■【蒼嵐紫夜神魔乱戦】信州戦国絵巻 終幕『死者生者』■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 松原祥一
オープニング
 長野テンプルムの撤退について、アンケートを取った。
「統治権の放棄って、出て行く事なんですか。それなら反対だな」
「長野神殿の人には、いつまでも此処にいてほしいね」
「無責任だと思いますよ。撤退したら、一体誰が魔皇から私達を守ってくれるんですか?」
 調査は主に都市部で行われたが、そこでは長野神帝軍には残って欲しいという意見が大勢を占めた。善政の効果が大きく、撤退には大きな不安があるという。人は彼らに依存する所が大であった。

 そして。

●長野テンプルム回天
 長野南部で、進軍する名古屋大神殿と魔皇達との間の戦闘が起きた。
 長野魔皇による治安維持部隊『魔狼隊』は、侵略者に対して抗戦の意思を示す。
「余所者に長野を踏み躙られて堪るかっ!」
 魔狼隊は、つい先日に組織されたばかりで、それまで敵対関係にあった長野穏健派と決起派の手打ちが済んだ直後の事だった。勝敗は最初から決していた。

「シラを通してくれればそれでいい」
「正面からぶつかりゃ、自滅だ。人のためとでも何とでも言って、統治権の移譲は伏せときな」
 魔皇達はレミエルにタダイと真っ向からぶつからないよう説得した。
 だが魔狼隊が敗走を始め、レミエルは進軍を止めるようタダイに諫言。
 これに怒った烈皇は長野神殿に総攻撃をかける。
 戦いは一方的な長野神殿の敗北で終わる。
 大天使レミエルは倒れ、名古屋神帝軍に従うのを拒んだ者達は粛清されたか、逃亡した。
 長野神殿と抵抗する魔皇軍を落として完全に長野を手中に収めたタダイは凱歌をあげた。
 名古屋神帝軍は失った兵力の代わりに長野神殿の戦力を接収し、東へと進軍を再開する。
 折しも群馬、旧蒼嵐では歩美が紫の夜の最終準備を始めていた。

●長野の戦い
 名古屋神帝軍の指揮下に入った長野神殿は、統治権の放棄や非武装地帯化は白紙撤回したものの、それ以外は当初の予定通りとなった。即ち、東京からの避難民受け入れを開始したのだ。これは既に東京神帝軍と約束していた事だったし、そのための準備も進められていた。避難民の受け入れ先に苦慮していた東京にしてみれば今更撤回されては困るというのが本音で、タダイにとっても特に断る理由は無かった。

 平和主義をうたった長野神帝軍は同じ神帝軍の手で落ちた。
 そして魔皇達に与えられた依頼は。

「長野神殿を落としてください」
 この状況を見て、関東魔皇軍の逢魔は、意表をつく依頼を出した。
 長野神殿はタダイ軍の攻撃で半壊状態だ。魔狼隊や長野神殿攻略で負傷した名古屋神帝軍のグレゴールが約30名と留守居役の長野神殿のグレゴール約10名が守っている。確かに攻略には絶好の機会ではある。だがしかし、一方で関東魔皇軍にもそんな後方に回す余剰兵力は無いのも事実だった。守りの薄い旧蒼嵐の防衛や東京攻略には全戦力を投入しても十分とは言えない。
 結果として、依頼を口にした時には魔凱数個と魔皇五十人を付ける計画だったが、どちらも揃えられず、孤軍となった。
「残念ですが、長野に残る戦力を集めて攻略を‥‥」
 魔皇達が受けなければ、攻略自体が中止という事になるだろう。
シナリオ傾向 戦争と平和、ドラマ系、丸投げ
参加PC 二神・麗那
メレリル・ファイザー
橘・朔耶
鑑・冬馬
マニワ・リュウノスケ
橘・月兎
瀬戸口・春香
桜・翠貴
橘・高耶
ダレン・ジスハート
祇亜・ヴォルフ
幾瀬・楼
片倉・景顕
エヴィン・アグリッド
【蒼嵐紫夜神魔乱戦】信州戦国絵巻 終幕『死者生者』

●合縁奇縁
「ここが長野‥‥争いの結果が生んだ悲劇か」
 5月半ば、清々しい晴天の日にエヴィン・アグリッド(w3j418)は逢魔・クラリス(w3j418)を伴って長野県を訪れた。
「クラリス、ひとまず事情を知る者を探すとしようか」
「はい」
 既に長野神殿を降した烈皇タダイと名古屋大神殿は群馬へ移動し、この時期の長野は戦略的には空白地帯と言って良かった。
 魔皇軍の闘士であるはずのエヴィンはどんな思いで、この土地へやってきたのだろう。

「墓か、それなら月兎さんが知ってると思う。途中までで良かったら俺が案内してあげるよ」
 右も左も分からないエヴィンは魔皇を探した。彼が最初に出くわしたのは瀬戸口・春香(w3d060)と逢魔・シェリル(w3d060)。
「有り難う、助かるよ。‥‥その、瀬戸口は魔狼隊なのか?」
 問われて春香は、一瞬厳しい表情を見せた。
「‥‥違うよ。俺は依頼を受けていただけだから」
 目の前の優男が魔狼隊を短期間で訓練し、死地へと送り出した事をエヴィンは知らない。
「そうか」
 エヴィンはそれ以上は聞かなかった。

「月兎さん、表に瀬戸口さんが」
 逢魔・紅雪(w3c793)が春香とエヴィンの来訪を告げた時、橘・月兎(w3c793)は先日の戦いで命を落とした者達の事を調べていた。
「瀬戸口が? なんだろう‥‥墓参りの件かな」
 部屋に通された春香は月兎と紅雪にエヴィン達を紹介する。
「この月兎さんは長野の依頼じゃヌシみたいな人だから、何でも質問したらいいよ」
「なんだか俺が先輩風を吹かせてる嫌な奴みたいな言い方だな」
 春香は苦笑いを浮かべる。
「そんなつもりはないですけど、俺とは一回りは違ったでしょう。確か、ここでは最年長じゃないですか?」
 月兎は顔をしかめて見せた。
「祇亜のやつが大老を連れてくればブッちぎりなんだが‥そんなつまらない話をする為にわざわざ寄ったのか?」
 促され、エヴィンは来訪の目的を伝えた。
「長野の争いの結末をこの目で見たいんだ」
 月兎は片目を細めてエヴィンを見る。
「そうか、それでか‥‥分かった、俺が知っている事で良ければ教えよう」
 それから月兎は2人に、戦死者についてと、岐阜について彼が調べておいた情報を渡した。岐阜は長野神殿を出奔したグレゴール達の目的地という噂だった。
「‥‥岐阜には誰が?」
「朔耶と祇亜、あと二神達も行くようだな。俺も、やる事が済んだら向うつもりだ」
 同行するかと聞かれ、エヴィンは頷く。春香は他に行きたい所があると答えた。
「俺は長野を見て回りたいんでね。だからもし攻めるにしても協力は出来そうにないですよ」
「攻略はしないさ。‥‥俺は意味がないと思っているよ」
 長野神殿攻略はタダイ戦に頭を痛めている関東魔皇軍からの依頼だったが、蓋を開けてみると依頼を受けた殆どの魔皇がこれを無視した。長野では良くある事だ。和平交渉等という水物を扱っていたせいだろうか。攻めるとしても時間も戦力も足りなかったのは事実だ。
「変な依頼ですよ」

●墓前
「にゃっふん♪ ようやく俺の出番か〜」
 逢魔・景虎(w3d383)は久々に依頼に呼ばれて嬉しげだ。
 場所は某霊園。
「‥って、墓参りかよ」
「ぼやくなって。一度位は連れてってやらねぇといけないだろ?」
 橘・高耶(w3d383)は逢魔と話しながら、目当ての墓へ至る道を迷わず進む。
 此処を訪れるのは何度目になるだろう。参加者がこれほど頻繁に墓参りに行く依頼も珍しい。しかも、地面の下に眠る故人は彼らの敵だったグレゴールなのだ。
「そういえば、煉斗も始めてでしたか? ここへ来るのは」
 桜・翠貴(w3d272)の言葉に、逢魔・煉斗(w3d272)は不思議な顔をする。
「どうなのだろうな。話ばかり聞いていたから、さっきから一向に初めてという気がしないが」
 墓地の周りを見渡す逢魔に桜は疑惑の目を向ける。
「まさか煉斗、私に黙って後をついてきていたのではありませんね?」
 煉斗は肩をすくめた。
「信用されていないとは、情けないな。俺ほどの律義者は他にいないと思っているのに」
 高耶と翠貴が逢魔と喋りながら新田忍の墓の前まで来ると、先客がいた。
 遠目にも鮮やかな浅葱のダンダラ羽織は見違えようが無い。
 マニワ・リュウノスケ(w3c550)は彼らに気づくと会釈した。
「これは桜殿に橘殿も。先日は大変でござったが、ご無事で何よりでござるな」
 マニワ達が魔狼隊を率いてタダイと戦ったのは数日前のことだ。その時に急死に一生を得た彼も今は傷が完治し、全く変わらぬ出で立ちで墓の前に立っている。
「タダイ殿は蒼嵐を攻めるようでござるな」
 武士を自任するマニワだから、長野に十分な兵がいればタダイを追っていたのではなかろうか。
「マニワさんも墓参りですか」
「いま新田殿に挨拶をしていた所でござる。‥拙者はこれから早瀬殿と長谷川殿に会いに、長野神殿へ行くつもりでござるが、貴殿達も一緒にどうでござるか?」
 タダイ軍の軍門に降った今、長野神殿はレミエルが治めていた頃とは別物だ。にも関わらずこの侍は気安げに仲間達を誘った。
「ちょうど良かった。私も、あの二人には聞きたい事がありましてね」
 翠貴は物騒な提案に一も二もなかった。これには相棒の高耶の方が少し面食らったほどだ。
「高耶はどうするんですか?」
「あのなぁ、俺だっていつも暇じゃねえって。‥‥やんなくちゃならねぇ事があるんだよ。少しだけなら手伝ってやってもいいけどな」
 高耶がそう言うと、景虎は真剣な表情で主人を見た。戦略的な空白地帯とは言っても、それは何事も無ければの話だ。砕け散った和平交渉の立役者達が揃って長野入りして墓参りだけで帰る訳もなければ、波乱も危険も幾らでも想像が出来た。また一戦が始まるのか。
「長野へ行くのか」
「ん? んん‥‥」
 高耶は誤魔化すように頭をかいた。
「しかし、これから長野はどうなっちまうんだ? あんなに平和に向ってると思ってたのは俺の独りよがりだったのか‥‥」
 死者は黙して語らず。
 魔皇達は直立した亀型の墓石を見据えて、暫し無言の時が過ぎた。

「北條達の墓はどこだ?」
「昨日の今日だからな。それで、死んだ者達はどうなったんだ?」
 並んで現れた橘・朔耶(w3b248)と祇亜・ヴォルフ(w3e496)は、戦没者の情報を月兎に聞いた。
「何から説明すればいいかな」
 先日の戦いでは長野の被害は夥しい。魔狼隊の魔皇と長野神殿のグレゴール達が大勢死んだ。戦場のことだから遺体の損傷が激しい等の理由で身元不明の死者も多い。月兎の調べでは、身元が判明した者については神魔の区別なく、遺体は遺族に引き取られるようだ。
「遺族か」
 魔皇も聖鍵戦士も死んだ後は生身の人間だ。中には、生前に検体登録をしていて大学病院等に引き取られた者もいるらしい。
「ああ、まだ途中だが一応出来てる分のリストは渡せるぞ」
 朔耶は月兎からリストを受け取るが、中身を見る事には躊躇いがあった。
「‥北條の名前が無いな」
「うむ、彼女については調査中だが、分からないかもしれない。東京出身という話だが、東京があの状況だからな」
 依頼で知り合ったグレゴール北條朱鷺は先日の戦いの戦死者リストに名前を連ねていた。だが北條の遺体は引き取り手の無い者達と一緒に既に火葬が済まされたらしい。
「それで墓は?」
 納骨はまだだが、遺族の家に行けば焼香は出来るだろう。
「‥仕方無いな。墓参りの前に美和坂探しを片付けようか」
 遺族に対してかけるべき言葉がまだ見つからないとしても、責められる事ではないだろう。朔耶は祇亜と月兎と一緒に、先に長野神殿を出奔したグレゴール美和坂兆次の捜索を始める事にした。

●長野神殿
「よく考えろ」
 鑑・冬馬(w3c005)は長野市に入ったマニワ達を捕まえた。
「冷静になれ。テンプルムに乗り込んで、早瀬や長谷川と話が出来ると本気で思ってるのか? 今は他にやる事があるだろう!」
 鑑はマニワの襟首を掴んで突き放した。
「戦いはこれからが正念場ならばこそ、今やらねばならぬことをしているでござる」
「無茶をやるなと言っている。直接行かずとも連絡は取れるはずだ」
 鑑は携帯電話をマニワに押し付けた。鑑は以前に早瀬に携帯電話を渡した事があった。用意周到な青年だ。
「掛けて繋がらなかったら諦めろ」
 渡された携帯をマニワはじっと見つめ、鑑にそれを返した。
「拙者は口下手でござる故‥‥ご厚意は忝いないと存ずるが、この身を賭して乞うより策を持たぬ身でござる」
 彼は電話で早瀬と交渉する術は持ち合わせていない。詰まる所、長野へ来た当初よりマニワは常に命懸けの談判を繰り返していた。今まで命が持った事が僥倖。鑑は沈黙するより他に無かった。
「いいのか?」
 黙って仲間を見送る主人を逢魔・鈴鹿(w3c005)は気遣った。
「この俺に、マニワみたいな止め方を期待しているのか? ‥‥奴らは奴らの選択をした、俺は俺の選択をするだけだ」
 マニワと鑑の考え方に共通点は少ない。ただ二人とも長野の戦いが終わっていないと考えて行動している点では同志と言えたかもしれない。
「構わんさ。為すべき事が唯一である必要は無い」
 鑑は逢魔と共に群馬との県境を探りに移動した。

「長野神殿にも岐阜にも同行は出来ないな。悪いが忙しい」
 片倉・景顕(w3h430)は依頼の間、資料集めと報告書作りに首ったけだった。
「結果は後で作るものだと思っている輩に、こいつを叩きつけてやらねばな」
 片倉はこの一年の間に長野で起きた平和運動から長野神殿陥落までの顛末を詳細な報告書にまとめていた。
「俺は長野の平和のための戦いがレミエルの死で終わってしまった等とは思わん。ましてやこの戦いを結末だけで語るなど我慢できん。だから詳細を今、記しておくんだ」
 彼は長野で起きた事は世界中で休戦や共存を模索している人々にとって有益であり、また参考とすべき経験だと信じていた。
「平和は一日にしてならず。それで希望を失うほど弱いつもりはない」
 片倉は作業を手伝う逢魔・ルフィ(w3h430)と共に、他の仲間達とは同ぜず単独で行動した。
「‥‥しかし」
 片倉はエヴィンに言った。
「俺達はもっと目的の為に視野を広く持つべきだな。まあ見解の相違はどうあろうと起こるが、狭い範囲の料簡に振り回されたくはない」
「目的とは」
「休戦と共存だ。自らが何の為に戦っているかすら定かで無いのが問題だな」
 長野派は講和論者が多い。中でも片倉は隠れ家参りを趣味として一旦は長野の休戦条約をまとめるのに一役買った大立者だ。味方である魔皇や逢魔の説得に一番頭を痛めてきた。
「魔皇軍の勝利という幻想ではいつまでも戦えない」
 片倉の独白は印象に残った。本来それをこそ彼らは目的としていたはずでは無かったか。それを幻想と言われては多くの魔皇達の立つ瀬が無い。それは片倉も理解しているのだろう。多少語調を弱めて言った。
「神魔人の違いも、突き詰めて行けばこの世のかりそめの約束事に過ぎないから。それに囚われず、自分を見失わないで生きていたいものだ」
 実際にはそんな悟り切った生き方は出来ないがなと片倉は苦笑した。

●聖鍵戦士
 長野神殿潜入はマニワと翠貴が準備し、それにエヴィンと高耶達が力を貸す形で実行された。
 しかし、彼らには策が無かった。後で話を聞いた仲間達は一様に驚き、後悔もしたが、マニワ達は正面から長野神殿に乗り込んだ。
「攻略する必要が無いっていうのには同意するわ」
 二神・麗那(w3a289)はまるで止めなかった事を責めているようだ。二神はメレリル・ファイザー(w3a789)と一緒に、出奔したグレゴール達を追いかけていて月兎達と合流していた。
「あの人達が上手く立ち回って、話がややこしくならない事を祈るしかないわね」
 離れた場所で仲間達がやきもきしていた丁度その頃、マニワ達は厄介ごとの只中にいた。

「何を――」
 エレベーターから出てきた魔皇達を鋭気が打つ。迎えた早瀬光彦は完全武装で、とても話し合いの雰囲気では無かった。
「拙者らを斬るは話の後に御願いしたく存ずる」
 魔皇達の先頭に立つマニワが片手をあげて止める。
「何を語るというのです?」
 早瀬はいつでも跳躍して魔皇達を切り伏せられる間合いにいた。それが分かるだけに、翠貴達は生きた心地がしない。他の襲撃を警戒してか、この場には早瀬と他にグレゴールが2人のみだが、それだけで十分に彼らを制圧し得るだろう。
「まことを」
 マニワの顔からは汗が滴った。
「真にタダイ殿が正しいのでござるか? 早瀬殿、どうか長野を人を護って下され。拙者らは命果てるまでレミエル殿との約定を果たす所存にござれば」
 マニワは魔狼隊の再編を計画していた。長野神殿攻略を棄てた彼らにはそれが本来の目的であり、魔狼隊再編によって長野を悪魔の手から護ろうと思っていた。明確な意思表明こそないが、長野派は関東魔皇軍と袂を分かっていたかもしれない。この時期、鑑などは無茶な攻撃を繰り返す歩美を見限っていたようである。
「私も殺される前に聞いておきたいですね。貴方達がこれからどうされるおつもりなのか? タダイさんの方針に従うのか、それともレミエルさんの遺志を継がれるのか‥‥お答え願えますか?」
 絶望的な状況に心が決まったのか翠貴も言葉を重ねて質問した。要するに魔皇達が危険を冒した理由は全て、その答えを聞く為だ。なんという者達か。
「魔の者よ、私は神の僕として神殿に侵入したお前達を討つだけです」
 早瀬の答えは如何にも問答無用の体だ。
「なんだよ!」
 我知らず声をあげたのは高耶。ここへ来るまで目前の男との因縁を思っていた少年には早瀬の言葉は許せなかった。
「魔だ魔だと、てめぇはいつも決め付けやがんな! 俺は人間だ、此処で生まれて此処で育った、同じ人間なんだぜ」
「だから人間扱いして欲しいと? 安い主張ですね。君達の何を大天使は期待していたのか‥‥」
 早瀬は聖剣を抜いた。
「早瀬殿! 拙者らと戦うのみが道でござるか! 長野を守ろうとしたレミエル殿の意思は御身に何も残っておらぬでござるか!」
「神の慈悲を信じよ」
 言の葉とは裏腹に剣気を奔らせる早瀬に、マニワは望みを失った。この場に二神やメレリルが居たなら話は違ったかもしれない。或いは幾瀬・楼(w3g589)や朔耶、鑑が居たら戦いにもなったか。長野最強の戦士を前にして、彼らは文字通りなすすべを持たなかった。

●木曽路
 魔皇達が美和坂兆次を捕捉したのは、岐阜県との県境、川上峠だった。
 白いネフィリムを山間に隠していた美和坂を発見したのは野鳥に変身して上空から探していた逢魔・モーヴィエル(w3a789)だった。モーヴィは自ら接触しようとはせず、主人の元へ一旦戻った。
「美和坂さん? あなたを探してたのよ、話がしたいって仲間がいるものだから」
 メレリルは二神と逢魔・ディルロード(w3a289)を連れてやってきた。彼女達の呼びかけに、美和坂は観念したように従った。
「分かった、案内してくれ」
「理解が早くて助かるよ。それにしても、大胆な事をしたねぇ。神殿から逃げるグレゴールなんて初めてだ」
 メレリルは美和坂に歩を合わせて話かけた。彼女は美和坂が持って逃げたとされる代物に興味があった。けだしレミエルに関連がと思いつつ、口に出して聞きはしなかった。

 ところで魔皇達は美和坂を探すに当たり、先に岐阜内に反神帝派の神属組織が無いかと探った。ユディットの称したエグリゴリのようなものを当てにしたのだが、全国的に見てその種の組織は稀である。現に岐阜にはそのような存在は影一つ見つからなかった。グレゴールにはギアスがある。そして神殿に帰属しなくては生きていけない為、反乱組織のような物は育ち難い。
(「だが、この男はどうだ?」)
 月兎は美和坂に会った時に違和感を抱いた。事実上、神帝軍から離反しながら力を失わない聖鍵戦士は稀有な存在と言えよう。ファンタズマに視線を移し、月兎は唐突に理解する。
(「そうか、大天使が死んでなお長野神殿は健在。美和坂はまだテンプルムからエネルギー供給を受けている。本質的にグレゴールは大天使に縁るのではないのか」)
「貴方は自由なんですね。どこへでも行く事が出来る」
 月兎は暗に美和坂達に反神帝派へ身を寄せて欲しい事を語った。祇亜と朔耶も同じ意見を持っていたので、二人は直接的に説得した。
「岐阜を頼るのは長野に気持ちを置くからか? だが、それは危険だ。あなた達は長野神殿が落とされたら死んでしまう。エグリゴリと合流して生き延びる道を選んではくれないか?」
「俺からも頼む。あんた達には、どうか死んだ新田や北条の為に生き続けてほしいんだ」
 また説得中、祇亜がマニワから預かったという手紙を美和坂に手渡した。内容は要約すれば長野神殿に戻って一緒に戦って欲しいというものだ。明らかに祇亜達の目的と異なるのは、祇亜達がその内容を知らない為だ。
「君達の言い分はよく分かった。だけど、残念だけど俺はユディットの傘下に入る気は無いし、長野神殿に今は戻るつもりも無いよ。も一つ言うと、俺は岐阜に行くつもりも無いんだ」
 美和坂の言葉は当惑を呼んだ。それは至極不可解な事だったからだ。
「では、何処へ? まさか私達と隠れ家に同行するつもりという訳でもないでしょう?」
 神属の彼は隠れ家の障壁を通り抜けられない。まるで方法が無い訳ではないのだが、彼が命知らずの革命家でない限り、身を寄せる場所としては余り賢い方法でないのは確かだ。
「なあ」
 美和坂は不意に少し表情を変えた。微笑したようだった。
「俺が実は大魔法使いで、みんなをハッピーエンドにする魔法を遣えると言ったら信じるかい?」
「それが本当なら」
 一毫も信じてはいない。絵物語の如き結末を夢見る程に幼くないのもあるが、美和坂にそんな奇跡を起こす力が無いのはこれまでの戦いが証明している。
「だろうな。本当を言えば、西へ行こうかと思ってる。色々と見て回るつもりだ」
「西、近畿か?」
「答える筋はないんだが、そうだ。俺みたいのが潜伏するにはお誂え向きじゃないかな」
 神帝軍も魔皇軍も武断派が多数を占め、どうしても不穏の種の多い東日本から比べれば、比較的西日本は穏やかな風潮に傾きつつある。風評ほど平和では無いのも事実だが長野神殿陥落のドサクサを生き延びた美和坂にはあてがあるのだろうか。
「俺は生き延びてくれるなら、それでいい」
 朔耶は美和坂の態度に腑に落ちないものを感じたが、死に急ぐ気配が無い事に安堵する。
「だけど、他の一緒に逃げてきたグレゴール達はどうするんだ?」
「あいつらは岐阜の鳩頭の大天使に預けるから大丈夫だ。評判通りなら悪いようにはしないだろう」
 岐阜の大天使パクスは穏健派として知られている。パクスは親魔皇派とは言えないが名古屋大神殿とは距離を取っているし、出奔した聖鍵戦士達は何れもレミエルに仕えて人民の為に尽くしてきた者達だから、問題は起こらないと美和坂は見ていた。
「岐阜の件は分かったが、貴方の事はどうなんです? 何故岐阜へ一緒に行かないのかは説明になっていませんよ?」
「ん‥‥さっき言ったじゃないか。何処へでも行けるって。またとない機会だし、見聞を広めておこうと思ったんだよ」
 軽薄な男だけに本心とも思えた。
「タダイの野郎にはムカついてるし、お前らが一戦やるつもりなら手伝ってやっても良かっただけどな。そんな雰囲気でもねえようだからな、俺は好きにやるさ」
 共闘を恃んだマニワですら対悪魔戦の為としている。美和坂は目を細めて、魔皇達を見た。
「ま、そういうのもいいじゃない」
 美和坂は別れの言葉を残して己の導天使と共に去った。彼が隠した物について後に何人かが傍証を挙げたが事実は分からずじまいである。

●紫の夜
 長野神殿へ向った者達が全員未帰還の状態で、17日に関東で紫の夜は起きた。
「龍之介様は死んではいませんわ!」
 それまで炊き出しを行っていた割烹着姿の逢魔・ソフィア(w3c550)は主人の死を頑として否定した。逢魔が魔皇の死に気づかぬはずも無かったから、それは事実だろう。他の魔皇達については逢魔達も同行していたので安否は不明だ。
「どうか龍之介様の分まで長野をお守り下さいませ。遅参しております主も必ずそれを望んでおります」
 紫の夜に乗じてマニワ達の救出作戦をと言ってきた魔狼隊の生き残りの要請をソフィアは固辞した。それはマニワが絶対に望まない事だと言って聞かず、周囲を当惑させた程だ。
「さすがは魔狼隊のマニワさん、平和に殉ずる姿は素晴らしいですよ。ククク‥」
 この時期に長野へ舞い戻ってきたダレン・ジスハート(w3e306)はマニワらが呼びかけて集まった魔狼隊の生き残り達に、タダイ軍の攻撃を受けている影の城への増援に向うよう諭していた。そしてダレン自身は長野を守る為に群馬県境に集合した魔狼隊の中にいた。
「‥‥所詮、我々は力を持ったとしても脆弱な人間のままなのかもしれませんね。些細な事で分ち、否定し、力で他人をねじ伏せようと争う。それが愛しい人間の在り方なのだと私は思ってしまうのですがね‥‥ククク」
「お前は韜晦の塊だな。まあ、ある意味、分かりやすい気もするが」
 鑑はこの場に居ないマニワや春香達に代わって生き残りの取り纏めをしていた。
「おや鑑さん、貴方も大変ですね。まさか孤高の貴方がまとめ役とは‥‥ククク、時に幾瀬さんの姿が見えないようですがご存知ありませんか?」
「俺が奴の保護者にでも見えるのか」
 鑑と幾瀬の確執は長野では有名だ。と言っても一方的に鑑が幾瀬を敵視しているので、近頃では鑑の半径5百m以内に幾瀬が近づかない。
「いえいえ、ただ私は貴方が思ったより素敵な方だと分かって喜んでいるのですよ。心からの好意ですとも‥‥ククク」
「お前の相手をしている暇はないんだが‥‥それより、幾瀬がいない事が」
 鑑は最後まで彼女とは分かり合う事は無かったと悟った。
「‥‥」
 鑑の側を離れたダレンは思案顔になり、側に潜む逢魔・ヨグルフォス(w3e306)を呼んだ。
「長野神殿へ行かなかった事は正しい判断と思っていますが、このまま立ち去るのは大事な場面を見逃してしまいそうですよ。少し寄り道を致しましょうか?」
「仰せのままに‥‥」
 ダレンはヨグルフォスを連れ、県境を離れた。

「東京からは‥‥そうか、有り難う千秋」
 春香は仲間達とは別行動を取り、単身で逢魔と共に活動していた。山の頂きから風景を一望していた春香は弟からの報告を聞いて顔を曇らせていた。
「‥‥すまない」
 春香の独白は誰にあてたものだったか。

 この夜、最も悪魔化が引き起こされたのは西東京戦線だった。明らかな魔皇側の劣勢と不幸、或いは陰謀が重なった事が原因。出現した悪魔達は四方散開し、混乱と破壊を撒き散らした。長野も例外ではなく、夜半に3体の悪魔が侵入し、県境で待ち受けた魔皇殲騎と衝突。
「戦う度に兵を暴走させる。そんな軍を俺は認めん!」
 殲騎・悪路王を駆った鑑は寡兵で良く戦った。彼の善戦も空しく、魔狼隊の生き残りはここでも数を減らす事になったが、既に山梨を抜けていた悪魔達の力を殺ぐ事に繋がった。レミエルの置き土産であるヴァーチャーに乗った早瀬がほぼ単騎で悪魔を掃討出来たのは魔狼隊の活躍の御蔭と言って良かった。

 そして――。
 ヴァーチャーの出撃を見送った幾瀬は先日の戦いの破孔より長野神殿へ侵入を果たした。道連れは唯一人、逢魔・宇明(w3g589)のみだ。
「花は散りぬり夢は泡沫と消えてか。さぁて、最後には何が残るのかね?」
 慎重に歩を進める幾瀬に、宇明は黙して従った。
「幾ら戦力が低下したとて無理がある。分かっているのかお前は‥‥!」
 既にこの潜入に関しては先に論を交して、止められなかったことで逢魔も諦観を持っていた。
「‥‥」
 冷静に考えて、分の良い賭けではなかった。唯一の救いは単独行動であり、人数が少なくなった長野神殿には死角が多い事だ。だが避けて通れぬ問題がある事も分かっていた。
『来たか、鼠』
 ネフィリム格納庫に入った幾瀬を、パワーに乗った長谷川伊佐夫が待ち構えた。少数の神殿攻めだからこそ要所での戦闘は避け得ない。
「ふむ、手練は一通り連れてかれたと思ったけど‥‥あんたは、違うかな?」
 宇明が吹雪の空間を目晦ましに使い、咄嗟に退いた幾瀬の瞳に閃光が写った。瞬時に間合いを詰めた長谷川のパワーが幻覚の吹雪を突き破るのと、殲騎トゥープが現れるのはほぼ同時だった。
『遅いわ!』
 長谷川の抜き打ちは真グレートザンバーで避ける暇を許さない。
「ぃっ」
 幾瀬は相性の悪さに気づく。長谷川はどう見ても白兵戦タイプ。魔力主体の幾瀬が狭い神殿内で相手するには分が悪すぎた。
「退くか?」
 冷静な宇明の声がいっそ恨めしい。
「いいさ。俺は、ただてめぇの流儀を通すだけだ」
 長谷川の一撃が繰り出される度に殲騎の何処かが削られ、砕かれていく。これだけの接近戦では悪魔化の隙すら無い。言わば完全な手詰まりなのだが、楼は何かに固執した。真魔炎剣はあたらず、真蛇縛呪や真魂吸邪はレジストされるのが関の山だ。となれば業は一つしかない。
「流儀は通す、それがこの安っぺらい命の使い道だっ」
 次の刹那、真衝雷撃の雷光がネフィリム格納庫を埋め尽くす。これほど神殿攻撃に向いたDFは他に無い。立て続けに雷撃を放ち、幾瀬は真テラーウイングで全力で後方に飛ぶ。しかし、動きが制限される神殿内では最大速は出ない。
『凶徒っ!』
 機体が灼かれるのも構わず追撃した長谷川の聖剣は殲騎の正中線を正確に斬った。幾瀬の体も真っ二つにされる‥‥咄嗟に宇明のかけた吹雪が僅かに切っ先を鈍らせていなければ。
「運が良いな」
 雷撃に耐え切れなかった壁が崩落し、幾瀬と長谷川の機体を外へ放り出した。

「なんか、すげぇ事になってるみてぇなんだが」
 神聖なる鎖を付けられ牢獄に閉じ込められた高耶達は異変に気づいていた。
「‥‥し、静かに」
 気配を感じたように翠貴が言った。少しして、牢獄の扉が開けられた。
「皆さん、今のうちに逃げてください」
 姿を表したのは既知の導天使。
「いいんですか、こんな事をして‥‥誰か来ているんですか?」
「わたし、一人です」
 翠貴には意外だった。導天使ユシスは美和坂達と出奔したと聞いていた。それが独りで神殿に戻ってくるとは考え難い。
「平気です。母様が助けて下さいますから。でも、急いで下さい」
「マザーが味方?」
「母様はレミエル様の事を‥‥いえ、そんな話をしている暇は本当に無いんです。騒ぎでグレゴール達の目が逸れている今しかチャンスは無いですよ」
 魔皇達が頷くと、ユシスは彼らを先導して回廊のような通路を進んだ。
「‥‥なぁ、あんたなら分かるのか? ココはもう前とは変わっちまったのか?」
 高耶の問いに、ユシスは首を振った。
「変わってなんかいません‥‥でもどうしてこうなったのか、わたしには分かりません」
 ユシスは泣きながら、魔皇達を案内し、逃した。魔皇達は知らない事だがこの時の長野神殿は張子の虎であり、彼らにその気があれば落とす事も出来る状態だった。

 明けて18日。
 タダイ軍は群馬で手痛い敗北を喫し、また東京では魔皇が魔皇軍を撃退するという椿事に湧いていた。長野は悪魔の被害が少なく済んだ事が少し報道されたのみで、殆ど人々の俎上に載らなかった。ただ戦力を落とした名古屋神帝軍が大きく方向転換を迫られるのは必至で、長野の情勢は未だ不安定な中にあった。
 戦没者達の墓前で祈る魔皇達は暫しの平穏の中でただ平和を祈願するのだった。