■【死の瞳】リジェネレーション■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオ |
クリエーター名 |
宮本圭 |
オープニング |
草津に来るのははじめてだった。旅館の女将さんは、小柄でぽっちゃりした、人の良さそうな人だった。紹介状を持って訪れたユミカの顔色を見るなり、働くなんていいから少し休みなさい、と奥の仮眠室に押し込まれた。自分ではわからなかったが、よほどひどい顔色をしていたのだろう。
それでも寝ているといろいろ考えてしまうので、眼を盗んでこっそり表に出てきたのだ。
ふらふらする足元を確かめながら、転ばないよう慎重に坂を下りていく。すれちがう湯治客はやっぱりジジババばかりだ。土産物屋や共同浴場の並ぶ坂を抜けると、湯畑が見えてきた。
(「‥‥!」)
真っ白い湯気を風がさらって、ユミカのもとまで硫黄の匂いを運んでくる。
青緑色の湯の中から、円盤型の建物が半分ほど顔を出していた。壁に浮き上がり張り巡らされた、植物の根のような有機的な模様をユミカは知っている。テンプルムのものによく似ていた。噂に聞くインファントテンプルムというやつだろう。
だがその天蓋から、挑むように天を仰いでいる巨大なネフィリムの上半身は。
「‥‥あれ」
見たことのないタイプだ。上半身を見る限りでは、白い、女神像のような形をしていた。基本的にネフィリムは性を感じさせない、中性的なフォルムのものが多い。むろん例外はあるが、そういった他と違うデザインの機体は大概、汎用機では果たせぬ能力を負っているものだ。
「何‥‥?」
インファントテンプルムには、ネフィリムを産む力はないはずなのに。いや、それとも自分が知らなかっただけなのだろうか?
それが『マグダラのマリア』と呼ばれるネフィリムであることを、まだユミカは知らない。
――まだわからないのかと大天使は言う。
「たしかに彼女は、稀な資質を持っている。これだけの間洗礼の制約に触れてなお、それに抗することができるのだから大した意志力だ。‥‥だが」
その資質も、神のために使われることがないのであれば意味がない。
「『神』をひとつの生命と定義するならば、我々は神の生命活動を維持するために働く細胞のひとかけに過ぎない。おまえも、私も、十三使徒すらもだ。神のために我らは感情という血液を循環させ、魔皇というウィルスを排斥するために反応を起こす。神帝軍という集団そのものが、神というひとつの生命を生かし、その意志を体現するための細胞の集まり、いわば神のための肉体なのだ」
「‥‥‥‥」
「免疫細胞は、自己のLHAにだけは反応しないようになっている。免疫が自己とウィルスの区別ができないのならば、益にならぬどころか生命維持そのものの害にすらなるからだ。もし自己反応する免疫細胞があったとしても、彼らにはみな、崩壊のためのプログラムがなされている。‥‥アポトーシスだ」
肉体が死ねば、どのような生命であっても消滅する。
肉体の維持を脅かす細胞には、自己崩壊という結末が待っているのだ。
「いずれ彼女は死ぬだろう。‥‥もっとも」
大天使アタナエルはわずかに目を細めた。
「命令違反をこのまま放っておいては、他に示しがつかないからね。すでに現地に処理するための人員を送ってある」
「まさか」
「草津。彼女はもう、追跡をまくだけの余裕もなかったらしいな」
息を呑むイゾルデの反応を楽しむように、うつくしい大天使は笑う。
「でも」
まぶたを伏せたままイゾルデの瞳が迷う。アタナエルは黙ってその続きを待った。言い募ろうとして、しかし導天使にはそれ以上の言葉を紡ぐことができない。
人間ならば大人の女性である外見は、ただ人の姿を模しているだけにすぎない。生まれて一年あまりのファンタズマの中には、胸の裡にある靄の正体を、大天使に伝えられるだけの言葉がなかった。
「追うならば追うがいい、イゾルデ。彼女の最期を見届ける気があるのならね。
それともおまえみずから、愛する者を死なせてあげるかい?」
導天使と同じ名の姫君は、とうとうそれを果たすことができずに命を落としたというのに。
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シナリオ傾向 |
戦闘 シリアス 最終回 |
参加PC |
斎乃宮・理皇
風見・真也
高・暁龍
ゼナ・ヴォーリアス
真田・浩之
ミカエル・メレディス
神薙・隼人
真田・音夢
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【死の瞳】リジェネレーション |
「それはマグダラのマリア。神からの古の束縛から、聖鍵戦士を解き放つ自由の翼」
背後からかけられた声に、一条ユミカは驚いて振り返った。小柄な少女――真田・音夢(w3i243)は表情を動かさぬまま、平静な歩幅でユミカの隣に立つ。
「‥‥このインファントテンプルムは、テンプルムでありながら自我を持っています。『安息の世界』を望む赤子のような自我は、生れ落ちて以来ずっとふるえ続けている‥‥どうしてだか、わかりますか」
「‥‥臆病だから?」
「孤独だからです」
そう口にする音夢の横顔をじっと見つめて、ユミカは話の続きを待った。
「この世界には摩擦が絶えない。摩擦があれば争いが生まれます。インファントテンプルムが嘆くのは、ひとりでは世界を変えることができないと知っているからです。‥‥私も、かつてはそうでした」
一条は答えない。
「でも、私はある人のおかげで変わることができた。生きる意味を、世界に立ち向かうすべを、心の空隙を埋めるための力を――彼は私に教えてくれました。‥‥でも、このテンプルムは、今も孤独です」
さびしそうに、音夢は目の前にそびえ立つネフィリムを見上げる。空に挑みかかるような姿で静止した巨人は、音夢には嘆きのポーズのように見えているのだろうか。
「‥‥あんたが何を言いたいのか、分かる気もするけど」
自嘲するように、ユミカは苦く笑みを浮かべる。
「あたしには無理だよ。第一、パートナーがいない。あたしは見捨てられたんだ」
アークエンジェルやプリンシパリティともなれば、一人でネフィリムを動かせる。だがユミカは、優秀とはいえ一介のグレゴールに過ぎない。あれを起動するには、パートナーの助力が要るのだ。
「本当に」
そこではじめて、音夢はわずかに口元をゆるめる。あるかなしかの微笑みだったが、表情に乏しい少女の顔だちが、意外に愛らしいことに気づかせるには充分なものだ。
「本当に、そう思われますか?」
「準備はいいな?」
そう言って、眼鏡のブリッジを押し上げる。風見・真也(w3b577)が掌をさしだすと、力が収束し魔皇殻が姿をあらわした。服の袖口からは、ヒトではない証の魔皇の刻印。
「‥‥いつでも大丈夫です。真也さま」
手の中の小さなナイフを握り締めて、逢魔・シャドウセン(w3b577)は答える。彼女もまたすでに人化を解いていた。
漆黒のホーンが初夏の日差しでにぶく光る様子を横目に認めながら、斎乃宮・理皇(w3a822)が気遣わしげに逢魔・遊華(w3a822)を見下ろした。
「遊華。まだ近くにいるね?」
「うん」
『相克の痛み』は、相手との具体的な距離こそわからないが、神に属す者が効果範囲から出ればすぐそれとわかる。遊華がこう言うということは、少なくとも彼らはまだこの近くにいるのだ。
「‥‥街の方には、ご迷惑をかけることになってしまいますね」
「人のいない方向に誘導できるよう、気をつけるさ」
シャドウセンの言葉に神薙・隼人(w3g660)は言い、真也は仕方ないといったように肩を聳やかす。
「まったく、俺はよくよくグレゴールに妙な縁がある」
「真也さまはお優しいから、放っておけないのですよね?」
「‥‥ここまで関わってきたのだから、最後まで見届けたいだけだ」
そういわれてもシャドウセンの笑顔は変わらず、真也のほうが先に顔をそむけた。めずらしく照れているのだろうかと苦笑した理皇の手を、軽く遊華が引く。
「何だい? 遊華」
「‥‥あのね。この前、言われたの。遊華とイゾルデじゃ、立場がぜんぜん違うんだって」
それは確かにその通りだろうと、思ったけれども理皇は言わない。かわりに聞いているという意思表示がわりか、軽く手を握り返した。
「‥‥そうかもしれないけど、でもきっと、想う気持ちは一緒じゃないのかな」
そうでなければ、イゾルデはとっくに彼女を見放しているはずではないのか。
言外の遊華の想いに気づいたものか、理皇はただ、独白のように自分の考えを口にする。
「僕は神様を信じたことはないし、実はあまり信じようとも思わないけど」
複数の足音が近づいてくる。観光地に似つかわしくない慌ただしさだ。人々が驚いて道を開ける気配があり、魔皇たちは壁に身体をはりつかせ、息を詰めて足音の接近を待つ。
真也の周囲に、ダークフォースの先触れとして小さな光の粒が点々と生まれてくる。光はかすかにぱちぱちと音を立てながらほのかに魔皇たちを照らし、青白く輝きながら上空へとのぼっていく。
「奇跡というのは本当にあると思う。
でもそれを起こすのは神様じゃなくて、僕や遊華や、彼女たちの力で起こすものなんだ」
そうして、真也の真魔力弾が、光のシャワーのように空から降り注いだ。
ごうん。ダークフォースが確かに大地を震わせ、それと同時にグレゴールたちが散開する。間髪入れずに高・暁龍(w3d921)の第二波が見舞われたが、こちらは散開されたおかげで、神帝軍の者たちにさほどの被害を与えていない。
「なかなかやる」
暁龍に舌打ちを打つ間すら与えずにグレゴールのひとりが彼を見つけ一気に踏み込んでくる。
それを遮るように現れた逢魔・雨(w3d921)が、真ヘルタースケイルを振るう。刃の描く軌跡が弧のかたちで空気を薙いで、グレゴールはそれを避けて飛び退る。
「シャオの邪魔、させない」
「小癪な‥‥ッ」
グレゴールたちは主に前衛、格闘能力に長じていないファンタズマらは後方で支援の構え。導天使の放った光破弾が雨の身体を打ちすえ、間髪入れずに剣による一撃を加えられて体勢が揺らぐ。
「雨!」
真幻魔影。
続く追いうちは、暁龍のダークフォースEXに惑わされわずかに揺らぐ。雨はその足元をすりぬけ、後方のファンタズマたちへと一直線に走った。大鎌が振るわれ、ファンタズマがひとり倒れると、それをパートナーとしていた者が、糸を失った人形のようにくずおれる。
「導天使は散開。空中より神輝力によって援護せよ!
指揮官らしき白髪の男が、鋭く部下たちに指示を与える。
ユミカの前にも、すでにグレゴールたちは現れていた。
「‥‥あたしとしたことが」
すでに囲まれている。投げナイフを取り出したユミカの手にすでに力はない。その様子を一瞥して、音夢はみずからの魔皇殻を召喚した。
「無理に戦うことはありません」
「ンなこと言って、あんたひとりで戦う気?」
「ひとりではありませんよ」
小憎らしいほど落ち着いた声で音夢が告げると同時に、短い銃声が響き渡る。
包囲の後方、湯畑へと降りてくる坂道を、真デヴァステイターを構えながら誰かが駆け下りてくる。狙いは正確に、ファンタズマの羽、グレゴールたちの脚を狙って撃ち抜いた。
時ならぬ銃声に、周囲の人々が悲鳴を上げて地面に伏せる。奇襲に気づいた神帝軍の者たちの目の前で、彼は助走をつけて跳躍した。包囲を軽々と飛び越えて、音夢の目の前にすとんと着地する。
その姿が誰であるかを知って、ユミカは息を呑んで目を見開く。
「あんたは――」
「やっと会えたな、一条ユミカ。半年ぶりに口説きにきたぜ」
「‥‥バカ。相変わらず馬鹿だねあんた」
「あんたも相変わらず気が強そうだな。惚れ直しそうだ」
へへ、と軽く笑う男を音夢は軽くねめ上げて、大仰に溜息をつく。
「ゼナさん。遅いですよ」
「‥‥あ? ああ、いたのか音夢」
「口説くのならば、せめてこの場を収拾したあとにしたほうがいいと思いますが」
「少しぐらい再会を喜ばせてくれよ」
そう言って、ゼナ・ヴォーリアス(w3e305)は情けない顔で髪をかき上げた。
イゾルデが草津の街中を歩いていたのは、空を飛ぶのは目立ちすぎるからだ。だから目の前に逢魔・ルシファー(w3f720)が降り立ったときには驚いた。
「‥‥何の用です」
「あなたに、話があるのです」
その背後からミカエル・メレディス(w3f720)に声をかけられて、イゾルデは首を振る。
「あなた方と話すことなど何もない」
「逃げるのか」
静かだが鋭いルシファーの声に、びくりと天使の肩が震える。アイパッチで隠されていないほうの目を細めて、逢魔はイゾルデの姿を斜に見つめた。
「‥‥一条への追っ手は、今、魔皇たちが食い止めている」
はっとした顔に見返されても、ルシファーは表情ひとつ変えない。
「彼女にはもう応戦する力はないはずだ。お前にしても、大天使への命令に逆らうことはできない。だとしたらお前の主を守れるのは、魔皇以外にいないだろう」
「‥‥‥‥」
「あなたは言っていましたね。制約のくびきを逃れる手がかりが、この草津にあると‥‥」
ミカエルが言い募る。
「インファントテンプルムの生み出した『マグダラのマリア』は、洗礼による制約を書き換える力を持っている。でもそれに乗るには、パートナーの貴女の協力が必要なのです」
「‥‥もし仮にそうだとしても、それはあの方や、神帝軍の同志たちへの裏切りです」
「なら、どうして迷っているのです?」
ミカエルの言葉に責める色はない。
「私も‥‥かつて迷いました。私は神父ですから、魔皇である自分を認めたくなかった。けれど、目の前で大切な人が失われていくことに比べれば、そんなことが何でしょう」
「このままでは、君のあるじは死ぬ。だから、俺の魔皇は――ゼナは、彼女のために戦っている」
逢魔・アシルス(w3e305)が言うと、イゾルデははっと顔を上げた。
アシルスの魔皇。それが誰であるか、彼女は忘れたことなどなかったのだろう。
「君は、彼女のために何ができる? このまま、彼女の命が失われるのを見てるつもりか? そうじゃないだろう!」
できることはひとつのはずだと、そう言ってまっすぐ見つめてくるアシルスの双眸から、イゾルデは一瞬目をそらしかける。けれども最初はためらいがちに、そしてはっきりと、逢魔の目を見返す。
「‥‥案内して、くださいますか」
びいっ、と上等な生地の裂ける音。切り裂かれた黒い着物の袂、その間から赤い色が見る間ににじんで地面を濡らして、雨の顔にわずかに苦痛が見える。傷が深い。膝をついた娘にさらに攻撃を加えようとしたグレゴールを、真也のパルスマシンガンの弾が割り込んだ。それに加えて、理皇の発動させた真魔力弾が、ファンタズマを一体撃ち落とす。
「雨っ」
「だいじょうぶ」
「下がってろ」
真魔皇殻はあくまで武器で、身体能力を向上させてくれるわけではない。強い武器を持ったところで、魔皇と逢魔、彼我の基本能力の差はいかんともしがたいものだ。まして雨はまだ子供、接近戦ではウェイトの差は時として命取りにもなりうる。
続いて隼人が打ち込むのを、白髪のグレゴールが軽くあしらう。剣に宿るは閃神輝掌、強いかがやきが隼人の攻撃をはじいて、返す太刀がまともに胴を薙ぐ。
押し殺した絶叫とともに隼人の身体が吹き飛んだ。傷は胴体のかなり深くまで食い込んでいる。
「隼人さん!!」
逢魔・フィリア(w3g660)の悲痛な叫びが響くのも、壁に叩きつけられた隼人のことも放って、グラナトゥムの男は走る。一条ユミカはすぐそこだ。
「させるかっ」
真狼風旋の勢いのままで、真田・浩之(w3f359)が行く手を阻む。躊躇ない攻撃が跳ね上がり急所である首を狙うのを、すんでのところで浩之は魔皇殻で阻止した。刃同士がこすれ合って滑り耳障りな音をさせ、火花が熱く首筋を焼く。
「浩之、後ろっ」
上空の逢魔・イルイ(w3f359)の指示と同時に、浩之が飛び退る。それと同時に、別のグレゴールの太刀筋が振り下ろされていた。攻撃をはずした相手を、音夢のワイズマンクロックが吹き飛ばす。
真闇影圧。理皇のダークフォースが、グラナトゥムと他の敵をまとめてとらえる。深く黒い闇の球体は、あらゆる熱と力を内に吸い込む虚無の力だ。
動きが鈍ったのを悟って、グラナトゥムは神輝力を編み始める。回復の力か、それとも結界か。
「ぐあっ!?」
集中しかけていた精神を不意の痛みがかき乱して動きが止まる。
グラナトゥムの腕には、センの投じたナイフが、一本だけ垂直に突き立っていた。
真也は既にダークフォースを放っていた。真凍浸弾は敵の足元を凍りつかせ、身動きを封じている。部隊はもうかなりその数を減じていた。リーダーを討てば、あとは撤退するしかないはずだ。
真両断剣を宿した真グレートザンパーを、浩之が振り上げる。
●リジェネレーション
ハッチが開いてまずイゾルデが顔を出す。待ちきれず、ゼナはネフィリムの乗降口まで跳躍した。一条ユミカは、まだコクピットのシートに座っている。
「‥‥どうだ?」
『マグダラのマリア』について浩之や音夢には聞いてはいたが、本当にこのネフィリムがそれと同じ力を持つのかはわからない。おそるおそる覗き込んでも、ユミカは顔を上げなかった。
「な、どうなんだ。どこか痛むか? 苦しいか?」
「痛みは消えてる」
「‥‥よかった」
胸をなで下ろしてゼナは大きく息をつく。ユミカが自分を見つめているのに気づいて、柄にもなく顔を赤らめた。そうだ。まだ、聞いていなかったことがある。
この半年、ずっと待ち望んでいたことを。
「えーと‥‥それで、告白の返事は」
イゾルデは気を利かせて何も言わない。
「これが答えだよ」
「え」
引き寄せられる。
かみつくようなキスをされて面食らった。もっともそれは最初だけで、熱い確かな身体の感触に夢中になった。人目も気にせずに、太陽の光の下でふたりは抱き合う。
そこまでは許してないと目尻を吊り上げてゼナを怒鳴ろうとしたイゾルデを押さえておくのに、アシルスはそれは苦労したという。
「‥‥私も、あれに乗れというのか? お前は」
「だめか?」
「私は今の自分に充分満足している。大体何故私が、魔皇の貴様ごときに指示を受けねばならんのか」
まだこだわっていたのかと、浩之は内心で呆れるが顔には出さずにおいた。頑固なのも彼女の魅力で、惚れた弱みなのだから仕方がない。
「説明しただろう? 俺はお前の、そういう頑固でまっすぐな所が気に入ってる。話に聞く限りじゃアタナエルって奴は、きっとお前と合わないと思う。少なくとも、そいつの元からは離れるべきだ」
グレゴールの女性は少し思案したあと、何を思いついたものか急に目を逸らした。
「‥‥いいだろう。そのかわり」
「なんて言った? 聞こえない」
佐嶋真奈は耳まで顔を赤くして、浩之から目を合わせぬままちいさな声で言う。
「降りたときにあれと同じことをしろ。これは命令だ」
視線の先には、まだ抱き合っているゼナとユミカの姿。
「‥‥ああいうのが昔から夢だった」
――草津ではこの日以降しばらく、マグダラのマリアの前でキスをするカップルが流行になった。
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