■東京物語 事件2『無情の地平』■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオEX クリエーター名 松原祥一
オープニング

●東京物語 幕間1
「次の紫の夜で残る東京の神殿を攻撃すれば、また数十万の仮設住宅が必要になりますね」
 パトロールに出た魔皇が、市街地調査で得たデータをノートPC上でまとめていた。
「過小に評価しすぎだよ。都心崩壊時ほどじゃないけど、百五十万人分は要ると思うよ」
 別の魔皇が自分が入手した地図のデータを見せる。
 彼らはコードネーム『神狼』、正式には『東京都環境改善課(リユニティ)』と呼ばれる。
 崩壊寸前の東京都が治安維持の切り札として出してきた亡命魔皇部隊だ。
 人権復活、政府公認という破格の待遇、第一期募集では200名強の魔皇が入隊した。

 だが、過激派魔皇対策として設立された彼らの目前に広がったのは、全く別の地平だった。

「もし状況がこのまま推移して5月に大作戦を行えば、東京の神殿を全て破壊できるかな」
「だけど‥‥」
 古の隠れ家の司、歩美の大決断は5月に再び東京圏での紫の夜を可能たらしめた。
 しかし、それは再び東京が戦火に溺れるということでもある。
 神帝軍攻撃が都市破壊と同義の現在、それは東京を守るリユニティにとっては敵対行為に等しかった。
「3・15と同様に宣戦布告した場合は人の死者は減らせるが魔皇の死者は増える。苦戦すれば禁止していても悪魔化は起きてしまう。規模は前回ほどではなくても、水際で悪魔化魔皇を止めた東京の神殿が今回の攻撃目標だ。悲劇は避けられない‥‥」
 ギガテンプルムを失ってなお、東京神帝軍の総戦力はメガテンプルム以上だ。マティアに時を与えれば、再び隠れ家が危ない。既に蒼嵐、雪花、翡翠を失った魔皇軍にも後は無かった。
「人と魔皇、そして神帝軍は今はまだいがみ合っているけれど、理解しあうことは出来るはずです。私達には何かが出来ると思います」
「そう信じたいね」
 事態の変化は余りに早く、彼らにとって残酷だった。

 パトロール中、レプリカントの少女は突然、主人を振り返った。
「魔皇様、私は人の暮らしが好きです。魔だからとて、目を背けることのできないものがあると思います」
「俺に紫の夜を止めろとでも? 無理なものは無理だぞ」
 苦悩は誰の中にもあった。
「夢を見ろと申しているのではありません。ただ現実から目を逸らさないで」

 或いはグレゴールとの再会を喜ぶ逢魔に突きつけられた現実。
「今度こそ、仲良くなりたいです」
「仲良くなってどうする? 一月後には戦うかもしれないのに」

 そして、4月末に嵐の鐘は鳴った。
「名古屋が‥‥動いた?」


 〜東京物語 事件2『無情の地平』〜

 魔皇の決断が歴史を動かす。



●依頼
「近々、大きな戦いがあります」
 逢魔は魔皇達の前に手をついて頼んだ。
「平和を望むのにまた戦うのか?」
「平和のためです。この戦いで関東を開放します。次は日本、そして世界を――」
 戦いはどちらかの敗北によってしか終わらない。
 魔皇軍は覚悟を決めたようだった。危険な権天使の排除、休戦条約による切り崩し、恫喝と懇願。連呼される勝利と解放。戦いを終わらせるための戦いが続く。
「どうか魔皇軍に弓ひく事だけはしないで下さい」
 逢魔の願いは、リユニティが魔皇軍の大作戦の邪魔をせず、その上で大作戦後に日本戦線の講和の礎となれるよう、リユニティに成果をあげさせてほしいというものだった。
 不可能依頼と呼べる、難易度の高さだ。

●仕事
「近々、魔皇軍が東京を再び襲うという噂もあります。これ以上、東京が破壊される事は何としても避けたいところです。何とかして過激派から東京侵攻の情報を入手してください」
 明治五郎はリユニティに西東京で活動中の魔皇軍過激派のアジトを抑えて、予想される魔皇軍の東京侵攻の情報を入手するよう指示した。この時には西東京の過激派魔皇達の殆どは、今月関東で行われる紫の夜の情報を得て関東魔皇軍に合流していた。
「それから、私達の手で東京を守る作戦案を募集します。アイデアがあれば資格は問いません、隊長室に来て下さい。我々はたかだか数百で、魔皇軍は少なくとも数千はくだりませんがね」
 東京神帝軍の総力は現時点でグレゴールが推定一千弱。勢いは魔皇にあり、魔皇軍有利と予想する者もいれば、悪魔化の禁止やパンデモニウムの喪失、今回は関東以外の戦力の助力が期待できない事などからギガテンプルム無くとも神帝軍有利とする者もいて、勝敗は全く見えなかった。
シナリオ傾向 PC主導、東京を救え、超高難易度
参加PC 軍鶏鍋・伍鉄
速水・連夜
ミサ・スニーク
柴田・こま
キリカ・アサナギ
加羅薙・蒼馬
ティクラス・ウィンディ
久我弥・愁二
巽・楽朱
電我・閃
巳杜・黎
相寺・ユウ
シウ・ソーマ
岸谷・哀
森守・瑠音亜
斬煌・昴
シュウジ・ナギラ
早瀬・理奈
東京物語 事件2『無情の地平』

●回避されるべき全ての戦争
 外はぼんやりとした薄曇、東京都環境改善課の責任者、明治五郎の顔も何故か晴れない。
「避難ですか‥‥何処へ」
 流伝で依頼を受けた魔皇達が、彼の前に立っていた。
 名前をあげれば、早瀬・理奈(w3j512)、逢魔・カルロス(w3j512)、久我弥・愁二(w3f169)、シュウジ・ナギラ(w3j331)、速水・連夜(w3a635)、逢魔・影月(w3a635)、森守・瑠音亜(w3h773)、逢魔・ライハ(w3h773)、ミサ・スニーク(w3a864)の9人。
「避難地の一つとしては、千葉のTDLなど如何でしょうか? 幸いに、あの辺りは大きな戦いには巻き込まれていません」
 言ったのは影月。
「それと、茨城、神奈川が良いと思います」
 ミサがそう言うと、隣にいた理奈が頷いた。
「埼玉や山梨、群馬が適当では無いですか? 千葉は良いとして、神奈川はそれほど余力は無いでしょう。それに長野が避難民を受け入れると言ってきていますが?」
「烈皇の軍が中仙道を通る。長野も戦場になりそうだしな」
 速水は別の依頼でタダイ軍の偵察に行っていた。避難用の情報収集と言って、報告している。
「群馬には魔皇軍の隠れ家がありましたね。武尊山でしたか」
「戦場になるかもしれません」
 ミサは隠さなかった。リユニティは魔皇軍にとって重要な情報源だが、同時に魔皇軍の情報も東京都や神帝軍に伝わる。
「蒼嵐ですか。紫の夜を止めることは出来ないんですか。その方が早い」
「残念だけど、それはわたし達の力じゃ無理よ」
 悔しそうに早瀬は言った。戦いを止めようと、およそ穏健派と言われる魔皇達は何度も仲間を説得していたが、主戦派の方が数は多い。
「私達で蒼嵐を攻めれませんか」
 真意を測るように明治は尋ねる。
「仲間を襲えと?」
「都民が聞いたらどう思うか、魔皇軍を仲間と呼ぶのは止めなさい」
 本気で武尊山を攻めさせる気はないのか、明治は話を避難に戻した。
「しかし、時間が足りませんね」
「全部の人達を避難させるのは難しいの。テンプルムの方を移動は出来ないかな?」
 瑠音亜は東京に残る神殿群を市街地から移動させる事を提案した。
「海上に移動して戦えば、一般人が死ぬことはなくなると思うが」
 ライハが言った洋上決戦案は前々から魔皇の要望だった。テンプルムを攻撃する度に人間に恨まれるのは魔皇には嫌な話だ。
「どうやって神帝軍を信用させるんですか? 都民も納得しませんよ」
 この提案は両者が合意の上で同等の戦力を出す事が前提だ。
 仮に神帝軍が大軍を洋上に並べたら魔皇軍は敗北覚悟で大軍を相手にする訳がなく、大軍から遠くの別の神殿を攻撃するだろう。そもそも洋上の神殿を魔皇軍は攻めるだろうか。容易く紫の夜の圏外に逃げられるかもしれないのに。
「最初から紫の夜は避けて通ればどうだ? 俺達が探って、紫の夜の正確なスケジュールを手に入れて来てもいい。そうすれば夜は避けられる」
 ティクラス・ウィンディ(w3e066)はライハ達とは逆の視点で神殿移動を提案した。
 紫の夜が始まれば関東の神殿が一斉に移動して、逃亡したと見せかける。大規模な戦闘は起こらないから人の被害も僅かで済む。リユニティが過激派の動向を見張り、そして夜が終わると同時に神帝軍と一緒に強襲して過激派を一掃する。大胆なアイデアだ。
「危険な作戦だ」
「そうかもしれない。だが、成功すれば目的は叶うじゃないか」
 魔皇軍は大打撃を被るが、鎮圧に協力したリユニティは晴れて人間の味方となり、宣伝効果は絶大だ。だが明治は首を振った。
「私は役人です。それに、戦争はゲームではないんですよ」
 戦場も敵も己の都合の良いように選べたら、それは戦略の一つの究極。大規模な作戦には大きな権限と才覚が不可欠で、ティクラスの発案レベルの事をリユニティが行えば破綻は自明だった。
(「‥‥駄目か。俺が将軍だったらな‥‥」)
 ティクラスは目を閉じた。彼は歴戦の勇士で部隊長程度の才覚は証明していた。現状はそれが限界なのか。
「どうしても東京が戦場になるのは止められないのか?」
「止められますよ、魔皇軍が攻撃しなければ」
 当然である。
「君達が神殿の前で両手をあげて制止するのはどうですか? 攻撃を止めてくれるかもしれません」
 絶対とは言えないが、恐らく止まらない。魔皇同士で戦う羽目になるだけだ。
「‥‥何か、方法があるはずだ」
「私もそう思います。君達が知っている事は全て話して下さい。そして、一緒に考えましょう」
 人の歴史では、不可避と思われた戦いが避けられた事も無い訳ではない。

「戦いを避ける道は無いのでしょうか?」
 同じ頃、逢魔・水雅流(w3g171)は古の隠れ家で逢魔達を説得していた。
「残念ですが、今は戦いを終わらせるためにも戦うしかありません」
 魔皇軍も神帝軍も最早戦いの準備に入っている。
 今から止める事は、神算鬼謀の持主にも不可能なことだ。

「えっと、投降して紫の夜に参戦しなければ魔皇軍が敗北しても殲滅を行わないって宣言は出来ないでしょうか?」
 柴田・こま(w3b515)は緊張したのか、少し言葉足らずになった。
「あっ‥‥えーと、私達みたいに東京を守るためとか、じゃなくて‥‥戦うのが本当に嫌で仕方なく戦ってる人達もいると思うんです」
 魔皇軍が敗北しても、投降者は殺されないと保障されるなら戦いを止める者は多いだろう。
「無理です」
 明治の返事はにべもなかった。
「はぅ」
「先日は俺の提案に前向きに検討すると言ってたはずだがな」
 速水が横槍を入れる。
「柴田さんの要望は一回り大きいですよ」
 実質的に魔皇全ての助命嘆願だ。本来は前神帝に言うべき事で、神帝を名乗ったマティアが全神帝軍を掌握しているとは言えない現状では、そのメッセージを受け取れる者はいない。
「保障はできませんが、約束は可能ですよ。その覚悟があるならですが」
 リユニティは、空手形を切る事が出来る。投降者を部隊へ編入してしまえば良い。色々と軋轢は増える事になるが。

 明治と魔皇達の話し合いは深夜にまで及んだ。
「では私は、これから報告に行きます。避難命令は出して貰えると思います」
 リユニティは魔皇軍の東京襲来は間違いなしと報告し、東京都と東京神帝軍もそれを認めた。
 神殿から半径5キロ以内の都民に避難命令が出される。

●都民大移動
 命令が出されてしまうと、後は殆ど都庁の仕事だ。
「わたしたちも避難誘導のお手伝いにいっていー?」
 手持ち無沙汰になった逢魔・クレア(w3a444)が尋ねる。
 一種の戒めとして、危険な任務で魔皇が外回りの時は烏山に逢魔を置いていく事が半ばルール化されている。軍鶏鍋・伍鉄(w3a444)の場合は若干事情が違い、クレアは殆ど留守番だ。
「どうでしょう」
 ミサは避難計画と状況をパソコンに打ち込んで検討していた。何百万人の避難に関し、リユニティは裏方だ。何万人の都職員や警察や消防が協力して活動しているので、逆に魔皇達が現場で避難誘導するのは混乱を招くからと止められている。
「私達のこと、もっと分かって貰いたいのに」
 都民と話したがっていた巽・楽朱(w3g171)は残念がった。
「ダメなのかな? わたし、あの人達に嫌われてるのは分かってるの、でも話をしたら少しは理解して貰えると思う。石をぶつけられたりするかもしれないけど、平気だから」
「そうですわなぁ。わいも同じ考えやけど、飛んでくるのは石だけとは限らんさかいに」
 シュウジは東京都が行った都民の対魔皇意識のアンケート結果を読んだ。
 気がついた時にはパソコンを粉々にしていた。その場に人間がいれば多分殺していた。
 石よりも言葉は心をえぐる。人を好きな者ほど感情を揺さぶられる。逆に人間を何とも思っていない魔皇なら、笑って読めたろう。
「魔皇様、か、代わりに私が行きますわ」
 言ったのは逢魔・アマデウス(w3j331)。逢魔には感情の宿命は無い。原初の魔皇の破壊衝動が人の身で生まれた魔皇に色濃く顕れているのは皮肉なことだ。強大なソノ力は人に抗えるものではなく、人格者や平和主義者でも魔皇である限りは感情の業には勝てない。
「はいはーい、わたしもご一緒しまーす」
 クレアが手をあげた。

「そいえば、鈴木さんのズマちゃんはどこいったの?」
 逢魔・都(w3g506)の言葉に、鈴木和夫は目を丸くした。
「聞いてないんですか?」
 都は首を傾げる。
「ううん‥‥ズマちゃんは、人を覚醒させるの後悔しないのかなって。みゃあこは、ちょとだけ後悔あるん。鈴木さんは普通の人に戻りたいって思ったことある?」
「何度も思いました」
 鈴木は魔皇対策課にいた刑事だった。
「ここにいたのか。ん、馬鹿猫も一緒か」
「あ、くろろ‥。みやぁこ、おてつだいしてくるね」
 巳杜・黎(w3g506)が現れると、都は入れ違いに席を外した。
「紫の夜の時間を教える。人の犠牲者を出すのは、俺も本意じゃない」
「教えるって、巳杜さんは今も魔皇軍なんですか?」
「魔皇軍か‥‥俺は都民側だと思っているよ」
 魔皇達は魔皇軍と呼ばれる事にいつの間にか慣れていた。本人達も口にしているが、己が軍人や戦士だと自覚している魔皇は驚くほど少ない。
「ソースを教えて下さい」
「‥‥」
 情報元は旧蒼嵐の逢魔達だが、教えれば裏を取るだろう。それで情報ルートが潰れたり逢魔が捕まれば魔皇軍に巳杜が恨まれる。悪くすれば紫の夜自体が潰される。
「俺を信用して貰うのはダメか?」
「情報は参考にします。信用の安売りは感心しませんが」

「‥‥無力ですね我々は」
 東京を去る人々をカルロスは悲しげな顔で見送った。
「守ればいいのよ、私達の手で」
 早瀬は独断で避難誘導に手を貸し、苦い思いを味わった。それを忘れようと働きづめで、少し眠りたかった。
「早瀬? 顔色がよくないですよ」
 久我弥は心配して、彼女に栄養ドリンクを手渡した。魔皇には気休めだが、それが何よりの薬でもある。
「ありがと」
「少し眠りなさい。起こしてあげますから」
 魔皇達は避難誘導はしなかったが、すぐに多忙になった。
 都民の避難は大変な混乱を生んだ。
 暴動が発生した訳ではない。都民は粛々と命令に従った。渋滞の緩和のため、車の利用も制限していた。それでも数百万人の移動はトラブルを生み、事故や火事が多発。魔皇事件も増えた。過激派とは無関係で、殆どは混乱が引き起こした偶発的な事件だ。

●危険な立場
 避難に目処が立つと、その後の事が心配になってくる。
「リユニティは人命を守る、神帝軍でも魔皇軍でも人間に危害を加えるものは容赦しないって公表してほしいの」
 早瀬は明治と北畠に人命優先を主張した。
「ああ、人間を襲う者は誰であろうと許さない。それがたとえ同じ魔皇でもな」
 斬煌・昴(w3i628)は人目を憚らず、そう公言した。他にシュウジ、瑠音亜、巳杜、相寺・ユウ(w3g520)、久我弥、速水、それに軍鶏鍋等も同じ陳情をしていた。
「それでは戦闘には関与しないと?」
「ああ、神殿が落ちようと魔皇軍が全滅しようと手は出さない。非戦闘区域を決めて、俺達はそこを守る」
 言ったのは速水だが、全員が同意見のようだ。
「非戦闘区域と簡単に言うが、東京は広い。神殿の外側と言っても、防衛線は百キロを越えるぞ。とても私達だけでそれを守ることはできやしない」
 隊長として北畠は防衛案の無理を指摘した。リユニティだけで神殿を除く東京全域を守ることは不可能だ。避難所の数はリユニティの人数より多いし、長大な防衛線は破綻が見えている。
「人間に危害を加える者は神帝軍でも魔皇軍でも許さないとは‥‥君達は馬鹿ですか?」
 明治の駄目出しはもっと辛辣だ。
「そういう台詞は君達だけで都民を守れるようになってからにして下さい。もしそんな事を公言すれば、神帝軍と魔皇軍の両方から狙われる事が分からないんですか?」
 神帝軍も魔皇軍もある意味、人間の為に戦っている。彼らの言は独立宣言に等しい。リユニティの戦力が数千に達しているなら東京都も本気で考えたろうが、たかが数百の彼らにそんな大言を言わせるはずが無かった。都民もそれは望んでいない。
「それとも、本気で独立させるつもりですか?」
 答えたのはミサ。
「今すぐにそれが出来るとは思っていません。ですが最終的には、人間の障害になるものを無くし、人と魔皇と神帝軍との和平の礎を目指しているつもりです」
「その通り、今すぐには出来ませんよ。焦らずに今出来る事をして下さい。私達は実務能力を期待された治安部隊だ。政治家ではありません。先程の話は、下手な街頭演説でした」
 リユニティには戦力がある。全体から見れば小さくても神殿を破壊し、魔皇軍に一撃を与えうる力だ。東京都からは防衛を期待され、神帝軍からは戦力として期待され、魔皇軍からは手柄だけ立てろと無理を言われている。
 皆は考え込むが、瑠音亜はまだ諦めきれない。
「わたしはねぇ、『リユニティ』という組織を中立に置くことで、神魔の間を取り持ち、戦いのない平穏な世界を作ることが、都民にとって一番いいことだと思うの。そうしたら、みんなで笑って仲良くできるよね♪ その為には今回の戦いでは、中立を守るのが一番いいと思うの」
「私達は当事者なんですよ。日和見と思われます」
 中立を選ぶ場合、一番簡単なのは戦いに加わらない事だが批難は確実だ。専守防衛を選ぼうにも、守るべき地域は守れる地域より大きい。戦力の放棄は、全滅する覚悟が必要だ。
「それなら魔皇軍と戦えば都民と神帝軍は納得するんだな?」
 意外な事を言ったのは電我・閃(w3g357)。
「魔皇の中には俺達の事が気に入らない奴らもいる。俺達も、過激派の連中と戦うのは吝かじゃない。紫の夜の時に、ケリをつけるのもいいんじゃないか?」
 電我は紫の夜までに過激派を叩いて挑発すれば、決戦に持ち込めるのではと考えていた。
「俺達がどこの神殿を守ると宣言すれば、俺達の事を気にしてる魔皇達は攻めてこないだろう。攻撃してくるのは俺達の敵だ。違うか?」
 魔皇軍と一線を画すリユニティとしてはそれでも良い。だが魔皇軍は反対するだろうし、過激派を挑発する事も受け入れる神殿探しも難事には違いない。
「紫夜が止まらないなら、夜明けを完全なものにしてやる。過激派を潰して」
 議論は白熱した。

 リユニティの中で、徐々にだが魔皇軍という枠を外れた言葉が出始めていた。魔皇軍にとっては危険な兆候だが同時に、期待する所でもあった。

●隠れ家始末
「瑠璃は悪魔化を禁止する方向に動いているらしい」
 岸谷・哀(w3h560)は東京を離れ、隠れ家に向っていた。
 神帝軍との講和が進む瑠璃は、悪魔化魔皇は極刑に処すとの判断を示したらしい。聞くところによれば逢魔も同罪というから、存外に厳しい。
 岸谷が向った時期は一足先に紫の夜が発動していて、西日本は大変だった。
「今度の東京の戦いは、蒼嵐だけで戦うような話になっているそうだ。それについて瑠璃はどう思ってるのか?」
 率直に聞かれて、対応した逢魔は困ってしまった。
「あ、あの‥‥そのような難しいことを仰られても‥‥」
「瑠璃は神帝軍と講和を進めているそうだから、東京の戦いに積極的に関わりたくないのかな。できれば平和の抑止力になってほしいんだが‥‥まだ時期尚早か」
「あの、その‥‥」
 泣き出しそうな逢魔が気の毒になり、岸谷は早々に退散した。

「神戸はとても入れる状況じゃなかった」
 昴は岸谷について関西までやってきた。目的はシモンに逢う事だったが、神戸は天地がひっくり返ったような騒ぎの最中だった。
「どこも色々と大変なんですね」
 同行していた逢魔・クリストファ(w3i628)は溜息をつく。
「そうですね。あの‥‥余り物ですけど宜しければ‥どうぞ」
 逢魔・N(w3h560)が瑠璃へのお土産にと持参してきた鯛焼きの残りを昴とクリスに渡した。
「‥あったかいな」
「そこの、コンビニで温めてもらいました」
 彼らは、匂いに誘われた訳でもないだろうが逢魔・カーラ(w3b515)とバッタリ出会う。
 カーラは鯛焼きを頬張りながら此処へ来た経緯を話した。
「此処にいるシズカさんという方が、何でも重要人物だそうなんで、ちょっと魔凱をくすねて‥‥ごほごほ、いえ‥お借りしようと思いまして。一つくらいなら、良いですわよね」
 魔凱の貸し出しは岸谷も頼んでいたが、何しろ瑠璃が混乱の最中だったので諦めざるを得なかった。それに、仮に西日本の神帝軍と講和が進めば、今後瑠璃は関東の戦いに手助けはしてくれない可能性もあった。瑠璃が他の場所の戦いに積極的に協力する事は必然的に講和の危機となる。
「東京に戻ろう。私に、それが相応しい場所なのかはまだ分からないけど」
(「何を云っているのだろう、私は‥‥」)
 岸谷は答えに悩んでいた。
 西日本で一足先に人々の決断と別離を目撃した事が、彼女達にどんな影響を与えるのか。

●過激派取締り
「探さなくて、いいんですか?」
 弓塚七恵は公園の芝生に座っていた。
 彼女の視線の先に、サッカーボールを蹴って子供達と汗を流す軍鶏鍋がいる。
「まあまあ。昔から、果報は蹴って待ってと言いますしー」
「いいませんよ」
「あれ、ローカルでしたか。まあ、もー少し待ちましょう」
 リユニティは過激派魔皇のアジトを探していた。
 紫の夜や魔皇軍の作戦情報を少しでも得るためだ。

 同刻、キリカ・アサナギ(w3b902)は逢魔・ナナ(w3b902)と共に過激派の一派を纏める人物、設楽九鬼と会っていた。
「7才のコが『戦後』まで考えて、本気で頑張ってる。形だけでもスジを通しとくのが、戦争するオトナの責任ってモノでしょ♪」
 キリカは設楽にはリユニティに参加する魔皇達の代理人を名乗った。
「がはは、どーもどーも」
 設楽は陽気な男。キリカは早々に用件を切り出した。
「がはは、お心遣い頂いて、感謝に堪えませんなぁ。よろしく伝えておいてくださいね」
「伝えます」
 設楽はキリカが持ってきた話を飲んだ。
「‥所で、近頃うちの情報が漏れてましてねぇ、まさかそちら絡みじゃないでしょうね?」
「まさか。お仲間じゃないの?」
 どちらも在り得る話だ。
「お前達は人間を守るためなら、仲間でも戦うんだろ」
 話を聞いていたシウ・ソーマ(w3h001)が声を出した。傍らにいた逢魔・フェイ(w3h001)は少年を止めようとするが、思いなおして後ろへ退く。
「それは君達だろ」
 キリカは過激派にシウのような少年が参加している事に心が痛んだ。
「設楽さん、追加で一言いいかな? リユニティに、キミたちが『悪魔化だけは選択しない』って声明を出してほしい」
 悪魔化は本来使用するものではなく緊急避難や事故の類だから、完全に防ぐ事は不可能だ。それはキリカも承知だが、体面は取り繕っても損は無いと思っていた。
「がはは、宣言ですかぁ。犯行声明じゃなくて? まあ、いいでしょう」
 キリカはその言葉に満足して立ち去った。
「いいの? あの人達に協力しても?」
 シウの心中は複雑だ。それがすこし少年を懐疑的にさせていた。
「がはは、何とかなるでしょう」

 その後、リユニティによる過激派狩りが始まった。
「リユニティだ、無駄な抵抗はやめろ!」
 相寺ユウはアパートのドアを蹴破り、真デヴァステイターを構える。
「ここは僕が‥‥その間に窓から逃げて」
 真ディフレクトウォールを出してシウは相寺から仲間を隠す。
「逃げても、人に害をなす貴様らを俺はどこまでも追うぞ。そして貴様らを殺す。この俺には、造作もないのだからな」
 相寺は名前も知られた撃墜王である。とりあえず実力はシウとドッコイ程度だが。
「分からないな。それだけ強いなら、神帝軍と戦えばいいのに」
 シウは真幻魔影で相寺とリユニティの隊員達を幻に沈めた。
「くっ‥‥」
 相寺が幻影から立ち直った時にはシウの姿は消えていた。
「口だけですか」
 逢魔・リリアクー(w3g520)がぼそりと呟く。
「な、な、俺が本気を出せば一瞬で瞬殺だっ。‥‥だが、改心する機会を奪いたくなかっただけだ」
 見事に虚勢である。
「ユウは優しいのですね。リリアにも優しくしてください」

 GWが過ぎた頃には、リユニティは幾つかの過激派アジトで情報入手に成功していた。だがアジトを探し当てても、度々襲撃は失敗した。
「ややこしい事になってるな。だが本当の平和を手に入れようって時に、邪魔はさせない」
 加羅薙・蒼馬(w3c866)は過激派の情報をリユニティに流す情報屋の一人だった。
「俺が流す情報に嘘はない。なのに失敗が多いのはどういう訳だ?」
「彼の責任ではないですよ。仕方ありません、後は任せましょう」
 逢魔・降真(w3c866)は冷静に言った。あまり動きすぎては、加羅薙が過激派に狙われかねない。既に、幾つかの工作を彼が行った事は知られてしまっていた。
「気をつけろよ。お前の腹の中にも、敵はいるぜ」
 蒼馬はリユニティの中に過激派や主戦派に呼応する者がいる事を信頼する友に伝えた。

 リユニティは押収した資料から、魔皇軍が東京解放作戦の際に、神殿攻撃以外にも破壊活動を計画している事を知った。陽動である。しかし、それが何処で、どのように行われるかは分からなかった。

●組織編成
 東京都環境改善課は、過渡期に生まれた為か、わずかな間に大きく変貌した。
 まず、紫の夜を間近に控えて拠点が一つ増えた。実務的な必要に押し切られて、新たに調布市入間町のインファントテンプルムがリユニティの投降者用更生施設として神帝軍から貸与される。それにより、積極的な投降の呼びかけも始まった。戦力が減るので魔皇軍主戦派は少し警戒している。
 また魔皇部隊として正式な編成も始まった。
 魔皇隊員が三百を越えたので、当初の12小隊から3小隊が増やされた。
 15の小隊のうち、第15小隊のみは隊長がグレゴールの弓塚七恵。
 他は全て魔皇が小隊長を務める。
 依頼に関係した者達のみ、列挙していこう。

 第1小隊長は速水・連夜。
「辛い戦いだが、俺達が動揺すれば悲しむ人が増える事になる。みんな、勝つ為に戦おう」

 第2小隊長は相寺・ユウ。
「今回の戦いのポイントは、人間に被害を出さない事だ。大変だけど俺についてこい。そうすれば、絶対に生きて帰れる」
「‥‥ホントですよ?」

 第3小隊長はティクラス・ウィンディ。
「この戦いが終わった時には、俺達は『良い魔皇』と呼ばれてる。絶対にだ。‥俺は気紛れだから無茶も言うかもしれないが、よろしく頼む」

 第8小隊長は鈴木和夫。
「私は、貴方達を魔皇だとは思いません。人間として、人を守るために戦う仲間だと信じます。一緒に魔皇と戦ってください」

 第6小隊長は巽・楽朱。
「楽朱なの、宜しく。今、神帝軍の人達は私達が普通に生活できるように力を抑える研究とか、感情吸収を止めても大丈夫なような研究をしてくれてるの。だけど戦いが終わらないと、全部違う方向に使われてしまうの。早く戦いが終わるように、頑張ろう」

 第8小隊長はミサ・スニーク。ミサは隊長推薦だ。
「人の心、魔皇のこころ、悪魔のココロ‥‥、今の立場の私達にはどれが1番近いのでしょうか‥‥。いえ、今は現在を見て進んでいくだけですね。和平の礎となる為に、よろしくお願いします」

 第10小隊長は巳杜・黎。
「俺達は都民を守ることが仕事だ。俺は都民第一と思える者を部下に選んだつもりだ。何があってもその事だけは忘れないでくれ。悪魔化して敵に突撃するような真似だけは絶対にするな。その時は俺が後ろからでも撃つ」

 第13小隊長は電我・閃。
「平和のためには、過激派を潰さなくちゃいけない。誇れない汚れ仕事だとしても、僕達はやり遂げる。完全な夜明けのために」
「閃‥生き残りましょう。絶対に死んだら駄目ですよ‥」
 逢魔・欄(w3g357)は祈った。電我は特殊部隊を申請し、明治の推薦で小隊を任されていた。

 第14小隊長は逢魔・レルム(w3e066)。小隊長では唯一の逢魔で、彼女は逢魔小隊を指揮する。

 各隊には一人以上のグレゴールが支援についた。
 また1〜5小隊には下級のドラゴンまでのサーバントも貸与される。

「バハムートとヴァルキューレはどうしますか?」
「隊長同士の話し合いで決めさせろ」

●東京神帝軍
「私も、一緒に戦わせてもらう事はできませんか」
 柴田は府中神殿のサリエルに、戦列に加えてくれるよう頼んだ。
「魔皇が入れば、我が軍は乱れる。それが本心からの言葉なら、仲間と共に戦うことだ」
 柴田はそれほど落ち込まずにすんだ。予想はしていた。
「だが、お前達は何を相手に戦うつもりなのだ?」
 サリエルは問う。

「安心して下さいね! リユニティは東京都市民の味方ですよ! 必ず守ったりますからね!」
 ナギラは都民に向って、精一杯にアピールしていた。
 彼に限らず、リユニティは東京都民の味方だと訴え続けた。
 故に、都民は彼らが戦ってくれるものと信じた。
 東京神帝軍は、いつまでも煮えきらぬリユニティに最後通牒を叩き付けた。
「あくまで戦わないというなら、紫の夜の前にお前達を攻撃する」
「そんな、私達は戦わない訳ではないです。都民の避難所を決死の覚悟で守ろうと‥‥」
「日和見を決め込もうとて、そうはいかんぞ」
 必要な事は東京都と神帝軍への誠意だった。だが、人間を守る為には神魔いずれも倒すといった発言はグレゴール達から神帝軍の耳にも聞こえていて、それは不信感になっていた。
「貴様らが和平を望むのは良い。講和の願いも敢えて不問にしよう。だが、己の立場を弁えぬ振る舞いは許せん。それでは信じるに値せぬわ」
 八王子神殿のサラクエルは、もしリユニティが人命救援のみを行うのなら、リユニティの逢魔全てを人質に差し出すように言った。はぐれサーバントの相手や、戦場が広がった時に人間を逃すだけならば殲騎は不要だと。
「悪魔化魔皇が顕れた時に対処できない」
「元より貴様らの戦力では悪魔退治には不足。下手に手を出せば悪魔は暴れる。後方の軍に任せるのが寧ろ賢明というものだ」
 悪魔化魔皇は殲騎より早い。戦場から遠いリユニティが防衛線をひいても突破は必然だ。東京神帝軍としては、戦場が何処へ広がるか分からないのに、その時には神帝軍でも倒すと言ってるリユニティの方が危険だった。
「‥‥」
 リユニティは早急に返答を求められた。
 許された猶予は24時間。
 それが過ぎても神帝軍を納得させる回答が出来なければ、紫の夜の前にリユニティは神帝軍の攻撃を受ける。