■夜明け■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
からた狐 |
オープニング |
ゴールデンウィークが明けた6日。突如として神戸メガテンプルムは、瑠璃を狙って動きだした。それは一応の決着をつけたが、起こした波紋は日を追うごとに大きく広がり続けている。
講和を無した相手からの通達も無い不意の攻撃。一部のグレゴール達がしでかした事とはいえ、笑って済ませられる問題では当然無い。
「瑠璃を狙った今回の事件は、明らかにこちらの落ち度である。わしの身も含め、処分はいかようにも受けよう」
言って、プリンシパリティ・シモンは、首謀者のアークエンジェル・アフ始めとして捕らえた殲滅派達を石化したまま、瑠璃へと処分の検討を通達した。
むろん、神戸テンプルムの責任者としてシモンの処分もその内に含まれるのは明白。もう一人のアークエンジェル・ムミアーは相変わらずで、処分はよしなに〜、という事だった。
また、石化されてアフ自身は動けないとはいえ、魔の殲滅を良しとする彼女の理念はギアスという形でいまだ健在。故に、逃げ延びた殲滅派グレゴールがシモン達から行方を晦ましつつ、魔を狩る事件も起き始めている。
魔側からしても、だから神の者は信用ならぬ、と好戦的な構えを持つ者も少なくなく。これを機に、神戸の地から神帝軍を一掃するカードとして扱えぬか、という話もある。
この中でどう動くか。
魔皇達の意志が問われていた。
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シナリオ傾向 |
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参加PC |
燈馬・葉月
柴田・こま
瑠離家・一歩
リョウ・アスカ
アーク・ブルーリバー
天空・大地
雷堂・焔
諸葛・孔竜
斬煌・昴
浅倉・巍
杜鵑花・命
アドバーグ・エルトール
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夜明け |
「本当にいいのか? いや、いろいろと」
先導して歩くプリンシパリティ・シモンはむしろ困惑の表情で魔皇達に問いかけた。その言葉の意味は様々に取れるが、その全てにおいて何が言いたいのかは魔皇達にはよく分かっていた。
「シモン殿や穏健派の方の処罰は不問。これで構いません。シモン殿達にはこれからも人の平和の為に尽力を尽くして頂かねばなりませんからね」
アドバーグ・エルトール(w3j384)の言葉通り、魔皇らの意見は皆一致していた。
「シモンさんは親切すぎるぐらいに誠意を見せてくれてますし。それに魔が処断をと言うなら、先に魔皇事件の罰則をキチンと決めておくべきです」
「納得行かないのでしたら、期間限定で構いません。瑠璃が攻撃を受けた場合の防衛を神戸側に手伝って貰えませんか? それと、魔狩り、及び今後は神狩りをする者達をは共同で取り締まるようお願いします」
改めて告げてもまだ納得いかない風情のシモンに柴田・こま(w3b515)が告げると、瑠離家・一歩(w3c656)はさらに言葉を付け加える。
「それと。コアディメンジョンキャンセラーの再建も禁止させてもらうよ。もうあんな事が起こらない様にね」
「致し方ない」
天空・大地(w3g312)の言葉に、残念そうにしながらもシモンは頷く。
「後、東京のリユニティへの協力をお願いしたいのだが?」
この斬煌・昴(w3i628)の申し出には、意外というべきか、シモンは難しそうな顔を作った。
「むろん、出来うる限りの事はさせてもらうが‥‥。政府が起こした事ならば、人の自主性を重んじてこちらからの手出しは軍に何らかの要請があれば、にした方がよいだろう。それと公務員扱いである以上、県知事達の了解も得ておかねばいらぬ面倒が起こるやも」
管轄の問題はいつだって難しい。人の政治は神帝軍の統制よりもむしろ煩雑であり一筋縄ではいかない。活動内容や管轄地を考えると兵庫県の関与すべき余地は少なく、その分行政の対応は遅れる事が予想出来た。
「で。本当にいいのか?」
シモンがもう一度尋ねると、こまは複雑そうな顔で返す。
「‥‥正直。気が重いのは確かですけど、仕方ないです。私だって言いたい事ありますし」
率直なこまの意見。本当に気重にしているこまに、雷堂・焔(w3i101)が思わず苦笑していた。
「ま、あの頑固ぶりには参ったもんだけどな。だが、アフの考えは間違ってはいねぇ。ただ俺らとは違うだけだ。その相手を和平の為なんてとっとと殺しちゃ、さんざ非難した神帝軍の魔狩りと同じ事をしてる事になる」
「耳に痛い話だ」
焔の言葉に、シモンは肩を落とす。
「例え俺達とは考えが違ったとしても、人の為に行動したには変わりない。それが苦難の道だと知りながら。いい奴じゃないか。だから‥‥!」
眼差し強く、語気を荒げる浅倉・巍(w3i676)に、他の魔皇らも心中様々ながらも一概に固い表情で頷く。魔皇らの決意の程を感じて、シモンもただ頷く。
「では、案内しよう。念の為に、他のグレゴールらとは部屋を離して隔離している」
と、後は何も言わずにシモンは魔皇らを一つの部屋へと導いた。
歩いてきたのは神戸テンプルムの廊下。テンプルムはいまだ損傷はあれど、すでに目立たぬまでに修復は済んでいる。そして上層の奥地、他の部屋とは隔たりを見せる仰々しい扉へとシモンは魔皇達を案内したのだった。
ちらりと顔を見てきたシモンに、魔皇らは意思を込めて頷く。シモンが扉の前に立つと、警備のグレゴール達が一礼をし、その重い扉をゆっくりと開けた。
広い部屋の中には何も無かった。冷え冷えとした空間、そのただ中に石像が一つだけ置かれている他は。
怒りの表情で虚空を見つめる天使像。今にも動き出しそうな程精巧な細工は当然。それが神戸メガテンプルムのアークエンジェル・アフの現状――北の地にて石化された姿だった。
処罰の前に、石化を解き説得を試みたい。それが魔皇達で一致した意見だった。
「危ない!」
「!!」
石化を解いた途端、リョウ・アスカ(w3e053)へ剣で切りつけてきたアフを、傍らにいた一歩がとっさに庇う。だが、剣が両者に届く前にシモンが立ち塞がると、その刃を手甲で弾き返した。
弾かれた剣は空を切ると、地に落ちて甲高い音を上げた。
「くっ!」
顔を顰めながらも、戦意を失わないアフをシモンが睨み据える。と、テンプルムを震わせるような大声で一喝した。
「やめよ! 勝敗は決している。武人としての誇りがあるなら、おとなしく沙汰を受けよ!」
「審問など関係はありません! そも、これは戦いですら無い。勝敗など存在しない! 我等は為すべき事を為すのみでしょうに!!」
だが、アフも引かない。
部屋中響き渡る反論に、シモンは妙に懐かしそうにただ目を細めていた。それが気に入らないのか、アフはさらに拳を握り‥‥。
「あの‥‥。アフさんも生真面目で不器用な方やとお見受けします。御心には難しいかも知れまへんけど、シモンさんや一歩さん、皆さんのいう事に耳を傾けて欲しいのどす」
逢魔・ソフィーティア(w3e053)と共に、互いの魔皇に一応怪我が無いか看ていた逢魔・彩(w3c656)は、後をソフィーティアに任せると恐る恐るアフに声をかける。
「何故、あなたが、あなたの掲げる正義が敗れたか、わかりますか? それはあなたの正義に負けない大義が我々、シモン殿や瑠璃の司・つばさ様、そしてそこに集った私たちにあるからです。あなたも誇り高き一軍の将ならば、その大義を見届けてからでも遅くはないかと存じますが?」
諸葛・孔竜(w3i346)の言葉に、アフは鼻で笑う。
「戦いの勝敗なんて単に力の差と実力と運よ。思想理念で勝敗が決するなら、烏合の集団で主義主張もバラバラなあなた達に神帝軍が負ける訳が無かった。そもそも、あなたの言う大義って何なのかしら? 思想はどうあれ、平和を願うのは神帝軍の方が強い。神魔人の混在はどうやらそちらのつばさとやらは望んでないようだし? 生き延びたいと願うだけならそれこそ誰だって思う事よ」
武器を失いながらも、アフの態度は強気のまま。シャイニングフォースがある以上、確かにシモンを交えたとはいえ一概に魔皇有利とも言えない。だが、それでも今の状況が芳しく無い事はさすがにアフも理解している。注意深く周囲に気を配っているのは、逃げ出す為かあるいは‥‥。
「まず、前会った時、私、頭に血が上って殆んど八つ当たりの悪口言ってしまった事を謝りたいです」
その事に気付いて、こまは胸中ため息をつく。何を為そうと変わりようのない彼女に話が通じるのか、複雑な思いで語りかける。
「でも、それと今回の事は別です。人間の為にって言うのは分かるけど、味方まで傷つけて何を犠牲にしても良いって、凄く勝手で乱暴だと思うですよ」
告げるや、アフが殺気を孕んだ目で睨みつけてくる。ここまで思った通りの反応だと、反射的に身構えつつも半ば滑稽だとおかしく思う感情が沸き起こる。
「この時期は燕があちこちに巣を作っています。毎年必ずやってくる渡り鳥を見ると言うのも、何だか楽しいものです。 僕、鳥好きなんですよ。アフさんも鳥ですねー。鳥って良いですよねえ。あ、また全然関係ありませんが、燕が人の傍に巣を作るのは、そうした方が安全だからだそうですよ。別に人は、意識して彼等の外敵を追い払っているわけではありませんけどね。」
「‥‥何が言いたい訳?」
へろへろと言葉を繋げる燈馬・葉月(w3b464)に、アフはさすがに怪訝そうな顔をする。
「いえ別に。‥‥ただですね。僕が思うのは、一つの事に執着が強すぎると視野が狭くなって周りが見えて来ないという事でしょうか。平和の為にと言いつつ、自分から進んで戦争をしていたのでは示しも付かないでしょう。簡単に武力に頼っていてはあちこちで泥沼化するのがオチだと思いますよ」
喋る葉月に苦笑した後、表情を改めて一歩がさらに告げる。
「僕達が人を傷つける可能性を秘めている事を承知しています。魔の殲滅しようとするあなたの気持ち、分からなくも無いです。けれど、アフさんはそれを生真面目に受け取りすぎて、自身を抜き身の剣になさってませんか? 抜き身の剣は多くの方々を傷つけます。できれば、命を護る為の盾になって欲しい事をお願いしたいのです」
一歩が願うと、アフは顔を歪めた。不愉快というよりも、痛い所を衝かれた感じだった。
「確かに、力を使ってつまらない悪さする魔もおりますわよ。でも、それで全滅させるって言うのは相当無茶苦茶だとわたくしでも分かりますわ。と言うかぶっちゃけ馬‥‥ふぎゃんっ!」
つらつらと遠慮無く告げる逢魔・カーラ(w3b515)を、場の悪化を懸念したこまが素早く裏拳で黙らせる。
容赦ない突っ込み。鼻を押さえ涙目でしゃがみ込むカーラを彩は乾いた笑顔で手当てをしていた。
「戦いが生むのは憎しみと悲しみだけ、それは貴方にも分かっているはずです」
「‥‥そしてこう言うのかしら? 誰もが笑って過ごせる未来の為に戦おう、と」
逢魔・クリストファ(w3i628)の訴えに対して、動揺から立ち直ったか、アフは小馬鹿にしたように笑う。
「確かに、矛盾してるかもな。だが、それはあんたにも言える事だろ」
変わらぬ態度に、アーク・ブルーリバー(w3f100)が言葉を吐き捨てる。アフはただ冷たい眼差しを見せるだけだが、それを真っ向から挑みかかるように見据える。
「人の感情は否定しているのに、自分自身が魔を憎み、怒り蔑み、感情を持って魔を殲滅しようとしてる。これは矛盾してないと言えるのか? 大体、欲望で生きている汚い生き物であるのが人間だ。それのどこに生きる価値があるんだ? それは、自分の力で未来を切り開こうと努力する事なのだろう。勝手に未来を作ってやろうなんてお節介にもほどがあると思うが」
告げるアークに、逢魔・リーザ(w3f100)も続く。
「人だけが特別な生き物ではないわ。動物や植物も生きているように、神も魔も命の重さに違いなんてあるのかしら?」
「犠牲なしには何も勝ち取れない自分達の弱さを。犠牲を容認する汚さを。そして他人を知ろうとしない傲慢さをあんただって持っているんだろう?」
「それは人も神も魔も共通して持っているもの。だからこそお互いが手を取り合わなければならない。私はそう思うのよ」
「‥‥理想論はどうだっていい。もし本当に人を救うつもりがあるなら、まずはギアスを解いてもらいたい。ギアスを解かないとあんたの仲間が戦って死ぬ。仲間も救えない奴が人を救うことができるハズがないだろう!!」
代わる代わるに意見を述べるアークとリーザ。告げ終わると、その場がしんと静まり返った。アーク達が冷静に告げるが故に、むしろ、薄氷に立つような緊迫感が周囲に満ちた。
アフとアーク、互いに姿勢を崩さぬまま、目線だけで見詰め合う。が、そこに焔が口を挟む。
「ま。俺たち魔って奴は感情が強い。諍いの元になるのにこれほど大きなものはねぇだろ。でもよ、感情が無いってのは平穏な事なのか?」
アフの出方が分からぬ割に、どこかのんびりと感じで焔が告げる。
問いかける焔に、アフは眼差しを向けはしたがそれ以上動こうとしない。彫像だった時のように、まるで生きていないのだと疑いたくもなる。
どうにも反応が無いので、早々に答えを切り上げると焔は自身の考えを告げた。
「生きようと思わねぇ、相手の痛みに気付かねぇ、そんな奴らが溢れる世界なんざ嫌だぜ。 勿論これは極端な話だ。感情吸収ってもそこまでではないだろ。ただな、感情ってなそれだけ力を持ってんだ。死に抗い人の痛みに哀しむ‥‥それは悪か?」
「‥‥人間の感情搾取については過ちだったと認めるべきね。仕えるべき主を変えてしまう行為はすべきでないもの。むしろ、ただちにやめるべきだわ」
ちらりと、アフはシモンを見遣ると、シモンは苦笑する。
「ただちに、というのは正直難しい。が、近い内には止めねばならぬだろう。ま、それについてはどうとでもなりそうな話は出ておる」
シモンの言葉にアフは怪訝そうにしたものの、それ以上は告げずに再びアークに目線を向けた。
「感情自体は悪ではないわ。ただ、それを良き方向に持っていけないなら、どうしようもないでしょうね。でも、人ならばそれをどうにかできるのかも、と今なら信じられる」
「俺たちは信用ならねぇと?」
焔の問いに、アフはきっぱりと頷く。
「もっとも、問題はそんな事じゃない。あなた達を殲滅しようというのは別に憎いからじゃないわ。それも無いと言えば確かに嘘だけどね。人間達の未来を作ろうとするのがおこがましいのも分かる」
眼差しを伏せるアフ。真正直に動く彼女であるが故に、その言葉にも嘘が無い。
「それでも、未来を潰そうとする物を取り除くのは‥‥、そして、それが我等でなければ為しえぬならば、例えあなた達に好意を持とうとやらねばならぬ事でしょう。命の重さなんてのもどうなのか分からない。ただ我等は為すべき事を為すだけ。神の命により、人間の為に動くのみ」
そして、アフは口端だけで笑い、アークを見遣る。
「グレゴール達へのギアスは、軍の規律に逆らわぬよう、グレゴールになる際に受ける誓約であってシャイニングフォースとはまた別。グレゴールである限り消せるものでは無いわ。そして、規律としてシモン様ではなく私に従おうというのは彼らの意志よ。別にそれは強制して無いし、出来るものでも無い。残念だけどね」
「だが、お前が意見を撤回する事は可能だろうし、彼らもお前の命であれば従おう」
シモンが告げるも、アフは応じる気配は無い。ただ真っ向からシモンを見ている。
「俺は‥‥貴様達神帝軍を憎んでいた」
アフ達の言い分を黙って聞いていた昴が、拳を握り締め、思わず強く言葉を口にする。
「だが、命を懸けて護りたいものがあるからこそ、東京でリユニティに入った。俺たちが戦うのは神も魔も人も全てが平和に暮らせるようにする為だ。未来を潰す為じゃないし、そんな事はさせない!」
アフは変わらず佇んでいる。冷徹な目線も変わらず、その心内を読むのは容易では無い。
「そちらの気持ちはどうあれ。神戸以外にも各地で魔の者と協力しようという神帝軍は、確実に増えてきている。昴の言ったリユニティもその形の一つだな」
巍が口を挟む。講和を基盤とした動きは何も神戸だけに限った事ではない。
「それにだ。先日、京都のプリンシパリティ・アンデレ殿との会談があり、私たちはそれに参加させてもらったが‥‥、その際、一つの宣言がなされた。曰く、京都は神帝軍と魔皇そして人が自由に行き来出来るエリアを目指す、との事」
逢魔・神楽(w3j384)の言葉に、さすがのアフも目を見開きとっさにシモンを見遣る。
アンデレの宣言は広く発布されており、シモンも当然耳にしている。肯定すると、アフは苦りきった表情で天を仰いだ。そんなアフに、アドバーグはさらに言葉を続ける。
「会談の時、アンデレ殿はこう言われました。『我らも強すぎる力を管理する術が必要でした。そして、それは我々、神帝軍だけで出来る事ではない』と。 京都ではルチルという過剰な感情搾取無しにテンプルムの力を維持し、ダークフォースに制限をもたらすという特殊な物質により結界を創りました。これにより、魔皇と神帝軍とが互いに協力し合い、人と魔と神とが何の隔たりなく暮らせるアンデレ殿の理想の地を造っていくそうです」
「確かにアフの言う様な魔の者はたくさんいる。だが、そんな奴等を全て止める為に俺たちは尽力しているし、アフにも力を貸して欲しいんだ。明日の千も、今日の百も同時に救う為に欲張ってみないか?」
巍の問いかけに、アフは眼差しを向ける。黙って立つ様は何も読み取る事は出来ない。
「根拠は無い。無茶は承知の上だ。だが、信用してほしい。打算も策略も無い。素直な俺たちの気持ちを」
「確かに無茶ね。保証も無く空手形を切るリスクは大きいのに、メリットは何も無い」
巍の言葉に、アフは苦々しく告げる。さらに言いつのろうとしたアフだが、結局何も告げず、その口を閉ざす。そして、ふとその肩を落として片手で頭を抑えると大きく首を振った。
「ダークフォースに制限をもたらす、ね‥‥。でも、それは根本的な解決に繋がっているのかしら?」
問いかけるアフに、魔皇達は顔を見合わせる。その返答を聞かず――あるいは最初から聞く気も無く、アフは言葉を続ける。
「修羅・激情・孤高・直感・残酷。魔皇はそのいずれかの感情に支配され、覆す事が出来ない。逢魔達のスピリットリンクによって制御が出来ているものの、無くなれば暴走必須。デアボライズ程で無いらしいけど、危険である事には変わり無いでしょうに」
アフの言葉に、逢魔達は目線を交わらせた後、俯く。
魔皇は逢魔を失えば感情を制御できないのは、昔から分かっている。デアボライズには手順が必要な為、弾みで変化する恐れは少ないが、それでも魔皇が暴走すれば世はどうなるか。少なくとも人には太刀打ちできない。
何らかの弾みでスピリットリンクが切れているだけなら繋ぎなおせばいい。だが、事故死でも自然死でも、逢魔が魔皇より先に逝く事があればそれも叶わない。それは、逢魔達が抱える問題の一つでもあった。
「感情の制御は逢魔に任せ、力の制御は神帝軍に任せ。でも、それでは根幹が何も変わらない。制御するモノが消えた時、結局は魔皇の暴走という危険だけが放置される」
「でも‥‥だったらなおさら、隠れ家を攻撃する事はマイナスでしかないんじゃないかな。少なくとも逢魔がいれば暴走は無いんだから」
静かに告げるアフに、大地が小首を傾げる。
「そもそも、魔に属する者を殲滅するというやり方はどうやっても大被害を出す可能性が高いよ。危険を無視するのは問題があると思うけどな。それに、僕たちが滅んでも魔皇の血は人間の血脈の中に残るよ。逢魔がいなくなる分、やっぱりかえって危険になるだけじゃないのかな」
真っ向からアフが大地を見つめた。若干細めた目は不機嫌を現しているが、悪い手ごたえでもなさそうだ。
気を取り直すと、わざと明るい声で大地は続ける。
「殲滅するだけが方法じゃないよね。例えば、僕たちが隠れ家に閉じこもって、一切の情報を消し去って数十年もたてば、人間は僕たちの存在なんて忘れてしまうはずだし。それで僕たちが不用意に接触しなければ問題も起きないしね。ちょっと考えてみれば、もっと穏便で確実な方法はいくらでもあるよ」
弾んだ声音に、シモンが大きく頷いた。
「相互不干渉に関しては望む所だ」
そして、アフを見遣る。
「魔は人にとって危険なものと主張しているのは分かる。が、人への配慮も考慮すれば悪い話ではないはず。信じられぬというのであっても、まずは様子見と考えてもよいだろうに」
長い沈黙。祈るように魔皇達はアフを見つめる。その魔皇らをアフは見つめ返し‥‥。
「‥‥いいわ。シモン様の条件、お受けしましょう」
嘆息して告げる。
静かなアフの言葉に、喜びよりむしろ魔皇達は戸惑った。正直、説得できると考えていた者の方が少ないのだ。
その表情が表に現われたのだろう。アフが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あなた達を殲滅した方がいいという考えは捨てて無いし、捨てる気も無いわ。これからも、私はいつだってあなた達を討つ気でいる」
きっぱりと言い放った言葉に、魔皇達は身構える。
「安心なさいな。従うと言った以上、早々翻す事はしないわよ。当分は、ね。野に下っていた者達にも魔狩りをやめるよう指令を送るわ。それで投降してくるでしょうし。‥‥もっとも、こちらからも条件は出させてもらうわよ」
「条件?」
問いかける魔皇らに、アフは真剣に頷いた。
「相互不干渉は勿論のこと。これよりいかな事態になろうとも、魔となった者は人との混血を為さない事。子孫を残すだけなら、今いる魔皇や逢魔達だけでも十分なはずよ」
苛立ちと哀れみと。複雑に入り混じった沈んだ声でアフが言葉を紡ぐ。
「グレゴールももはや純粋な人とは言えないでしょうね。でも、彼らは望むべくしてなった。あなた達はそうじゃない。覚醒しようとしまいと魔皇は魔皇。ただ人の中に紛れているだけ」
グレゴールは後天的な洗礼によってなされるが、魔皇は単に血筋の問題。故に、逢魔無くとも覚醒する事もある。
「今、坊やが言った問題こそが最たる課題のはずだわ。魔皇は人間の中に血脈を残す。そして、人間のフリをしている魔皇を逢魔が目覚めさせる。今回は日本を中心に、それでもかなりの数の魔が目覚めた。‥‥混血が進み、全ての人間に魔の遺伝子が満たされるような事があり、そしてそれが一気に目覚めたらどうなると思う?」
少なくとも、人間という種族は終わりを迎える。魔は人ではありえず、天使達は使えるべき主を喪失。そして、この世は魔が支配する世界となる‥‥。
「だから。だから、魔を滅ぼそうとしてたですか? 人から生まれてもそこには家族が居て、私の知ってる子もお母さんと仲良くしてるです。 赤ちゃんにだって魔皇は居る。全ての人間が魔皇では無いですし、魔皇も目覚めるとは限らない。‥‥なのに、そういう子も全部殺しちゃうのは、きっと人間も悲しいです」
こまが告げると、カーラが頷く。
「そうですわよ。大体、こまだって元はただのニンゲンだったのですから、あまりギャンギャン言わないで欲しいですわね。わたくし達にも、大切なものがあるのですから」
「‥‥あなた達の大事こそが、人間の弊害なのよ」
アフの声音は冷たい。
「確かに私の考えは、飛躍しすぎかもしれない。けれど、可能性としてありえない訳じゃない。‥‥対するには、もう遅いのかもしれない。けれど、だからと言って何もせずにいる訳にもいかない」
苦渋にアフの表情が歪む。その唇を噛み締めて息を吸うと、毅然とした態度で魔皇らと向き合う。
「今は剣を引くわ。その代わり、全ての魔は隠れ家へと移る事。これはシモン様と同じお考えね。その上で人との交わりは為さず、これ以上の混血を生まない事。人間としての種を絶やさない‥‥それが私からの停戦への条件よ」
アフからの提案は即時に答えられるモノでは無い。だが、その返答に関わらず彼女に即時戦闘の意志が無いのを確認すると、それで今回は解放となった。
魔狩りを続けていた者はアフからの命が下ると、渋々ながらも神戸テンプルムへと投降した。
ただ、アフにせよ、従うグレゴールらにせよ、あくまで一時的に停戦を受け入れたに過ぎない。今は不利益を受け取って、大人しくしているだけ。機があれば、あるいは隙を見せれば魔狩りを行う気でいるのを、隠そうとはしていなかった。
魔皇からの具体的な処罰は無かったが、その後、アフは神戸テンプルムの警備に付く事になった。ただし、ほとんどの実権を取り上げられた上、監視のグレゴールが随時付く。
彼女に従った殲滅派のグレゴールらは、対となるファンタズマを神戸に残した上で城崎のインファントテンプルムの警備配置となった。インファントテンプルムの意思に触れて、よくよく考えて欲しいというシモンの配慮だが、それもどこまで効果あるか。むろん、念を入れてこちらにも監視役のグレゴールがついたのは言うまでもない。
一時的な平穏。問題は先送りされただけで解決された訳で無い。それでも以前よりは幾分マシといえる状況に、世は向かいつつある。
そして、
此度の一件に、一応の決着がついた頃を見計らい、孔竜は宴の席を設ける。場所は密に協力をしてもらって高級料亭を貸し切ってある。のだが。
「何してんですか、あんた達‥‥」
グレゴール・シヅキが、葉月の前に並べた膳を見て、孔竜は頭を抱える。
「いやあ、孔竜さん。いい人連れてきてありがとうございます♪ 最近は新作料理というと、皆様冷たくなりましてねー」
「神戸牛を食べさせてもらえるって教えてくれたじゃないですか。うん、いい感じに出来てますね」
「はっはっは。ありがとうございます」
喜色満面のシヅキに、遠慮無く膳に箸をつける葉月。皆を招き、料理人としてシヅキを呼んだ孔竜だが、神戸牛云々と指定までした記憶は無い。しかしそんな事よりも‥‥。
「靴に見えますが」
問う孔竜にシヅキがあっさりと頷く。
「ええ、革靴です。ちゃんと牛革です。履き古しを捨てずに食べれば、将来の食料危機とゴミ問題が一気に緩和されるじゃないですか」
「って事は、誰かの履き古しですか」
さすがに顔を顰めた葉月。すかさず差し出された逢魔・九印(w3b464)の薬を受け取ると、念の為にと飲み干す。
「いやいや、これは新品ですよ。さすがにまだ臭みを抜く研究が進んで無くてですね」
「そうですか。大変ですね。‥‥皆さんもいかかですか?」
葉月の申し出に他の面々がすかさず断ったのは言うまでも無く。良き日に際してまともな物を‥‥、という孔竜の願いもむなしく、やはりシヅキはシヅキだったようだ。
「‥‥変化なし。という事は、調合がまだ甘かったですわね」
そして、葉月の態度を見つめながら九印は顔色を変えず、ただし、親しいものにだけに分かるような落胆した声音で呟く。葉月に渡した薬は九印の調合。その成分は‥‥かなり不明。
「前から思っていたけど、食生活っておもしろいもんだよねー」
「‥‥彼らを基準に考えるのはやめて欲しいです」
しきりに感心してるアークエンジェル・ムミアーに、魔皇一同、泣きたくなった。
孔竜はシモンとムミアーの他にアフも呼んでいたようだが、今この場に彼女は来ていない。停戦は一応受け入れたとはいえ、まだ魔と共にいるのは不本意らしい。
欠席理由として、せっかくの席を荒らしたくない、という言葉を出しているが、それがどこまで本気の理由かは伺い知れない。ただ、その言葉どおり、ぎすぎすとした宴にはなったろうから、彼女の配慮もあながち間違いでは無いが。
「それでですね。前の会談で、停戦協定に従わない者の処置をどうするかについて、が保留状態でしたが、停戦・和平に向け魔の者との共同部隊を設立したり、会談を行うなどの具体的な行動が見られる神帝軍に対して行動を起こした場合の拒否・妨害はする。その上で、捕らえた者は今回のように相手側に処分を検討してもらう、というのはどうでしょうか?」
切り出すアドバーグの隣、杜鵑花・命(w3j121)が意気消沈で肩を落とす。そこら辺の取り決め含めいろいろとまとめていたものの、紙に控え損ねて伝えきれず。意気込みがあっただけに、さらに悔しい思いを噛み締めていた。
自棄食い自棄茶(酒じゃないのは未成年だから)に走る命を逢魔・美鳥(w3j121)が宥めていた。
「分かった。その件、ヨハネにも告げておこう」
告げるシモンに、一応安堵の声。正式にどうなるかはまだ先の話であるが。
ついでに、と、孔竜が神戸・瑠璃間のパイプ役としての神戸常駐役を相談してみる。宴の後でと考えていたが、シモン達にしても早々長居は出来ぬ様子だった。
「密以外にも話のわかる魔を置いておくのは悪い話ではないかと存じます。それに人材不足の神戸には一人でも協力者は身近に必要ではないでしょうか?」
孔竜が告げると、シモンが唸った。眉間にシワを寄せて深く考え込む。
「常駐となるといささか問題があるし、ただの連絡係としてなら密達で十分なのだが。人間達の交渉に密では役者不足なのも確か。‥‥どうするかはさておき、ひとまず知事や市長に今回の一件に対する報告などをせねばならん。魔皇達からの見解も含めた彼らへの説明をお願いできるだろうか」
そう告げたシモンに、苦笑しつつ孔竜は頷いた。
宴が進み、やがてはお開き。
テンプルムへと帰還するシモン達を見届けた後、魔皇達も帰還する。
神戸と瑠璃が不可侵となる以上、早々こちら側で活動する事もなくなる。神戸を中心としたエリアでは、神魔相互不可侵を元に情報収集以外の魔の活動は厳禁。その出入りも厳しく制限される事となる。
会談の際、シモンも、いずれ魔の出入り自由も許す考えを見せはしたが、その考え方はプリンシパリティ・ヨハネよりもさらに消極的である。
とりあえず。神戸で魔の出入りを自由とするのは他の地域での動向が良好ならば、と告げた。
「ま、構わないさ。魔皇がもう人でないと言うのなら仕方ないし。好きな女を抱いて、気の合う仲間と笑って生きていく。神と魔が争わなくてもいい世界。今まで通りその目的地を目指して歩いていくだけ」
アークが誰に言うともなく告げると、その横にリーザが並び立つ。
「でも‥‥。世界が平和になって、みんなが仲良く暮らせるようになればいいのにね」
嘆息する逢魔・ミルル(w3g312)に、大地は安心させる笑顔を向ける。それでいて胸中としては複雑だ。
この取り決めに反発する魔皇も多い。軍にしてみてもアフが考えを改めぬ以上、油断のならない状況ではある。
「あーあ。神戸の地で歌手デビューしようと思ってたんだけどなー」
言って、がっくりと肩を落とすのは逢魔・ことり(w3i676)。すっかり歌に自信をつけてきた身としては、少々残念な結果ではある。
が。
「別にいいだろ。聞き役は一人でも十分だし」
「?」
呟く巍に、ことりは小首を傾げる。そんなことりに、巍は咳払いをしてその目を見つめる。
「神戸まで来る必要ない。‥‥これからも俺の傍で歌っていてくれないか?」
「っ?! ‥‥うん!!」
進展無しにいい加減落ち込んでいた所。感極まって思わず涙ぐみながら、ことりは何回も何回も頷いて見せた。
残された問題、やらねばならない課題もまた山積し、それらすべてを片付けるにはまだまだ時間も手間もかかろう。
あくまで停戦であり、終戦ではない。そして、その取り決めも世界規模で見れば、まだまだ小さな一地方の話でしかない。
光は見えども、真の夜明けにはまだ遠く。それでも一年前と比べて、何かが変わろうとしていた‥‥。 |