■信州戦国絵巻 第二幕『前世来世』■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオEX |
クリエーター名 |
松原祥一 |
オープニング |
●長野テンプルム
「‥‥‥」
背中を壁につけて足を前に投げ出し、神殿には場違いなセーラー服姿の黒髪の少女が座っていた。腕を動かせば、両手の手錠が乾いた音を立てる。鉢伏山基地の責任者である北條朱鷺は、魔皇を逃した罪で幽閉されていた。
「北條様、何故このようなことに‥‥」
導天使は格子の外で不安そうに彼女の主人を見つめている。
「ユシス、心配をかけてすまない。私も、愚か事をしたと思っている」
北條は俯いた。此処にいれられてから、何度か彼女はそんな仕草を見せていた。
「そう思っているなら、今後は軽はずみな行動は慎むことです」
グレゴール長谷川伊佐夫は牢の鍵を持って現れた。魔皇の逃亡幇助の罪で一週間の禁錮刑を受けていた彼女はようやく外に出ることが出来た。
「北條も前非を悔いておるゆえ、司令の格別の慈悲にて戦士の資格剥奪はせぬ。鉢伏山基地は他の者に任せるが、以後は忠勤に励むように」
長谷川は大天使レミエルの前でそう述べて、北條は赦免された。長野神殿は善と調和を重んじる。彼女の行為からすれば格別の計らいだった。現在、神殿は過激派魔皇に狙われて危険な情勢にあったから、戦力は少しでも早く復帰させたい気持ちもあったかもしれない。
「神帝様を倒した魔皇軍は調子づいています。ですが、長野を落とさせる訳には参りません」
長野県は都道府県で四番目に広く日本のほぼ中央に位置し、隣接県の数は最も多い。それをノーマルテンプルム一つで守っている訳だから、陥落は近隣テンプルムの保安に深刻な影響を与える。魔皇軍は関東、中部、北陸を一挙に狙うことが可能となるのだ。いやギガテンプルム無き今、何処のテンプルムだろうと陥落すれば神帝軍にとって大きなダメージだ。
「長野神殿を狙っている魔皇の部隊は、諏訪、松本、伊那、飯田、木曽など長野中部、南部でグレゴールへの暗殺攻撃を繰り返しています。我が方には確実な防衛手段がなく被害は拡大を‥」
平和を誇っていた長野神話は崩れようとしていた。3月のデアボライズ騒動から一月の間に6人のグレゴールが暗殺された。隠密行動に長けた魔皇に対し、神帝軍の主武装であるネフィリムは虚空から呼び出す訳にはいかず、後手に回らざるを得ない。
「新しい防衛策として、今よりも中部、南部のインファントテンプルムに戦力を配する計画です。難点としては長野の防衛力が低下することですが‥‥」
「‥‥」
作戦会議は平和を愛する大天使レミエルにとって憂鬱な時だった。コマンダーの地位にある彼女は武官であり、心中はどうあれ公正と思える判断を下してはいたが、銀髪碧眼の少女の表情は冴えない。
「レミエル様はご心労であろうな」
長谷川は会議のあとでそんな愚痴をこぼす。この男には珍しいことだ。
「いっそのこと、魔皇軍に白旗あげちゃって戦いを止めますか?」
グレゴール美和坂兆次は茶化して云う。三枚に切り下ろされるかと思ったが、意外に長谷川は兆次を睨み付けたのみだ。
「それで平和がなるものなら、わしとて歓迎するが」
神帝が健在の頃ならともかく、いま魔皇軍と休戦すれば、実質的には降伏だ。戦っている同胞を見捨てる事になる。前神帝は慈悲の人だったが、東京で新しい神帝を名乗ったマティアは神の剣として魔皇の断罪を誓っている。激しい戦いは暫く収まりそうにない。講和は近畿の権天使達が模索しているが、より長野に近い中部の権天使は武断派だったから、長野が休戦すれば戦乱を複雑化させるだけの確率が高い。
「それが分かっておられるから、近頃レミエル様は和平を口になさらぬ」
日本全国が戦乱の中に落ちた今は長野だけが休戦を選ぶことは許されないと考えているのか。この辺り、存外にリベラル派が多いと分かった神帝軍にあって不思議と責任感が強い。たかだか大天使一人が気負った処でどうなる問題でもないのだが。
「美和坂、おぬしでも構わぬ。魔皇軍に降伏せず、戦いを納めて、和平へつなげる良策があれば遠慮なく申してみよ」
「俺に政治の話ふられてもなぁ‥‥」
美和坂はたるんでいると長谷川に稽古をつけられ、強かにしごかれた。
●善光寺
4月上旬は諏訪で御柱祭が行われた。七年に一度の大祭で、この間は過激派魔皇による暗殺行為もなりをひそめていた。デアボライズ魔皇の惨劇以外は、グレゴールの被害の割に驚くほど一般人の被害は少ない。しかし、人々の不安はさざなみの如く広がっていた。
「今生が七難八苦なら、後生を恋うのは人情でしょうな」
善光寺の大勧進貫主は訪問者に座をすすめ、そんな事を言った。
「人のその思いがあるからこそ、ご住職も私もいるのでは無いですか?」
正座して住職の話に耳を傾けるグレゴール早瀬光彦は、元々神父だ。今の彼は長野テンプルムの筆頭戦士と呼ばれている。
「では即刻、戦いをお止めください。長野が東京のように炎に包まれることは早瀬さんの本意とは思えません」
魔皇過激派に襲われた中野テンプルムの惨事は早馬のように長野にも届いていた。
「ご住職の御心に添えないのは残念ですが、私は悪魔を退け、平和を為すまで戦いを止めるわけには参りません」
「早瀬さん、魔皇さんと対話をされた方が良い。殺し合いの最中でも、それをお忘れなされるな」
この後、善光寺に魔皇軍穏健派の逢魔が訪れて、神帝軍との和平の取次ぎを頼んだ。
これには『瑠璃』の司、つばさが長野和平に賛意を表明したことが影響している。本来、長野は蒼嵐の管轄で現状は古の隠れ家がそれにあたる。瑠璃とは直接の関係にないのだが、司の影響力は大きく、長野主戦派の逢魔達は自由に依頼を出せなくなった。この機に和平を実現したい穏健派は善光寺に働きかけ、再度、長野神殿との交渉を望んだのである。
「どうされます?」
「会います。御坊にはご迷惑をお掛けするが、宿坊をお借りしても宜しいか」
早瀬預かりで善光寺にいた北條朱鷺はこの申し出を快諾した。また、当然として早瀬にもこの事は知らされる。
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シナリオ傾向 |
戦争と平和、PC丸投げ、ドラマ主導 |
参加PC |
メレリル・ファイザー
橘・朔耶
鑑・冬馬
紅・紗那
マニワ・リュウノスケ
橘・月兎
瀬戸口・千秋
瀬戸口・春香
桜・翠貴
橘・高耶
イトウ・トシキ
祇亜・ヴォルフ
幾瀬・楼
片倉・景顕
島津・六郎太
コウエイ・ハヤカワ
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信州戦国絵巻 第二幕『前世来世』 |
●善光寺
長髪の女が独り、仲見世の観光客の間を長閑な足取りで過ぎて行く。
歳は若く、旅慣れて見えた。戒壇めぐりをしたり、鳩に餌をあげたり、一通りお参りを済ませると肩にひっかけたバックから御朱印帳を取り出して納経所で朱印を頂くと、すっかり観光客のていだ。
「遠くとも一度は詣れ善光寺、救い給うは弥陀の誓願‥ねぇ」
幾瀬・楼(w3g589)はダラケ気味の笑みを浮かべて境内を見渡した。
この後は温泉でのんびりし、諏訪まで足を伸ばして御柱の里曳き見物‥‥とはならぬのが浮世の理。極楽往生の約束はしても、神代の昔に奈落行きは決まっている我が身である。
「‥‥ま、いいさ」
幾瀬としては一足先に来たつもりであるが、既に善光寺には多数の魔が入っていた。
「アレは通してよかったんだっけ」
護法神よろしく長野善光寺の仁王門に立つのはメレリル・ファイザー(w3a789)。彼女は魔皇軍でも屈指の実力者。傍らで鳩と戯れている逢魔・モーヴィエル(w3a789)も、シャンブロウの第5能力にまで覚醒した強兵だ。
「何事もなければ良し、もし騒ぎになったら助けに行こう」
その立ち姿は泰然自若。尤も、一つ違えば傍若無人ともなる。
「今日が交渉の日だった?」
逢魔・NN(w3c291)を連れて善光寺にやってきた紅・紗那(w3c291)が驚いた事には、既に依頼を受けた魔皇の多くが此処に集っていた事だろう。
分かりやすいように列挙すれば、橘・高耶(w3d383)、桜・翠貴(w3d272)、橘・朔耶(w3b248)、祇亜・ヴォルフ(w3e496)、幾瀬と逢魔・宇明(w3g589)、それにコウエイ・ハヤカワ(w3i081)、逢魔・ソウキ(w3i081)。殆どは長野ではお馴染みの面子だ。初顔のコウエイも、前回戦死したガ・エルの同輩でダレン・ジスハートの部下というから因縁はあった。
「俺は早瀬に会いに来たんだよ」
高耶が抗弁する。グレゴール早瀬光彦は善光寺の担当である。
「私は高耶の付き添いですか」
翠貴は若干の戸惑いを交えて言った。彼としてもまさかこんなに集るとは思っていなかったのだろう。
「俺達は北條さんと話したいことがあって」
そう言って朔耶は婚約者である祇亜を見た。
「まあ、そういう事だ。今の長野で神魔が会える場所というと限られてくる」
グレゴール暗殺を実行する長野決起派は長野神殿の不可侵領域内には入ってこない。ましてや善光寺で人死を出す愚は犯さないだろう。
「前に、俺達はここで戦ったけどな」
高耶はバツが悪そうに言った。彼や翠貴、それに鑑・冬馬(w3c005)が早瀬と戦ったのは10ヶ月近く前になる。あの時に彼らは10人がかりであわやという所まで早瀬を追い詰めた。もし倒していたら、長野は全く違う世界だったかもしれない。
「昔話をしに来た訳ではないのでしょう?」
襖が開いてスーツ姿の早瀬とセーラー服の北條朱鷺が現れた。早瀬の突き刺すような殺気は穏健派を自任する彼らをして此処が殺生禁断の聖域である事を忘れそうになるが、後から善光寺の住職が現れると同時に殺気は霞の如く消えた。
●長野穏健派
「長野の平和の為に力を貸してほしい」
逢魔・鈴鹿(w3c005)を伴って藤原剣太郎の隠れ家を訪問した鑑は、単刀直入に切り出した。思惑をそのまま言葉にしてしまいがちなこの男にしては珍しい事である。因みに同行者がいて、マニワ・リュウノスケ(w3c550)。マニワは最初善光寺に向うつもりだったが、移動の手間を考えると先に藤原に会っておく方が良いと寄り道をしていた。
「そこもとらは北条殿に恩義があるのでござらぬか? どうかご決断下され」
「‥‥」
二人の話を聞いて、藤原は腕を組んで押し黙っている。
話は2つで、一つは片倉・景顕(w3h430)が隠れ家を動かして長野で不戦条約を締結しようと今奔走していること。もう一つはマニワの発案で、長野の治安維持を第一として、神帝軍打倒を目的としない和平派魔皇による部隊の設立である。マニワはそれを仮に魔狼隊と呼んでいた。同時期の東京の動きを意識しての事だろう。
「座して和平が掌中にこぼれる事は決して無いと存ずる。我らの和平への想い、形にして示すより他に道はござらん。及ばずながら拙者も、一命を賭する覚悟にござる」
さてこの魔狼隊、東京の神狼もそうだが、立ち位置が非常に微妙である。
少し視点を広げて見よう。古の隠れ家を母体とする関東魔皇軍がこの時、水面下で東京圏の解放作戦を進めていた。同時に彼らは落とし所を賢明に探していたが、神帝軍が魔皇への敵対行動を止めるまで攻撃の手を緩める気はさらさら無かった。実際、魔皇達の士気さえ下がらなければ、日本解放ぐらいはやってしまいそうな勢いがこの時の魔皇軍にはあった。
「‥‥」
対して長野穏健派は先日まで多数の神帝軍投降者を出していた程の鳩派だ。ある意味で危険な魔狼隊に手を貸す可能性は低いと思われた。しかし。
「分かりました。私も平和の為に戦います」
その心中は如何許りか、10分余りは沈黙した後に藤原は二人に賛同を示した。
「誠でござるか藤原殿。かたじけのうござる」
マニワは身体を震わせて、思わず藤原の両手を掴んでいた。
もし長野で和平が成功するとすれば、それはこの成功によってだと鑑は直感した。紫の勘が信じるに足るか否かは別にして、今までの事を思って鑑はハッとわずかに息を吐いた。この時の事を鑑は後で逢魔・鈴鹿(w3c005)に語っている。
「鈴鹿、俺は交渉に向いていないのかもしれないな」
「主、今気づいたのですか?」
「‥‥」
●長野決起派
俗に長野決起派と呼ばれる魔皇達は大雑把な分類でいけば過激派に属する。ここで大雑把というのは、彼らは本来、過激派という程の攻撃性は持っていなかったと思うからだ。彼らの故郷が全国でも無類の非戦地帯だった事が彼らの運命を狂わせたのかもしれない。
(「わたくしでは、お力にはなれないのでしょうか?」)
逢魔・シェリル(w3d060)は大いに不満だった。だが、それを主人である瀬戸口・春香(w3d060)に直接伝えることはこの逢魔のプライドが許さない。
「‥‥」
春香に置いて行かれたシェリルはただ無言で中空を見つめていた。
(「しかし‥‥この方も良く分からない方ですわね」)
シェリルは隣の瀬戸口・千秋(w3d057)を一瞥する。
「‥‥‥」
春香の弟である千秋は兄からシェリルを任されたが、特に何をするでもなく、シェリルに何か言いつけるでもなく無為を囲っていた。
「魔皇様、大丈夫でしょうか」
ついシェリルもそんな不安をこぼしてしまう。
「くしゅっ」
逢魔を弟に預けた春香はイトウ・トシキ(w3e193)と二人で長野決起派に接触を試みていた。前回達磨にされかかったにも関わらず、この行動力は驚嘆に値すると言わずばなるまい。
「どこかで素敵な女性が俺の噂をしてるみたいだね」
「その根拠のない自信はどっから来るんだ。‥‥まあいい、道はこっちでいいのか?」
振り返った春香は、イトウがひくリヤカーに目を向けた。上に青いシートが被せてある荷台の中身は無論、春香も知っている。春香は自分の事は棚にあげて、つくづく魔皇とは度し難いと嘆息した。
「もう一度聞くけど、それで本当に説得するの?」
「なんでそんな当たり前のこと聞くんだ? 冗談でここまで来る訳ないだろ」
二人は下伊那郡に来ていた。中仙道から三河に抜ける脇街道として発達した三州街道(国道153号)を通り、あたりをつけて山の中に分け入った。リヤカーを引っ張るイトウには重労働で、途中から人化を解いている。
「なんでアイツラ、こんな山んなかに棲んでるのかな」
「さあね。だけど変な先入観は持たない方がいいんじゃないかな。何処に住もうとそんな事は大した事じゃないのかもしれないよ」
信州の山々は広大で、それ自体が天然の隠れ家だ。魔皇は必要なら蝉の如く地に潜る事も出来たから、たとえ草の根を分けて探したとて発見は容易ではない。
「――貴様か」
散々山中を歩いた彼らの前に、真グレートザンバーを肩に担いで現れた五味沢の目は暗く、二人の不安を掻き立てた。
●隠れ家
「それで、始まりそうなのか? ‥‥分った、すぐ行く」
前回と同じ様に記者に化けて長野入りした橘・月兎(w3c793)は、善光寺の方で状況が整いすぎた報せを受けて、情報収集を早々と中断した。
「紅雪、他の仲間達には連絡がつくかな?」
月兎に同行していた逢魔・紅雪(w3c793)は少し考えてから答えた。
「鑑さん達は間に合うと思います。瀬戸口さん達は、今からでは遅いのではないかしら」
片倉はもう出発した後だから呼び戻す手立ては無い。指折り数えていくと島津・六郎太(w3h635)が所在不明。交渉の員数外とするのが妥当か。
「気負いと言われても、今回は何か成果を残しておきたい。ここまで来て、過激派に長野を落とされては堪ったものじゃない」
「‥‥月兎さん」
決起派が直接長野神殿を落とす可能性は低い。だが戦闘が継続されるなら魔皇軍や他の神帝軍が長野を攻撃対象と見る可能性は無い訳ではない。
「つばさの支持を取り付けたからって、それに胡坐をかいてはいられない。長野の平和を守るためには、これからは周辺の状況も重要になってくる」
片倉は月兎と同じ不安を持っていた。彼は逢魔・ソフィア(w3c550)、逢魔・ルフィ(w3h430)を連れて各隠れ家を回った。片倉は今回、歩美と鼎の賛意も取り付けて長野に関する魔皇軍の休戦の意思を過半数まで持っていくつもりだった。それを手土産に神戸の権天使シモンに長野が不戦派となった際の後ろ盾になって貰おうというかなりアクロバティックな策を持っていた。
所が、彼らが古の隠れ家につく頃には、5月の紫の夜の為に逢魔達は忙しく動いていた。3月に続いて魔皇側から攻める状況なので、勢いが違う。
「これは‥‥どうも、不味いな」
片倉は内心で不安を感じ、予想通りに司への面会は断られた。鼎も歩美もつばさも、紫の夜の準備で多忙を極めていた。また応対に出た各隠れ家の逢魔達は片倉の案に一様に困惑を示す。彼の案は複雑すぎて、司主体の隠れ家の体質では実現が困難だった。
「既につばさ様が支持をしておいでなのですから、休戦は歩美様次第でございましょう。思いますに東京で勝利した後に長野が休戦すれば、関東の戦いを鎮めることにも繋がりましょう」
旧蒼嵐の逢魔はそう言って、片倉を励ました。魔皇軍は早く戦いを終わらせたかったから、休戦に応じる神殿は重く見ている。その一方で敵対する有力な神殿の攻略を進めていて、表面的には戦火は拡大しようとしていた。
「司の直接の承認でなければ、意味が無い。どうにかならないか?」
片倉が粘っているうちに、名古屋から凶報が届いた。権天使タダイの東京進軍。これに古の隠れ家は上へ下への大騒ぎになり、長野どころではなくなった。
「福井の件はこの伏線か‥‥下手をすれば長野も巻き込まれるぞ」
情報では名古屋大神殿は岐阜、中仙道に進路を取っている。そのまま進めば、タダイは長野を通過する。
「あー、まーたこんな展開っ! どーして次から次へと邪魔が入るの」
怒涛の展開にルフィは頭を抱える。逢魔が先に取り乱した分だけ、片倉は冷静になる。
「‥‥戻ろう」
この状況で神戸に寄ってもシモンには会えない。元々、和平派といえども権天使、会える可能性は低かった。この時に彼が神戸に行っていれば‥何か変わったろうか。
一方、単身で北海道を目指した逢魔・スクネ(w3e193)は旭川に辿り着く前に負傷する。
3月以来、止まっていた歯車はこの時、全国的に激しい勢いで回り始めていた。
●決起派説得
「にっちもさっちも行かなくなってきたが‥‥気のせいだよな」
木の陰から顔を出して島津は呟く。
この少年は春香とイトウの後をつけていた。その島津の後姿を、付かず離れずで尾行しているのは逢魔・麒麟(w3h635)。どことなく哀感漂う光景である。
その島津が見守る前で、春香とイトウは決起派と相対する。
「よう、魔皇武力同盟共! 説得がてら差し入れに来たぜ!」
イトウがリヤカーのシーツを剥ぎ取ると、中身は鍋とコンロ、それにスーパーで買ったらしい大量の野菜と肉。突っ込み所が満載で目移りしそうだ。
「おい、お前も出て来いよ」
気配を感じてイトウが言うと、観念したように島津が姿を表す。喜劇舞台のようだ。
「今度は前のようにはいかん、という訳か?」
五味沢は春香に侮蔑を含んだ声を浴びせた。
「投降した仲間はグレゴールに助けられたよ。瑠璃のつばさは長野の休戦を支持した。どういう事か、分かるかい」
「貴様、何が言いたい」
「あんた達を長野神殿に差し出して休戦をしたがっている者もいるってことさ。そんな事はさせたくない。すぐにグレゴール暗殺を止めてほしい、そうすれば後は何とかするよ」
「断る。俺達の条件はただ一つ、神帝軍が長野から撤退することだ」
そう言ったのは米山。五味沢と同じく決起派の中核だ。
「休戦に何の意味がある? お前達は神帝軍が魔皇を認めたら、奴らの支配を認めるのか? 俺達は長野を解放する為に戦っている。お前達とは戦いの理由が違う」
両者の意見には大きな隔たりがあった。この問題は長野に限らず魔皇軍内部の至る所に火種があったが、目前に敵がいるうちは棚上げされていた。
「まあ、どっちももっともな話だがなぁ‥‥」
イトウはまるで他人事のように言った。彼は熱した鍋に牛脂をひき、薄く切った数枚の肉と葱をその上で一緒に焼く。頃合を見て割り下を注ぐと香ばしい匂いが辺りに広がった。
「‥‥」
島津は箸とお椀を受け取る。イトウが周囲の冷たい視線を無視して野菜を適当に投げ込むのを眺め、何となく親近感を持ったのは少年らしい人の良さか。
「まぁお互い様って、ことだな。それでだ、俺からも一言あんたらに言いたい。長野の事はこいつらにでも任せて一緒に世界にでないか? いまやべぇのはタダイと、真っ先に倒すべきはマティアだろ! 奴は放置できねぇ。‥‥俺と来ないか? あんたらに世界を見せてやるぜ」
この時はまだ名古屋動くの報せは届いていなかったから、イトウには先見の明があったと言える。しかし、話し合いは物別れに終わる。長野を留守にして和平派に休戦条約を結ばれるのは決起派にとって都合が悪い話だった。
「悪者ぶっても損するだけだと思うけどな。どうせ誰も責任なんか取ろうとしない‥‥」
釈然としないまま鍋をつついていた島津は、不意に正面を向いて目をパチパチと瞬かせた。
「探しましたよ」
慈愛に満ちた微笑み。六郎太は自分が夢を見ているのかと思った。
いつのまにか、その場に大天使レミエルが立っていた。
「なっ」
五味沢達ですら、虚をつかれたように動けない。当然だが、周囲は彼らの仲間が見張っていたのだ。レミエルの現れ方は、彼らの常識を超えていた。
「はじめまして。長野テンプルムの代表として、皆さんにお伝えしたい事があります」
レミエルはゆっくりと魔皇達を見渡した。
「なんだとっ!」
仲間が攻撃しようとするのを五味沢が止めた。
「話を、聞こう」
●善光寺交渉
下伊那の奇怪な出来事は知らず、それに前後して長野の善光寺では魔皇とグレゴール達が集っていた。会談に入る前に、遅れて鑑とマニワが宿坊に入るや否や、騒ぎは起きた。
「幾瀬っ!」
突き出した鑑の両手に真デヴァステイターが出現する。
「‥‥ちっ」
幾瀬は畳を蹴って飛んだ。彼女の残像を打ち抜いた銃弾は柱に当たって破片が飛び散らせる。
「お前達、やめないか!」
月兎の制止は二人の耳に入ったかどうか。射撃戦ではやや鑑に分があり、肩から血を流した幾瀬は前に駆けた。それを見切っていたのか、銃を落とした鑑の手に真クロムブレイドが現れる。幾瀬の手には真グレートザンバー。衝突する2つの影。
「止めるでござる」
マニワは後ろから鑑に声をかけた。
鑑の剣と銃は、彼の前に立ち塞がった少女の前で止まっていた。
「北條‥‥」
「頭は冷えたか?」
鑑が魔皇殻を消すのを見て、北條は微笑した。
「てめぇら‥‥いつまで上に乗ってる気だぁ、あ?」
一方、幾瀬の方はというと、残りの魔皇が総出で押し倒していた。ドサクサに何本か剣が刺さっていたりするが、それは北條が回復させた。
「えー、では気を取り直して話し合いを始めましょうか?」
部屋を替えて、押し黙ったままの雰囲気に根負けしたように紅が促す。
「そうだな。まずはご住職に感謝したい。再び話し合いの機会を設けて頂いたこと、この場の魔皇全て、また長野の平和を願う仲間達を代表してお礼を申し上げる」
善光寺の住職は月兎の礼に頷いた。
「そんじゃ、悪いけど俺からな。すぐ終わるから、難しい話はその後にしてくれ」
痺れを切らしたように高耶は言って、早瀬に目を向けた。
「俺はまだ納得できねぇ。俺らは別に人間に従う事を拒絶したわけじゃねぇ。‥‥たまたま相棒が逢魔のあいつだっただけだ。それに俺は人間だ! 魔皇である前に、俺は人間だと思ってる」
高耶は前に早瀬に何故神と魔が分たれたのかを質問した。高耶は、その時の早瀬の答えが引っかかっていた。
「魔皇もグレゴールも同じ人間なんだ‥‥別たれてなんかないのかもしれねぇ。俺が魔皇の側に居るのは、神に逆らってるわけじゃねぇ。魔皇になった事は、神に逆らう為じゃねぇ。俺をあいつと出会わせたのは神の意思じゃねえのか?」
それは答えのない問いに見えた。早瀬の答えもまた不思議なものだ。
「魔の者よ、お前達は人であり、また魔なのだから、どちらでもあり、どちらでもないのです。種族を持たぬ君達は、容易く迷い、悪に染まる‥‥神の御心を疑わず、慈悲を信じなさい」
さて長野神帝軍は長い期間魔皇や逢魔が投降していた事もあり、存外に魔皇の実情に詳しい。その関係であまり一般の魔皇が知らない事も知っていた。
「種族を持たない?」
早瀬先生の講義パート2。
前に魔皇のベースはやはり人なのだという説明をしたが、それを裏付ける証左は他にもある。
今回のような大量覚醒は無かったが、昔から少数ながら魔皇が覚醒する事は度々あった。だが此処に一つ疑問がある。幾ら数が少ないとは言え、隠れ家は魔皇を保護しようとするから、当然魔皇の家系という物が残っていても良いはずだ。だが、そんな家系は存在しない。何故か? 理由は一つしかなかった。魔皇同士で生まれた子供が人間だったからだ。
魔皇と逢魔の考えの違い、敬いつつも一線をひく隠れ家の態度、それらは全てが魔皇が種族でない故の事とすればどうか。暴論を承知で言うなら、魔皇とは何万人に一人がかかる隔世遺伝の奇病だ。無論、高耶の弁を取るなら、そんな事は納得できないと言ってしまえばそれまでなのだが。
「‥待ってくれ。魔皇が人なら、俺達は何の為に戦っているんだ? この戦いに意味はあるのか?」
早瀬の話を聞いていた祇亜は何かを感じた。祇亜の逢魔が其処にいれば何か言葉をくれたに違いないが、今は彼の疑問に答える者はなかった。
「俺達は人であり、魔である。‥‥分っていた事だ。今は長野の平和の為に話を続けよう」
その頃になって落ち着いた鑑は交渉の続きを促す。
「では拙者が」
今回、本題はマニワだった。魔狼隊の大筋は、先に紅が早瀬達に説明をしていた。なので、マニワは長野穏健派魔皇達の協力を得た事を簡潔に伝えた。
「魔皇軍が長野を攻めた時にはどうするのです?」
「その時は仕方がござらん。雌雄を決し申す。されど、そのような凶事が起こらぬようこの身を捨てて尽力致す所存にござる」
以前にも同様の提案はあった。表面上、明確な違いはない。気持ちの上での差を除けば、マニワが東京の神狼を意識している事ぐらいだろう。
「一つだけ、聞かせてほしい。貴公は何の為に戦うのか?」
北條の問いに、マニワは畏まって答えた。
「人として生き、人を守る為にござる」
グレゴール達は、魔狼隊については長野神殿で協議の上で返答するとした。実質的に和平交渉の継続を許されたと言って良く、魔皇達はホッと胸をなでおろした。
最大の懸案事項が片付いたので、少し場は和み、休憩が入れられた。月兎が皆の為にお茶をいれて、紅雪やソウキたち逢魔が皆に運んだ。
「この前は有難う」
席を立った早瀬を朔耶が追いかけた。
「何の事ですか」
「俺を突き放してくれた。もしあれで赦されたりなんかしたら、俺は俺自身も新田を殺した奴も赦せない所だったよ。有難う」
「‥‥」
何も言わず立ち去ろうとする早瀬に、今度はコウエイが声をかける。
「ダレン様はこの戦いの平和的解決を求めています。是非ともお力をお貸し下さい」
慇懃なところは前任者に似ている。
「魔狼隊のこと、何卒お願い致します。やはり血の気盛んな者達を抑えるには抑止力は不可欠です。長野市民のためにもどうか宜しくお願い致します」
従者然としていたガ・エルに比べて、コウエイは営業サラリーマンという風である。コウエイは何度も早瀬に頭を下げた。コウエイは住職にも挨拶をして、名刺を渡していた。
続く話し合いでは、長野神殿に関する質問が相次いだ。この混乱期において長野神帝軍の立場は魔皇達にとって大きな関心事だった。
殆どの和平派と呼ばれる神帝軍がそうであるように、人間を平和な世界に導くという神帝軍共通の望みは長野神帝軍も変わりがない。それゆえ、まず感情吸収を停止する気は無かった。
「分からなくも無いが‥‥感情吸収を認めない魔皇は多い。それでは戦いはいつまでも終わらないんじゃないか? しかし、感情吸収の停止はグレゴールの死に繋がるのか。難しい問題だな」
祇亜は言葉に詰まった。
「心配には及ばぬ。我らは平和が成れば自ら去ろう。楽園に住まう人が永遠に無気力では平和の甲斐も無い」
北條の答えは清々しいが、解決策にはならない。
「あんた、あいつに似てるなぁ。弟子っつーのも満更嘘じゃないのかね」
眠たげにしていた幾瀬の発言に、少し場がざわついた。
「何で戦いが続くのかって、憎いからだろう? 神帝軍が憎い、魔皇が憎い、理由はどうあれ今まで殺しあってきたんだから自然な感情さね。北條ちゃんは俺を殺りたいんじゃないかい?」
「赦せるとは思わぬ。だが生きて償う者を殺す剣は持たぬ」
「‥‥本当に似てるな」
「私からも一つ聞こう。お前達はこれからも神帝軍と戦い続けるのか?」
「そうだぁな、戦うさ。言い繕ってみたって同じだろうに。俺達を目の仇にしている連中は片っ端から潰していく。仲良くしてくれる奴とは宜しくやる、そういうこったな」
幾瀬の言葉に反発したのは鑑だった。
「貴様の理屈で計るな。どこかで妥協が必要なんだ。貴様には犠牲と屈辱を受けいれる覚悟が無いだけだ」
「‥否定はしねぇけどさ。てめぇは戦わないのか? やる事は俺と大して変わらんと思うんだが」
「やはり狩られたいのか一匹狼?」
険悪な雰囲気が場に下りた時、早瀬の脇に控えていた導天使が表情を変える。後で分かる事だが、ちょうど同じ頃、長野決起派を春香達が説得していた。
「光彦、レミエル様が‥‥」
「なに?」
魔皇達はその光景に唖然とした。
「皆さんに、お話したい事があります」
何の前触れもなく、室内に大天使レミエルが現れた。凶骨の時空飛翔に似た能力をレミエルは持っているのだろうか。早瀬と北條が膝をついて畏まっている所を見ると、彼らにとってそれは異変ではないらしい。
「長野神殿は戦いを止めます」
「は?」
「その証として、私は長野神殿の代表として長野県の統治権を放棄し、これを段階的に長野県民に返還することを誓います」
この数分後、下伊那の決起派の前にレミエルは現れて同様の宣言を行った。どちらの場合もレミエルは話し終えた後、霞の如く消えている。
「‥‥どういう事だ?」
「私も初耳ですが」
早瀬は自分の導天使を見た。
「はい。私がお知らせしていました。この話し合いの間に決められたようです」
大天使には離れていても導天使とテレパシーで話す能力があるようだ。
「レミエル様がそう決断されたのですか」
●墓参り
「新田が今の状況を見たら、なんて言うかな‥‥」
魔皇達は新田の墓に長野神帝軍との休戦(?)が成った事を報告に来た。
「時が経つほど、つくづく新田さんの存在が惜しいと思われてなりませんね」
そう言ったのは翠貴。
墓前には花と、それに高耶手製のガ●ラの菓子を供えた。
「戦いを止めると、そうレミエルは言ったのか? まるで決起派に降伏したような口ぶりだが‥‥ふーむ」
西から戻ってきた片倉は手を顎にあてて考え込む。
「いや、レミエルは結構面白いキャラだと俺は最初から思ってたぞ」
六郎太の意見は皆に無視された。
「魔狼隊は認められたのですから、つまり我々の手で長野は守れという事なのでしょう。なんと素晴らしいことか! 神帝軍にもまだまだ見るべき人がいるという事ですよ」
コウエイは大きな成果が上げられた事が嬉しいらしい。
「それが本心だとすれば、よほどの‥‥」
祇亜は後の言葉を濁した。
「決起派の攻撃がそこまで効いていたのか」
「ただの決起派対策でそこまでやるかな? 周りの神帝軍だって黙ってはいないよ」
春香は千秋の言葉に素直に頷くことが出来なかった。何度か決起派と相対した春香は彼らが脅威だとは感じていたが、長野神殿が戦って勝てない相手だとは思えなかった。
「どちらにせよ、冗談の類でないさ。新しく誕生したマザーの影響だろうか?」
レミエルの発言について月兎は調べてみたが、長野県庁など各方面に伝えられていた。近々、県民にも発表されるようだ。
「私は大賛成よ。戦いで傷つくのはいつも一般人なんだから、神帝軍も魔皇軍も長野を見習って早く武器を捨てて欲しいわね」
紅の感想は幾許かの説得力があった。そう言われれば平和主義者らしい選択とも取れる。
「そんなことより、鑑さんがさ‥‥」
鑑を見て、紅はクスクスと笑う。
「‥‥」
話し合いが終わった後、鑑は住職に善光寺に泊めて貰えないかと頼んでいた。
暗殺や異変を気にしての事で護衛はメレリルや紅なども志願していた。
その夜、鑑は北條に何かと話しかけていたが、偶然、紅は話しているのを聞いていた。
「異種族を討つと、納得してしまう連中が多い」
「‥‥お前もか?」
「違うと思いたいな。ただ双方の血を引く子供でも出来れば、その意識に爆弾を落とせるかも。‥‥俺の子を産んでくれないか?」
壁に耳をあてて聞いていた紅は噴出しそうになった。
「‥‥俺には冗談のセンスが無い様だ」
「冗談なのか? ふむ、試しても良いが天使と悪魔の混血は有り得ぬという話だ。徒労であろう」
「‥‥」
「ヴハハハハ」
我慢できずに笑い転げる紅。
「‥‥消す」
墓の下の新田忍は、鑑が紅を追い掛け回す光景を見て笑っていたろうか。
5月上旬、嵐の前の長野は一時の平和の中にあった。
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