■《蒼嵐紫夜・神魔乱戦》ファイナルステージ■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 宮本圭
オープニング
「サテラ、どうだ?」
「えーと‥‥いない、と思う。これなら」
 行けるかも、と言いかけた言葉を断ち切るようにして、暴力的な強い風が頭上から吹き付けた。周囲の木々がもだえるように揺れ、サテラの髪もジャッドの服も激しくはためく。巻き上がる埃に目を細めながら見上げると、ブナ林の間から、巨大な人型のシルエットが空を横切るのが見えた。
「くそ。やはりこちらも駄目か‥‥!」
 哨戒が役目なのだろうか、攻撃は仕掛けてこない。無闇に手を出すなと命令されているのかもしれない。だがネフィリムの頭部は、はっきりとジャッドたちの姿を認めていた。見つかった以上、こちらのルートで下山するのは不可能だ。
「城内に戻るぞ! 走れ!」 

 螺旋状の階段をのぞむ玄関ロビーで、歩美は外を見回ってきた密や魔皇たちを出迎えた。
 最後に戻ってきたのはサテラとジャッドの二人組。彼らの報告を受けて、歩美は表情を硬くする。
「駄目でしたか。やはり、城は包囲されているようですね」
「逢魔も魔皇もひとりも通さないつもりだよ、あいつら」
 この『紫の夜』のため、儀式に祈りを捧げた逢魔は総勢八十人強。地元である群馬県内の密たちだけではとうてい人数が間に合わず、歩美が古の隠れ家から呼びよせた非戦闘員の者たちも混じっている。
 『時空飛翔』などの転移系能力で可能なかぎりの人数を逃がしたが、それでもまだ城内には五十人近くの逢魔たちが残っていた。不安を与えぬよう、皆には儀式の間に待機してもらっているが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「このまま篭城という手は‥‥?」
「『影の城』には最早なんの防衛能力もありません。ネフィリムで攻められたらひとたまりもない‥‥。やはり、織姫の言っていたルートをとるしかないようね」
「どういうこと?」
 訝しげに問い返したサテラに、黒髪の逢魔の少女、織姫が進み出る。
「正確には、完全に包囲されているわけではないのです。包囲には一箇所だけ隙があります。
 今のところ監視も認められません。世津さまにも見ていただきましたが、神帝の瞳のたぐいもないようです。この穴をつけば、麓まで皆が下山できるかもしれない‥‥」
「ちょっと待ってくれ。それはまさか」
「罠、の可能性もあります」
 それでも飛び込まざるを得ないのだと、歩美は言外に指摘した。
「どの道このままでは全員が命を落とします。無理にでも包囲を突破するという手もありますが、それでは誰かしら犠牲が出るのは目に見えている‥‥。
 罠にはまって皆殺しよりはいいと言う見方もあるかもしれない。でも、死ぬ人数が五十人から十人に減るからいいのだとは、私には言えません。犠牲は犠牲。数の多寡の問題ではありません」
 たとえわずかでも、全員が助かる可能性があるのなら、それに賭けたい。
 語気こそ静かなものの確固とした決意を見せられて、逢魔も魔皇も一瞬沈黙した。
 どう答えたものか迷う者たちの中で、ジャッドが最初に口を開く。
「歩美さま。魔凱は」
「今、私の手元にあるのはこれだけ」
 青年に請われて開いたてのひらには、古の遺産である古い指輪が乗っている。
 魔皇たちがそれを見下ろして次に顔を上げると、歩美の、サテラの、ジャッドの、織姫の、ほかのたくさんの逢魔たちの視線とぶつかる。
「お願いします。魔皇さま」
 そうして手を伸ばすと、歩美のかぼそい手から、指輪はたやすく彼らのてのひらに落ちてきた。
シナリオ傾向 殲騎戦
参加PC 不破・真人
クルハシ・マコト
功刀・湊
鷲羽・セイントビル
フォーリス・カンス
東雲・翔
《蒼嵐紫夜・神魔乱戦》ファイナルステージ
 ネフィリムが大地を踏みしめて足元は震動、木々はなぎ倒されて空気が鳴動。仲間の殲騎が敵を阻む形で立ちふさがり、その足元を歩美たちはくぐり抜けて走る。
「織姫さん。こちらでいいんですね?」
 フォーリス・カンス(w3h094)の問いかけを、すぐ後ろの織姫が肯定する。
「じゃあ‥‥」
 言葉を続けようとしたフォーリスを、不意にたて続けの銃声が遮った。空中のダークグレイの殲騎が、スラスターライフルで敵を牽制している。軽く手を上げたのは、早く行けというジェスチャーか。
「移動しながら話しましょう。ここにいては彼らの邪魔になります」
 東雲・翔(w3i891)の意見は正しい。立ち止まっている時間さえ今は惜しいのだ。
 翔が先頭をつとめて逢魔たちを先導し、しんがりは逢魔・竜雲(w3i891)。他のメンバーはネフィリムが出たときのために、いつでも殲騎を召喚できる構えだ。人数が多いので全速力で走るわけにはいかないが、それでもできる限りの速さで山道を下りていく。
 フォーリスがちらりと振り返ると、先のグレイの殲騎は旋回しながら敵中へと向かっていく。
(「無事で‥‥。兄さん」)

「歩美様たちが、影の城周辺からお抜けになりました」
「よし」
 背中からの逢魔・計都(w3g208)の報告に、鷲羽・セイントビル(w3g208)は短くいらえた。狭いコクピットの中、背にしがみつく計都の腕がすこし緊張している。振り返るまでもなく、彼女の耳には今剣の形の耳飾りがあるはずだ。
 少しでも殲騎の力を高めるためとはいえ、逢魔にかかる負担はどれほどのものか。主様のお役に立てるならと、少女は幼い声でただ気丈に笑ったけれど。
「歩美さまに随行している皆様も、殲騎を召喚し始めたようです」
「とはいえ、彼らの出番がないに越したことはない」
 それまで沈黙していた『セイヴァリオ』の内部から、鷲羽らに思惟を伝えたのはクルハシ・マコト(w3e291)だ。影の城を足元に臨みながら、マコトは淡々と続ける。
「司である歩美がいれば、蒼嵐はいつかは再興できるかもしれない。そのためにも、絶対にここを通してはならない‥‥勿論歩美だけではなく、他の逢魔たちもだ」
「再興した城に民がいなければ、何の意味もありませんものね」
 わかっているというように、逢魔・アズライト(w3e291)がマコトの科白を補足した。
「戦いは嫌いですけど‥‥守るための戦いなら、迷いはありません」
 地上に潜み待ち伏せる不破・真人(w3d148)が告げると同時に、魔皇たちは前方に変化を認める。
「‥‥早速、来たようです」
 コクピット前面、外界を素通しに映すモニタのはるか前方から、前線の魔皇たちの防衛を突破してきたネフィリムがこちらに向かってくる。
 魔凱の助けがあるとはいえ、戦力があまりに違いすぎる。多少は突破されるのはやむなしと言えるだろう。討ちもらしが歩美たちに手を伸ばす前に、鷲羽たちで始末せねばならない。
 コクピットの中で、真人は背後の逢魔・薫(w3d148)を振り返る。
「薫‥‥ごめんね、負担かけて」
 鷲羽・計都ペアと同じく、彼らも物品によって殲騎をパワーアップさせている。遠慮して勝てる戦いでないことは承知の上だが、無理矢理力を高めたツケを逢魔に払わせるのは気が引けた。
「余計なことは考えずに、操縦に集中してなさい」
 叱咤する薫の声にしかし責める響きはない。だから真人も、うん、と素直に頷いた。
「来るわよ!」
 薫の声と同時に、真人はあらかじめ設置しておいたワイズマンクロックを起動させる。
 地面を揺るがす爆発が、そのまま戦いの始まりの合図になった。

「歩美さん。大丈夫ですか」
「へい、き‥‥」
 翔の呼びかけに、しかし歩美の吐息は荒い。紫の夜の儀式が、司や逢魔たちからどれだけの力をしぼりとるものなのかわからないが、ほとんど休む間もなく山道を歩かされるのは相当にきついのだろう。
「この先は勾配が急です。気をつけて」
 織姫の言葉に軽くうなずいて、翔は足元に注意しながら進む。と、なにかが感覚に引っかかった。
「来ます。皆さん、下がって」
 吐息。複数。下草を踏み荒らす足音が、研ぎ澄まされた感覚にやすりをかける。手中に魔皇殻を呼び出して、翔は油断なく身構える。
 前方からなにかが駆け登ってくる。
「‥‥‥‥!!」
 緑がかった褐色は、一瞬植物かと思われた。だが鋭い目と、蜥蜴めいた足と尾がそれを裏切っている。なによりもその大きさは、六、七メートルはあるだろうか。
「フォレストドラゴンです! みんな、散って!」
 正体を知った歩美が逢魔たちに指示する。固まっていてはブレス攻撃のいい的だ。
 ぶん、と振り回された尾を、翔は跳んでかわした。着地したところを、鋭い鉤爪が狙ってくる。腕に装着したデアボリングコレダーで受け止めた。攻撃を止めた腕まで、じんとしびれが伝わる。重い。
 気配は一体だけではない。翔たちを中心にして、サーバントたちが集まりつつあった。
「‥‥歩美さん。迂闊に動かないでくださいね」
 告げる翔の声にもさすがに緊張がにじむ。
 後方からは、ワータイガーが数体。逢魔らから引き離すために、竜雲が走る。走りながら、魔装の篭手を通じて腕の筋肉が大きくたわんだ。
 『限界突破』だ。
 爪の攻撃を竜雲は避けなかった。腕に浅くはしった傷から赤が散る。なぎはらわれたジャンクブレイドの圧倒的な重量が、ワータイガーを横なぎに吹き飛ばした。骨を砕く手ごたえとともに、一体が動かなくなる。
 巨大な刃を軽々と構えなおし、竜雲は残る敵を静かに睥睨する。
「‥‥来い」
 まとめて相手をしてやると、目が言外にそう語っている。

 舞い上がり、駆ける。
 中空を疾走する『ファイアーソウル』の機体が、残像を残してひとすじの帯となる。四足歩行の魔凱殲騎は空を力強く蹴って、そのまままっすぐに敵に躍りかかる。巻き起こした風で木々がもだえる。
 足止めのためにネフィリムが撃ち出した光破弾を、輝く装甲がはじき返した。
「湊っ」
 背後からの逢魔・ヴァルハート(w3e420)の呼びかけの意図は、ちゃんと搭乗者の功刀・湊(w3e420)にも伝わっている。殲騎のななめ上から打ち込まれる斬撃は、むなしく宙をかいた。
 同時に真シューティングクローがネフィリムの腕を裂く。可動部である関節は装甲がうすい。ちぎれた腕は剣をその手に握り締めたまま、くるくると回って落ちてゆく。
 得物を失ってネフィリムが後退するのを見て、湊はふうと息をついた。
「思ったよりは楽だね」
「皆が、うまくやってくれているんだろうな」
 ヴァルハートが意見を伝えると、そうだねえと湊も同意する。
 敵は、後方からの前橋神殿の軍勢だけではない。影の城付近には、大天使織田信長率いる名古屋メガテンプルムも陣取っている。やってきた方角から見て、先ほどのネフィリムはそちらの所属だろう。
 もっとも、対前橋勢、対信長勢、どちらもかなり善戦しているとみていい。前線を抜けて歩美たちのほうまでやってくるネフィリムは、数えるほどしかいなかった。
「このまま包囲を抜けられればいいんだけど‥‥」
「そうもいかんようだぞ」
 フォーリスの殲騎『カノープス』から、逢魔・クロスト(w3h094)が鼻を鳴らす。
「どういうこと?」
「下を見ろ」
 言われて地上を見やれば、さっきまではいなかったサーバントの群れがいる。翔や竜雲が善戦しているが、いかんせん数が多い。囲まれて収拾がつかなくなりつつある。
「そんな」
「今のところ彼らがなんとか食い止めているが、奉仕種族にはドラゴン級の大物も混じっている。俺達もすぐに救援に向かうから、お前たちも」
 注意力には限界がある。殲騎戦は規模が大きいぶん、細かいところまで目が行き届かなくなりがちだ。まして、自分たちが戦闘を行っている最中であればなおのこと。
「まずいじゃない!」
「湊、まだ来る!」
 逢魔の言葉に前方を見やれば、またもネフィリム。湊は一瞬逡巡した。サーバントは殲騎ならば簡単にかたがつく。だがネフィリムはそうもいかない。そして歩美の護衛の中で、魔凱を貸し与えられているのは湊だけで‥‥。
「ああ、もおっ」
 考えるのは苦手なのに。湊はぐしゃぐしゃと頭をかき回して、操縦桿を握りなおす。
「さっさとネフィリムをやっつけて、翔さんを助ける! ヴァルくん、行くよっ」

 翼を得たセイヴァリオは加速する。躊躇も遠慮もなくまっすぐに、敵中へと切り込んでいって一撃を見舞う。真グレートザンパーは神機巨兵の剣と弾きあい耳障りな金属音を打ち鳴らす。
「今よ!」
 薫の合図と同時に、真人は思考のトリガーを引いた。林にまぎれて移動させたワイズマンクロックが、敵の背後をとる形で爆発した。その隙を見舞って、マコトが次なる攻撃を見舞う。
「俺の名は来橋真」
 爆発の反動で泳いだ体勢を立て直そうとネフィリムが空中でもがく。セイヴァリオのダークフォースが得物へと収斂し、刃をうっすらと光らせた。そのまま。
「ただ一振りの、護り刀‥‥!」
 突きを繰り出す。狙いはコクピット。狙いは過たず、刃はそのまま胸部を貫いていた。搭乗者はおそらく即死、力を失った巨人はそのまま地上へと堕ちていく。一方の鷲羽もようやく敵を一体屠り、前方を見て舌打ちした。
「く、もう次が来たか。計都、歩美は」
「後方三百メートル! サーバントに囲まれています!」
「○○○○!」
 幼い逢魔への配慮なのかそれとも単に地が出たか、母国語で鷲羽が状況を罵る。
「クルハシ、不破、すまないが俺達は一旦彼らの上空まで移動する」
 計都の『忍び寄る闇』は自分を中心にして展開する能力。ここにいては届かない。歩美も使えるはずの能力だが、儀式で疲弊した彼女に期待するのは間違いだろう。
「わかりました。ここは食い止めます!」
 地上の木々の間から慎重に狙いを定めて、真人が真狙撃弾。関節を狙った一撃が、ネフィリムの脚部を破壊する。弾道から居所を特定したか、別の敵がゆっくりと旋回して真人に向かう。
「隠れるのも潮時ですかっ」
 マコトの殲騎がそれを食い止め、その間に真人は『刹那』を上昇させた。セイヴァリオのガントレッドが射出され、それを避けて敵が後退する。そこへ刹那のクロムライフルが追い討ちをかける。
「この先には行かせない。僕たちで守り切る‥‥!」

 真魔力弾。
 上空から発動されたフォーリスのダークフォースはまるで流星雨。落ちてきた星々はその圧倒的なエネルギーでサーバントたちを貫き、焼き、打ちのめす。
「今のうちに!」
 限界突破の効果時間が過ぎてくずおれた竜雲を支えたまま、翔が叫ぶ。逢魔たちはそれに応えて、ふたたび移動をはじめていた。体勢さえ立て直せれば、ほとんどのサーバントは殲騎の敵にすらならない。
 上空では、鷲羽の『スペードクイーン』から、計都の展開した忍び寄る闇が降りてくる。
 魔力によるまぼろしの闇が山の一角を押し包むと、サーバントらの動きが弛緩する。その力を跳ねのけたわずかな者達は、フォーリスの手によって次々と屠られた。
「もうッ。竜雲、しっかりなさい!」
 いつまで寄りかかっているつもりだと、翔が逢魔の頬をねじり上げる。
「もう少し頑張りなさい。これで、何もかも最後にするんだから」
 痛みで目が覚めたのかふらふらと自分の足で立った竜雲を放って、翔が走る。
 闇影圧が撃ち出されサーバントらを飲み込んだ。虚無の球体は光と熱とを吸い込み生命を削り、消え去る頃にはそれを放った翔が追いついている。
 ばちりと雷撃が爆ぜて、獣人が次々倒れた。その様子を認めて、竜雲もあらためてジャンクブレイドを構えなおす。聞こえないと知りつつ、魔皇への答えを告げながら。
「‥‥最後なのは、戦いだけだ」
 魂の縁は、いつまでも消えることはない。
 歩美たちが今度こそ、サーバントの包囲を抜けていく。あらかたのネフィリムを倒した湊らも、サーバントの掃討に加わっていた。
「頑張って。このまま下山します!」
 麓はすぐそこだ。翔のあとに続く歩美がふと後ろを振り返り、悲痛げに顔をゆがめた。
「城が」
 影の城の尖塔のひとつから、ほそく煙が上がっている。見張り用の窓から立ちのぼるのは炎だろうか。東京の魔皇部隊『リユニティ』のために、魔皇のひとりが火をつけたのだ。
 こうなることは事前に連絡を受けて知っていた。あの程度の火で影の城が全焼するはずもない。だがそれでも、我が家のように思ってきた城が燃えるのを見るのは辛い。
「やっぱり、この殲騎は不吉なのかな」
 カノープス。一説によれば暴風雨の前兆とされる星の名を冠する殲騎のことを、フォーリスはそんなふうに口にする。
「馬鹿なことを言うな」
 それをクロストがひとことで一蹴した。
 そんなことを言う暇があるならば、やるだけのことをしてみせろ、と。
「不吉の星、カノープスよ。たまには、俺たちの敵に不吉を運んでやれ‥‥!」
 そうして、次なるダークフォースが撃ち出される。

●ファイナルステージ
 殲騎を送還すると同時に、背中の逢魔の手から力が失われる。
 気を失った薫の体を真人は抱きとめる。無理に強化された殲騎を操るのは、彼女には相当な負担だっただろう。見れば、鷲羽の計都も倒れかかって、魔皇に抱き上げられていた。
「無事に‥‥逃げきったようですね」
 総じて見れば、ネフィリムの数は予想よりも少なかった。前線部隊が命がけで持ちこたえたおかげだろう。一時はサーバントの襲撃で足並みが乱れかかったが、それも魔皇たちの力でどうにか掃討し、目立った重傷者もなし。彼らにとってみれば、大戦果といっていい。
 麓まで降りた歩美たちは人化して、様子を見ながらそれぞれ散開することになっている。
「‥‥他の連中も、無事ならばいいのだがな」
「大丈夫です‥‥きっと」
 己に言い聞かせるようにして、真人は腕の中の薫の髪を撫でる。いつも凛とした表情の彼女も、今はされるがままになっている。彼女がいなければ、自分だって今頃はどうなっていたことか。
「いつも、世話になりっぱなしだよね‥‥ありがとう」
 そっと逢魔に唇を寄せた真人のことを、鷲羽たちは後ろを向いて見ないふりをした。

 この日、旧蒼嵐『影の城』周辺において、神帝軍と魔皇らの大規模な戦闘が行われた。
 これまでの『紫の夜』の例をあげるまでもなく、この戦いも激戦となった。負傷した魔皇たちも多かったが、烈皇タダイ率いる名古屋メガテンプルム、および地元である前橋テンプルムは大打撃を受ける。
 この戦闘によるものか影の城が一時炎上したが、幸い尖塔のひとつが消失したのみで消し止められた。
 なお『紫の夜』を発動した歩美は、前橋テンプルムの放ったサーバントを辛くも逃れ、包囲を抜けて逃亡しているという。