<WTアナザーストーリーノベル>

クリス・ラインハルト
■エルディン・アトワイト■


戦う神父の24時!


 おはようございます。
 冒険者、及び吟遊詩人ギルド所属、バードのクリス・ラインハルト(ea2004)でっす。
 本日は、ボクのお友達、神父のエルディン・アトワイト(ec0290)さんの一日を密着レポート!なのです。

 依頼では頼もしき戦力、談笑時にはお笑い担当、そして普段は弱者の支えとなる聖職者。様々な素顔を持つ素敵なエルディンさんの魅力を、存分にご紹介したいと思います。

 それでは、最後までお楽しみ下さい♪


*****

  かの神父の朝は、早い。未だ薄闇の去らぬ中、身支度を整えセーラに祈りを捧げる。
 真白き聖母の御前で纏う色は漆黒。徐々に差し込む光が、髪の濃い金や肌の白を明らかにしてくなか、移ろわぬ色としてそこに在る。

 部屋が朝日で満ちる頃、ようやく彼は顔を上げた。高く掲げた聖十字を見上げ、青い瞳を瞬かせる。

 神父エルディン・アトワイトの、一日の始まりである。

*****


 ‥‥はいっ、ということで、早朝のエルディンさんをご覧頂きました〜。毎朝、早くからご苦労様なのです。
 この後は、朝食、掃除、洗濯を済ませて、教区の見回りに行かれるですね。見回りの間、教会は弟さんにお任せされてるみたいです。

 この弟さん、見た目はお兄さんよりずっと年上の、ハーフエルフさんなのです。事前に入手した情報によると、八十年程前に、エルディンさんが教会の前で拾ったですとか。
 ボク達の住むノルマンでは、残念ながら何かと生き難い種族であるハーフエルフ。しかし、エルディンさんは種族で人を分け隔てるような事は決してしません。娘のように後見しているお嬢さん方もハーフエルフですし、お友達も沢山、なのです。

 そして今日も、そんな神父さんを頼る人は絶えないみたいですよ〜。


*****

 僕、どうして生まれてきたのかな。
 日当たりの悪い部屋で、少年は呟いた。
 卓を挟んで腰掛けたエルディンは、静かに彼を見つめている。

 隣室では、彼の母親が病を得て休んでいる。処方した薬草が効いたのか、寝息は規則正しく安らかだ。

 僕が居なければ、母さんはこんなに苦労してない。
 病気になんて、ならなかったかも。
 皆、噂してる、ハーフエルフの子供なんて、いるからだって。

 少年は、父を知らない。己の生まれた経緯も聞いた事がないのだという。
 人間の母の老いは、少年にとってあまりに速い。次第に体の効かなくなる母の前で無力をかみ締め続けた彼は、いつしか己の存在意義すら見出せなくなっていたのだ。

 神父は、しばし瞑目したのち、おもむろに言葉を紡いだ。

 君は、優しい人ですね。
 残念ながら、今の世の中はハーフエルフには優しくありません。
 辛い目にも沢山逢ってきた事でしょう。
 それなのに、君が案じるのはお母さんの事ばかりだ。
 ですから、君自身が君を嫌いだとしても。
 それでも、私は君が好きです。
 私だけではない。
 聖なる母もまた、君を愛して居ない筈が無い。

 膝に視線を落としたまま、少年は頷いた。
 部屋に沈黙が落ちると、外で遊ぶ子供達の声が聞こえた。

 さあ、と。
 神父は立ち上がると、扉を開け少年の背を押した。
 二歩三歩、足を進めた少年が、ちらり、と彼を振り返る。
 その瞳に浮かぶ謝意を認めると、エルディンは、視線を合わせにっこりと笑みを返した。
 つられたように微笑むと、少年は今度こそ輪の中へと飛び込んで行く。

 小さな背中を見つめ、エルディンは目を細めた。その横顔に、やや厳しい色が浮かぶ。
 彼は身を以って知っているのだ。少年と、彼を囲む子供達。彼らが同じ丈の肩を並べられる時間は、そう長くは無い事を。同じ速さで成長する事叶わぬ相手と、気持ちの上で対等であり続ける事は、殊に子供にとっては容易ではない。

 しかし、巡らせていた思考は、強制的に中断させられた。

 どん、と。軽い衝撃を連れて背中に張り付いた、子供。何時の間にか背後を取られていたようだ。
 エルディンは苦笑すると、どうしたのかと問いかけた。

 神父さんが鬼〜!

 子供は、にっと笑みを浮かべ、叫んだ。
 当の神父が面食らっている隙に、子供達は散り散りに逃げて行く。見渡せば、ハーフエルフの少年も、皆と同じように声を上げて笑っている。

 しかたがないな、と肩を竦めると、両手を広げて一番近くに居た子供を追いかけた。
 本気で駆けてくる長身の『大人』に、子供達はさらに盛り上がる。

 彼らの母親が昼食だからと呼びに来るまで、楽しい悲鳴は絶える事は無かった。

*****


 あらら、肩で息しちゃって〜‥‥運動不足です?
 でもでも、真摯にお子さんのお相手をするエルディンさんは、素敵ですよね♪

 さて、お日様は丁度真ん中、ということで、お昼休みの時間。
 只今、ターゲットのシャンゼリゼ入店を確認したです。ちょっと窓から‥‥ふみふみ、冒険者仲間を見つけて、談笑中ですね。
 エルディンさんの注文は?
 おおっ、今届きました。募金メニューのニョッキのトリコロール。さりげなく人助け、さすがはジーザス教【白】の神父様なのです。

 ‥‥。
 ‥‥‥はっ。
 き、気のせいです、ボク、お腹なんか鳴らしてない‥‥です‥よ?

 ‥‥‥。

 ボクも、募金に協力してくるですねっ。
 ご飯はついで、なのです〜。でもでも、頼んだ以上は、美味しく頂くのが礼儀ですから♪


*****

 昼下がりの街を、鐘の音が渡る。
 朗々と紡がれる聖句に、時折、抑えた啜り泣きが重なった。

 今、ひとつの魂が、その生を全うし天に昇る。
 神父は、安息の眠りを導くべく、故人を祝福し、祈る。聖書を手に少し俯けた横顔は、誠実に己が職分を果そうとする者のそれ。
 故に、気付く者は多くないだろう。彼自身が、故人に対し抱く、深い哀悼に。

 白い花に囲まれた、皺の深い顔。寝顔のように穏やかな表情と、棺を囲む多くの親族は、彼が満ち足りた人生を生き抜いた証に他ならない。
 神父は、彼をよく知っていた。
 両親と共に教会を訪れた赤子。幼い日のエルディンは、赤子と、赤子に洗礼を施す先代の姿を、扉の隙間から見ていたという。

 その後も、赤子は日曜の度教会へやってきた。遊び相手になった事もあるのだという。
 赤子はやがて少年となり青年となり。子を、やがては孫を、洗礼に連れて来た。孫に洗礼を施したのは、エルディンだった。

 六十数年の命を、始まりから見守り続けた。
 そして今日、今のエルディンには手の届かぬ場所へ旅立つ彼の魂を、見送っている。


 エルフの神父は、何度も、こうして置いて行かれてきた。
 しかし彼は‥‥この気持ちに慣れる事はできない‥‥そう、漏らした事がある。
 恐らく、その心の奥底には、拭い難い孤独が常に潜むのだろう。いずれは、家族が、そして、今居る友の多くが、こうして去って行く。
 深く愛する程、強く手を繋ぐ程、別れの刻に心は悲鳴を上げ血を流す。文字通り、痛いほど知っている。
 それでも、彼は手を伸ばし続けるのだ。慣れることのない痛みは、愛した証であると知っているから。

 寂寥の後に残る何か。
 それを抱いて、彼は生きている。


 鐘の音が、再び厳かに響き渡った。
 最後の対面の時に、啜り泣きが一層高まる。
 ゆっくりと閉じられる棺の蓋。

 それを見守る神父の表情は‥‥ただただ、静かである。

*****


 ふみ‥‥ボク、なるべく長生きするですね。どうしたって、限界はあるですけど‥‥。
 ボクがしわしわのおばあちゃんになって、エルディンさんがダンディなおじさまになって、お友達もそれぞれの速さで年を重ねた頃、また皆でテーブルを囲んでお茶が出来たらいいなって思うです。
 きっと、ボクは冒険者を引退してて、皆もそれぞれの人生を歩いているんでしょうけど、その時の自分達の話をしながら『今』を振り返る事が出来たら‥‥素敵だろうなって。

 さて、お葬式を終えて夕刻。お日様も今日は役目を終えました…が、神父さんの一日は、まだ終わらないのです。
 夜明け前から真夜中まで。我らがエルディンさんは、お日様よりも働き者なのです♪


*****

 夕食、入浴、文書の作成やその他の雑事を済ませ、エルディンが眠りに就いたのは、真円の月が頂上に昇る頃。
 友人である吟遊詩人は、彼の就寝を認めると、窓辺で竪琴を構えた。その夢を密かに彩らんと、静かな曲で彼を包む。さらに、一日を労うべく、音に月の魔力を込めようと『メロディー』を詠唱しようとした、その時。
 す…っと部屋に差し込んだ一条の光は、月魔法の銀ではなく、白。
 彼女は、奏でる手を止め夜空を見上げた。
 にこ、と。
 眠る神父を見つめ微笑んだのは、天より下りし真白き存在。そして、ごくかすかな羽ばたきの音が、吟遊詩人の鍛えられた耳に届いた。
 思わず目を擦れば、既に、広がるのは満月と星の輝く夜空のみ。人は、それを夢幻と呼ぶのだろう。或いは月光の見せた錯覚、とでも。

 それでも、吟遊詩人‥‥いや、敢えて、筆者と綴ろう。
 筆者は感じた。
 それは、頑張る人を見守る愛である、と。
 他を愛し、自己を磨き、それを以ってさらに他に尽くす。そのような彼を、聖なる母は、そして御使いは、確かに見守り愛しているのだと。

 少しの間瞑目し、そして、再び竪琴を構えた。
 彼の夢が良いものであるよう、一日の疲れを癒しより良い明日を迎えられるものとなるよう、祈りと月の魔力を込めて。

 天上の愛には及ばずとも、筆者もまた、友として彼を愛しているから。

*****


 おやすみなさい、エルディンさん。
 今日も一日、お疲れ様でした。


written by 紡木