<WTアナザーストーリーノベル(特別編)>

オベル・カルクラフト
■フラン・ローブル■


祝祭の裏で

 実りを祝い、豊かな恵みに感謝を捧ぐ、収穫祭。
 ノルマン王国中の民が心待ちにする秋の恒例行事が、今年は例年を凌ぐ賑わいを見せている。
 中心は王都パリ。数年来の懸案事項であった国王ウィリアム三世の王妃選定。その決着と新王妃誕生に民衆は沸いていた。
 しかし、市中の喧騒とは裏腹に、静まりかえっている場所もある。
 旧聖堂。
 此処が冒険者達のデビル対策本部であったことを知る者は多いが、さらに十数年前、ノルマン王国の復興に深く関わる事件の現場となったことを知る者は少ない。
「おや、奇遇ですね」
 二人分の靴音に、金の髪が揺れた。
「入り口でフェリクス殿と行き合ってな」
「フランも居るような気がしていました。何となく」
 事件を知る者は少なく、立ち会った者はさらに少ない。そのうちの三名、今やブランシュ騎士団各分隊を預かる身となった彼らが、この日この場所に集まったのは偶然だろうか。
 灰分隊長フラン・ローブル(ez0203)が薦めるままに、藍分隊長オベル・カルクラフト(ez0204)、緑分隊長フェリクス・フォーレ(ez0205)が席に就く。
「十年以上前‥‥、になるのか」
 オベルが呟いた。ふたりも同じことを思い返していたのだろう、三人の視線が祭壇に集まった。

「間違いありません」
 祭壇の下から這い出てきた男の言葉に、エルフが頷いた。
「中の様子は?」
「ずっと使われていませんでしたからね、所々崩れて最後までは行けませんでした。陛下おひとりなら解りませんが‥‥」
 先の様子が解らない以上、行かせられない。
「それでは‥‥」
「ええ」
 傍らに置いてあった『道具』を手に取ったふたりを見て、黙って成り行きを伺っていた青年が口を開いた。
「‥‥本気か?」
 寧ろ『正気か』と訊きたかったが、さすがに堪えた。
「勿論」
 にこやかに返答した彼に、オベルはある意味感動した。あのヨシュアス卿と同じ顔の造作でありながら、笑顔ひとつで此処まで胡散臭くなれるのかと。
「無駄話の暇はありません」
 今更説明は不要とばかりに背を向け、足早に戻っていった黒髪短髪の男は全身砂埃まみれ。鎧はとうに脱ぎ刀も置き‥‥ツルハシを背負っている。
 この変わり者を絵に描いたようなふたりは、やはり変わり者揃いと噂の黄分隊の騎士だという。
「どうしました?」
 その場から動こうとしないオベルを、金髪のエルフ、フランが振り返った。
「いや‥‥」
「まだまだですねぇ、これくらいで動揺するようじゃ」
「‥‥!」
 あからさまに若造扱いされ、頭に血が昇る。自分とて、幼少の頃に国を追われ、公爵家の生まれでありながら、様々な苦労を経てここまでやってきたのだ。弟のような、誰にも換えることの出来ぬ幼い王、彼の為とあらば、今更穴掘りくらいなんでもない!
 ツルハシを担ぐと穴に潜り、先に行った男、フェリクスの後につく。
「‥‥分隊長の命令でなければ、他部隊の奴らなんかと組むもんか‥‥」
 ぶつぶつと愚痴を零しながらも、先を急いだ。
 隊の仲間たちは、今頃戦っているだろうか。ヴァレリーはひとりで先陣を切っているのだろうと思うと、悔しい。何しろ、自分はこの胡散臭い二人組と穴の中、だ。今回同行する者達の名を聞いたとき、ギースが吹き出して居たのを思い出す。あれは、こういう事だったのだろう。
「必ず取り戻すと誓ってここまで来たんだ! そうでなけりゃ仲間達にも顔向けできないだろ」
 苛立ちをツルハシに込めるようにして、ざっかざっかと掘り進む騎士を、フェリクスは横目で見遣った。
 ウィリアム三世の血縁、桃分隊の若手騎士の話は、時折耳に入ってきた。こうして見るとまだ幼い。
 ふと、国滅び地に潜ったのはこの年頃だったかと思い出し、苦い記憶に眉根を寄せた。あの日失ったものを、取り戻さなければならない。そしてそれは、すぐそこ、手の届く場所まで迫っている筈なのだ。
 今頃、表舞台ではヨシュアス・レイン率いる騎士団が奮闘している。その裏で、街外れの旧聖堂が王城へ繋がっている、という情報の真偽を確かめ、玉座への地下道を確保するのが、彼らの役割である。果たして、道はあった。ならば、あとは繋ぐのみ。
 何処からかフランが調達したツルハシを握りなおし、高く振り上げた。
「今のところ、気配はなし、と」
 見張りと称してふたりの背後に位置どったフランは、地上の気配を探るように、耳をすませた。肉体労働を拒否している訳ではない。決してない。
 此処までの状況からして、おそらく一日保てば道は通る。敵方に勘付かれずに済むかどうかは‥‥運を天に任せるしかない。打つ手のない状況は彼にとっては不愉快ともいえたが、下手に見張りでも置けば却って目印になる。
「さて、どうなりますか」
 天を仰いでも、目に映るのは暗い地下道ばかりである。

 数刻後、道は通った。
「間違いない」
 僅かな隙間から見える風景は、彼が幼少の頃に慣れ親しんだもの。こみ上げる熱を、まだ早いと奥歯で噛み殺し、オベルは二人に頷いてみせた。
 あとは、一刻も早く状況を報告し然るべき行動を起すだけ。
 旧聖堂へ駆け戻った三人だが、入口付近で足を止めた。
 僅かに、光が差していた。
 敵兵が通りすがった時に備え、入り口は閉鎖、荷は全て内側に隠してある。
 様子を伺いに来た仲間か、それとも。
 その時、地上からくぐもった悲鳴が聞こえた。
 目配せを交し、フェリクスが前に出る。隠してあった刀を拾い、壁に身を寄せ慎重に聖堂の中を覗く。
「‥‥?」
 背後からでも、オベルには、彼が酷く動揺したのが解った。
 オベルが問い掛ける前に、フェリクスは扉を開け放ち、聖堂の中へ歩を進めていた。
「なっ‥‥」
 慌てて追うと、フェリクスの向こうに、男が立っていた。男の正面に、神聖ローマの兵が倒れている。じわりと広がる血溜まりが、彼がこと切れていることを示していた。
 そして、男の剣先から滑り落ちた朱が、さらに床を汚す。
「これはこれは。ブランシュの騎士殿とお見受けする」
 高い窓から落ちる光を踏んで、振り返った彼の髪は、赤。
「しかも、そちらは‥‥いや、ヨシュアス・レイン卿ではないようだ。すると、噂の影武者か」
「私の記憶に間違いがなければ、そこの亡骸はあなたの味方、の筈ですが」
 ごく平坦なフランの台詞に、何故かオベルは背筋が冷えた。ちらりと傍らを伺うと、フェリクスもまたその男を凝視していた。その顔は薄暗い聖堂の中でも伺える程に白く、刀に添えられた手は、小さく震えている。
「かの情報は正しかったようだ。貴殿らの様子からして、開通は容易では無かったようだが」
「ええ、エチゴヤ製のツルハシが、思ったよりもろくて苦労いたしました」
 フランの整った口元に綺麗な笑みが浮かび、目頭がかすかに下がる。眼光だけが、鋭かった。
「成程。‥‥この道は新生ノルマン王国への花道となろう」
 答える男の笑みは深く、見る者の胸をざわつかせる。
「そしてお前は、味方の血を踏んだ靴で、この道を渡ろうというのか」
 絞り出すような、フェリクスの声だった。
「かつて、我が王国に仇成した剣を、次は神聖ローマへと向けるのか」
 それではやはり、とオベルは思った。男の風貌と言動、二人の年長騎士の様子からして、まさかとは思っていたが。
「‥‥一度ならず二度までも。裏切りは繰返す‥‥か」
 かつてノルマン王国を屠り、その功績を以ってイタリア半島で公爵位を得た男。
 マーシー二世、その人だった。
「手土産は?」
 フランの声音は変わらず静かで、マーシーは、最も話が通じると解したのだろう、フランに向き直った。
「今頃、我が兵はローマ市を抑えている」
「成程」
 騎士団が外壁を破り、同時に国王が精鋭を連れ城を押えれば、市街戦となることなく、新王国は船出しよう。そこにローマ市という駒、取引材料が加わるならば‥‥
「まあ、私達が決められることではありません。‥‥陛下にご裁断を仰がねば」
「フラン!」
 フェリクスが、声を荒げてフランの肩を掴む。ギリ、と掴んだ手に力を込めると、フランが眉根を寄せた。
「フェリ」
「‥‥くっ」
 振り切るように手を離すと、フェリクスは二人に背を向ける。
「フラン卿か。貴殿とは話が合いそうだ」
 マーシーが口角を上げた。似た者を見つけた、とばかりに。
「そうですね。‥‥ゆえに、恐ろしく気が合わないだろうことも、お解かり頂けるかと」
 己が為に他を利用せんとする者は、同属を嫌う。己が利用されることを厭うためか、あるいは、その意図を解してしまうためなのか。
 その時。
「誰だ!」
 人の気配を察したのか、駆け込んできた兵士が二人。身に纏うのは、神聖ローマの紋。
 フェリクスが斬り、オベルが貫き。若い兵士達は、己を屠った相手の顔すら、認める間もなかったであろう。
 フランは剣を構えることなく、横目でその光景を見遣った。
「時間がありません」
「その通り。‥‥血塗れた剣はお互い様。今は一刻も早く戦を収め、疲弊した民を救済することが肝要と思われるが、如何か?」
 その時、三人の若い騎士達は、彼の、この笑みを忘れる日は来ないだろうと、思ったのだった。
 マーシーはその後、優れた政治手腕を以って国王の信頼と豊かな領地を得ることとなる。

 持込んだワインは、全て空になっていた。
「昔語りをしていると、自分も歳をとったものだと思いますね」
 フェリクスが苦笑しつつゴブレットを干すと、オベルが微妙に視線を逸らした。
「‥‥?」
「いや、何でもない」
 問いの視線を、軽く手を上げて遮る。
「恥じることはありません。フェリも若い頃は相当‥‥」
 フランの言葉に、見透かされていたのだとを知り、オベルは額を押さえた。青臭さの塊のようだった当時の自分を思い返されるのは、正直いたたまれないのだ。
「相当って‥‥。否定はいたしませんが。そういうフランも今に輪をかけて薄情でしたね」
「おふたりのことも、隙あらば利用する気満々でしたしねー」
「そこは、形だけでも否定して頂きたかったのだが‥‥。今は、どのように思われているのだろうか」
「それは秘密です♪」
 くすり、と笑みを零してワインを飲み干す。
 その笑みが、昔のように薄ら寒いものではなかったことに安堵して、オベルも最後の雫を呷った。
「さて、話は尽きませんが、酒と肴は尽きました。そろそろ‥‥」
 フランが席を立とうとして、ぴく、と耳を動かした。
「何だ?」
 オベルも、つられて入り口の方に向き直る。
「ああ、これは‥‥」
 近づいてくる喧騒に、いくつか聞き覚えのある声を認めて、フェリクスは頬を緩めた。
 数分もすれば、ここは冒険者達の宴会場となるのだろう。
「新しい時代、ですね」
 彼らにとって、戦と裏切りの象徴であった旧聖堂の。
 分隊長達が、この場で起こった出来事を冒険者達に語る日は来ないだろう。
 彼らが知る必要はないのだ。知らないからこそ、この場に残る血と怨嗟の記憶を、花と笑みで塗り替えることが出来る。
「差し入れも何も出来ませんが‥‥挨拶くらいしてゆきましょうか」
 フランの言葉に、フェリクスとオベルが頷くと、三人は冒険者達を迎えるべく、席を立った。


<終>


written by 紡木