クリエーター名  霜月玲守
コメント  コニチハです。霜月玲守(しもつきれいも)と申します。異世界・現代ファンタジー、心理描写が好きで、歴史小説や推理小説が苦手です。読後に何となく心に残るような文章を目指しておりますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 最新の動向はこちらを参考にして下さい。 http://bbs10.fc2.com/php/e.php/reimo_omc/ クリエータショップ「大根小部屋」 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0125
サンプル ■サンプル1
<荒野>

 僕の意識は僕だけのもの。他の誰にも汚させたりはしない。

 夜の闇に、一人の少年が飛び立った。高層ビルの屋上から、ふわりと。夜の闇に少年の持っている白い大きな布がはばたく。……そう、字の通りはばたいたのだ。本来布の持つ性能とは別に、はばたくと言うことを成し遂げるその布。それは少年を優しく包み、かつ空へとはばたく。
「ああ、今夜も」
 少年は小さく呟き、下を見下ろす。逃げる一つの人影。
「今夜も、来てしまったんだな」
 否、人影ではない。それはただの影でしかないのだから。人のいないところに生じている影。影はずるずると影から生じ、少年に気付きもせず彷徨う。何かを探しているかのように。少年は影の傍に立つ。自らの影は作らぬよう、ビルの影の所にそっと降り立つ。
「どうして来た?」
 影はびくりとして動きを止めた。じっと少年を見るかのように。
「お前が……いや、お前らが何かを探しているのは知っている」
 影は動じない。
「だが、恐らくそれはお前らには手渡せぬものだ」
 影は動じない。が、少しだけ波打つ。
「大人しく帰れ。それとも、お仕置きが必要か?」
 巨大なうねりがそこに生じた。少年の言葉が終わるや否や、少年へと襲い掛かる。少年は眉一つ動かさずに布をばさりと一閃する。それだけで影は二つに切り裂かれてしまう。
「……大人しく帰れば、消える事もなかったのに」
 少年は呟く。二つになった影はそれでも一つにまとまり、それから一つの体を作る。魂の抜けた、黒い人型。
『お前に分かるものか。お前には決して分からぬ』
 初めて声が出た。暗く、何処までも暗く響く、その闇からの声。少年は口元を歪める。
「何故そのように言う?お前に僕の何がわかるというのだ?」
『お前には分からぬ。我が求むるそのものを、形を持つお前に分かるものか』
 少年は布を抱く。愛しそうに。
「なるほど、確かに僕は形を持つ……お前の求むる形を持つ存在だ」
 そう言うと、少年は布をばさりと広げ、腕に巻きつけた。巻きつけた、と言うよりも巻きついたという言葉の方が正しいのかも知れぬが。
「だが、その形を得る為にお前が求めるそれは、お前に見つけられては不都合なものなのだよ」
 柔らかな布は、硬質なものに代わっていた。鋭い先端となった、槍の先。
「お前が見つける事により、この世の理は崩れ去るだろう。それだけは防がねばならない」
『何故』
 少年は再び口元を歪めた。その手に巻きつく槍を構えながら。
「僕が僕として生き抜かんが為」
 一閃。影は影となり、その身を消す。途端、布は布として戻る。少年は布を体に巻きつけ、暖を取るかのようにぎゅっと自らを抱いた。
「この世の理……そんなものはとうの昔に消え去ったかも知れないのだけど」
 少年は空を見る。東の空が、薄ばんでいる。夜明けが近い。
「それでも僕は探してしまう……この世の理を。どうして僕が生まれついたかを」
 少年は只、この世界を美しいと感じた。どうして自分が生まれたのかは分からない。少年は自身の全てを布に奪われてしまったのだから。残ったのは名と体、そして意識だけ。
『蝶、戻れ』
 頭の中に響く声。組織において直属の上司の声だ。少年は口元を歪める。一つだけ分かっているのは、今いる組織によってこの布を突如として与えられてしまったと言う事だけだ。
――いいかい?君は全てを失ってしまったんだよ。君に残っているのは、この布と使命だけ。……この世の理を正すだけだ。
「そんなものは分からない」
 少年は呟く。全てを取り戻したいと、心から願う。この荒野のごとき世界において、望むのはただそれだけ。
「僕は……僕として」
 少年は布を一閃し、再びはばたいた。空はすっかり朝を迎えてしまっていた。

 僕は生きる。この身もこの心も抱いたまま、全てを再びこの手で抱かんが為に。

<荒野の如く広がる世界の中で・了>
■サンプル2
水華

 何時の頃からだっただろうか。もしかしたら生まれた時からかもしれないし、ついさっきからかもしれない。きっと、そのような事はどうだっていいのだと思う。こうして私が存在しているという事だけで、ただ、それだけで全ては成り立っているのだから。
『何を見ているの?』
 トウヤが私にそっと囁く。私は小さく笑い、「何も」と呟いた。トウヤは私にとって一番大事な他人。他人の中で、トウヤが一番大事。ほら、親兄弟は別じゃない?家族はまた別次元のものだから、トウヤと比べる事すら馬鹿げている。だから、トウヤが一番大事だと明言しても間違いじゃないと思う。
『そう。何か、熱心に見ているようだったから』
 トウヤはそっとそう言うと小さく笑った。その笑みの裏に隠されたトウヤの思いを知りながらも、私は問い掛ける。「どうして笑うの?」と。
『何か熱心に見ていると思っていたから、ちょっとだけ驚いた』
 今度は私が笑う番だった。分かっていた答えなのに、私は笑った。綺麗なトウヤ、優しいトウヤ。私はトウヤの生み出した生暖かな世界で生き、トウヤは私の生み出した生暖かな世界に生きる。それでいいと思うし、それが普通だと考え始めていた。
『いいね、カナは。とても素敵』
 まるで馬鹿にするかのような表現だったけど、私は苦笑するだけに推し留める。馬鹿にしているの?と聞いても良かったけど、それよりもただ笑っていたかったからだ。トウヤは優しく微笑んでいるのだから、私がそれを壊す必要は全く無い。
『カナ、好きだよ』
 トウヤが囁く。「私も」と小さく呟くように良い、私はそっと目を閉じた。トウヤの存在を感じている。トウヤもきっと、私の存在を感じ取っている筈だ。だって、トウヤと私はこんなにも傍にいるのだから。私が感じる事をトウヤが感じない訳はなく、また逆もそうだと思う。
『カナ……』
 私の世界はトウヤの世界で、トウヤの世界が私の世界だ。私達はいつでも一緒。一緒にいなければ……。

 私はようやく目を開ける。そっと涙が溢れた。もうトウヤはいないのだという認識が、じんわりと浮かんできた。
 昨年事故に遭ったトウヤ。気付くと私の中にいたトウヤ。目を閉じるとこんなにも近いのに、何故だかとても遠く感じてしまう。きっとそれは、胸の中に住むトウヤが言う言葉を、私が全て分かっているからだ。否、私が喋らせているのだ。胸の中のトウヤに。
 人の心に生き続けるだなんて、限界があるのだという事を私はようやく思い知った。胸の中のトウヤはいつでも優しくいつでも微笑んでいる。実際のトウヤを忘れてしまったかのように。これでは駄目だと私は分かっているのに、胸の中のトウヤは消えない。大事な人だったから、だんだんその思いが募っていっていたから。
 だけど、実際のトウヤはもういないのだ……!
 歩き始めなければならないのだという事は分かっている。痛いほど、分かっているのに。私はまだ一歩も足を踏出せずに、この場で足踏みをしている。既にいないトウヤの幻想を胸に抱き、好きな言葉を話せさせ、永遠に微笑みさせて。
「トウヤ……」
 小さく呟く。胸の中のトウヤはそっと微笑み、『何?』と問い掛けてくる。ああ、ああ。まるで呪縛のよう……!
 私は再び目を閉じ、深く息を吸った。いつしか胸の中のトウヤが、やんわりと溶けていく恐怖を少しでも拭い去ろうとするかのように。

 胸の中のトウヤは、ようやく微笑むのをやめ……そっと闇へと溶けていった。

<まるで水に溶ける華の如き・了>
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