クリエーター名  樹シロカ
コメント  樹(いつき)シロカと申します。 現在、WT9『エリュシオン』、WT10『ファナティックブラッド』でのMS業が活動の中心です。 ノベルではシナリオとはまた少し違った物語をお届けできればと思っております。 宜しくお願い致します。 ※ご依頼の前に是非個室をご確認くださいませ!
サンプル ■サンプル1
『赤い小瓶』

 月の明るい夜だった。
 ひとりの旅の傭兵が、今夜の寝床に決めた古い崩れかけた神殿で、ボロ布に火をつけようとしていた。
 何故か上手く火がつかず、油を垂らそうと荷物に手を伸ばし、鋭い視線を辺りに向ける。すぐ傍の倒れた石柱の影に、何かの気配を感じたのだ。
 傭兵は手の届く所にある槍に手を伸ばし、意識を研ぎ澄ます。
 その時だった。
「ここでは普通の方法では、火がつかないのですよ……宜しければお手伝いしましょうか」
 静かな声がそう言った。
 線の細い若い男だ。いや、月明かりの下で一見若く見えたが、その容貌は酷く年寄りにも見えた。
「ここで、ひとりで何をしている」
 傭兵は訊いた。
 こんなところに彼のような旅の傭兵か、盗賊でもない男が一人でいるはずがない……そして目の前の男はどちらにも見えなかった。
 男の長く裾を引いた衣が、衣擦れの音を立てる。
 神官らしい身なりだったが、余り見かけない様式だった。何処か辺境の宗派だろうか。
「火を、おつけしましょう」
 男は傭兵の問いに答えず、袖の中をまさぐると何かを取り出した。
 無造作に――その気になれば、月光を照り返す槍が横腹を抉ることができる場所で――屈みこむと、先刻まで全くつかなかった火がぼう、と燃え上がる。
「お前は何者だ。ここで何をしてる」
 ……盗賊に脅されて、案内役をしているのかもしれない。
 傭兵は一瞬そう思ったが、男の静かな目に怯えた様子は微塵もない。
「誰かが通りかかるのを待っていました。もし宜しければ、少し話を聞いて頂けませんか」
 言いながら、勝手に火の傍に座り込んでしまった。
 ほんの、一瞬。傭兵は目の前の男が傭兵でも盗賊でもない可能性を思いついた。
 悪霊……。
 いや、馬鹿げている。わざわざ人間の為に火をつけに来る悪霊など。
 傭兵は小さな薬缶に水を注ぎ入れ、茶葉を入れ、火にかけた。
 男とは少し距離を取り、腰かける。槍はいつでも相手を貫ける場所にある。
「湯が沸くまでぐらいならな」
 そう言うと、男がほんの僅か、微笑んだ。


 ……今は崩れて打ち捨てられておりますがね、この神殿もかつては立派なものだったのですよ。
 お参りの為の宿場町もなかなかに賑わっておりました。
 そして私は、この神殿に仕える神官でした。
 ええ申し訳ありません、私は生きている人間ではありません。信じて頂けなくても結構です、暫くお付き合いいただけませんか。
 この神殿は火の神様をお祀りしておりました。神殿には常に明かりが灯され、夜でも昼のように明るく輝いていたものです。
 そしてここには、様々な願い事を抱えてお参りに来られる方がたくさんおいででした。

 そこで私は、ある娘と出会いました。
 彼女はまだ若いのに病に冒されておりまして、その命が終わるのはそう遠くないことは誰の目にも明らかでした。
 私達神官は、そういう方の終焉を見届ける仕事も担います。辛い、怖いという訴えを受け止め、安らかに旅立たせるお手伝いをするのです。
 ですがまだ見習いであった私はそうしてその娘と毎日を過ごすうちに、彼女を愛するようになってしまったのです。彼女の方も私と思いを通じあわせることが、今世での最後の慰めとなっていたようです。
 勿論、誰にも言いませんでした。もし誰かに知られれば私は神殿を追われていたことでしょう。
 やがて彼女が旅立ち……私は激しい混乱に陥りました。
 思い詰めた私は葬儀の夜、祭壇の宝物と彼女の遺骸を盗み出し、街を出ました。

 ……あそこに見えますでしょうか、小さな丘があります。
 あの丘の上で、私は宝物を取り出しました。それは火の神の眷属の精霊を閉じ込めたと言われる、小瓶でした。
 私は宝物を使って、呪文で火の精霊を呼び出したのです。そして頼みました。私と恋しい乙女の遺骸とを、二度と離れなくてすむようにここで一緒に焼いて欲しいと。
 ……精霊は望みを叶えてくれました。
 ですが、一度放たれた精霊の炎は留まることを知らず……。

 そうです。この神殿を、街を、滅ぼしたのは私なのです。
 神殿の神官が命と引き換えに、精霊を再び封じ込めました。――それがこの小瓶です。
 この地は火の精霊を誤ったことに使役した為、火の神の恩恵を受けられなくなりました。
 ですので、ここでは普通の方法で火をつけることはできないのです。
 ただこの小瓶の力を借りてのみ、火神のお目こぼしを受けることができるのです……。


 男はいつの間にか、傭兵のすぐ目の前に来ていた。
 そして手に何かを押し付ける。
「貴方の中には激しい炎があります。貴方が望めば、精霊は力を貸すでしょう」
 男はそう言って、笑った。薄い唇が三日月のようだ。何もかも見透かすような瞳に、焚火の炎が揺れた。
(俺の中の炎……)
 戦場から戦場を渡り歩き、心底それを厭いながらもまた刃を振るう。
 何もかも焼き尽くしてしまいたい。叶うならば、そう思う自分自身も。

 傭兵がふと我に帰ると、男の姿はもう何処にも見当たらなかった。
(……やはり悪霊だったのか?)
 嫌な汗が伝う額を手の甲で拭うと、何か固い物を握ったままなのに気がついた。
 それは赤い硝子細工の小瓶。
 焚火を映してか、中にはゆらゆら炎が揺れる。
 掌にかすかな、だがしっかりとした熱が感じられた。

 壊すのか。燃やすのか。言ってみろ。

 傭兵の耳に、精霊の笑い声が響いた。
 本当に、神官は恋の為に街を焼いたのだろうか。
 本当は、思う通りにならない人の身を焼き尽くしたかったのではないだろうか。
 だとしたら……いつか俺もあの男のように、何もかも燃やし尽くしたいと思う日が来るのだろうか。

「だとしても、今はどうもしないさ」
 傭兵は小瓶を懐に仕舞い込んだ。
 明日は街につくだろう。そこには多くの人間が歩いている。
 生きて血の通った人間に逢いたい。
 少なくとも今は、傭兵も心からそう思った。
■サンプル2
『完璧超人と私』

 寒い。右足が痛い。かばんが重い。
「はぁ……ついてないなぁ、もう」
 まさか高1の若さで教室の掃除で足をくじくなんて。私ってば、どこのおばあちゃんなのよ。
 保健室で一応湿布を貼ってもらったけど、それですぐに治るわけじゃないしね。
 いつもはどうってことないバス停までの距離と、バスを降りてからの距離に絶望してしまう。
 仲のいい友達には待たせちゃ悪いから先に帰ってもらったけど、やっぱり待ってもらえば良かった。
「しょうがない、かえろっと」
 このペースじゃ家につく頃には、真っ暗になっちゃう。

「後ろ、乗る?」
 え? ……って、完璧超人!?
「旭町なら近いから、送るけど」
 爽やかな笑顔で微笑む相手は、久住一彦。
 眉目秀麗、成績優秀、品行方正、多芸多才と、私の知ってる限りの四字熟語の褒め言葉があてはまるクラスメート。
 なのでみんなは陰で『完璧超人』って呼んでる。
 っていうか、今さらっと聞き流しそうになったけど……
「ど、どうして私の家を知ってるの?」
「あれ? 僕、もしかして印象薄いのかな」
 困ったように頭をかいてる。
 家の近所で会った? それとも何かのときに話した?
 ……覚えてない。
「とにかく、その足で帰るの大変じゃない? 僕の家、桜町だから」
 中学は違うけど、隣町。
 正直言うと、すっごくありがたい。でも。
「どうしたの?」
 かたむけた自転車は、サイクリング車。……つかまるところ、ないんですけど。
 
 結局、久住君のリュックを背負い自分の鞄を抱えて、私は荷台に座った。
「お、おじゃま、します」
 目の前に久住君のコートの背中。その裾をつまむみたいに掴む。
「落ちないように気をつけて」
 滑り出した自転車。思ったより、早い。そして怖い!
「ひゃあああああ」
 カーブを曲がるときに思わず叫び声をあげてしまったぐらいに、男子の漕ぐ自転車は早かった。
 でも楽ちん。久住君の背中を拝んじゃう。
 そう思った瞬間、信号にかかった。
「ぶふっ!?」
 つんのめった私は、久住君の背中におもいきり顔をぶつけてしまう。
「大丈夫?」
 ふ、振り向かないで! 背骨の動く感じが、顔に伝わる。それが妙に生々しくて、思わず頬が熱くなる。

 家まであともう少し、というところで、久住君が言った。
「ちょっとだけ、寄り道していいよね」
「え? あ、はい」
 私の家の近くで、少しわき道にそれる。
 緩い上り坂を上がると、道路を見下ろす場所に児童公園がある。
 小学生の頃、よくここで遊んだっけ。今見ると、小さいな。
 そんなことをぼーっと考えてたら、久住君がそこで自転車を止めた。
「ほんとに覚えてない? 僕、ここで君と逢ってるんだけどな」
「え……?」
 何を言い出すのだろう。だって私が、もう何年もここに来てないのに。
「そこの砂場でさ、君が友達と砂山作ってて。僕が犬をけしかけた」
「あーーーーーーっ!!」
 思い出した。
 今は引っ越しちゃった、仲良しのお友達とよくここで砂遊びしてた。
 ある日、知らない男の子が犬を連れてきて放したら、友達にじゃれついて。
 怖がりだったその子は、わんわん泣き出しちゃったの。
「あのときの、悪ガキ!!」
 そう言われてみれば、ちょっと似てる気もする。
 頭良さそうで、何か企んでそうな目とか。

 久住君は楽しそうに笑ってる。
「あの時の君ってば、鼻息荒く近付いて来てさ。いきなり僕に頭突きしてきたんだよね」
 ……思い出した。完全に、思い出した。
 腹が立って腹が立って。どうしてやろうか考えて、相手の男の子の胸に向かって頭突きしたんだ。
 しかもその後……
「とどめにたんか切って来てさ。『ばかっ! 犬に頼るなんて最低! この公園に二度とくんな!』だもんね……!」
 うわあああああ。
 どうしよう、すっごい恥ずかしい。
 いや、でも待って、悪いのは当時の久住君だよね。でも頭突きはちょっと、あれかもしれない。
「僕、引越して来たばかりでさ。犬の散歩でちょっと遠くまで来てたんだよね。で、女の子から反撃食らって悔しくてさ。今でもそのときのこと、はっきり覚えてるよ」
 久住君はまだくすくす笑ってる。
 すると突然、真顔になった。
「僕ってさ、子供の頃いい子やってて。親にも先生にも怒られたことなんてなかったんだよね」
 うわ、なにそれ。歪んでる。
 というか、今もあんまり変わってない気もするけど。
「だから、君にあのとき怒られたのが、人生初めての叱責だったんだ。うん、ほんと嫌な悪ガキだよね。ごめんね?」
 すごい、いい笑顔。何これ。
 しどろもどろになってしまう。
「え、えと……私こそ、やりすぎだったかも……?」

 そのときだった。
 鞄の中の携帯が、メール着信を知らせる。
 取り出してみると、仲良しのクラスメートから。
『ちょっと、完璧超人と付き合ってるってほんと!? 仲良く自転車で帰ったって聞いたけど!?』
 ぎゃああああ。
 なんでこんなに早く噂って広まるの!
 慌てて短い返信を打つ。
『誤解! 誤解だから! 後で詳しく連絡する!』
 焦りまくる私におかまいなしに、久住君は笑顔を向けた。
「だから高校で君を見かけて、僕はすぐに判った。あのときの子だって」
 ひえー。そんな記憶ワスレテクダサイ!
 久住君は私の混乱なんかお構いなしに、すごくすっきりした顔で伸びをした。
「うん、でもちょっとショックだな。ほんとに忘れられてたんだ」
 悪ガキの記憶と、完璧超人が一致する訳ないじゃない。
 そう言いたかったけど、相手が自分を覚えてるのに、自分が相手を忘れてたのはなんとなくバツが悪い。
「えと、ごめんね。もしかして、それが言いたくて送ってくれたの……?」
 久住君はにっこりと笑った。

 そして家の前まで送ってもらって、私はハッと気付く。
 道案内してないのに、家まで迷わず着いたのって、なんで?
「久住君、公園はともかく、何で私の家を知ってるの……?」
「ああ、実はあの後何度か公園に行ったんだよね。で、君に声を掛けられないまま、何度か家までついきちゃった」
 げ。それってストーカーじゃない。
 もしかして久住君て、すっごい根に持つタイプなんじゃ……。
「じゃ、また明日。7時30分に迎えに来るね」
 ふわりと自転車に跨って、完璧超人は走り去った。
「え、明日? って、ええええええ!?」
 久住君、ほんとに謝りたかったの?
 実は頭突きの復讐じゃないの!?
 私は足の痛むのも忘れて、しばらく家の前で放心。
 鞄の中では、メールの着信音が鳴り響いていた。