■【AZATOTH】HERE I AM■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオEX |
クリエーター名 |
高石英務 |
オープニング |
「それは、本当か?」
男の問い返しに、少女は目に涙を浮かばせて、大きくうなずいた。
「‥‥お父さん、出てっちゃった‥‥やらなくちゃいけないことがあるって‥‥」
「まったく、あの人は‥‥」
少女の泣き声に慶四郎は大きく頭をかくと、しゃがみながらその頭を撫でてやった。
名古屋へ向かう特急を乗り換える間、駅で、アーミテージ教授は一枚の写真を見つめていた。
その写真に写っているのは数名の学生。写真自体は古ぼけていて、いつ撮ったのかはわからない。
その中に写る一人の少女を見て、教授はふたたび息をついた。
「‥‥君は」
髭の奥から温い風の中、男はつぶやく。
「君は、本当にこれでいいと思っているのかね?」
だが写真は何も答えることはない。
「やっかいなことになった」
福井の喫茶店で声をひそめて、探偵・神宮慶四郎(w3z042)はため息をついた。その横では泣き疲れたのだろうか、アーミテージ教授の娘、カミュがソファに寄りかかり、すやすやと寝息を立てている。
「先日は災難だったな。まさか権天使が出てくるとは‥‥蛇神の珠姫の嬢ちゃんはこっちの方に引き取ってはいるが、本山はどうなったかわからん。目下の所調査中だ。
他は、今のところは被害は出ていないが‥‥」
慶四郎は先日の事件後の経過をざっと説明し、そして魔皇たちを見て本題にはいる。
「しかし今回の問題はさらに別だ。
先日、こちらの方に避難してきたアーミテージ教授だが、彼が突然姿を消した。カミュの」
と、ちらりと男は少女を見る。
「言う所によれば、『お父さんはやることがあると言って名古屋に向かった』‥‥だそうだ」
そこまで告げて、男はくわえていた煙草をねじ消した。
「どうやら、福井テンプルムに務めていたころに会っていた誰か‥‥グレゴールに会いに行くつもりらしい。‥‥一体、なんのつもりだか。福井はテンプルムが落ちて、平和な雰囲気になってきているのだから、そのまま住んでいればいいのにな」
自嘲気味に男は告げると、新しい煙草を取りだして、ライターを捜してポケットをまさぐった。
「こっちはちょっと取り込んでいてな。そのため彼に目が届いてなかったのはミスではあるんだが‥‥ただ、最近名古屋に不穏な動向がある。裏切り者がいるとか言う噂も、ささやかれているような状況だ」
なんとか探し出したジッポで火をつけて、煙を吸い、うまそうに吐き出すと、慶四郎は話を続けた。
「そういうわけであんたらに頼みたいのは、教授の捜索と、他の密の現在の状況。これを名古屋まで行って確認してきてくれないか? まあ彼らには、いざとなったら福井に来い、という話をするってことだがな。もちろんそれ以外にも‥‥前回奪われた精霊の組織。異様にきな臭い。
また権天使が出るかもしれないが‥‥ギガテンプルムも落ちたんだ。無理だけはしないようにな」
「さってと」
女は暗い部屋の中、モニターのバックライトに顔を照らされながら、うるさくキーボードを叩いた。時折口にパンを加え、横に立てられたレポート用紙を繰りながら、その数値を確認していく。
「あちゃー、計算間違いっすか」
「大変なご様子ね」
白衣の女が髪をかきむしった隣、赤いスーツの黒髪の女は、嘲笑うようにため息をつく。
「それで、間に合うのかしら」
「もう、間に合ってますよん」
瓶底眼鏡を直して得意そうに女は返すと、そのままマウスを操作、一枚の図面を呼び出した。
「今のはシミュレート。既に、工程には入ってますって」
「ならいいのだけれど‥‥くれぐれも、ミスはないようにね」
「へいへーい」
ほんとにわかっているのかどうか分からない返事を返す白衣の女に、赤い女は肩をすくめて部屋を出て行った。
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シナリオ傾向 |
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参加PC |
篠原・和樹
二神・麗那
軍部・鬼童丸
神木・秋緒
夜城・将清
須藤・明良
紬・玄也
風見・真也
路方・夏輝
桜井・信司
ディアルト・クライス
佐伯・宿儺
瓜生・巴
高瀬・涼哉
ティルス・カンス
クラウド・クレイドル
物部・百樹
六儀・蒼華
火宮・ケンジ
レンブラント・デューラー
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【AZATOTH】HERE I AM |
「こうした方がもっといいかもぉ」
「ちょっと髪が短いかなー」
「‥‥」
部屋の真ん中にちょこんと座らされ、物部・百樹(w3g643)と逢魔・夜刀(w3d846)にいじられているのは、戸惑った表情の軍部・鬼童丸(w3a770)。なぜかピンクのフリルドレスを身に纏い、メイクにリボンと飾り付け中。
「‥‥おい」
「はい?」
無表情に壁の花、ディアルト・クライス(w3d349)と桜井・信司(w3d126)に少女が声をかければ、やっとの事で目を合わせ、表情を固くする男二人。
「‥‥なにか、言ったらどうだ」
「あ、ああその」
ほおを膨らませての問いにぎこちなく顔を見合わせると、張りついたような笑みを二人は浮かべる。
「いや、なかなかどうして、似合ってるじゃないか」
「‥‥うむ、可愛いではないか‥‥」
『‥‥ハハハハハ』
「‥‥」
「はい、女の子がそんな顔しないの」
「む」
二人を睨みつける鬼童丸の視線を直しながら百樹がメイクを続ける中、かちゃりと扉が開けられた。
「さてあんた‥‥」
篠原・和樹(w3a061)と話しながら戻ってきた神宮・慶四郎(w3z042)の表情がふと、固まる。
「ふふ‥‥どうだ、鬼童丸のお洒落は。可愛いだろう?」
和樹はそして満面の笑みを浮かべ、鬼童丸の真っ赤な顔を見つめた。
「わざわざ新宿で買ってきたのだ、お前のた‥‥」
「いや、これは‥‥べ、別にお前の為じゃないぞ!」
椅子から立ち上がりざまの少女の言葉に、部屋とフリルがひらひらと揺れる。
「人の事を煤けたのなんだのと言ってくれたからな、見返す為だ!」
「かわいいな‥‥よく、似合ってるじゃないか」
一同の苦笑が響く中、慶四郎は帽子を直しつつ和樹の肩を叩き、そして鬼童丸の頭を撫でる。
「しかし、一緒にお買い物たあ、やるねえ、お二人さん?」
『‥‥はい?』
「九州の話は聞いた。そこまで仲が進んでるとはな。まあ、幸せに‥‥」
「‥‥あー!」
爽やかに笑みを浮かべ、和んだ瞳で語る慶四郎に、鬼童丸は服を脱ぎ捨て叩きつけつつ、下にはいつもの身軽な服。扉へ走りざま信司に一発くれてやると、そのまま少女は吐き捨てる。
「こんな服、動きづらいしやってられるか!」
「‥‥ちょっと、ないんじゃないか」
目から火花を出しつつ信司は慶四郎につぶやくと、逢魔はぎしりと机に座る。
「‥‥何思ったか知らんが、色々と窮屈そうだったんでな。ああ怒ってた方があいつらしいし、それに」
「それに?」
「逢魔と魔皇で、だが主と僕じゃない。懐かれるのは嫌いじゃないが‥‥一線は、な」
「‥‥そういえば」
「‥‥仕事の話をしよう。ある人物から、提供された極秘ファイルだ」
視線を隠し和樹の尋ねを遮って、慶四郎は棚から数冊のファイルを取り出した。
「巫女さんと一緒に撮った写真があるぞ!」
「ほんと?」
「見せて見せてー」
と逢魔・燐炎(w3e984)が掲げた写真には、どこで撮ったのだろうか、男装巫女の写真が一枚。それに顔を覆いつつ、高瀬・涼哉(w3e984)は仲良く遊ぶ逢魔・ほのか(w3c718)とカミュを見つめる。
「どうです」
「今は落ち着いてるみたい」
「同じくらいの子がいたからな」
問いに少女の様子を書き込んだノートを瓜生・巴(w3e938)と涼哉は確認しつつ答えると、気づいたカミュはこちらにやってきた。
「カミュちゃん、大丈夫?」
「うん!」
「少し聞きたいことがあるんだけど‥‥お父さんのことなんだ」
悲しそうな顔をする少女と目線を同じくし、頭を撫でて、信司は静かに言葉を紡ぐ。
「どんなかっこで行ったとか、なにか変わった所はなかったかとか。お父さんを捜すのに必要なんだ」
「‥‥うん」
ややあって、眉を寄せてうなずくと、紙とクレヨンを目の前にカミュは張り切りだす。
「福井から名古屋へ行ったグレゴールは‥‥わりといるみたい」
「特にアザゼル系は軒並み、か。ハスター配下の武闘派も引き抜かれてる」
ずらりと並んだ写真なし、十数人の名前に、涼哉と巴は頭を抱える。
「理恵さんとは連絡つかないか‥‥」
「ねえ、あのさ」
信司が手詰まりと息を吐き、カミュのお絵かきが10枚に達しようかというころ、逢魔・透華(w3h739)が顔をのぞかせた。
「教授の部屋から、こんなものが出てきたんだけど」
それは、一枚の古ぼけた学生たちの写真だった。
「あー!」
「どうしたの?」
スキャンされ、それらしくプリントされた偽物の写真に、カミュは小さく声を上げる。
「これぇ、このめがねのお姉ちゃん、お父さんが、名古屋に行く前によく会ってたよ?」
「眼鏡で、女? ‥‥いた!」
瓜生のペンが、ノートに大きく線を引いた。
「毎回思うんだが」
杜撰に並べられた棚をにらみ、須藤・明良(w3b343)は半目でつぶやいた。
「機密事項にしろ、調査内容にしろ、曖昧で適当すぎないか?」
「そう言われてもな」
もっともな指摘に、しかし慶四郎は煙草の灰を落とすだけ。
「密ってのは魔皇のいなくなった奴か魔皇がまだいないか‥‥そういう奴らがボランティアでやってる。基本は素人で、情報を集めて流伝の泉に流すのが主な役目だ。それにこれほどの神魔の抗争は経験しちゃいない」
「なんにしろ、そちらの評価は知らんが、名古屋の密は槍の頃からタダイの手を焼かし続けていて、敵さんが喉から手が出るほど欲しがっている類だろ」
明良は机を叩き、そして男に詰め寄った。
「だから、リストに関しては名古屋で準備して、一括管理にしたい‥‥チェック役に俺が残ろう」
「まあ、ありだろうね」
埃の臭いに辟易しながら、レンブラント・デューラー(w3i313)はうなずく。
「内通者のあぶり出しも兼ねて、だね?」
「もちろん」
「そこで尋ねたいことなんだけど」
明良と視線をかわし、そして男は逢魔に尋ねる。
「一つは裏切り者について。それはこちらに居ると言う噂なのかな?」
「多分、な」
慶四郎は答えざま、百樹が繰っている極秘情報‥‥クラウド・クレイドル(w3g548)から手に入れた、名古屋の神帝軍のこれからの行動が書かれたファイルを見やる。
「それを提供した人物は出所は話せないという。どこも神魔で手を結ぶか、退くか、戦うか‥‥混乱しているが、ここまで確度の高い情報なら、そう考えるしか、な」
「さて、どうしたものかな」
優雅に髪を整えて、男は一同を見やった。
「私としてはこのまま泳がせておくのも手だとは思うのだけれどね。今回の件で余裕があれば監視をつけておいて。どこまで本気なのかはわからないけど、用心のために」
「それなら」
工具を置き、手にした携帯の蓋が閉まったことを確認して、和樹は静かにつぶやく。
「私がやろう。前々から気にはなっていた」
「なら、それは終わり」
ディアルトと視線をかわす男にうなずくと、表情を険しくしながらレンブラントは話を続ける。
「それからもう一つはギアスについて」
「ギアス?」
慶四郎は耳慣れない言葉に眉をひそめる。
「先日お話しした恵嬢。彼女にはどうやら制約、いや、呪いに近いような物が施されているようでね。本人の心次第で打ち破れると言う話も聞いているが、本当にそれなのか解らなくてね」
「難しい所だな」
探偵は新しい煙草を取ると、それに火をつけ、一言つぶやく。
「グレゴール自体、今回の戦いで現れた新しい奴らだ。それ関連だと過去の事例はないな」
「ともかく」
思った通りなのか苦笑を浮かべ目を伏せて、レンブラントは静かに返した。
「詳しい状況を話すから君の記憶とかけあってみてはくれまいだろうか?」
「さてと」
名古屋駅の構内、逢魔・ロンベルディ(w3b375)から地図を受け取り、自分の記憶に叩き込みながら、紬・玄也(w3b375)は一同を見回した。
「教授捜しは別の奴らに任せるとして、密の方を探しに行くか」
「結構、あるみたいよね」
「‥‥4方向、名古屋駅、大須、本山、金山だな」
逢魔・ディルロード(w3a289)が祖霊の声を聞き、地図上を確かめると、二神・麗那(w3a289)は渡された資料とその位置を照らし合わせ、確認する。
「じゃ、僕たちは本山の方にいこっか」
「名古屋駅は?」
「そうだな」
ロンドの提案にうなずき、地図を見終えて細かく破り捨てると、ティルス・カンス(w3g025)の問いに男は一つ唸る。
「巴たちは名古屋駅近くで教授を捜索するようだから、ひとまずはいいだろう」
「なら、金山か」
「それならお‥‥!」
話しつつ、風見・真也(w3b577)が鬼童丸から直接受け取った資料を確認すれば、ねっとりといちご味の練りはみがきが乗っていた。
嘆息し、地図の内容を覚えたその端から紙を口にする男に、一同は苦笑する。
「‥‥まあ、約束だしな」
「‥‥証拠隠滅には、いいじゃないか」
そうして魔皇たちは、それぞれが調べるべき場所へと散った。
「まったく」
名古屋駅で聞き込み、タクシー乗り場を臨んだ巴は、帽子を下ろしてつぶやいた。
「どうやら、怪しい外国人を乗せたタクシーはないようだな」
「ストップ」
直接的な謎聞き込みのあと、鋭い声に逢魔・バトモス(w3e938)は止まると、魔皇は瞳を見せる。
「どっちが怪しい?」
「むろん私だ」
「‥‥正解」
「ねーねー」
悪びれた様子のないその声に重ねるよう、百樹がやってくると、二人の剣呑な様子にきょろきょろとする。
「ねえ、なにか、教授の手がかりはぁ?」
「今のところ無いわ」
答えて巴はピンぼけの写真を懐から取りだした。それは、ビン底眼鏡をかけてお下げにした少女が、どっかで見たような男と一緒に立っている集合写真。
「古代一子。福井でハワードの手伝いをしてたグレゴール」
「こいつに、教授は会いに行ったのか」
「会ったことないから、微妙かな」
目立たないよう、デート風味に変装した夜刀は逢魔・敬助(w3g643)の手に腕を回し、その感触に男は少々頬を染める。
「この辺じゃ収穫はない、か。神殿近くまで行ってみる」
「じゃ、あたしも。デートのお邪魔はいけないわよね」
「‥‥誰がだ!」
男一人、それ以外はその慌てた表情を肴に、周りは笑みを浮かべた。
「いらっしゃい」
「久しぶりだな」
清洲の経済特区にある工具店イシュタル。その店主であり密の虎の目は、入ってきた客に声をかけ、欠けた歯を見せる。
「なんだ、あんたかい」
「今日も、またやっかいな用事があってな」
夜城・将清(w3a966)は苦く微笑むと、勧められたがたつく椅子と灰皿を手に、老爺に尋ねかける。
「最近、独自の考えに基づき、グレゴールと接触を持ってる密がいるらしい。そいつがどんな情報を得てるか知らんが、確認しなくてはならない」
「そりゃ、大変だな。福井の慶四郎の坊主かい」
「知ってるとはね」
ライターで火をつけ、逢魔の答えに夜城は軽く灰を落とす。
「山中の嬢ちゃんとあわせて、やんちゃな時分に面倒見てやったこともあらあな」
ぬるい珈琲を二つ差し出し、そして男は自らのカップに一口、口つけた。
「まあ、問題はなかったと報告できるのが最上だがな‥‥」
「難しいねえ。昨年夏の、槍の金山封鎖は知ってるかい」
「噂はな」
「あれ以来、追い散らされた金山密の奴が、こそこそしてる、ってのは聞いたことがある」
「ほう」
頭をかき、声をひそめて逢魔は男に耳打ちすると、夜城は興味深げに目を細めた。
「オイ」
「‥‥はい」
外で見張っていた逢魔・氷霊(w3a966)は呼び出しに、怒ったような顔で応じて店に入った。
「金山の方だ。覚えておけ」
「わかりました」
「大切にしてやれよ」
「これで、十分だ」
女の表情に目を細めて喉で笑う逢魔を見て、将清は氷霊を先に行かせると、立ちつつ思い出したように写真を取り出し、机の上に置く。
「こいつも探してる。調べてくれると助かる」
「ま、期待はすんな?」
「というわけでだ」
ハンバーガーをぱくつく逢魔・千早丸(w3a770)の横、鬼童丸はひっつかまえた名古屋駅前密の蔵谷祥子に声をかける。
「あのバカ教授の髭を抜くために、探し出さなければならんというわけだ」
「それ、なんか違うような気がするんだけど」
祖霊の声に耳傾けながら、周囲の様子を探る逢魔・カンナ(w3d126)は、ジュースを手に苦笑混じりにつぶやくと、一方祥子はポテトをひとつまみ。
「まあ、がんばって探してみるけどさー、基本的に、名古屋駅のとこは噂収集だけなのよねー」
「それなら、こっちの‥‥古代一子、ってグレゴールは知りませんか?」
「聞いたことない、かな?」
「役立たずめ」
「なんで俺なんだよ!」
八つ当たり気味の鬼童丸の視線に一声あげてため息つくと、信司は写真を手に、言葉を続ける。
「福井の方から来てるはずなんだけど‥‥」
「それならわかるかも‥‥あ、研究職っしょ?」
PDAをさくさく操って情報検索すると、祥子は現れた内容を読み上げた。
「そう」
「この辺じゃなくて、本山の方かな。大学あるでしょ? そこの一室、借りてるみたい」
「行ってみるか‥‥くれぐれも無理はするなよ?」
「うん、注意は回ってきてるしね。まだ、愛しの魔皇様にも会ってないのに、死ぬわけにはいかないもんねー。でしょ?」
そううっとりとつぶやくと、祥子はカンナと信司に向けて軽く、ウィンクして微笑んだ。
「あのなあ」
地下鉄から降り、名古屋大学構内を歩いて涼哉は、燐炎の様子に肩をすくめる。
「言った通り、そんな生き物が名古屋にいるわけないだろう」
「確かめてこいって言われたんだから、しょうがねえだろ!」
燐炎は妹の言葉に従い、サーバント? を探していた様子だが、もちろん見つかるわけもなく。現在はその手に土産包みを提げながら反論、周囲をぐるりと見回した。
「ところで、ここでほんとにいいのかよ」
「多分な。野良犬たちの動きからすると、ここじゃないかと思う」
地下鉄に乗る前、自然の心で呼び寄せた野良犬に教授の臭いをかがせて、行方を捜させた結果を分析した涼哉は、逢魔の言葉に冷静に答えた。
「お前たちか」
「やはりここに来ましたね」
と、二人の前に現れたのは、いつも通りの和服の六儀・蒼華(w3h404)と、ほのかの手を引く路方・夏輝(w3c718)。少しばかり人目を気にしながら、一同は歩いて言葉を交わす。
「どうです」
「グレゴールも、教授も研究者。当然臭いな。証拠はないが、確証はある」
「それは言いすぎですが」
攻撃的な蒼華の言葉を夏輝は苦笑すると、逢魔の頭を撫でながらつぶやく。
「直接は確認していませんが、本山密に教授は身を寄せていたわけですし、グレゴールも研究職。接点は必ずあるでしょう‥‥勘ですけどね」
そうして構内を歩くのんきな学生たちを眺めながら、路方は肩をすくめた。
「‥‥近くに、紅茶かコーヒーか、なにかちょっとした喫茶店は?」
涼哉が提案し、周辺の地図を開くより先、夏輝は背広の内から手帳を取り出し、メモに目を通す。
「調べてありますよ。昼も過ぎました、これから、一緒にどうです?」
「紅茶に、珈琲ね」
男の提案に蒼華は少し不満げな顔、そして魔皇たちは足を本山へと向けた。
「なんとか、着いたようだな」
地下鉄を通って大須商店街に到着した真也は、不慣れな地に着いたばかりで地図を食べてしまったことを少し後悔しつつ、安堵の息をつく。
「あんな約束するから」
「‥‥あれを反故にする方が、もっとヤバイだろう」
「‥‥ですね」
逢魔・シャドウセン(w3b577)とともに苦笑を浮かべると、活気ある――とは言っても、神魔の戦いが始める以前と比べれば、それはうわべだけの活気に過ぎないが――商店街を歩いてみる。
「福井の状況も、名古屋の状況も。蒼嵐も、それ以外の隠れ家も‥‥これからどうなるにせよ、頭が痛くなりそうだな」
「大丈夫です。真也様は、今までだって無茶を何とかしてきたじゃないですか」
今までの戦いとささやかれる噂、そして今回の依頼のことに思いを馳せ、ため息をつく真也にセンはにこりと微笑み、その手をそっと握った。
「‥‥あれは?」
「あ」
真也は先行し、学生服に身を包んだ神木・秋緒(w3a833)と逢魔・黒羽(w3a833)を見かけ、声をかけると、にこりと少女は微笑み返す。
「そちらはどうだ。迷うかと思ったよ」
「こちらであっております。これから、秋緒‥‥さんと大須密へ」
「‥‥そりゃ、運がいい」
魔皇の視線に気遣いながら、丁寧に黒羽が告げると、一同は連れだって商店街の一角にひっそりと建つ、古本屋へと足を向ける。
『そういうわけで、大須には伝えたけど』
「了解」
真也からの連絡、途中で秋緒に代わって告げられた状況を、玄也は頭に入れると、目の前の様子に嫌な思いを巡らせる。
『本山はタダイ一人にやられたみたい。もちろん、全員がってわけじゃないけど』
「今、目の前だ」
蹴り破られた居酒屋の扉を見つめて顔をしかめ、ロンドに注意をうながすと、玄也は携帯をしまい中に入った。
まだ来ている電気をつけると、中は思ったほどは荒らされてはいない。営業中であれば、泥酔客が暴れたくらいだろうか。
それだけに店内は異様なほど静かに思えた。
「望みが、あればいいんだが‥‥」
その時生まれた殺気に即座に玄也はシルバーエッジを抜き放つと、一合受けて距離を取り、一気にその他の魔皇殻を召喚してDFを用意する。
「‥‥あら?」
「‥‥理恵さん、か?」
男の目の前で和服の裾を絞り、包丁片手に構えて睨む女に、玄也は静かにつぶやくと、もと本山密の山中理恵はころころと笑って包丁をしまう。
「いけませんわ、神帝軍の方かと思いまして」
「あんた、無事だったのか」
「はい、逃げるだけで手一杯で。それ以外のこともありましたし」
理恵はとりあえず二階へとうながすと、その座敷でおかまいもしませんでと微笑む。
「教授が、こちらに戻ってらしたので?」
「そうなんだ。なにか知らないか?」
「存じ上げておりませんわ。少し、調べることがありましたので」
玄也の問いに残念ながらと、女は頭を振ると、周囲を警戒し、そっと一言、耳打ちする。
「‥‥名古屋で、裏切りの気配があります」
「!」
「一部の魔皇、逢魔が戦いに疲れたのでしょう。命さえ助かればと独自路線を取り、落としどころを探しているようです」
「バカな‥‥名古屋でそれはあり得ない」
「ですから、秘密裏に事を進めている、ごく少数です。やっとその動きがあるとつかんだくらいで」
玄也の否定にうなずきながら、理恵の静かな返答に、男は逢魔と顔を見合わせた。
「‥‥こいつは予想以上に、厄介なことになってるかもな‥‥」
「無事なのかな、密の人たちは」
「動いている所は大丈夫だろうが、な」
金山の駅前に降り立ち、逢魔・ユリア(w3g025)のつぶやきに静かに答えると、ティルスは周囲を見回した。
数ヶ月前、槍と呼ばれた対魔皇部隊により閉鎖され、密が摘発された街は、今ではその争いの爪痕も少なくなり、ごく普通に時間が流れている。
そんな静かな時間を割くような、携帯の着信音。
『ちょっと、ヤバイかも』
その第一声は、火宮・ケンジ(w3h739)のためらうような言葉だった。
「どうした」
『今どこ? 金山? ホラ、槍の話って出たじゃん。だから、前の、放棄された金山密の辺りに来てんだけどさ‥‥』
「‥‥まさか」
『活動してるみたい。今、人はいないけど』
ティルスは嫌な予感が当たったと、ユリアに目配せし、金山密のあった方向へと足を向ける。
『ちょっと、どういうこと? 金山って動いてないんでしょ?』
「そのはずです。少なくとも私たちが知っている限りでは」
状況を中継し、麗那に伝えたユリアは、魔皇と目配せしつつ、その言葉を強く肯定する。
「とりあえず、なにかある前に戻ってこい」
『オッケー』
携帯を切り、足を速めて密があったはずのアパートへ向かう二人。
「一体、何を考えているんだ‥‥」
玄也からの忠告の連絡が入ったのは、それと交差する時だった。
身だしなみを調えた一子は、コンビニの帰りに遠出して、いつもの喫茶店に向かっていた。
名古屋に身を寄せてからは行きつけにしている喫茶店。最終検証で根を詰めてばかりなので、たまにはいいだろう。
「おや」
「‥‥!?」
その声に振り向いてみて、一子は即座に顔をしかめた、目の前にいるのは魔皇‥‥いや、それよりもやっかいな存在だったというべきか。
「一子さんですか、奇遇ですねえ」
「あんたの勘の良さは、嫌になるっすね」
「まあ、そう言わないで」
偶然の固まりとも言える佐伯・宿儺(w3d846)はそうして、このグレゴールの横について歩いた。
「名古屋にいらしてたんですか。でも、高校以来ですね」
「‥‥そうっすね」
仏頂面でグレゴールは答え、足早に去ろうとするも、器用に男は歩みを合わせて離れない。
「僕の作った文化人類社会研究会を、部に昇格させてくれたのも、一子さんのがんばりがあったからですしね。今は、どうされてます?」
「‥‥あのあと、留学して、今は先生についてる所」
「ああ、、研究中だったんですか」
ペースに巻き込まれ、結局その場で立ち止まって話すことになったグレゴールは、魔皇の相変わらずの態度にいらだちを覚える。
「何を学んでらっしゃるんです」
「‥‥それ、聞く?」
「アハハ、そうでしたね」
眼鏡の奥の瞳を見えないよう、鋭く一子は突っ込むと、宿儺は笑みを変えずに照れてみた。
「と、そういえば」
ふと思い出したように宿儺はつぶやくと、じっと女の顔を見つめる。
「すっかり忘れてましたが‥‥卒業式の次の日、呼び出しましたよね?」
「‥‥ええ」
「結局、引越しの関係で僕がすっぽかしたわけですが。何で呼び出したんですか?」
とりあえず、女はそれに答えずうつむいたまま。
「単なる興味本位の質問で悪いとは思いますが」
「‥‥本気で、言ってる?」
「ええ」
その返事の瞬間、弁当が入ったコンビニのビニール袋が唸りをあげて、男の頭を叩いた。その衝撃によろめいた宿儺を残し、女はそのまま、走って去っていく。
「あ」
その後ろ姿を見つつ、宿儺は頭をかき、飛び散った弁当をヤレヤレと片づける。
「答えてもらってませんのに‥‥」
「あのタコ! 今頃、なんのつもりよ‥‥」
「一子くん」
くしゃくしゃになった感情を整理しようと喫茶店へ向かう途中、初老の男が静かに声をかける。
「アーミテージ、教授」
「元気かね」
「はい」
周りに数名いる、写真だけでなら見たことのある魔皇たちも確認して、女は警戒した答えを返す。
「まだ、あれの研究を続けているのか」
「教授もわかってるでしょ」
冷たく、女はその問いを突き放した。
「ハワードが残した研究‥‥もしかしたら、人は神になれるかもしれない。あれが完成すれば、きっと、人の起源もわかる‥‥」
「バカなことを」
思い詰めたような女の答えに、教授は静かに頭を振る。
「あれは、あの男の狂気の産物だ。あの男でなければ理論の飛躍と最終的な成就はあり得ない‥‥届かぬ知恵の実に手を伸ばし続けて、周りにどれだけの被害を与えるかわからないんだぞ、現に福井ではあれが起動し、権天使も」
「でも教授」
強く説得しようとする教授に、さみしそうに一子は答えを返す。
「教授は、周りに危険をばらまくから、サーバントを調べるのをやめろ、って言われたら、やめますか? それが、研究者でしょ?」
言葉に目を逸らし、沈黙したのが男の答えとなった。
「一子さん」
沈黙を破り、夏輝は静かに女に申し出る。
「このことであなたの立場が危うくなるかもしれません。一緒に、来ませんか?」
「‥‥無理っすよ。あたしらには、グレゴールには『制約』がある」
「制約?」
聞き慣れない言葉に蒼華はつぶやき返すと、女は静かにうなずいた。
「ギアス。グレゴールとなる時に、深いレベルで埋め込まれた制約。ファンタズマを通して管理される、上なる天使がかわらない限り。自ら忠誠を誓った聖鍵戦士はその神の束縛を破れないっす。死か、あるいは服従か」
「しかし‥‥」
「このへんにしときましょ?」
一子は涼哉の声を遮って、にこりと笑う。
「そんなわけだから、敵とこれ以上馴れ合ったって、何もいいことはないっすよ?」
『どうだ、少しは信用してくれたか?』
携帯に男の声が響く。それに応じるは、訛りのある日本語。
『マア、ね。アナタが本山ヲ教えてくれナケレバ、タダイサンから大目玉デシタヨ』
『‥‥人に、術をかけて聞き出すのは、マナー違反じゃないか?』
『マアマア』
電話の向こうの声にため息をつくと、とりあえず男は本題を切り出した。
『それでだ、我が物顔でテンプルム内を歩かせろとは言わんが、せめてタダイ様の配下の聖鍵戦士には融通が利くようにしてもらいたい。その代わり、魔皇の首をくれてやる』
『大キク、出ましたネエ』
口笛を一つ鳴らし、電話の向こうでは嘲り声。
『不意をつけば俺にもできないこともない。が、確実に討つために聖鍵戦士は‥‥その口ぶりだと、無理だな』
『エエ、さすがに、タダイサンにバレルと、やばいんデネ』
『ならサーバントで良い。何体か貸してくれないか』
『考慮はシマショウ。期待はシナイでクダサいよ?』
『お互いのいい関係のために、そう願いたいものだな』
「奴も、あの猟犬と同じか」
漏れ聞こえる盗聴機の声に、和樹は静かに煙草を消した。
「始末しよう、後顧の憂いは絶っておくに限る‥‥何より、あのような思いは、二度とごめんだ」
「‥‥気持ちは分からんでもない」
過去の戦いを思い出しつつ、ディアルトは男の口調をたしなめる。
「だが‥‥今しばらくは待とう。まだ、奴は利用できる。価値が無くなるまでは、好きに泳がせておいても良かろう?」
「なるほど、獲物は肥え太らせて狩る、か」
「そう言う事だ‥‥下手な三文芝居に付き合うのも業腹だが、舞台から降りるまでの夢、精々派手に踊るが良い‥‥そう思えば気も紛れよう?」
「そうだな」
目を伏せ、男の提案に応じると、和樹とディアルトは冷えた笑みを浮かべた。
「では裏切り者の野良犬に、道化がどちらか思い知らせてやろう。報酬は最後に命で払って貰う事になるがな‥‥」
「結局、こちらに動きはなしか。つまんねえ」
無駄になったトラップを思い返しながら、明良は慶四郎の事務所で腐ってつぶやいた。
「それよりも、やっかいなことがあるな」
慶四郎はそんな女の頭を叩くと、涼哉と真也に瞳を向ける。
「金山の動きがわからない‥‥大丈夫なのか?」
「密は、福井か清洲に逃れるよう、告げてはきてある」
「今はそれでいい。名古屋はきな臭すぎる。‥‥奴は?」
「彼なら」
デューラーは男の視線に含むように笑った。
「しばらく、泳がせておくよ。その方が都合がいいということらしい」
「うまくいけばいいんだがな。あとは、こちらでやっておく」
「さてと」
明良は話が終わったとばかりに、一同に笑いかける。
「そろそろ、騎兵隊の出撃と行くか?」
「十分な時間があって、よかったな」
「それよりも、問題はギアスじゃないか?」
「やっかいなことになりそうだね」
女の呼びかけに涼哉と真也、そしてデューラーは応じると、今福井に迫りつつある破壊の手を止めるべく、学院への応援に旅立った。
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