼寝ポイントであるソファーが、松本を睡眠の波へと誘おうとしていた。
居留守を決め込む体勢になったのは、自然な流れだった。
(どうしてでしょう、今日は、前にもあった今日のような気がしますね)
ふわぁ、と欠伸をかみ殺し、ソファーの背もたれにその身を預けながら、そのデジャブとも予知ともつかぬ感覚を推理してみる。
それはあくまでも感覚を土台にした推理で、そこから結論が導きだされるわけもなかった。
思考の迷路に迷い込んだ松本は、着実に昼寝の世界への階段を上っていっていた。答えの出ない、繰り返すだけの思考はただ脳内でのみ反芻される、子守唄でしかないのだから。

 トゥルルルル…トゥルルルル…
突然の電子音。
現実に引き戻される感覚は、急激な落下感に似ている。おぼつかない足取りで、松本は受話器を取った。
(留守番の設定をし忘れたときに限って、予感は当たるんですよね)
思考はなぜか冴えている。それはもう確信だと言ってもいいだろう。
 トゥルルル…ガチャッ
「もしもし、こちら松本で…」
呂律の回りきらない舌から搾り出した言葉も、予想通りに、予想通りのタイミングで、予想通りの声が阻んだ。
「ちょっとぉ、もっと早く出てちょうだいよねぇ。折角の名案が消えちゃうでしょぉ?」
「…メモとして書き留めるという選択肢は…あ、いえ、わかりました、明日伺いますから今のは忘れてください」
こうして急ぎの電話連絡をしてくる時点で、松本に拒否権など認められていないのは明白なのだった。

●螺子を巻ききったオルゴール
「そうよ、大事なのは初々しさよねぇ♪」
備え付けておいた目安箱、そこに投函された意見用紙を眺めながら閃いたのは、昨日のお昼過ぎのこと。
意見用紙を、行事ごとに纏めなおす。そして見えてきたのは…「巫女の恥じらいが足りない」といった結論である。
(あくまでも彼女個人の考えであって、意見用紙に、同じ内容が書かれていたかどうかは他の誰にもわからない)

「…で、そういうわけだからぁ、慣れた人でも恥ずかしがる方法を確立しようってことなのよ♪」
にっこりと微笑みながら事の次第を説明していたのは、この八百万の神社で巫女総元締めを勤める女性。松本とは、これで四度目の顔合わせとなる。
「それは、つまり…」
つまりこれは、松本が『巫女として振舞うことに慣れている』という客観的な事実に他ならない。
(だからといって…仕事を断る理由にはならないのですけども…)
「行事があるごとに参拝に来てくれる人達にも、何度見ても、毎回新鮮さのある…そう、常に新しいと思わせる巫女舞を楽しんでもらうためなのよぉ♪」
そのためには、舞の一番手である貴方に協力してもらうのが一番だからねぇ、と彼女は続けた。
(…けども、やっぱり男としては…引っかかるものがあります…)
心の中で涙を流す松本なのであった。

●終わりの見えないドラマ
説明を受けた更にその翌日。
松本は渡された衣装に身を包み、いつかのアルバイトのときと同様に、総元締めのお付きとして働いていた。
巫女舞本番までの期間、男性として仕事をすることで、周囲に男性であることを示し、己が男であるという自覚を揺るぎないものにする…というのが目的だ。
確かに、先日松本が巫女舞を舞った際、松本は常に女装をして神社での日々を過ごしていた。当時は『完璧な巫女』となるべくの訓練であったのだが、それ以前にあった二回のアルバイトの経験さえも『訓練』として作用していた分、女装することへの羞恥心は松本の中からほとんどなくなっていたのであろう。
それは巫女としての洗練さを生むことになったが、巫女本来の、穢れなき存在としての価値が薄れていたということになる…これが、今回総元締めの出した結論の真実である。
(理解はできますし、納得もできますけど…)
今自分を取り巻いている状況は、巫女舞を担当するのが女装の男性であることを前提にしており(現に、総元締めは事あるごとにその旨を宣伝している)、これからも『女装の男性』が巫女舞を担当するという、その伏線ではないだろうか?
(毎回僕が呼び出されるわけではないはずです、あくまでも僕は『一番手』、そう、それだけですよ…)
呪文のように己に言い聞かせながら、松本は仕事をこなしていった。

そして休憩時間。
「あのー」
「なにかしらぁ?」
振り返る総元締めの口元は、笑みの形に彩られている。少しばかり怯みつつも、今日一番の疑問を投げかけてみる。
「男性用の衣装、はじめからあったんですよね? 新品というわけでもないようですし、この服」
言いながら自らが纏う服を示す。くすんだ白で統一された、巫女服とは似ても似つかない…纏うものが男性であることを示す、衣装。
松本が指摘したとおり、おろしたてではないものの、丁寧に洗濯され手入れされていたのがわかる手触りだ。
(衣装があるのに、巫女ばかり募集していたことになりますよね、この方は)
松本の記憶にある限り…この神社で、今の自分と同じ服装の男性を見かけたことは一度もない。見覚えがあれば忘れないはずである、この神社は男性が極端に少ないのだ。
「神社といったら巫女でしょぉ?」
「へ?」
ご両親に習わなかったかしらぁ?とでも続きそうな口調で、ただ、それだけ。
「あたしが総元締めになったときから、バイト募集は巫女だけにしたのよぉ、実際、その方が観光客にも、参拝客にも受けがよかったし♪ それにしても、お蔵入りしていた衣装が役に立つとはね、とっておいた甲斐があったというものだわ〜」
「そ、そうですか…」
(…まともな返答を期待した僕が間違いでした)
二度ある事は三度ある、で今まで過ごしてきたのだ。四度目の正直、という現実はもとから存在するはずもないのだった。

●終わりは始まりと同じフレーズ
本来であれば、巫女舞の奉納は決められた時期にのみ行われるものだ。
だが、今回の目的は客寄せではなく、巫女そのものの存在改善である。
再び、松本は舞台袖に立ち、居並ぶ観客達の多さに慄いていた。もちろん衣装は巫女装束、先日の例祭のときよりも簡素なものになってはいるが。
巫女舞を奉納する様を一般公開するのではなく、『普段からの練習の成果を見せる、奉納の予行演習』として宣伝を行っていた分、すべてを例祭と同じにするのは避けるべき、との判断によるものである。
だが今回は例祭と違い松本が、つまり舞う巫女が男性であることを前面に押しての宣伝である。興味本位で訪れた客が多いことは、舞台袖からでも察せられた。
(僕が、巫女舞を舞う…)
巫女装束を纏う間でも、男としての自覚と意識を基盤に行動できるまでに『男』の自覚を確立した松本は、今までどおり『女』の所作で行動することもできる。
それこそが『男と女』の意識を混在させる結果となり、『男の理想とする女らしさ』と『女の理想とする女らしさ』を同時に成立させ、より中性的な、そして恥じらいのある巫女舞へと昇華させたのだった。

後日、松本宛に『両性をひとつの身体に潜ませるノウハウ本』という名の冊子が届けられた。
その冊子を見つけた彼の逢魔により、松本がどのような悪戯を仕掛けられたのかは…松本の名誉のためにも、黙っておくことにしよう。