クリエーター名  電気石八生
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サンプル ■サンプル1
華と火

「導火線に点いた火が、すぐそこまで迫ってます。おそらく、あと半年も……」
 かかりつけの総合病院。やたらと白い診療室の真ん中で、先生がウチに言った。
「なるほど」
 ウチは先天性の心臓病で、20歳までは生きられない。
 ――ウチの心臓に導火線ついてるって言い出したの、誰だっけ。
 言われたとき、すごいしっくりきたんだよね。心臓に爆弾抱えてる……とか、よく聞くし。
 爆弾と繋がった寿命の導火線。そこには病気って火が点いてて、じりじり燃えながら短くなっていく。導火線が燃え切ったらドカンでサヨナラ。
 そう納得した日から、ウチはなにもしなくなった。
 なにをがんばったって将来なんて来ない。どうせなにかしたって、家で親に気をつかわれて、学校でまわりから腫れ物あつかいされて、病院でもまわりから腫れ物あつかいされるだけ。
 努力とか夢見ることとか投げ出したウチにできるのは、導火線の長さがあとどのくらい残ってるのか、それを考えることだけだった。
 今思うと、まだ死んでないのに生きようともしなかったウチの人生って「半生(はんなま)」だ。いや、半分生きてるってより、半分ゾンビのほうが近いかな?
 とにかく。そんな感じで時間をやり過ごしてきたウチに、医者の先生が言ったわけだ。もうすぐドカンでサヨナラですよって。
 そういえば最近、やたらと胸が痛かったり体が痺れたりしてた。それって火花が爆弾にかかるくらい、導火線が短くなってたからなんだ。
 正直、救われた気分だった。やっと半生、終わりにできる。
 なのに。心のどこか奥のほうで、このまま死ぬのはつまらんなぁって思ってる。なにもしないことを選んだのはウチなのに。
「人間、あれもこれもってわけにはいかんねやで」
 自分に言い聞かせながら、ウチは病院を出た。そしたら。
『ヘイ、アンタ。死んじゃいそうな顔してんじゃない』
 幽霊――しかも多分オンナにナンパされた。
 なにこのモヤっとした白いの。幽霊ってこんな、ベタなわけ? 怖いってよりあきれたわ。
『アタシさぁ、グシンってのになんなきゃなんねぇわけぇ。ホワイって顔してるわねぇ。アタシだってそう決まってるってのしか知らねぇのよぉ。だから説明なんかできねぇんだけどぉ』
 幽霊がウチの背中にのしかかってきた。意外だけど冷たくはない。むしろ、あったかい。
『どうせ死ぬんでしょぉ? だったら喰わせなさいよぉ、アンタのライヴス』
 思わずスマホで検索してしまった。
 ライヴス――生物に宿る異世界のエネルギー。
「異世界のエネルギーとか、異世界人じゃあれへんウチにあるんか?」
『イエス! アンタが生きてるうちは、ね』
 そうか。いや、よくわからないけど、生物に宿るエネルギーだからね。ウチにもちゃんと宿ってるんだ。そうか。生物ね。そうかそうか。
『なに笑ってんのよぉ? まさかアンタ、アタシみたいな美少女に喰われたい性癖のヘンタイ――』
「美少女て、アンタ顔見えてへんやん!」
『アンタの背中にいるんだから当然でしょぉ!』
 こいつ、モヤっとしてるくせになにを言ってるんだ? マジか? ボケか? 天然か?
「アンタが美少女でも天然でも、なんでもええけど」
 ウチは背中で騒いでる幽霊を引っぺがして――幽霊のくせに触れる、とか思いつかなかった――前に立たせて。
「ウチ、導火線つきなんや。病気の火ぃがウチの命に届いたらドカンでサヨナラ」
 ウチは自分の胸と病院を親指で指してみせた。
「だから喰べたいんやったら好きに喰べえ。死ぬんやったら今日も明日もいっしょやろ」
 そういうこと。どうせ近いうちに死ぬんだし、幽霊に喰べられて死んできましたってのも、あの世でネタにはなりそうだし。
『なーんか、暗いわねぇ』
 ……なにそれ。せっかくウチが我が身捧げてやろうってのに、なにが不満だよ。
「なんやねんな。喰べられるウチがヘラヘラ笑って「セットでポテトはどないですー?」ってほうがおかしいやろ?」
『ダムン! そうじゃねぇわよぉ! そういうことじゃねぇのよぉ!』
 幽霊は腕組みしてうなって、頭を左右に振って、またうなって。
『……アタシよ。暗いのアタシ』
 まっしろい天井とまっしろい壁。
 鼻の奥を突き上げるツンとした消毒薬のにおい。
『アタシに思い出せるの、それだけなのよ。それしか知らねぇみてぇにね。ホーリーシット! なにそのつまんねぇ生活ぅ!』
 幽霊が病院で寝たきり状態だったんなら、確かにこうして化けて出ようって気になるかもしれない。
 まあ、つまらなさだったらウチも負けてないつもりだけど、勝手にそういう人生送ってきたわけで。……これは最期くらい、誰かの役に立ってやらないといけませんな。
「ウチのこと喰べてグシン? とかになったら楽しくなるんちゃう?」
 すると幽霊、ものすごく不満そうに。
『さっきからなにアンタその喰われる気。もっと抵抗とかするもんじゃねぇのぉ?』
 なにそれなにそれなんやそれ。
 ぶつん。ウチのどこかで、なにかが切れる音がした。
「さっき言うたやん。ウチもうすぐ死ぬんや。ウチかてほんまは楽しなりたかったわ! 毎日笑って騒いで、明日またなーって寝たかった! でもウチ、1日中自分のヒザながめてるばっかやった。ぜんぜん、がんばって生きてなかった――」
 はずかしい話だけど、泣いてた。
 結局ウチは生きたかったんだ。死にたくないんじゃなくて、生きたかった。
 どうしてウチは楽しいこと探しに行かなかったんだろう? 大騒ぎしなかったんだろう? 恋とかしなかったんだろう?
 どうして思いっきり生きて、前のめりに死ななかったんだよ、ウチは!
『だったら……死ぬまで思いっきりパーティーやらかしてみないぃ? クラッカーみたいにショットガン鳴らしてぇ、爆薬点火でみんな“に”ダンス!』
 幽霊がウチの肩をバンバン叩いた。
「同情なんかいらんわ! とっとと殺しや!」
 目の前が怒りで赤く染まる。ウチは思わず幽霊にビンタをかました。
『同情なんか、してねぇわよぉ』
 ウチのビンタをほっぺたで受け止めた幽霊が、ウチのその手にモヤっとした手、重ねた。
『アタシ多分、死にそうなぼっちなのよねぇ。アンタ喰ってニュー・アタシになったって、結局ぼっちはぼっちよ』
 独りはさみしい。独りはつまらない。でも。
『いっしょに騒いでくれるトモダチ募集。もうすぐ死ぬからなんだってやらかせるぼっちオンナならロック(最高)よねぇ』
 独りぼっちと独りぼっちが手をつないだら、どっちももう、独りぼっちじゃない。
 幽霊がウチに手を差し出して。
 ウチはその手を迷わず取った。
「思いっきりやらかしたろか」
 そして。
「鈴木華(すずき はな)はあんたに誓約する。ウチらふたり、死ぬまで思いっきりパーティータイム!」
『キャサリン・ベックはアンタに誓約する。アタシらふたり、死ぬまで思いっきりパーティータイム!』
 ウチと幽霊は誓約っての、交わした。
「思いっきりやらかすわよぉ。ふたりでねぇ!」
 モヤがいつの間にか金髪少女――美少女なんて言ってやらない。調子に乗られたら困るから――に変わって、ウチにサムズアップ。
 それにサムズアップを返して、ウチは精いっぱい元気に言ってみた。
「まかしとき!」
 ふたりのパーティーがいつまで続けられるかわからないけど。
 きっと最期の最後まで、ウチは思いっきり生きられる。笑いながらぶっ倒れて死ねる。そんな気がしたんだ。