■【清く正しく美しく!】グランドロマンス いつかあの夢を■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオ |
クリエーター名 |
外村賊 |
オープニング |
「先日の選考会、実に素晴らしい演技を見せてもらった。日頃の鍛錬により培われた演技センスと、強き意思を兼ね備えた者達がかくて、選ばれた」
清心は一同を見渡すと、携えた一枚の大きな紙を開く。
それは今期公演『いつかあの夢を』のポスターだった。
メインキャストがそれぞれの衣装を纏い、一枚絵になったものだ。それぞれの写真の脇には、芸名が記されている。
「主人公、失意から蘇る不死鳥ライムンド‥‥優雅・涼圭(○○・○○(w3maoh))」
「ヒロイン、常に前を向く少女テレーゼ‥‥○○・○(w3maoh)」
「ではライバル役となるフランスの楽師、リシャール‥‥皇・呉羽(逢魔・○○○○○○○(w3ouma))」
「その恋人、儚く優しいマリアンヌ‥‥鷹梨・美春(○○○・○○(w3maoh))」
他にも神楽坂・紫(○・○○(w3maoh))や○○・○○(w3maoh)、天架・月(逢魔・○○(w3ouma))、逢魔・○○○○○○(w3ouma)、麗夕華の名も入っている。
「まぁ、名無しの娘役ですけれど? 貴方がたのような一般を食ってしまわないよう、頑張りますわ〜」
夕華は口を手で隠して笑う。魔皇達の実力を認めたのか、以前の様にきいきいと、ヒステリックに叫ぶ事はなくなった。‥‥強情張りにも、口だけは減らないが。
「どの役もそれぞれに性格があり、役どころがある。しかし、演じるのは君たちだ。君らの前や後に他の誰かが演じたものでも、諸君らの演じる役は唯一だ。役に囚われず、自分を全て出し切り、演技に望んで欲しい。もっとも、君達にはもうわかっている事だろうが‥‥」
かすかに微笑むと、清心は思い切り腕を振り上げた。宝塚大劇場が、清心の指し示す先に堂々と佇んでいる。
「さあ、宝塚をとめ達よ! 神聖なる舞台に清く、正しく、美しい、華を咲かせるのだ!!」
あらすじ:十八世紀ドイツ。ドイツ一とも謳われる若き教会奏手ライムンドは、不慮の事故で命よりも大事な右手を怪我してしまう。恋人でありライムンドの一番の理解者であるテレーゼは、懸命に彼を励ますも、その努力は報われぬまま日々だけが過ぎていく。そんなある日、事故を知らぬ隣国の領主より演奏の依頼が入る――今までにない音楽を作れと。
■□■
選考会以来、星原歩の姿はどこともなく消えてしまった。
同時に清心友の会の半数ほどがぱたりと来なくなったという。
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シナリオ傾向 |
歌劇 |
参加PC |
若槻・圭織
鷹村・夢
真田・楓
榊・紫蘭
片桐・沙羅
真田・音夢
小鳥遊・美陽
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【清く正しく美しく!】グランドロマンス いつかあの夢を |
客席を照らすオレンジ色の照明。真田・楓(w3e836maoh)と真田・音夢(w3i243maoh)は静かに開演を待っていた。
「ほら見て下さい。舞台化粧、濃くて写真で見ると変な感じですね」
パンフレットを見ながら楓が言うと、音夢がこくりと頷く。この二人、先程からずっとこの調子だ。
そこに、隣の席の逢魔・デューシンス(w3c018ouma)が戻る。無言で腰をかけた彼に、楓は微笑みかける。
「いよいよですね」
「‥‥そうだな‥‥」
デューシンスは緞帳を見つめた。鷹村・夢(w3c018maoh)がヒロイン・テレーゼを演じる。
夢の願っていた夢。
夢の実現を前に、夢はデューシンスを呼び出し、そっと囁いた。
「恋人の‥‥キスをして」
彼はその願いに答えた。夢の香りと感触が、まだ彼の中に存在している。
(「夢‥‥舞台で輝くお前を、見せてくれ」)
『お待たせいたしました。只今より‥‥グランドロマンス『いつかあの夢を』を上演いたします』
照明が落ちる。若槻・圭織(w3a274maoh)の声がスピーカーを通して夢の始まりを告げた。
●一幕 領主の館
シャンデリアがかかり、大きな絵画や、調度品が置かれている。中央に置かれた黒檀の机に、まだ若い、顎に髭を蓄えた男が座る。
「隣領の戦火は広がるばかりと聞きましたわ‥‥ここは、どうなのですか‥‥」
気品の中にどこか怯える声。領主の妻(榊・紫蘭(w3g581maoh))が机の隣で主人に問う。
妻を気遣う領主(逢魔・蓮華(w3e836ouma))の声は深く、ゆっくりと紡がれた。
「幸いまだ我が領に炎が忍び入る事は免れておる」
「領民も、不安がっておりますわ」
「我としても、何とかしてこの不安を取り除いてやりたいのだが」
領主は彼らの不安な表情を思い出し思案する。深い悩み故に、背後をこっそりと通り抜けた少女が一人いた事に、気がつかなかった。
少女の姿がすっかり消えてしまった時、領主の瞳に光が宿った。
「そうだ。我が愛する芸術で、人々の心を癒すのだ! 芸術家を集めよ! 誰もを楽しくさせ、幸福にする、『またとない』物を創り上げられる者を!!」
手を尽くした挙句、領主は教会オルガニストのライムンドに作曲を依頼する。しかし彼は事故で手を負傷し、音楽への思いを歪ませていた。恋人のテレーゼや、友人であり教会奏者の代理を務めるリシャール(逢魔・クレニヴァール (w3g581ouma))の励ましも無駄に終わる日々。
しかし、どこまでも真っ直ぐなテレーゼの愛は彼女をピアノに向かわせた。自分が彼の指になるのだと。心うたれたライムンドは再び夢を見つけ、領主の曲を創り始めた。
他方代理を任されたリシャールは、自分とライムンドの間の差を実感し、ライバル心を暗く燃やし始めた。恋人のマリアンヌ(小鳥遊・美陽(w3i665maoh))の声はまだ、届かない。
●二幕 ライムンドの家
「神父もシスターもライムンドの事ばかり気に掛ける‥‥いつまでも俺はあの男に負けっ放しだって言うのか、くそっ」
リシャールは成り行きでライムンドの見舞いに行く事になった。道すがらついた悪態は、しかし聞こえるはずのない――ライムンドの家から聞こえるピアノの音に遮られた。
「な‥‥!?」
沸き返る悪寒。舞台の両端からアーチ型にせり出した花道を駆け抜け、舞台上の戸口の前で聞き耳を立てる。
おぼつかないが、確かにピアノの音。
「少し違う。今度はこう弾いて‥‥そう、それだ! ここと、ここに印をつけて――」
「ライムンド、ライムンドなのか――!」
その拙い音運びは、今までにない斬新さを伴っていた。
改めて考えれば、それは恐怖だったのか、とも思える戦慄がリシャールの中を駆けた。彼は無意識の内に護身用のナイフを抜き、乱暴にドアを開けるとピアノの前のテレーゼを押しのけ、楽譜を掴み取っていた。
「リシャール!?」
「煩い!!」
そのままリシャールはライムンドに斬りかかる。かわされ、リシャールは勢いあまってホールの端まで走りきり、再び振り返って突進してきた。
「止めてリシャール!」
テレーゼが必死に叫ぶ声も虚しい。
二撃、三撃。
怒りに任せて振るわれる切っ先。ライムンドは足を絡ませて尻餅をついた。リシャールは彼に乗りかかり、高く腕を上げる。
それを降ろせば目的が完遂する。しかしこの体勢がつりあった天秤のような、奇妙な均衡を作り上げた。異様なまでの静寂がホールを包む。
その時舞台袖に、人知れずマリアンヌが姿を現した。照明もなく、しかし眼をやった者は、彼女の誰かを探している、どこか思いつめた表情に惹きこまれる。
「何故だ‥‥努力して、苦汁を舐めて、這い上がる‥‥初めてお前の前に立ったのに‥‥お前は今また笑って追い抜いた! お前さえ、いなくなれば!」
言葉が重なるごとに、リシャールの狂気は膨れ上がり、凶刃は光を放った。
「嫌ァ!」
テレーゼの金切り声と重なるように駆け込んできたマリアンヌは、ナイフを振り下ろそうとするリシャールに背後から飛びついた。バランスを崩し、楽譜が空を舞い、ナイフが床に転がる。
「貴方の指は‥‥ッ、そんな事をする為の物ではないはず! 憎しみで音楽への夢を、情熱を、見失わないで‥‥」
床に倒れたリシャールを揺さぶりながら、マリアンヌは泣いていた。しかし微笑んで、泣くまいと努めるように。自分が崩れてしまえば、全てが崩れ去ってしまうような不安と闘いながら。
その声を、命綱にするが如く、リシャールは、ゆっくりと起き上がる。
そして、マリアンヌの頭を抱き寄せ、深く息をついた。
「俺は‥‥何て事を‥‥」
「僕だって君と同じ立場にあったら、同じ事をやらかしていたさ」
ライムンドはリシャールへ向けて、手を差し伸べた。
「だから、僕は君を許す」
微笑んで。
驚いたように見上げたリシャールは、食い入る様にその顔を窺い、やがて自嘲気味に笑った。
「お前には死んでも分からん」
「分かるさ。怪我をして、地獄の苦しみを味わった」
「殺そうとした男をほいほい許すような男が戻ってこられる地獄か? 随分贅沢な地獄だ」
リシャールは差し出された手を弾いたが、それは同じ夢を抱き、同じ夢を実現させる手の触れ合いだった。
●三幕 領主の館
領主の館の広いホールには、領主達だけではなく、彼の領民までもが集っていた。領主は驚きに言葉のないライムンドに頷きかける。
「伝令が告げたであろう。『我が愛する人々へ贈る、今までにない曲を』と。我が愛するのは、妻と娘、ここに暮らす全ての者達だ。楽器は全てそろえておいた。さあ、お前の曲を」
ライムンドが自信に満ちた笑みを零すと、リシャールは領主へと一礼をし、ピアノに腰をかけた。領主の妻が、夫の隣で首を傾げる。
「まあ、他の奏者はどこにいらっしゃるの?」
「おりません。この曲は、私が命をかけて愛する、ピアノだけによる『独奏』です」
ライムンドの声に周囲がざわめく。この時代、『独奏』と言う形式はなかったのだ。
「私はこの手を失い、改めて音楽への愛の深さに気付きました。その気持ちを曲に込めたつもりです。命ある限り、夢は追えると」
リシャールの指がいくつかの鍵盤を押える。透き通った音が響き、その余韻が消える頃、軽やかに指が踊り始める。
不思議な感覚だった。一つの楽器で出せる音など限られているというのに、十の指と幾十の鍵盤だけが織り成すその曲は様々に表情を変えた。
誰も喋る者はない。その透明な音色だけに、全てが支配されていた。
「何故でしょう‥‥心が、熱くなります‥‥。あなた、あの方に、良くして差し上げて‥‥」
「ああ。ああ‥‥」
リシャールの指の先をうっとりと眺めながら、領主の妻は手にした扇子を胸元で握り締める。領主は音を感じようと、ピアノの鳴り響く空間に身を任せていた。
赤いドレスを纏った、年端の行かぬ娘がその裾を引く。
「お父様‥‥私、謝らなければならない事があるわ」
消え入りそうな声を演じながら、はっきりと後ろまで聞こえるよう、片桐・沙羅(w3g792maoh)が言う。
「この間、お父様やお母様に内緒で街に遊びに行ったのです‥‥そこで、怪我をしそうになった所を、あの方が助けて下さったんです。手が動かなくなったのはあの時のせいだわ‥‥。私、私‥‥」
罪悪感に身をすくませる娘の頭に、領主はそっと手を置いた。
「心配ない。あの者は常に前を向いておる。この曲が何よりの証拠‥‥だが、いずれ謝罪はせねばならぬぞ?」
「はい‥‥」
「分かれば、この曲を心の全てで聴くのだ。彼の答えを、彼の愛を」
領主は穏やかな曲調に変化した旋律に、再び身を任せる。娘も告白した事の安心と、ライムンドの感謝を胸に秘め、父に倣う。
曲が終わる頃には、誰もがリシャールとライムンドを囲み、テレーゼとマリアンヌからは、彼らの姿は見えなくなってしまっていた。
マリアンヌは一人、屋敷の外へ出る。舞台の前の花道が、屋敷の前庭に見立てられていた。その脇に立って、静かに佇むと、程なく、何気ない足取りのリシャールが、人垣を押し分けて現れた。
「一人でどこへ行くのリシャール?」
立ち止まった彼は、憑物の落ちたような、落ち着いた表情を浮かべていた。
「‥‥あの曲を弾いてるとな。色々、分かったんだ。領主の満足げな顔より、街の皆の楽しそうな顔が、頭から離れないんだよ」
マリアンヌは、ただ黙って、リシャールの言葉を聴いている。
「あいつの影ばっかり追っていた、あいつみたいになろうとしていた‥‥けど違う。俺が本当に求めていた事は、お偉方に依頼されて作るものじゃなく、もっと色々なたくさんの人に聞いて、喜んでもらえる曲だ。
結局、あいつと俺では住む世界が違ったんだよ。分かってみれば簡単な事だったのに、何でこんなにも‥‥気がつかなかったんだろうな」
リシャールは小さく笑って、持っていた荷物を抱えなおした。
「だから俺はここを出る。奴とつるむのはもう懲りごりだ。あいつの顔を二度と見なくていい所で、やりなおすんだ」
それは、恨みや嫉妬から出た声ではなく。果てしなく広がる前を見据えた言葉だった。マリアンヌはその背に寄り添い、幸せそうに微笑む。
「行きましょう、愛しい人。貴方なら、きっと素晴らしい曲を作る事が出来る‥‥。そしていつか、彼らと出会いましょう。貴方の、貴方だけの曲を持って」
舞台上の領主の館の中で、一人所在投げにしていたテレーゼが、思いつめた表情で花道に向かって歩き出した。
「テレーゼ、どこに行くんだ」
花道を進みかけたテレーゼは、背後の声に身を竦ませた。
「こないで! 顔を見ると辛くなるわ」
「‥‥何だって?」
きょとんとするライムンドの背後では、彼を呼ぶ誰かの声がしている。
「‥‥私は、最後まで貴方の指にはなれなかった。リシャールが来た夜も、私は足を竦ませていただけ。高みに昇る貴方には足手まといだわ‥‥」
テレーゼの言葉は不意に途切れた。ライムンドに背後から抱きしめられたのだ。
「君はピアノを弾いてくれた。あんなに辛く当たった僕の為に。僕の怒りも、悲しみも、喜びも‥‥君以上に僕を理解できる女性(ひと)がいると‥‥君は本当に思っているのか?」
「ライムンド‥‥」
「君と一緒でなければ意味がないんだ。僕には君が必要なんだ‥‥僕と一緒に、夢を、追いかけてくれないか」
テレーゼは、無理やり腕を振り解き、駆け出す。追おうとしたライムンドに、数歩走ったテレーゼは振り向いた。
「私は貴方が好き!」
振り解いたのは、彼の顔を真正面から見たかったから。
「貴方と夢を追いかけたい!」
泣きそうな顔になっているテレーゼに、ライムンドは微笑んで手を差し伸べた。オーケストラが静かに、ピアノを奏でだす。誰もを癒す、ライムンドのピアノを。
「共に歩こう、これからもずっと」
いつもいつでも 夢見ていた
手を伸ばせば届くはずと
走り出して追いかけて 手を伸ばした先
太陽はあまりにも遠く
だけど信じて 諦めないで
夢みる心は 貴方だけのもの
神様から贈られた その輝きを
いつも命に宿し続けて
道が閉ざされ 分かたれても 太陽は一つ
輝きを信じて歩き出せばいい
寄り添う貴方が 微笑んでくれるその道を
I ask for the true dream with you
いつか真実になると信じて
いつかあの夢を
いつの間にかリシャールとマリアンヌは姿を消し、舞台中央にはライムンドとテレーゼが佇んでいた。どちらともなく抱き合い、キスを交わす。
二度と離れぬ、誓いを込めたキスを。
そして二人は空を見上げた。太陽を見つめるように、幸福そうに瞳を細めて。
二人の上からゆっくりと幕が降りる。割れんばかりの拍手が響いていた。
●夢の後
蓮華は目を瞬かせた逢魔・ギリアム(w3i243ouma)が、目の前で息を切らせていた。楽屋へは一般人は入れないのだが――さては、獣化かなんかを使ったな、と思いつく。そしてそれはいつも一歩引いたような彼が、あまりするような行動ではないと。
「少し離れてみて、分かりました。私の気持ち」
彼女の手を取ると、緊張に手を震わせながらも、優雅に一礼をする。
「もう一幕。私と演じてもらえませんか? 2人きりの舞台を――死が二人の人生に幕を降ろすまで」
小さな唇が蓮華の甲に触れる。その仕草があまりに可愛くて、蓮華は苦笑した。
「あんたはまだ若いよ」
「‥‥」
ギリアムの中で不安が渦巻いて、言葉も出なかった。
「ただ」
金の髪の逢魔の言葉にはまだ続きがあった。
「あんたがこの愛を永遠に誓うなら、婚約してあげてもいいよ」
蓮華の声は、まるで遠くから響く囁きのようで、ギリアムの中で意味を成さず――次第にはっきり、実感として膨らんでいった。
「‥‥誓います。誓います、えいえ――」
言い終わるのを待たず、蓮華は身を屈めて唇をかさねる。その姿は、ライムンドとテレーゼの姿にも似ていた。
公演が終わっても逢魔・久世(w3i665ouma)は、見回りを行っていた。
「舞台中は手を出してこなかったか‥‥なら‥‥」
「襲撃は中止させた」
久世はその姿を認めて息を飲んだ。それは、忘れるはずもない異形、宝塚・伊丹テンプルムを預かる、大天使マルキスの姿だった。
「美陽の説得を聞いてくれたのか‥‥」
久世はもう数日前の、テンプルムの交渉を思い出す。白虎はあどけなく見える顔に小さく笑みを浮かべた。
「俺は、さらにお前達の考えが分からなくなった。疑問を抱いたものをおざなりにして我を貫くのは、ただの愚か者だ。
だから、分かるまで調べつくす。お前達と、お前達の信じるものの価値について」
宝塚をとめ達の舞台は、かくして幕を閉じる。感情・無感情に揺らされる人々と、感情を信じない天使の一人に、小さく、しかし確実に『何か』を残して。
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