■メールゲーム戦記 【終章 〜終わる世界〜】■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
松原祥一 |
オープニング |
土砂降りのとあるビル街。
路地という路地、ビルというビルを埋め尽くす人影。
全員が全く同じサングラスにスーツ姿。大通りにずらりと彼らが並び、道の真ん中に一人の男が立っている。
彼の名は『エージェント・ヴ●ド』。
彼は現れた一人のロングコートの女に話しかけた。
「久しぶりだね、ミズ●。会いたかったよ」
やがて彼ら2人だけの戦いが始まる。
※幻想郵便局のPBM『無貌の系譜』特別リンクシナリオ『終わる世界』より抜粋
「さて、怪人はこれで片がついたと」
「‥‥本当にそうか?」
「松原、気にしたら負けだ。それよりお前、原稿料は凄い事になるから税金の心配でもしてろ」
夢のような話である。切なくなるほどだ。
●PBMの最後
2004年5月中旬。
NPDCが開いた第一回PBMシンポジウムは歴史に残る大失敗を演じた。
会議途中で魔皇とグレゴールの戦闘が始まり、悪魔化まで出す惨劇だ。
主賓として呼ばれた有名人達も命を落とした。その中には海外の某超有名コンピューター会社の重役なんかも混じっている。
インターネットの某巨大掲示板では『PBM者は魔皇だ』と誹謗中傷が始まった。中傷合戦には本物まで登場していたから、始末が悪い。
「PBMは貴方にとって何ですか?」
その直前に西東京でアンケートが行われた。
条例化されている中野では「義務」「仕事」等が最も多く、全体の6割を占めた。
それ以外では「趣味」「遊び」「暇つぶし」「分からない」等が多い。
他には「生き甲斐」「しがらみ」「コミュニケーションツール」「全て」「得意科目」「恋人」「実験」「ギャンブル」「日常」「夢」「萌え」等等、様々な意見があった。
ちなみに数だけでいえば一番多かったのは「バイト」だ。
――貴方にとって、PBMとは何だろうか?
当局は世論を鑑みて、PBMシンポジウムに関係した幻想郵便局とwhooo?!及び過激派魔皇集団PBM補完計画への一斉取締を極秘に決定した。
逢魔はPBMに関わった魔皇達を中心に、この情報を流した。
「私から言えることは何もありません。関わるか、どうかは魔皇様次第です」
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シナリオ傾向 |
PBM系、デスシナリオ、何でもアリ |
参加PC |
川島・英樹
二神・麗那
メレリル・ファイザー
北条・虎獅狼
板垣・浜松
楠・甲
柴崎・勇
生田・純
逢坂・猛虎
阿部・悦子
佐崎・郁恵
阿戒・真奈
長月・蒼野
量産型・オルステッド
オルステッド・量産型
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メールゲーム戦記 【終章 〜終わる世界〜】 |
●デスマーチ
「賭けようじゃないか」
サバゲー帰りのような格好をした男は陽気に言った。
場所はカーテンが閉め切られた薄暗い室内。
「なら、二番目で。最後と言いたいけど、色々とウザイ存在だから」
持ち込んだ数本の消火器をばらして、即席の『武器』作りに没頭していた青年、生田・純(w3h060)は手を動かしながら答える。
「よし、俺は最後で。じゃあ、当たった方がデザートでフルーツグラタンを食べること。いいか?」
「いいですよ」
川島・英樹(w3a170)は数日前から、同志であり戦友である生田とこの場所に潜伏していた。
彼らは『敵』が来るのを待ち構えていた。
「それって‥‥変じゃない?」
隅に座っていた逢魔・雫(w3a170)は彼らの会話に首を傾げる。この場にいない生田の逢魔・恭平(w3h060)は屋外で見張りだ。神属が接近すれば、相克の痛みがそれを知らせるはずであった。
「何が? 変じゃないぞ、雫ちゃん」
PBM界を震撼させた第一回PBMシンポジウムより後、複数のPBM会社に魔皇が関与していた事実が発覚した。
この話は、神帝軍の魔皇狩りとPBM魔皇達の激しい戦いの記録である。
静岡県御前崎港。
「ん?」
カツオ漁の船に乗り込む北条・虎獅狼(w3b320)は、見送る逢魔・踏子(w3b320)から関東行きを告げられて怪訝な顔をした。
「んん、踏子さんは夏に向けて山篭りの修行か? それも良かろう」
どこをどう勘違いしたのか、独りで納得した北条は白い歯を見せて笑う。
「我が侭を言って、申し訳ございません。では主様、お気をつけていってらっしゃいませ」
言って、踏子は魔皇を送り出した。
「さて、それではわたくしも参りましょうか」
彼女はキャンプ用品を詰め込んだ自転車で東京を目指す。
東京都都心部。
「古くは手紙でチェスの手をやり取りしたのが始まりと言われるが‥」
見渡す限りの廃墟に卓と椅子を持ち込み、板垣・浜松(w3c193)は逢魔・ギャランドゥ(w3c193)と談笑しながら茶を飲み、碁を打っている。
「既に定まっている。今更、どうなるものでもない」
二人の会話は奇妙だ。
黒い服を着たギャランドゥの携帯が鳴った。
「‥‥早速か」
「うむ。沖合いに虎獅狼が浮かんだ。始まってしまったからにはあと2、3人は逃げ切れず命を落とすだろうか」
白い服を着た板垣は愉快そうに応えた。
「YAHAHA。甘いな甘いな、今回の依頼その程度ですむものか。新たなるステージたる真の神たる私が予言してやろう。この依頼終了後、立っていられるだろう魔皇の数は‥」
勿体つけて茶を飲み、予言を口にする。
「『5人』だ」
さあて、どうだろう。
「例て言えば、それはラス敵イル●ァラートを前に俺様『武神』集結、ただし全メンバー狂‥」
唐突に、板垣の頭が西瓜のように砕け散った。
「馬鹿な!」
驚愕の表情を浮かべて椅子から転がり落ちるギャランドゥ。
「最後なんだから、最後まで言わせてくれてもいいだろ! まだ告白もエピローグも残っ‥」
次弾が容赦なく逢魔の体を貫いた。
赤い血で濡れた碁盤に、ギャランドゥが倒れこむ。
「‥‥まって、俺‥本当は‥‥」
残り27人。
東京都某所、喫茶店。
「‥‥完璧に、無視よね」
二神・麗那(w3a289)は向かい合って座る従妹の顔を眺めながら呟いた。
「何が?」
美味しそうに紅茶を飲んでいたメレリル・ファイザー(w3a789)は、ティーカップを持ったままで聞き返した。その様子に、二神は溜息をつく。
「あのねー、こんな時にのんびりと喫茶店巡りなんて、他人が聞いたら怒るわよ。分かってるの?」
「ピンと来ないよ。最後の戦いだって張り切ってる人もいるけどさ、あたしにしてみればまだまだこれからって気もするし。とりあえず今は麗那とこうして紅茶を飲みたかったから」
二神は苦笑する。たかがそれだけの為に、まだ営業してる喫茶店を探して東京中を歩いた。
挙句、逢魔・ディルロード(w3a289)が祖霊にお伺いを立ててこの店を探し当てたのである。
「こんなくだらない質問をした凶骨もいまい」
とティルロードが言っていたのを思い出す。
「まぁ、たまにはこういう感じもいいかな」
諦めたように首肯して、二神はなにげなく窓から外を見た。
「そうそう。でも一斉取締りって会社にガサ入れでもするのかな? 係わり合いになりたくはないしね、気にしない気にしない」
喫茶店から三百mほど離れた路地。
「そうですにゃ。見たんですにゃ、そこの喫茶店に幻想のマスターの女魔皇が入っていくのを。あの二人は危険な魔皇ですにゃ〜、間違いなく幻想最強ですにゃ。気をつけるですにゃ〜」
公衆電話から逢魔・ドラッキー(w3h095)がメレリルと二神を密告していた。用意周到な事には、受話器には変声機をかぶせてあった。
「ふふふ、これで良いですにゃ。自分達は安全と思ってるにゃ、そうはいかないにゃ☆」
whooo?!事務所。
「あんた達、クビだから」
阿部・悦子(w3h118)は逢坂・猛虎(w3h095)と佐崎・郁恵(w3h145)に解雇を宣告した。その逢魔であるドラッキーと逢魔・紫良(w3h145)も同じくクビらしい。
「今日の五時までに、荷物をまとめて出て行っとくれ。分かったね?」
阿部は反論を許さぬ口調で言い、二人に解雇予告手当と退職金の入った封筒を突きつけた。
「‥‥どうして? 理由は教えてくれないの」
突然の事に、佐崎はショックを隠せない。
「文句があるなら労働局にタレこみでも何でもしな。でもこれは、社長のあたしの決定だからね」
「そんな」
会社が大変な時期だからこそ、佐崎は一緒に頑張りたかった。それを否定されては、目の前が真っ暗になったようだ。
「首やなんて水臭いわ、しゃちょー。わいはきっちり最期まで仕事してから辞めさせて貰いまっ」
逢坂も反発するが、阿部は腕を組んで冷然と二人を見ている。
「さっさと荷物をまとめて出て行くんだ。いいね?」
そのやり取りを、逢魔・飯田(w3h118)は間近で聞いていた。
(「ただでさえマスター少ないのにぃ‥」)
この頃の飯田は行方不明やら辞めたマスター達の穴を埋める為に昼夜問わずパソコンの前に座って原稿を書いていた。徹夜も四日を過ぎると、いっそ睡眠要らずの魔の体が恨めしくさえなってくる。
(「んもー、このとしで原稿料長者になってもしかたないんだー。‥‥ああ、でもこわれてからの文章ってなんでこうも面白いんだろ‥」)
泣き笑いの顔でキーボードを叩く姿は年齢に似ず、なかなかに堂に入った感じだ。彼女が36時間振りに休憩を入れた時、佐崎と逢坂の机が綺麗に片付けられていた。
「あとの事は頼んだで」
逢坂は飯田と手を強く握り、部屋を後にした。
「しゃちょー、仕事だいじょぶ?」
「当たり前じゃないか。リプレイはきちんと発送しなくちゃね。さて仕事だ仕事」
妙に広くなった事務所を見渡して、飯田はまた涙が出そうだった。
「うん、意地でも悪魔化はさせないからね。死ぬまではたらけー、はたらこー」
阿部は最後にもう一度、扉を見た。その扉を出て行った二人の姿を思い浮かべる。
もはや生きて彼らに逢う事は出来ないことを阿部は知っていた。
「そうやっ。‥‥佐崎はん、最後に頼まれてもらえまへんか?」
事務所を出て暫くして、逢坂は佐崎に声をかけた。
「和歌山宛の荷物を一つ、社長から頼まれとったの忘れてましたんや」
そう言って、彼は紙袋から小包を取り出す。
「ドラに渡すつもりやったんやけど、なんやどっか消えてしもうておれへんし。今から事務所戻るのは気恥ずかしいわ。最後の仕事や思うて、これ代わりに届けてもらえまへんか?」
「それぐらい良いけど‥‥」
佐崎は何故自分で送らないのかと疑問に思う。
「助かったわ、わいはマスター連中に色々と連絡せなあかんで手が回らんのや」
渡す相手はPBM批評家として一部に有名な人物。先方も魔皇なので、直に手渡して欲しいと逢坂は念を押した。それに佐崎が使う移動ルートも細かく指示した。
「分かってるわよ、危険だって言いたいんでしょ。ちゃんと変装して行くから安心して」
「ほな、宜しく頼むで」
佐崎と逢魔・紫良(w3h145)を見送った逢坂は携帯を取り出した。
「今送り出したで。‥‥心配あらへん、わいが絶対に二人を無事に送り届けるさかいな」
電話を切った逢坂は一瞬、険しい表情を浮かべていた。
「‥‥しかし、ドラの奴、どこまで行ったんや。はよわいらも移動せなあかんちゅうのに」
再びwhooo?!事務所。
「はっはっは。とうとう首になっちゃったな」
腕を組んだ格好で事務所の前まで歩いてきたのは長月・蒼野(w3j556)。
「日頃、きっちりやってこなかった報いだろ。これを機に心を入れ替えてだな‥」
逢魔・神無月(w3j556)の説教は右から左に聞き流されている。
「やばいなぁ。家賃だけは稼がないとコレクションの置き場がなぁ‥‥whooo?!で雇って貰えないかなぁ」
長月は恐ろしく甘い見通しを抱いて事務所まできた。長月は自分でもいい加減だとは思っているが、これまではそれで何とかなってきたのかあまり危機感を感じていない。
「こんにちわ。えーと、会社首になりまして、こちらで雇って貰えないかと‥‥あれ、うわ、どうしたんです? この惨状は‥‥」
事務所内は滅茶苦茶に破壊されていた。佐崎達が出て行ってからまだ時間は経っていない。
(「何かがオカシイ‥‥」)
だが長月はそれに対応する手段を知らなかった。
「おいクサレ魔皇、ここはヤバイっ。‥‥って、聞いてるのか!?」
床や壁の血痕は辛うじて認識できるものの、足の下で踏んでいる肉塊が何であるかまでは、彼の想像が及ばない。
「どうして‥‥こ、こんなぁ‥‥」
恐怖から魔皇殻を次々と実体化させる。真マルチプルミサイル、真ルシファーズフィスト、真ショルダーキャノン。意味も無くレアで豪華な真魔皇殻を纏った長月は重装の為によろめいた。
一瞬、視界の端で何かが動いた気がした。
「こっこっち来るなあっ! 来るなってばあっ!」
泣きじゃくり鼻水を垂らしながら長月は撃ちまくった。
(「本当の戦争なんて嫌だ怖いなんでこんな目に助けておかあさ‥」)
長月がどんな死に方をしたか記録には残っていない。
残り23名。
●レッドヘリング
中野NPDC本部。
一斉取締りが始まったのに前後して、NPDCは急速に力を失った。シンポジウム失敗がこの出来たばかりの組織の命運を涸らした。
阿戒・真奈(w3h931)はシンポジウムの惨劇の犠牲者達への謝罪やマスコミへの対応に追われた。
「whooo?!が‥‥そう、分かったわ。知らせてくれて有り難う」
同志とたのんだwhooo?!事務所が魔皇狩りの手に落ちた事を知り、阿戒はいよいよ終末の近い事を悟った。
「妙だわ、手際が良すぎるわね。‥‥もう、私には関係ない事だけど」
阿戒はNPDCに残る資金のことで工作していたが、それが発覚する前に『PBM補完計画』関連のプライベに出席してテロに遭い、爆死した。
秘密結社の怪人が組織した補完計画は、この時期にはオルステッドを名乗る二人の魔皇、量産型・オルステッド(w3j673)とオルステッド・量産型(w3j691)の手にあった。
彼らは高尾山のアジトを要塞化して魔皇狩りと徹底抗戦の構えを見せている。
暗闇に幾つもの黒いモノリスが照らし出されている。
「‥‥過激派‥魔皇が‥悪魔化」
「密さんからは、当局の追及が厳しくなるってさ」
「ん、我ら結社のシナリオとは大きく異なる出来事、だな」
「この修正、容易ではないぞ‥ぶつぶつ」
「松原君、何を考えている?」
「混沌から殺戮か、とっぴな話だ」
「絶対的存在を手にしていいのは神だけ、人はその分を超えてはいかん」
幻想郵便局事務所。
「俺は無関係だ!」
松原某は事務所に缶詰にされて特別シナリオ『終わる世界』の執筆に没入していた。
「松原君、君は我々のよき友人であり、理解者であり、協力者だった。コレが最期の任務だ。つつがない遂行を願うよ」
黒い謎の物体であるところの逢魔・ピュアオディオ(w3j691)が耳元で松原を叱咤している。隣には何故か逢魔・ほた(w3h931)もいて、松原は生きた心地がしない。
「か、帰らせてくれ。こんな所にいたら命が幾つあっても死ぬ、いや滅ぶ。頼む、リプレイは必ずあげるから‥‥」
「その嘘に我々が何度騙されたことか」
ちなみに幻想郵便局事務所は既に無人。社員はとうの昔に離散し、或いは避難していた。
「もう終わってるじゃないか! 君達だって、早く逃げた方がいいんだ。今更こんな事をして、何になるっていうんだっ」
『終わる世界』のリプレイは既に5万字を超過していた。このシナリオを選択したPCの99%以上は事実上の白紙だったが、極一部は自由な意思でプレイングを送ってきた。それでも相当な人数だ。主筋が決まっている為に膨大な脇筋が作られ、まずそれから取り掛かる為に未だクライマックスまで至らない。
「私は、大事な物を見失っていました」
幻想社員の中で唯一残っていた楠・甲(w3c364)は閑散とした事務所を後にする。
彼女が向うのは高尾山。PBM補完計画を叩き潰すために神帝軍が攻め込む筈の場所であり、その時には幻想郵便局社長、水無月双葉が現れるはずだった。
「甲、危ないよ。死ぬ気なの?」
最終プレイングを書き終えた逢魔・乙(w3c364)は心配そうに魔皇の手を取った。
「私も死にたくはないですわ。だけど私がやってきた事の後始末はしなくちゃいけない。たとえ命懸けでも、私は行かなくてはいけないの」
甲の目は決意に満ちていた。彼女は乙を残して高尾山へ赴く。
(「PBMを無くさせたりはしません‥‥」)
彼女はPBMを使って神帝軍が感情吸収をすることが許せなくてこの依頼に参加していたはずだった。それがいつのまにか手段が目的になっていたことに気づいたのは、シンポジウムの悲劇の後だ。『無貌の系譜』中止の現実は、彼女を慄然とさせた。
己のしてきた事の結果が『コレ』なのかと。
それに耐えられなかった甲は唯一この事態を解決できる人物、水無月と直接対決する決心を固めたのだった。
八王子市郊外。
「現時点でメイルゲームは社会的に終わっている」
川島は敵を待つ間に心境を述懐する。
「全てのPBM者が魔皇ではないなんて事は気休めにもならんな。だから水無月君の取れる選択肢は限られている」
敵に発見されるのを防ぐ為の無灯火の闇の中で、淡々と彼は語った。聞き手は生田と雫。
「この業界に居る魔の者を片っ端からぶっ殺してクリーン化を謀る、イメージ回復と、責任問題の処理も含めてか‥‥兎に角、知っている魔の者の業界関係者は皆殺しですな」
絶望的な状況にも関わらず口元に笑みが張り付いていた。川島はこの事態を楽しんでいる。
「‥ところで先日、悠木の死亡通知が届いたんだけどね」
異常な表現で川島は戦友の死に触れた。
「それはシュールだね」
言葉通りの意味ではないだろうと思いつつも生田は相槌を打った。
「俺達の死亡通知も誰かが受け取るのかな」
「自分で貰えたらいいのにね」
「‥‥」
雫は身震いした。
「どうした雫ちゃん、来たのか?」
「い、いいえ、違います。‥あの、見張り交代してきますね」
ひとりの方がマシな気がした。
「見張りはローテだって決めたでしょ。次は私ですよ」
時計を見て、生田が立ち上がった。
「死ぬ時はひとりで行って下さいね」
火のついてない煙草を咥えて闇を眺めていた恭平の言に、生田は口の端を歪める。
「はい、努力してみます」
この少し後、敵を発見した生田の第一声が無線機から響いた。その直後、多数のサーチライトの光が川島達が隠れているゴルフ場の一角を照らし出した。
『中に隠れている魔皇達に告ぐ。君達は完全に包囲された。1分以内に投降しなければ、攻撃を開始する。繰り返す‥‥』
雫と恭平の相克の痛みはパワー級の脅威を感じる。場所が不可侵領域の外だったからネフィリムが出てくるのは不思議ではない。問題は敵の詳細だ。
「これでは誰も勝てんなぁ。‥‥な感じか?」
川島は雫にラジカセのスイッチを入れるよう命じた。有名な某格ゲーのボスキャラのテーマソングが大音量で流れる。
「‥‥」
離れた場所で待機していた柴崎・勇(w3e606)は途中までは自転車で近づいた。
「‥‥そろそろ、いくか」
写生に来た学生風の擬装をしていた柴崎は自転車を道路の脇に止めて、真クロムライフルを召喚した。傍らには逢魔・ほのか(w3e606)が姿を表していた。
「了解」
二人は死地に、自らの意思で飛び込んだ。
まず、スパーキングショットを受けて目をやられた生田が公約通りにひとりで死んだ。次に逃走路で待機していた踏子が強襲を受け、後を追った。柴崎はグレゴール一人を倒したがほのかを殺されて発狂し、後に自滅した。川島と雫の最期は集中砲火を受けて穴だらけだった。
一体、誰がこの悪夢の惨劇から生き延びる事が出来るのだろうか。
●ブレイクダウン
東京都某所。
「英国に帰りたいな」
特に目標をもたないメレリルだが、強いて言えば故郷へ帰る事を思っていた。
「あらヤダ、メルったら、日本で散々暴れといて、英国に帰る気?」
背中合わせで戦っていた二神は真グレートザンバーを構え直す。二人は魔皇狩りに捕捉され、そして予想外に苦戦していた。力ならば魔皇軍でも屈指の両名だが、敵は彼女達の実力を承知しているかのように十重二十重の備えを布いていた。
「私はとことんメルに付き合うわよ。イギリスだってどこだってね」
包囲を破ろうと逢魔・モーヴィエル(w3a789)は水晶の召喚を使った。地面を割って無数の水晶の林が出現し、彼女らの前方にいたグレゴールとサーバント達を串刺しにした。
「のんきだな。今回ばかりは簡単に逃げさせてはくれそうにないぞ」
ディルロードは祖霊の衣で敵の攻撃を防ぎ、逃げ道を探した。だが数々の激戦を生き抜いてきたのは敵も味方も同じ、出し抜く事は容易ではない。
「‥‥絡め取られる前に、強行突破するか‥‥」
「おーけー」
驚愕すべきは彼らの攻撃力だ。
攻撃に転じた数分後には、中級のグレゴール10人とサーバント数十体に壊滅的被害を与えていた。
「わずか一年で恐ろしい成長。さすがは魔皇‥‥だが、ここまでだ」
傷ついた四人の眼前に立ったのは西東京決戦を生き延びた邪視の大天使サリエル。武断派だった八王子神殿のサラクエルが戦死した為に府中神殿の長である彼は西東京のまとめ役になっていた。
「多くの者が死んだ。これ以上、血を流す事もあるまい。新たな世界を守るためにその力、使ってみようとは思わぬか? 投降せよ」
一度は振り切ったネフィリムも数を増やして彼女らを包囲していた。
「イヤ」
メレリルの答えは清々しいまでに簡潔だった。
「仕方あるまい」
絶望的な戦いが始まった。
高尾山。
山中にカンタータが聞こえていた。秘密結社に雇われた誰かの趣味だろうか。
この地でPBM補完計画のアジトを強襲したグレゴール達は、落とし穴や落石など数々のトラップに行く手を阻まれながら進んだ。
若干の手間はかけさせられたが本質的には聖鍵戦士を止められるのは魔の者以外には無い。その点では構成員の殆どがバイトの一般人である補完計画は脅威とすら言えない。
「待っていました」
突入するグレゴール達を見守る水無月の前に現れたのは、爆死したはずの阿戒。
そして――。
「社長‥‥」
「き、桐敷さん、君もか‥」
甲は微笑した。存外に付き合いも長くなったが、魔皇として対面するのはこれが初めてだ。
「やれやれだね。‥‥しかし、わざわざ来たのはどうして?」
好奇心が勝ったのか、水無月の方から話しかけた。
「私は物語の結末を見届けに来たの」
最初に話したのは阿戒。
「ここまでは私の予定通りに進んだわ。他者の理解を拒絶するエゴの闘争がPBMの本質なら、今の状況はそれを上手く体現出来たと思わない? ‥‥選ぶ事に躊躇はあったけど、後悔はしてないわ」
「た確かに、貴方がいなければNPDCなんて馬鹿げた組織は生まれず、PBMがここまでダメージを受ける事も無かったかもしれませんね。ふむ、混沌を望まれましたか」
水無月は感心したように言った。
「有難う。所で最後に聞きたいんだけど、貴方はPBMを愛しているの?」
「愚問ですね。PBMは私の全てだ」
その答えに満足したのか阿戒は踵を返し、立ち去った。無論、彼女が無事に山を下りる事は無い。この直後に、ほたは主人の死を知って泣いた。
「傍迷惑な人だ。まさか君も同じような事を言うんじゃないでしょうね」
水無月は残った甲を見た。
「私は‥」
甲は突然、両膝を折って跪き、水無月に土下座した。
「何の真似ですか?」
「PBMを止めないで欲しいとお願いする為に参りました。この戦いはユーザーには関係ないことですわ。こんな理不尽に、中止してほしくない!」
実に対照的な光景だ。立場は違えど共にPBMを策謀の場とした阿戒と楠が、この最後に全く逆の行動を示すとは。
「『同じ』ですね」
「‥‥え?」
「五十歩百歩です。君も彼女も、他人と交差しないで勝算のない行動を選んでいる。例えそれが幻想だろうと本質的に同じなんですがね‥‥ん? 前に似たような事を書いたマスターがいました、私はアレは嫌いだったんだが、歳は取りたくないものですね。‥‥桐敷さん?」
「は、はい」
水無月は土下座したままの甲を見下ろして言った。
「私が生きてる限り、PBMを止める筈が無いでしょう? まぁ、すぐには無理ですが必ず会社は再建しますよ。では、さようなら」
甲が最期に見たのは眩い光の奔流だった。
「‥‥」
場違いなアニソンの着メロの音が響き、水無月は携帯を取り出した。
「もしもし、水無月です。‥‥そうですか、有難うございました」
それは幻想のマスターを拉致してリプレイを書かせていた工作員に対する攻撃が終了した事を知らせるものだった。僅かに眉根をひそめたのは巻き添えを食って某マスターが命を落としたからだ。
「リプレイは無事ですか?」
「結社グランドクロスPBM補完計画総括として、この戦いを見届けねばならぬのじゃ!」
逢魔・ヴラドモノリス(w3j673)はリプレイ執筆を急がせようと松原に魅惑をかけ続けていたが、グレゴール達の強襲に遭い、ほぼ即死。
「おお、魔の瘴気が満ちてゆく‥‥」
同じ場所でピュアオディオも戦死。この事は、アジトを守っていた二人の魔皇、量産型・オルステッドとオルステッド・量産型(どうでも良いが紛らわしい名前である)の運命も決定づけた。
「無駄な抵抗は止めて大人しく降伏しろ!」
アジトの最深部まで進んだグレゴール達は黒いモノリスが連なった部屋に出た。
中央に立つオルステッドを名乗る二人の魔皇は、戦士達が来た事にも気づかないのかブツブツと何事かを呟いていた。奇怪な事に一人は赤子で、もう一人は枯木の如き老爺であった。
「悠久の時を示す」
「赤き土の禊をもって」
「‥‥ついに、われらの‥願いが‥始まる‥‥」
「出来うる限り穏便に事を進めたかったのだが、いたし方あるまい」
「大団円は中止せざるを得ないな」
「予想される脅威に対する、直接的物理的行動を用意する」
「現時点をもって高尾山基地を破棄、基地は自爆、決戦兵器と共に玉砕せよ」
逢魔が他界した事で既に二人の意識からは正気が失われつつあった。
「い、いかん! 悪魔化するぞ! た、退避だっ」
「最終安全装置解除。魔皇殻フル装備確認。スピリットリンク切断済。DF複数回使用確認‥」
赤い目をした二体の悪魔はほぼ同時に、逃げ出した獲物めがけて躍り懸かった。
「き桐敷さん、先に死ねた君は幸せですよ」
ネフィリムを指揮して悪魔達を待ち構える水無月の頬を冷たい汗が流れる。
東京都江東区某所。
「わいも‥‥年貢の納め時かいな」
倉庫の中、壁によりかかって座る逢坂は血塗れの己の体を見下ろしていた。
「こない早く逝ったら、社長にどやされるやろか‥‥」
その阿部と飯田は既に鬼籍に入っている事を逢坂はついさっき知った。死の間際、阿部は残務の合間で中野の富山越前と水無月にメールを送っていたそうだ。阿部らしい最後だと逢坂は思った。
「ドラ‥‥まだ生きとるか?」
相棒の猫の着ぐるみ姿の逢魔は先程から死んだように動かない。元々、彼らはこのような荒事は得意ではないのだ。それが実は随分と長く生きのびた方だと聞けば、逢坂は喜んだろうか。
「こら、ドラが先に逝ったら、わいが困るやないか。こんな所で正気を失ったら、迷惑かかるやろ。まだ死んだらアカンでぇ‥‥」
魔皇と逢魔、どちらの命の灯火が先に消えるか微妙な所だった。
「‥‥まだ、や‥‥発送せなあかん‥‥大事な荷が‥‥残っ‥」
グレゴール達が彼を発見した時、逢坂は冷たくなっていた。彼は身体の半分以上を吹き飛ばされていたが、なお逢魔を抱えて何処かへ這っていこうとして床に長い血痕を残していた。ドラッキーは主人の腕の中で事切れていた。
殆どが死んだ。皆、過去にPBMに関した依頼に参加して内偵が進んでいた者達故に今回は逃げ切れなかった。どこか遠くに逃げていれば命を落とす事は無かったかもしれない。何故、そうしなかったのかは本人達以外には分からない謎である。
「ねぇ、どうして? なんで私に何も言ってくれなかったのよ‥‥」
逢坂が箱詰めにした佐崎と紫良は奇跡的にこの惨劇から脱出していた。何故彼女だけが生き残ったのかは分からない。
「郁恵、私は傍にいるから」
佐崎と紫良はWhooo?!を同人PBMとして再開するつもりで準備を始めている。
「紅茶‥‥飲みたいな」
メレリル・ファイザーとモーヴィエルも、奇跡的にアノ戦いを生き延びていた。二神とディルロードは戦死した。何が従姉妹達の運命を分けたのかは謎だ。彼女は英国へ帰るらしい。
15人の魔皇と15人の逢魔のうち、共に生き延びたのは二組だけである。
沢山死んだ。
そんなに沢山が死んで、本当に意味があったのかと疑問を思う程に。
PBM事件と呼ばれたこの惨事は、当事者達の悉くが死亡した事で、その規模の割に早く人々の記憶からは消えていきそうであった。
残ったものは何だったのか。
メイルゲーム戦記 第一部『誰が為の幻想』 終
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