■東京物語 事件1『誰がために』■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオEX |
クリエーター名 |
松原祥一 |
オープニング |
東京は首都機能の大半を失い、戦いは止まず、日本は無政府化の危機にあった。
今なお西東京には数百人を超える過激派魔皇が跳梁していると言われ、人間達は悪魔の襲撃に怯えていた。
こと此処に至り、人は重要決断を下す。
東京の治安維持に関して、彼らは大胆な試みを計画した。
「魔皇部隊?」
逢魔は東京都庁から来たという男の言葉が信用できなかった。
「そうです。政府公認の。夢のような話でしょ?」
明治五郎と名乗った三十位の冴えない青年は、営業スマイル全開だった。話の内容は夢というより冗談にしか聞こえないが、目前の青年は逢魔の密に知れるように情報を流して接触を取ってきた。明治が人間である事は間違いなく、また彼の背後には護衛然とした聖鍵戦士が佇んでいた。
「あ、東京の神帝軍にも話は通してありますのでご心配なく」
明治は東京をここまで破壊した魔皇には、東京の治安維持に責任があると、取ってつけたような理由を口にする。任務は東京の治安を破壊しようとする過激派の排除だ。自衛隊の災害出動もクーデターの為に実行できない東京の苦肉の策か。
「何を考えているの?」
「平和ですよ。貴方達にとっても悪い話ではないと思います」
魔皇部隊の募集に応募した者は、暫定的に公務員として扱われる。特別の配慮をもって国家反逆その他諸々の罪一等を減じ、魔皇として剥奪された国籍や基本的人権などが時限復活する。東京の神帝軍には投降者部隊と説明してあるので、危険な行動さえ取らなければグレゴールに襲われることはないらしい。
「投降‥‥人間に魔皇様が降るというのか、冗談じゃない」
「変ですね。魔皇達は自分達が人間だと主張していたはずですが。それなら貴方達は魔皇である前に日本の国民だ。それとも、魔皇は人を支配して魔皇国でも作るつもりですか」
余談だが、逢魔達には魔皇国の方が魅力的だ。魔皇に『人』として生きられるより、魔皇として生きて欲しいという願いは逢魔達にはある。だが魔皇と一緒に人として生きたい者、隠れ家で平穏に暮らしたい者、様々なほかの願いもあり、纏まりはない。
「国民の、とりわけ都民の魔皇感情は最悪です。魔皇と仲良くするなんて云えば、現政府は人間の敵と見なされてしまうでしょう」
魔皇にとって、一部の武断的な仲間からは裏切り者の誹りを免れない選択だ。しかし、神魔人の三体の講和を考えた場合にこの提案に希望があるのは間違いない。
「その魔皇部隊の名前は?」
「まだ正式な名前は無いですが、我々は『神狼』と呼んでいます―――」
魔皇部隊の本拠は世田谷烏山の神帝軍から貸与されたインファントテンプルム。
今回の第一期募集に応じる者は一週間後までに其処へ来るよう役人は告げた。
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シナリオ傾向 |
政府系、ドラマ重視、PC主導 |
参加PC |
軍鶏鍋・伍鉄
速水・連夜
ミサ・スニーク
柴田・こま
瀬戸口・春香
ティクラス・ウィンディ
巽・楽朱
電我・閃
巳杜・黎
相寺・ユウ
シウ・ソーマ
岸谷・哀
森守・瑠音亜
斬煌・昴
シュウジ・ナギラ
早瀬・理奈
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東京物語 事件1『誰がために』 |
●指先から零れる何か
柴田・こま(w3b515)は隠れ家を訪れていた。
「――支持、ですか?」
東京で新設される魔皇部隊に司の支持を取り付けたい。それが柴田の目的であり、望みであった。
留守の司に代わり、応対に出た逢魔は幾許かの困惑を表したものの、柴田を安心させるように笑みを浮かべた。
「魔皇様のなさる事に反対する逢魔はいません」
実権は神帝軍に移っているとは言え、曲がりなりにも現政府に関わる依頼は、隠れ家でも慎重に扱っていた。隠れ家の権力が届く範囲では、魔皇部隊に関わる魔皇達が不利益を被ることは無いと逢魔は請け負った。
「本当に支持してくれますか? 魔皇が悪いことをしていたら、私は、それを止めたい。また人が沢山死ぬのは嫌だから、その‥‥魔皇とも戦うことになるかもしれないですよ」
「それは困りますが、仕方がない事もあります。それに私達には、魔皇様をお止めする事は出来ません」
諦観とも取れる返答だ。
「それでいいんですか」
「はい。魔皇様と協力できたことで、ここまで来られました。私達は、それだけ感謝しています。何卒、これからも私達に魔皇様の御力をお貸し下さい」
柴田は苛つく。否定はされずとも暖簾に腕押しの気分。
「それなら、人間の平和の為に魔皇にもっと自重するように言ってください」
逢魔は難しい顔をした。この一年、魔皇軍は人に遠慮をしてきたし、頻繁に人助けもしてきた。だが戦災は否応なく人間に降り懸かる。例えば東京はある程度もう諦めなくてはならない処まで来ている。先日来、歩美が捕まらないのは関東で今一度紫の夜を起こすための秘作戦が進行中だからだ。新帝マティアを討ち、東京に残るノーマルテンプルムを叩く大作戦はもう秒読み段階にあった。
「‥‥」
「こま? 物凄く暗いわよ。もっと明るくタフでなくちゃ、生き残れないぞ! これでも食べて、元気だしてよ」
逢魔・カーラ(w3b515)は沈み顔で戻ってきた柴田に林檎を突き出した。一箱ぐらい持ってきているが、中でも色つやの良い極上の品である。
「カーラ‥」
「うっ、これじゃ足りない? なら、特別にあと二個おまけしたげても」
「‥‥ラーメン」
「むむ」
同じ頃、早瀬・理奈(w3j512)と軍鶏鍋・伍鉄(w3a444)の二人は密と連絡を取っていた。
「私達は東京都の公務員として神帝軍と行動を共にするけど、神帝軍や人間との共存を模索する為であって、別に神帝軍に寝返った訳じゃないから、勘違いしないでね」
「神帝軍に邪魔されずに支援活動ができるよい機会ですから。仲間から裏切り者扱いされたのではたまらないので、そこのところのアナウンスをよろしくお願いします」
説明を難しそうに聞いていた密は、目をキョロキョロさせて二人の言葉を反芻する。
「つまり、魔皇様がたはスパイとして敢えて敵地に乗り込んだ訳ですね」
共存うんぬんはスッパリと無視した素敵な解釈である。
「ちーがーう」
「いや大筋じゃ間違ってないと思うよ」
降伏したことにして東京都の魔皇部隊に入るが、魔皇軍にも所属したまま。要約すれば、そういう事だ。味方と敵を騙す極秘任務と、魔皇達の心意気に大いに感動した密は協力を約束してくれた。
「なんであんな事を言うのよ。あれじゃ、私達みんな騙してるみたいじゃない!」
「そこが難しいとこですよ。どうしましょうねぇ」
軍鶏鍋は頭をかく。そも、この依頼は調査が目的。
全てが偽りと言うなら話は簡単だが、踊るだけの実があればどうか。
奇奇怪怪な有様になりはしないか。場合によっては自分達と過激派の対立を止めるための依頼なんてものが出てしまうかもしれない。
「まぁ、ここであんまり深く考えても仕方ありませんか」
●魔皇様あつまる
4月下旬。烏山のインファントテンプルムは多数の魔皇が集合し、傍目にはこれから一戦始まるのかという異様な空気に包まれた。
集まったのは依頼を受けた魔皇が14名、そして。
「まさかな」
嘆息をもらす相寺・ユウ(w3g520)。今回募集に応じた魔皇は500余名にのぼった。
「すっごーい♪ みんな仲良しさんだぁ」
逢魔・ライハ(w3h773)に手を引かれた森守・瑠音亜(w3h773)は、隠れ家か大作戦以外では珍しい魔皇の集合にはしゃいでいる。
「瑠音亜、危ないですからあまり俺から離れないように」
「危険? なんで?」
首を傾げる瑠音亜。ライハにはこの場の魔皇の全てが彼の主人と同じとは思えなかった。それぞれに十人十色の理由があって然るべきだ。
「政府公認の言葉に、これほど効果があるとはな」
浮世草の魔皇にとって、それは良くも悪くも注意をひく条件に違いはなかった。若干考えの甘さを痛感しつつ、ユウは周りの視線を感じていた。何人もの魔皇が彼のことを見ている。
「有名人は辛いねぇ」
気安く相寺に声をかけたのは瀬戸口・春香(w3d060)。
「さて女性ファンの秋波というならともかく、友好的な感じではないがな」
「ユウ、女性からでしたら何ですか?」
相寺の隣にいた逢魔・リリアクー(w3g520)の目の色が変わった。
「う‥‥」
「ユウはリリアの夫なのですよ」
逢魔に怒られて立場を無くしているこの青年は、魔皇軍で五指に入る大作戦の撃墜王(トップエース)。殲騎グラースハーミットを駆る死神として神帝軍のブラックリストにも載っている。
「やあ英雄さん、この前のギガ戦じゃあ1機でヴァーチャー落としたんだって?」
どんな魔皇が来ているのかと、あちこち話かけていた巳杜・黎(w3g506)は笑みを浮かべて相寺に近づく。
「デマだ。‥‥俺がエースなんて柄か」
「ふーん」
確かに喧嘩なら巳杜が勝つかもだ。戦争の英雄とはそういう星の下に生まれた人なのかもしれない。ただ本人の思惑と無関係に、武名を馳せた勇者まで参加するというので集った魔皇達の士気はいよいよ上がった。
数が多すぎてインファントテンプルムに入りきらないので、魔皇達は3月に廃校となった近くの学校に移動した。後に部隊の宿舎として使われる事となる。
そこで魔皇達はまず人間時の身分証の提示を求められた。持っていない者は仮手続きとされた。
「外国籍の方は3番の書類を受け取って、連絡先には海外でも構わないので携帯電話以外の電話番号をご記入ください」
ミサ・スニーク(w3a864)とティクラス・ウィンディ(w3e066)は3番と書かれた入隊申込書を受け取って互いに顔を見合わせる。
「少しでも一般の方を守ることが出来ればと応募したのですが、さすがお役所ですわね」
「郷に入れば郷に従えというし、角突き合わせて喧嘩するよりはいいさ」
因みに逢魔達は殆どが国籍を持っていないので簡単な身上書に記入するだけで良かった。
書類の後には簡単な面接が行われた。ここでも相寺に注目が集まる。
「私は、戦争とはいえ多くの者を殺めてしまった。このような悲劇が繰り返されぬよう全力を賭して部隊の一員として働きたい」
神帝軍のブラックリストに載る人物を無条件で受け入れるかは関心事だったが、結果は合格。それだけでなく、相寺は正式配属時の小隊長が内定した。
また面接では電我・閃(w3g357)のようにドライな発言も目立った。
「今回の応募者には面識のない方が多いので、できれば連帯の良し悪しではなく個人への信頼をくれると嬉しいです。僕は例え他がどうあっても東京の治安を乱す者を許しません。無論更生の余地が有れば話は別ですが、その辺は人間としての客観性を重視するつもりです」
「では貴方は相手が魔皇軍でも都民を守る為に戦えますか?」
「勿論です」
「入隊は方便で、本当は物見遊山か調査が目的ではないのですか?」
「とんでもない誤解です」
魔皇の本意を探るように、面接ではストレートな質問がされた。怒り出す魔皇もいたが、安全の為に面接時は神聖なる鎖を装着していたので惨事にはならなかった。
「すんまへん、対策課の人ですか?」
シュウジ・ナギラ(w3j331)は暇を見つけてはそれらしい人間に声をかけた。
警視庁刑事部魔皇対策課といえば、東京で魔皇を苦しめてきた警察の特殊部隊だ。
「人違いだ」
これで何度目だろう。シュウジは対策課と面識が無い。対策課は既に解体していたから、警察筋からの追跡は困難でお手上げ状態だった。
「どないしよか」
途方にくれるシュウジの横を巽・楽朱(w3g171)が通り過ぎる。
「木場さんっ!」
「やあ、君か。来るんじゃないかと思ってはいたが、元気そうだね」
申し込み用紙を整理する手を休めて木場寛治は対策課で何度か遭遇した魔皇を見た。
「それはこっちの台詞なの。鈴木さんと弓塚さんも来てるの?」
「ん、明日になれば分かるよ」
楽朱に付き添っていた逢魔・水雅流(w3g171)は木場の前に立った。
「お久しぶりです。私達は皆さんの理解により公務員となりました。出来るなら、これからは協力していきたいですね」
「私こそ、是非お願いします」
木場は白髪混じりの頭を下げた。
「ちょっと僕も話しに混ぜてもろてええですか? シュウジ・ナギラ言いますねん。よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」
シュウジと、逢魔・アマデウス(w3j331)は頭を下げた。
「ご苦労様でした。これで手続きは完了です。今渡した隊員証は証明書の役割も兼ねてますので常に携帯するようにして下さい。今から貴方の国籍と人権は復活します、隊活動以外での魔皇行為は除隊処分の対象となりますので十分に注意して下さい。詳しい事は此方の隊規に書かれていますので後で良く読んでおいて下さいね。それでは頑張って下さい」
半日ほどかけて全員の入隊が終了。予定されていた入隊式は明日という事になり、その日は魔皇達は学校に泊まる。なお夜のうちに全員に『入隊のしおり』なるものが渡された。二日目は入隊式と基地内見学、三日目は能力測定と適性検査といった具合にスケジュールが決められていた。
翌日の入隊式で、楽朱以下数名は壇上の人物に驚く事となる。
「隊長の北畠健吾です。東京都民を守るため、皆さんと一緒に働く機会を与えられたことは大変光栄に思っています。これから、宜しくお願いします」
元魔皇対策課二係長の北畠は魔皇達に頭を下げた。
魔皇部隊の人間隊員の半分は旧対策課からの起用だった。他に魔皇相手に事務方をこなせる適当な人材がいなかったからだ。残る半分は東京都庁で神帝軍担当だった者達で、明治五郎もそれに該当する。なお魔皇部隊の活動は東京都限定だが、何故か所属は警察庁長官直属となっている。
発足時の魔皇隊員は234名。人間隊員は54名。また神帝軍から17名が出向。
落とされた魔皇達は、殆どが無事に帰された。だが密の追跡調査によれば、過激派と思しき数十人が以後行方不明となっている。
●陳情陳情陳情
数日のオリエンテーションが慌しく終わると、早速隊長室の扉を叩く者があった。
「組織の名称を変えて頂きたいのですが」
ちょうど責任者の明治と北畠が一緒にいたので、ミサ・スニークは簡潔に用件を述べる。同行者は早瀬と楽朱、ミサは他にも多くの隊員が名称変更に賛成していると告げた。
「神狼だと何か都合が悪いですか?」
「そんな秘密部隊みたいな名前は嫌です」
本当の理由は別にあるが、面と向かって言うのは避けた。
「もっと都民に親しみやすい名称にすべきです」
「分かりました」
拍子抜けするほど呆気なく彼女らが推した『東京都環境改善課(愛称:リユニティ)』は認められる。
「話が早くていいわね。じゃあ、次だけど、こういう組織が出来ましたって事を一刻も早く都民に知らせてほしいの」
続いて早瀬は、構成員が魔皇である事は秘したままで早急に部隊を公表すべきだと進言。
「今、それを北畠さんと話していた所ですよ。所で、どうして魔皇の存在を隠したいと?」
「だって、被害者の気持ちを考えたら、魔皇の部隊なんて反感を買うだけじゃない」
東京の魔皇感情がすこぶる悪いことは子供でも知っている。気にするなという方が無理であろう。ただ明治はスッパリと切り捨てた。
「その通りですが、すぐにばれる事を隠しても仕方ありません」
「そ、それならマスクとかスーツで刻印を隠すとか‥‥ヒーローみたいでカッコいいかも」
「そんな如何わしいモノに東京を守って貰いたくありません」
明治は魔皇達を見据えた。
「貴方達はこれから失った信用を回復しなくてはいけないんですよ。影で人助けをされていたそうですが、それで何か変わりましたか? 一部の人だけに認められても、そんな物は自己満足に過ぎません。‥‥いい機会ですから、ちょっとそこに座りなさい」
「座ってます」
明治は神帝城崩壊で東京都がどれだけの損害を被ったか、クドクドと説教を始めた。
結論として、リユニティは4月末に魔皇による治安維持部隊として公表される事が決まった。降伏という文言には魔皇隊員が最後まで抵抗し、日本政府への亡命という迂遠な言い回しが使用される。
「私達が過激派魔皇を捕まえた場合に、神帝軍へは引き渡さないで欲しいの」
楽朱の進言は過激派への対処法について。人として裁いて欲しいと訴える。
「彼らがそれを裁かれる事を望むなら、此方で引き取りましょう。但し、それを拒否、或いはグレゴールを殺害していたりすれば、神殿に引渡します」
さて陳情が終わって三人が外に出ると、廊下には申請や陳情に来た魔皇がずらっと並んでいた。
「‥‥はぁ。はい次の人どうぞ‥‥」
「取り締まるだけじゃ戦いは終わらない。彼らにも機会を与えて欲しい」
速水・連夜(w3a635)は、過激派であっても投降した者には時間を与え、希望すれば部隊へ編入させる事を提案した。
「速水君に聞きたい。それまで戦っていた魔皇が大人しく此方の説得に応じると思うかね」
北畠は速水の真意を測るように尋ねた。
「安全に暮らせるなら、彼らの大半はいつでも武器を下ろします」
「私達もだよ。だが信じても裏切られることはあるんじゃないか」
この世は善人聖人ばかりではない。言われるまでもない話だ。
「まず姿勢を示すべきだ」
速水の意見は前向きに検討された。
「医薬品、食糧、衣類‥‥これは何ですか?」
巳杜と瀬戸口、それにシュウジ他数名からは支給品の陳情。無線機や携帯電話、身分証などは概ね用意されていた。ただ大量の救援物資に明治は眉を顰める。
「貴方達の活動は治安維持です。救援活動ではないはずですが」
「救援活動は必要ない言うんかい!」
「戦車に救援物資運ばせるために血税使ってる訳ではありません。そういう活動は他の部署がやりますから、貴方達はその人達が安全に活動できるよう東京の治安を守ってほしい」
正論である。
しかし、同様の陳情が続き、結局明治は折れた。
「くろろのお願い聞いてくれて、ありがとー」
「‥‥」
逢魔・都(w3g506)のお礼に明治は仏頂面だ。彼は手を回してどこからか若干の救援物資を融通してきた。嬉しそうにダンボール箱を抱えて走り去る都を見送り、明治はごちた。
「話には聞いてましたが、魔皇の皆さんは子供が多い。‥‥不安だ」
魔皇隊員の平均年齢は18歳、小中学生も少なくない。
例えば瑠音亜である。最年少の7歳。面接の時も、彼女は屈託が無かった。
「るねあね、また学校にいって、お友達と遊びたいの。そのためには神帝軍も普通の人間も魔皇も、みんなが仲良くなることが必要だと思うの。そのために、るねあにもできることをしたいと思います」
一年前に東京に集められた数万の魔皇が全員彼女みたいだったら、戦争は起きなかったかもしれない。
「インファント‥君?」
シュウジ、逢魔・影月(w3a635)、ティクラス、それに逢魔・レルム(w3e066)の陳情は明治に聞きなれない名前だった。何でも仙台神殿が開発したインファントテンプルムの意思を宿した高性能ロボットだとか。
「中身は神帝の瞳なんだけどね。無線で話すの」
「リユニティのマスコットキャラに最適や」
「名前は『テンちゃん』か『からりん』にしようよ」
「材料さえ調達して頂ければボディ作りは我々で行いますので」
口々に説明されても明治には理解が出来ず、出向のグレゴール達が呼ばれた。
「ああ、あの仙台の‥‥」
当直の者が全員呼ばれたが知っていたのは一名。
「私も見たことは無いんですが、噂で聞いた事が。ただ‥‥」
実直そうな聖鍵戦士はまさかという顔をする。グレゴールになる前は技術屋だったという男の話では、魔皇が言った材料でインファントテンプルムと話す事は不可能だ。
「てっきり、悪趣味な誰かの悪戯だとばかり思っていました。もし本当に『インファント君』が存在するなら、それは新種でしょう」
インファントテンプルムには色々と個体差が確認されている。殆どのインファントは周りに一方的にテレパシーを送るだけだが意思がある以上、会話が出来ても不思議はない。
「それじゃ、ここでインファント君は作れないのか?」
「調べてみましょう。もしかしたらサーバントの方が新種かもしれない。テンプルムにサーバントを使役する力はありませんから」
さすがワンダーランド仙台。この件はいったんグレゴール預かりとされ、丸々とした外見の試作ボディはインファントテンプルム内に飾られた。
●探検
インファントテンプルム内。
「‥そうか、テンプルム自体に見張らせる計画は悪くないと思ったんだがな」
影月から入口近くのオブジェの事情を聞いた速水は、逢魔が予想したより深い落胆を見せた。
「何か、ございましたか?」
通路にケーブルを敷設していた影月は作業を中断して尋ねる。
「魔皇達をどう監視するかで揉めている」
一番の問題は出向グレゴールを殺してしまわないかどうかだった。
「その件ですか。仕方ありませんな、魔皇様を縛り付けることなど神にもできないこと」
納得したように影月は作業に戻った。彼の仕事は電気工事。
基本的にテンプルムに機械設備は持ち込まないのが神帝軍の常識なのだが、今回は使用するのが人間と魔皇なので入口を開放してそこから電源等を取る事になった。聞く所によれば神帝軍同士の通信はテレパシーや魔法装置で行われているのだそうだ。
「‥‥にゃ。くろろがいない?」
都は一人でテンプルムの通路を歩いていた。通常の神殿と違い、ネフィリムが通れる大通路はないが、それでも作りは広々としている。
「もう、どこ行ったの〜」
独りで心細い都は前方で物音がした気がして近寄った。
「あ、くろろー」
残念ながら其処に居たのは巳杜ではなく、斬煌・昴(w3i628)と逢魔・クリストファ(w3i628)だった。神殿の中を調べていた斬煌はグレゴールの警備している部屋を見つけた。
「中を見学させて貰えないか?」
年配のグレゴールは値踏みするように昴達を見て、淡々と答えた。
「ここはエネルギー集積所だ。中には誰も入れられない」
今は味方の安心からか、つい気安くなって斬煌は言った。
「いやにあっさりと教えるんだな。そいつはテンプルムの急所じゃないのか?」
「俺に何かあった時はお前達が代わりに守る場所だ」
(「人間から集めた感情を俺が守る? ‥‥うーむ」)
インファントテンプルムには魔皇軍も注目しているが、人間の感情を奪って成長する点では他の神殿と代わりは無い。そこを基地とする事に、斬煌は改めて複雑な思いがした。
烏山インファントテンプルムは直径約80m。
入口は上部に2つあり、そのうち1つは常に解放。
神殿下部は地面の下に埋まり、移動機能は持たない。魔皇達の調査結果では、神殿内には大小、30余りの部屋と通路が存在。コントロールルーム、マザールーム、ネフィリム格納庫等は存在せず、重要な場所としては感情エネルギー集積所が1つある。各部屋は魔皇部隊の基地として隊長室、会議室、当直室、仮眠所、備品倉庫、ラウンジ、留置所などに使われている。隊員宿舎にはすぐ近くの廃校を接収。魔皇部隊出向のネフィリムも4機が校庭に置かれている。
●敵味方丼
大方の魔皇の予想を裏切って、過激派との衝突は起きなかった。
これには色々と理由があるが、まず第一の理由は関東魔皇軍の動きにある。
「次の紫の夜で残る東京の神殿を攻撃すれば、また数十万の仮設住宅が必要になりますね」
ミサはパトロールに出て、市街地調査で得たデータをノートPC上でまとめてみた。
「過小に評価しすぎだよ。都心崩壊時ほどじゃないけど、百五十万人分は要ると思うよ」
彼女に付き合う巳杜は自分が取った地図のデータをミサに見せる。警察庁や東京都のデータは魔皇軍にない物も多く、その閲覧が可能というメリットは大きかった。提供された神帝軍のデータと合わせると3・15で東京が受けた被害の詳細が浮かび上がる。気の弱い魔皇なら、己の罪深さにおののいたかもしれない。
「もし状況がこのまま推移して5月に大作戦を行えば、東京の神殿を全て破壊できるかな」
「だけど‥‥」
人も大勢死ぬ。また苦戦すれば禁止していても悪魔化は起こる。無論、その規模は3月程ではないだろうが、前回水際で悪魔化魔皇を止めた東京の神殿が今回の攻撃目標だ。悲劇は避けられない。
だが攻撃以外の選択肢は隠れ家にはない。ギガテンプルムを失ってなお東京神帝軍の総戦力はメガテンプルム以上。マティアに時を与えれば、再び隠れ家が危ない。既に蒼嵐、雪花、翡翠を失った魔皇軍にも後は無かった。
「人と魔皇、そして神帝軍は今はまだいがみ合っているけれど、理解しあうことは出来るはずです。私達には何かが出来ると思います」
「そう信じたいね」
事態の変化は余りに早かった。
パトロール中に、逢魔・欄(w3g357)は突然、電我に告げた。
「魔皇様、私は人の暮らしが好きです。魔だからとて、目を背けることのできないものがあると思います」
「俺に紫の夜を止めろとでも? 無理なものは無理だぞ」
過激派の情報を集めながら苦悩していた電我は不機嫌そうだった。
「夢を見ろと申しているのではありません。ただ現実から目を逸らさないで」
「存外に、良い事も少しは残っているものだ。また会えるとは思いませんでした」
自転車で廃墟の東京を見回っていた岸谷・哀(w3h560)は府中で出会ったグレゴールと再会した。
「人に降ったのか?」
「組織に属するのは癪だけど、それも言ってられない世情です」
打ちひしがれた人々に歌を聞かせていた逢魔・N(w3h560)は嬉しそうにグレゴールに近寄る。
「今度こそ、仲良くなりたいです」
「仲良くなってどうする? 一月後には戦うかもしれないのに」
グレゴールの顔には怒りも嘲りも無い。深い悲しみだけがあった。紫の夜が知られた訳でもないだろう。ただこれまでの戦いからその予感は誰の胸にもある。
「違う。私は‥‥!」
自転車が倒れて、籠に入っていたノートが落ちた。見回り中に気づいた事が書かれている。
「私も一年前は普通の会社員だった。今は戦って死ぬことすら安らぎと思えるが。一月後、私もお前も相応しい場所にいればそれでいい。だが今は仲良くする気にはなれん。それでは奥田が哀れだ」
「どうして付いてくるんですか?」
「見張りですから」
軍鶏鍋は長いため息を漏らした。グレゴールの弓塚七恵が彼の後をついてくる。
「私の事は気にせず、任務に励んでください」
どうも軍鶏鍋が心中で神帝軍を認めないと思っている事がばれているらしかった。面接では神帝軍を認めると返答していたが。
「クレアさんまで人質に取られて‥‥なんだか侘しいですねぇ」
魔皇部隊の中で、特に監視が必要とされた魔皇達は活動中は逢魔を基地に残すように言われていた。ていの良い人質である。軍鶏鍋は疑いを晴らすように用意したサッカーボールで遊びまくった。
「???」
「子供たちにサッカーで元気になってもらうのもいいかなぁと」
どこまで本気か分からぬ男である。
「う、鼻が取れそうだ」
斬煌は未だ回収の見込みのない野晒しの死体を処理していた。東京は死臭を放っていた。
「とほほ、こんな匂いつけてたら女の子が近寄ってこないよ」
パトロールから帰って、瀬戸口も自分に染み付いた匂いに閉口する。
「文句なんか言ったら、バチが当たりますよ」
「おまけに何でか、俺四六時中男になんか見られてるしー。横暴だぁ」
瀬戸口は鈴木和夫の顔を恨めしそうに睨む。
「ねぇ鈴木さん。救援物資は全然足りてない、俺にイイアイデアがあるんですけどね」
逢魔・シェリル(w3d060)を通じて密と連絡を取った瀬戸口は、魔皇軍から足りない分の救援物資を引き出せないかと考えた。
「渇すれども盗泉の水を飲まず、です」
鈴木は固かった。
「だいたい、関東魔皇軍にそんな余裕は無いと思いますが」
「‥‥」
その通りだ。神帝軍の救援物資を強奪するならともかく、自前で揃えるとなると相当な労力がかかる、もし実行するなら紫の夜は諦めなくてはならない程だ。
「伍鉄さん、大丈夫かなぁ」
逢魔・クレア(w3a444)は学校で他の逢魔とおむすびを握っていた。出来上がりは付近の炊出しで都民に振舞われる。ちなみに逢魔の心配を他所に、密と七通りの連絡法を決めていた軍鶏鍋は弓塚をまいて、過激派と接触していた。
「今は静観して貰えないだろうか?」
「がはは、それで、わざわざ心配して来てくれたんですか? いやいや、どーもすみません」
過激派魔皇の一派を束ねる設楽九鬼は軍鶏鍋に紫の夜まで大人しくすると教えた。
「私は、無理な戦いはしない主義だ。司が頑張って、5月に関東で大作戦があるみたいだから、先走ったりはしませんよ。がはは、心配無用です」
「それは賢明なご判断です」
依頼を受けた魔皇の中ではシウ・ソーマ(w3h001)は唯一、リユニティと距離を取った。
執事の逢魔・フェイ(w3h001)は過激派とのパイプ作りに奔走し、それは成功した。シウは八王子で最後を遂げた過激派、久留間一派の最後の生き残りと見なされている。巳杜と情報を交換した彼らは久留間と親交のあった設楽一派の動きを止めることに成功した。過激派と言っても目的は同じ神帝軍打倒であり、半月後に同じ場所で紫の夜があるならそれに注力するのは当然だった。
結果的に、多くの過激派魔皇グループは鳴りを潜めて関東魔皇軍に合流を果たし、リユニティとの衝突はとりあえず回避された。
●顔見せ会
予定よりかなり遅くなったが、瑠音亜やシュウジが中心になってリユニティの親睦パーティが開かれた。会場は学校の体育館だ。
「え〜、では『リユニティ』結成を記念いたしまて‥‥カンパーイ!」
シュウジが音頭を取って、人化した魔皇200名と人間達、グレゴール達がそれぞれにグラスを傾ける。但し、この頃には五月に何かがあるという噂はさざなみの如く隊内でも広がっていた。
「様子見が半分。本気がその半分、見えてこないのが残りの1/4‥‥そんなところかな」
「もし明治達は本気で俺達に治安を守らせる気でも、いざ戦争が始まったら、俺達はどうすればいいんだ?」
そこかしこでヒソヒソ話が交わされる。
「折角のパーティだ。気まずい話は止めておこう」
ティクラスは話題を変えた。といっても4月末、和平を心から願う者達にとって良い話は殆ど聞こえてこなかった。ティクラスも巡回で都民の声を聞いていたが、魔皇への怨嗟と未来を絶望する声が圧倒的に多い。皮肉な話だが、神帝軍よりも人間の方が魔皇を憎んでいるようでさえあった。
「‥っ」
時折、インファントの『声』が頭に響く。争いを止めるよう訴えるその声は、一部の天使達には神の声と聞こえているらしいが、特に畏怖を受ける訳でなく、魔皇にとっては単なるテレパシーに過ぎない。或いはただ泣くばかりの赤子であり、少々煩くもあった。
(「生を受けたばかりで周りは戦場、泣きたくもなるだろうがな‥‥」)
心中で溜息をつき、ティクラスはインファントに聞かせるように和やかな話題を探した。
「るりあね、みんなと仲良くしたいの。ずっと、ずっとだよ?」
瑠音亜の姿は人間の中にあった。レルムはインファント君2が如何に愛くるしい姿で誕生するかを話していた。軍鶏鍋はクレアと茶を飲んでいた。巳杜の姿はいつの間にか消えていた。カーラは赤い林檎にかじりついていた。柴田は府中のグレゴールと再会して泣いていた。楽朱は上月紫の安否を弓塚に尋ねていた。相寺は彼の武勇談を聞きたがる魔皇達に囲まれていた。電我は毒を飛ばしていた。瀬戸口は勿論ナンパに張り切っていた。斬煌は風呂に入っていた。速水はパソコンの画面を厳しい顔で見つめていた。Nは歌を歌った。早瀬はパーティ会場の隅で眠っていた。ミサは名古屋からの電話を取り、その場で凶報を最初に聞いた人となった。
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