■タダより怖いモノはない?■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 ゆうきつかさ
オープニング
 秋田県秋田市御所野元町で無料の美容形成外科が話題を呼んでいる。この形成外科は胸の小さな女性達のために無料で豊胸手術を行っており、好評ならば他の手術に関しても無料にしていく方針らしい。一般的に豊胸手術をした場合100万近い出費になる。
 そのため手術を受けた女性の大半は喜びの感情に満ちあふれているらしい。
 この形成外科の院長は10代後半の少女。どうやらこの地域を支配するグレゴールが女性達から喜びの感情を集めるため、無料の形成外科を始めたらしい。
 今回の依頼はこの形成外科の調査である。
シナリオ傾向 調査系
参加PC 平・真澄
甲覇・亜古耶
白銀・弘幸
闇堂・瞬
鳥井・浅葱
穂坂・浬子
竜蔵院・六郎
ハーマン・ドレイク
神渡・契
風見・淳
志那都・京一
七瀬・美沙
桐碕・乙乎
タダより怖いモノはない?
「豊胸手術について少し聞きたい事があるんやが、手術の方法や掛かる時間、それに伴う後遺症やシリコンの材質、年齢的な問題がないかという事を教えて欲しいんや」
 七瀬・美沙(w3g169)の付き添いとして芙蓉美容形成外科に訪れた甲覇・亜古耶(w3a090)は、受付している平・真澄(w3a025)にむかって質問する。
「豊胸手術はバストの中にシリコンを注入する事によって行われるわ。手術はだいたい1〜2時間くらい。もちろん人体にとってシリコンは有害な異物だから、患者さんの体質によってはシリコンを注入した事によって拒否反応を起こし、身体の異常を訴えるケースも現実問題として存在しているわ。しかもシリコンはレントゲンに映るから少し注意が必要ね。それとシリコンによって豊胸した胸は自然の柔らかさを保つ事は難しくなってくるから注意してね。これはシリコンを埋めるときにできるハン痕組織の被膜がシリコンを覆い拘縮する事が原因なの。だからこの皮膜が出来る前に胸をマッサージしておくといいわ。被膜が出来るのは術後5日くらい。マッサージは強く揉むほど効果があるから、念入りに揉んでおくといいわね。またシリコンは食塩水やハイドロジェルとは異なり触った感触は人肌に近いけど、強い衝撃が加わる事によって破損する恐れがある事も忘れないで欲しいの。当院では破れた場合もシリコンが漏れる事のない形状記憶シリコン『コヒーシブシリコンジェルバッグ』も用意しているけど、通常のシリコンとは異なり固形だから同様の柔らかさは得る事は出来ないわ。それと豊胸手術に年齢制限はないから、完全な自己責任で手術を受ける事になるの。だから院長は手術に対するデメリットも説明しておく事を私達に言ってるわ」
 仲間である亜古耶にむかって合図を送り、真澄が何事もなかったかのように目の前の書類を整理した。
「やっぱり院長さんはあの人なのかな? 確か以前は神社の巫女さんをしていたんでしょ? 桔梗神社だったかな? とっても有名な巫女さんだったよね?」
 病院の院長が自分の知っている女性であると確信し、美沙が嬉しそうにしながら亜古耶にむかってニコリと笑う。
「‥‥詳しいのね。確かにそうよ。何かキッカケがあって転職したらしいけど‥‥あなたが患者さん?」
 目の前の書類をサラサラと書きながら、亜古耶が美沙にむかって問いかけた。
「まだ13の妹のチチは、そんな飾り使わんでも将来おっきくなんねん! ‥‥たぶん」
 心配そうに美沙の胸元を見つめ、亜古耶が拳を握って首を振る。
「たぶん‥‥なの?」
 上目遣いで亜古耶の服をむにっと掴み、美沙が瞳を潤ませた。
「諦めるんやないっ! まだ13やんかっ! それにわいは胸なんて気にしとらんっ!」
 そう言って亜古耶が慌てた様子で言い放つ。
「目が泳いでいるよ‥‥お兄ちゃん」
 冷たい視線で亜古耶を睨み、美沙が黙って溜息をついた。
「まあまあふたりとも落ち着いて‥‥。ワタクシの妹もここに治療を受けに来たんですが、治療していただけますか? 実はワタクシの妹は胸が無いのを苦に自殺しようとした事もあったんですのよ‥‥。ですから是非、先生のお力で助けていただきたいのです‥‥」
 匂い立つばかりのゴージャスのドレスを身を包み、鳥井・浅葱(w3b009)が同じく女装した白銀・弘幸(w3a317)の肩を叩く。
「ワタクシ、どうしても胸が欲しくて‥‥先生の噂をお聞きして、期待してやって来たのです!! こう見えても‥‥お金無くて‥‥っ!」
 涙を星のように輝かせ、弘幸がシリコンブラを揺らして訴えかける。
「(‥‥端から見ていてかなり怪しい気もするが、受付が彼女なら何とかなるかな)」
 新聞を開いてふたりの様子を窺いながら、風見・淳(w3e366)が疲れた様子で溜息をついた。
 女装だけなら自分もしているため問題はないのだが、あそこまで派手だとまわりの注目を集めてしまう。
 そのため受付が神帝軍側の人間だった場合は間違いなく怪しまれていた事だろう。
「‥‥なぁ、シロくん。ボク達‥‥やけに目立っていないかい? 何故かみんながボク達ばかりを見ているよ」
 大粒の汗をタラリと流し、浅葱が弘幸にむかって囁きかける。
「きっと俺達の美しさを妬んでいるだけですよ、アーサー様。絶対にバレてなんかいません」
 ハンカチを使って涙を拭い、弘幸が顔を俯かせたまま答えを返す。
「あー、コホン!」
 大げさに咳払いをしてふたりを睨み、淳が清掃員に扮した桐碕・乙乎(w3g335)からメモの書かれた紙切れを貰う。
「詳しい話は診察室でしてくれないか? みんな困っているようだぜっ!」
 他の病院スタッフが怪しんでいる気配に気づき、神渡・契(w3e035)が浅葱の肩を叩いて頷いた。さすがにこれ以上、不審な行動をすれば正体がバレる可能性が高いからだ。
「平先生、そろそろ交代の時間ですよ。後は僕に任せてください」
 一通り男性スタッフから情報を集め終わり、志那都・京一(w3f159)が真澄にむかって微笑みかける。どうやら院長の評判はとても良く、不審な点はなかったらしい。
 それどころかスタッフからとても信頼されており、無料だからといって手を抜く事もないようだ。
「それじゃ、お願いするわ。これから取材が来るようなの。‥‥よろしくね」
 そして真澄は女性スタッフから情報を集めるため、奥の部屋へと姿を消した。

「俺は『四ツ小屋新聞』の記者で、創刊号の特集の一つとして載せさせていただきたい。一応、サンプルは院長にも届いて居るんだろ?」
 事前に豊胸手術に関する基礎知識を頭の中に詰め込んだ上で、闇堂・瞬(w3a679)が京一にむかって微笑みかける。
「‥‥残念ながら院長は留守にしています。僕に答えられる質問なら何でも構いませんよ」
 院内で集めた情報を他の書類に紛れて渡し、京一が瞬から名刺を受け取り頷いた。
「ドーモ、初めまして! ミーはAMR(アメリカン・マガジン・ルポルタージュ)の
取材員『ロッキー・リュウゾウイン』と申しマス。 今度、医療技術の特集記事を組みたいので、ご協力お願いシマース!」
 海外のどマイナーな科学情報誌の取材員に扮し、竜蔵院・六郎(w3b220)が京一に見本誌を手渡しにこやかに笑う。
「‥‥‥‥‥」
 六郎の耳元で呟きながら、ハーマン・ドレイク(w3b514)が英語で彼と会話する。
「彼はハーマン・ドレイクとイイマース。日本語を喋る事が出来ませんのでヨロシクお願いシマース」
 病院スタッフにも聞こえるように大声を出して、六郎が京一にふたり分の名刺を渡した。
 どうやら病院のスタッフが六郎達を怪しいと感じているらしい。
「こちらこそよろしくお願いします。何か分からない事があったら、気軽に質問してくださいね」
 そう言って京一が六郎と力強く握手をかわし、様子を見に来た病院スタッフにむかって頷いた。
「それと彼女は外国の下着メーカー専属モデルの方デース。お父様がニッポンジィーンのハーフさんデース」
 穂坂・浬子(w3b156)の肩を抱き、六郎がニカッと笑って彼女の事を紹介する。
「ドーモ、初めまして。日本語は少しだけ話せマス。ワタシはインターネットで豊乳手術の事を知り、彼らと一緒にこの病院を取材しに来まシタ。秋田といえば秋田美人デス。秋田美人は肌の色が透き通るように白くて、和服の似合う美人の方ばかり‥‥。我が社は日本進出も計画しています。ぜひ院長サンともお話をシタイんです」
 偽造した身分証明書と北欧の友人に協力を頼んで撮影した下着写真を京一に渡し、浬子が片言の日本語で人懐っこく彼にむかって口を開く。
「院長は不在ですが海外の下着にはとても興味を持っています。きっとあなたとなら院長も会ってくれる事でしょう」
 携帯電話の番号を紙に書き、京一が彼女に頷きコッソリ渡す。
「ところで人材は足りているのか? ここって無料だから、給料だって出ないだろ?」
 不審そうに京一を見つめ、瞬がメモを片手に問いかける。
「皆さんボランティアで参加しています。最も手術を行うのは院長か、彼女が信頼しているスタッフのみ。手術でお金を戴かないのは、この病院の方針です」
 もちろん京一の言葉に嘘はない。
 もともとこの病院は患者達から喜びの感情を縛り取るため存在する施設なのだから‥‥。
 そのため変な小細工をする必要もない。
「出来れば院長サンともお話ししたいと思いマース。彼女はいつ頃お帰りデスかー?」
 京一の発言を熱心にメモしながら、六郎が陽気に微笑んだ。
「急な用事ですからね。もう少し時間が掛かると思います。その代り副院長を呼びますね。手術が終わったようですし、いまなら話が出来ると思います。清花さん、少し時間を頂けますか?」
 そう言って京一が副院長の名前を呼ぶ。
「取材もいいけど仕事も忘れないようにしてね。院長が居ないからってノンビリし過ぎよ」
 呆れた様子で溜息をつきながら、清花と呼ばれた女性が奥の部屋から顔を出す。
「はは、分かりました。それじゃ、仕事に戻りますね」
 六郎達から受け取った資料をまとめ、京一が清花にむかって手を振った。
 しかし清花は無愛想に眼鏡を正すと、時計を見ながら六郎を睨む。
「それじゃ、アナタに質問シマース。無料にした事で他の病院で勤務する医師から恨まれたりしませんか?」
 相手が代わった事で慎重に言葉を選びながら、六郎が清花に対して質問した。
「まさか? みんなに喜ばれる事をしているのに恨む人なんているわけないじゃない。ここは純粋に患者さんの幸せだけを考えているの。やましい事なんて何ひとつないわ」
 自信に満ちた表情を浮かべ、清花が六郎に答えを返す。
「ですがそれでは貧乳がこの世から滅びてしまいマス。あなたは恐ろしい人デスネ」
 すると清花がクスリッと笑い、眼鏡をキラリッと光らせた。
「ふふっ‥‥甘いわね。その方が貧乳の希少価値が上がるじゃない。むしろ貧乳にとって喜ばしい事だわ。もっとみんなが巨乳になって、貧乳を絶滅種に指定して欲しいくらいだもの。そのためなら何でもするわ。どんな手段を使っても‥‥」
 小さな胸を力強く張りながら、清花が口元を歪ませる。
 ‥‥どうやら清花は貧乳らしい。
「なんデスとー?! アナタは恐ろしい人デース」
 謎の髭親父をバックに浮かべ、六郎の背後に稲妻が走る。
「当然じゃない。どんなに素敵な御馳走だって、毎日食べ続けていれば飽きてしまうものよ。それは胸だって同じ事。いつか貧乳が恋しくなるわ」
 希望に満ちた眼差しを浮かべ、清花がアッチの世界に微笑んだ。
「‥‥」
 心配そうに六郎の耳元で囁きながら、ハーマンが清花の発言を記録する。
「‥‥何だか危険な香りがシマスね。本当にやましい事はシテないんですか?」
 そう言って浬子がニコリと笑う。
「やましい事があれば、外部から医師を入れません。スパイだっているだろうし、最近この辺りを騒がせている魔皇達が潜入する可能性もあるでしょ?」
 その言葉に魔皇達の心が凍り付く。
 ‥‥まさか気づかれているのだろうか?
「そろそろ時間だな。協力ありがとう。おかげで参考になったよ」
 慌てた様子で時計を見つめ、瞬が清花にむかって頭を下げる。
「‥‥もう終りなの? 残念ね。もっと色々と話してあげたのに‥‥」
 眼鏡の奥から鋭い視線で相手を睨み、清花がペンを弄ぶ。
「だったら好都合デース。ユーのことを個人的にもっと知りたいので、これから食事でもどうデスか?」
 そして六郎は白い歯を輝かせ、清花にデートの約束をするのであった。

 病院での調査が終わり喫茶店に集まった魔皇達は、自分達の集めた情報を交換し合う。
「良かったね、シロくん。男でも手術は可能だってさ。診察の時に男だってバレてたのはマズかったけど、副院長さんが話の分かる人で良かったね」
 バーのマスターである魔皇の男からコーヒーを受け取り、浅葱が嬉しそうに弘幸の肩を抱く。
「魔皇だって分からなきゃ問題ないようだし、きょせ‥‥ケホケホッ‥‥もしてくれるようだしね」
 病院で受け取った診察証を握りしめ、弘幸が嬉しそうにニコリと笑う。
 すぐに手術は出来ないが、8月中には予約する事が出来たらしい。
「でも、あの病院を潰すとなると難しいわね。下手をすれば、こっちが悪者になるだけだもの」
 困った様子で溜息をつきながら、真澄が紅茶をコクリと飲む。
 病院の見取り図を手に入れる事には成功したものの、これでは病院を襲撃する事すら出来ない。
「あんまり浅葱達が怪しかったんで、俺はヒヤヒヤしたけどな。さっき病院のコンピュータをハッキングしてみたんだが、特に怪しいところはないな。むしろ患者にとっては理想的な病院といえるだろう。残念だが文句のつけようがない。ある意味、厄介な相手だな」
 セキュリティはそれなりに厳しかったものの、契が調べた結果ではグレゴールが不正な行為を行っている様子はない。
「私は副院長さんから院長さんの事が聞けたから満足だよっ♪ なんでも院長さんは巨乳に憧れているのに、なかなか決心がつかないんだってさ。やっぱり偽物は嫌なのかな?」
 病院で貰ったパンフを見つめ、美沙がにぱっと微笑んだ。
 どうやら院長は彼女の予想していた相手らしく、貧乳を隠すためパットを欠かさず愛用しているらしい。
「‥‥でも困ったな。これじゃ、何かしたら、わいらの方が悪者や。やっぱりトラブルが起こるまでの間は、わいらも迂闊に動く事は出来んなぁ」
 真澄の手に入れた見取り図を見つめ、亜古耶が大きな溜息をついた。
「確かに様子を見ておく必要があるな。何か罠があるとは思えないが、用心に越した事はない」
 女装用のカツラをテーブルの上に置き、淳がコーヒーを一気に飲む。
「それにしても患者達は何を考えているんだ。せっかく親からもらった身体に意味もなくメスを入れるなんて‥‥。胸が大きくなれば自分に魅力がでるなどと考えるのはただの自己満足に過ぎん」
 怒りに任せてテーブルを叩き、乙乎がパンフから目を背けた。
 いくらやましい事がないと言え、彼には豊胸手術の存在自体が許せない。
「とにかくもう少し調べてみる事にしましょう。何か分かるかも知れないわ」
 そう言って浬子が目の前のショートケーキを平らげる。
「‥‥俺は副院長の清花が怪しいと睨んでいる。もしかすると彼女もグレゴールかも知れないな」
 そしてハーマンは資料を睨み、拳を黙って握りしめた。