■【蒼嵐紫夜・神魔乱戦】西東京戦■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
松原祥一 |
オープニング |
関東魔皇軍は、西東京神殿群を叩く魔皇軍戦力を約二千と予想している。
何故予想なのかというと、紫の夜になってみないと、実際に参加する魔皇の詳細は明らかにならない。
自由参加の辛さである。
一応、隠れ家の方では事前に参加するか否かを逢魔を通じて確認してはいるが、土壇場で変更する魔皇は多い。
ましてや今回は戦場が選べないので、かなりの混乱が予想された。
「タダイは‥‥群馬か?」
旧蒼嵐の儀式の間で紫の夜を執り行う歩美を狙ってくる可能性は高いと言われている。紫の夜さえ消せば、東京での戦いにも勝利するからだ。
それなら東京神殿攻めは要らないのではという意見もあった。
だが東京神殿群は確実にタダイに呼応する。守りの薄い群馬で二軍を相手にする事は出来ないという意見もあり、また既に東京解放作戦は始まっていたから東京神殿軍は予定通り攻める事になった。
東京神帝軍を野放しにして、マティアにあと二ヶ月の時間を与える余裕はないという意見にも説得力があった。
「東京の死者は少なすぎたよ。せめてあと一桁欲しかったね」
その人物は、他の過激派と呼ばれている者達が普通にさえ思える事を平然と口にした。
彼は色々な甘言と策を用いて、ある計画を準備していた。
「準備に時間が足りなかった。失敗するかもしれないな。まあ、それでもいいが‥‥」
果してそれは何であろう。
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シナリオ傾向 |
戦略戦術陰謀其の他 |
参加PC |
川島・英樹
加羅薙・蒼馬
北原・亜依
瀬戸口・千秋
加藤・信人
司藤・蓮真
柴崎・勇
飛田・久美
悠木・みさお
島津・六郎太
八咫・ミサキ
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【蒼嵐紫夜・神魔乱戦】西東京戦 |
●西東京戦 〜戦前〜
「要は、神殿を落さなきゃ良いわけね」
北原・亜依(w3c968)はそのように断定した。
場所は古の隠れ家、魔皇達は西東京神殿群攻撃の作戦会議中だ。
「市街地に被害が出るから反対と言うなら、墜落させなければいいわけでしょう?」
その言葉は、神殿攻撃に反対する穏健派の魔皇達に向けたものだ。
市街地の真ん中に1キロ強の破壊された巨大建造物が落下すれば、たとえその下が無人でも被害は甚大。大震災以上のダメージと言っても過言ではなく、魔皇が嫌われる所以の一つだった。
「マザーを倒すだけなら、神殿は落ちないはずよね」
「そんな、乱暴なこと‥」
原則的には北原の言う通りだが、マザーが死ぬとファンタズマとグレゴールも死ぬ。攻撃の最中なら、コントロールを失った神殿が結果的に墜落する事は十分に在り得た。成功させるには、電撃戦じみた速攻で神殿にダメージを与えずにマザーを倒すしかないだろう。‥もっとも、紫の夜の間しか作戦を維持できない魔皇軍の戦いが速攻で無かった事など皆無だが。
「許可は取ったわ。あなたの部隊は真っ直ぐにマザーを目指して頂戴。コマンダーは私が引き受けるから」
北原は今回轡を並べて戦う加藤・信人(w3d191)にもテキパキと指示を与える。10歳の少女に好き勝手言わせる軍もどうかと思うが、魔皇軍の現状はそんなものだ。
「任せて下さい。必ず、マザーを討ち果たしてみせます!」
加藤は気合いが入っていた。辛い戦いで目的を見失う者も多い中、少年は自ら進んで戦いに身を置こうとしている。それだけでも貴重である。
「でもリユニティが何処に来るか、まだ分からないのよね。困ったわ」
北原は大人びた顔で溜息をつく。
「中野は無いでしょうから、八王子か杉並、府中辺りのはずだけど‥」
腕を組んで考える北原に加藤が声をかけた。
「あの‥」
振り返った北原に屈託のない笑顔を向ける加藤。
「リユニティって何です?」
「‥‥‥は」
「さっきも話に出てましたけど、神帝軍の新しい部隊ですか?」
リユニティ。正式な呼称は東京都環境改善課といい、その実態は政府公認の魔皇部隊。噂では数百人の魔皇が所属し、魔皇軍とはかなり微妙な関係にある組織。
「そ、それ以上は駄目です。殺人事件になってしまいます」
逢魔・アサミ(w3c968)が制止した時には、北原に胸倉を掴まれた加藤の意識は半ば飛んでいた。
「どいつもこいつも‥‥先が思いやられるわ」
北原は天を仰ぐ。
魔皇軍は西東京神殿群攻略に約千五百の戦力を見込んでいた。
関東魔皇の総数はその倍では利かないが、不安の声と和平派の説得が重なり、二ヶ月前に比べて参加者の数はふるわなかった。
開戦直前の予想では戦力比は五分か、或いは魔皇軍がやや不利。
瑠璃は神帝軍との和平が進み、関東戦には不干渉。翡翠は九州攻めで疲弊し、雪花も北海道戦で手一杯。事実上、旧蒼嵐勢の関東魔皇軍だけでの東京攻め。
苦戦は必至だ。
●避難所
「‥‥とりあえず、その辺は任せた」
ガチャ、ツー、ツー‥。
電話ボックスから出た川島・英樹(w3a170)は、外で見張っていた逢魔・雫(w3a170)の黒髪に片手をのせる。なお彼らは敵を警戒してか変装で目や髪の色を変えていた。
「雫ちゃん、お待たせ」
「魔皇様、どこへ電話してたんですか?」
「110番だよ。保険にもならんが‥‥言うだけならタダだしな」
川島は雫を促してすぐにその場所を離れた。目的地は避難所の一つだ。2人は大きめのリュックと鞄を持ち、避難民と見えるような格好をしていた。
「オタクはどこから?」
避難所に指定された公民館は既に多くの人が集まって人いきれがした。普段イベント慣れした川島にはどうという事は無い。
「武蔵小金井です。その前は高田馬場に住んでたんですが」
嘘八百を並べた。雫の事は少し迷ったが、従妹だと説明する。
「ああ、そうか。大変だねぇ」
必要最低限の挨拶をして、後は大半の時間を動かずに静かに過ごした。
「ハズレ券を引いた方が楽なんだけどね」
川島と同様に避難民に身をやつし、冷たい床に座って柴崎・勇(w3e606)は英国の戦史家の書いた戦略論を読んでいた。読書に耽る主人の横では逢魔・ほのか(w3e606)が嘘の寝息を立てている。
「まさに匙は投げられたって感じだ。このまま何も為さず彼岸を越えそうな気さえする」
「これからって時に、愚痴っぽいわね」
言ったのは、カレーの皿を両手に持った悠木・みさお(w3g714)。後ろには逢魔・恭介(w3g714)が同じくカレーと水のコップを持って立っている。
「まぁ‥‥笑えるほど、打つ手が無いのね。それ以前に頭が回ってないのが致命的よね」
みさおは遠い目をして、言った。
川島、柴崎、悠木とその逢魔達はこの一年間、死線を共に何度も潜り抜けてきた戦友だ。悠木はこの時、大した戦果を上げる事も無く生き残ってきた己に、少し感傷的になっていた。悪い言い方をすれば、緊張が切れている。
(「‥‥ここは俺が何とかしないといかんな」)
薄目を開けてその様子を見ていた川島は、分隊長として仲間を鼓舞する責任を感じていた。
だが、彼の考えた今回の作戦『ジリ貧』は、限りなくハズレ券に近い所を狙ったものにも思われる。避難民は数百万の規模、避難所は東京各所や近隣各県にそれこそ無数に設けられている。数は千を超え、リユニティも避難所全体の守りは諦めたほどなのだ。
●虐殺試案
『過激派が関東の決戦に乗じて大虐殺を目論んでいる』
5月上旬から、そんな噂がまことしやかに広がっていた。
火元は西東京の魔皇達らしいというので、一触即発の雰囲気の中で何人かの魔皇が西東京に入り込み、噂の真偽を確かめようとした。
「てめぇは加羅薙、よくツラを出せたなぁ」
「勝てる戦で悪魔化する連中まで放置できるか? だから情報を流した」
加羅薙・蒼馬(w3c866)は過激派がうようよする八王子へ乗り込んだ。先日、彼がリユニティの誰かに情報を流して過激派摘発を助長したのは既に知られている話だ。
「言いたい事はそれだけか。だったら死にな」
彼を取り囲む魔皇達はまるきりヤクザの言だ。覚醒前から堅気でなかった者や、神帝軍に追い回される間にやさぐれた魔皇は少なくない。
「こっからが本題だ。単刀直入に聞きたい、数百万を意図的に殺戮する計画があるそうだな。それは本当かどうか教えてもらいたい、あと中身も」
それを聞くと魔皇達は顔を見合わせ、蒼馬を別の場所に案内した。
西東京密が使っているアジトの一つ。
「俺は基本的に逢魔連れてかないんだよねぇ」
八咫・ミサキ(w3j046)は自分の逢魔を預かって欲しいと道家遥に頼んだ。道家は西東京密の中心的人物だ。
「今は俺がいつも使ってる隠れ場所にいるんだが、逢魔預かってくれる奴いないか? 俺が悪魔化したとき、殺されるのが嫌なんだ。そういう事言ってる馬鹿いるだろ、今さ‥」
ミサキは悪魔化する事を前提にしている。相手が歩美だったら、タダでは済まない所だ。
「安易に悪魔化するって言う人は信用できないわ」
「違いない。だが嘘じゃないんでね」
八咫はたかを括っていたが、この嘘は看破された。道家の方も敏感になっているので曖昧な言い逃れは通用しなかった。
「こっちは諜報活動のプロなんだから、安くみないでほしいわね」
様々な逢魔の特殊能力を駆使する密の諜報能力は相当なものだ。腕力では魔皇に勝てない逢魔も、こと諜報戦においては魔皇より優れていると言えるかもしれない。
「それなら殺戮計画の事も何か知ってるはずだ。隠さずに教えろ、さもないとお前達がやってきたことを魔皇軍にばらすぞ」
連れてこられるや否や、蒼馬はそう言って道家を脅した。中野の悪魔化事件などを影から支援していた道家達の情報が歩美に伝われば極刑も有り得ない話ではない。
「いまさら魔皇の一人や二人、さえずった所でこっちは痛くも痒くもない」
反対に挑発されて、加羅薙は道家を見据える。
「そうカリカリしなさんな。喧嘩しに来たんじゃねえんだ」
仲裁に入り、八咫はゆっくりと紫煙を吐き出した。
「強制出来ないのは分かった、それでもオレには情報が要る」
珍しく加羅薙は執着した。何百万の殺戮に彼の正義感が疼いたのか、それとも。
「とりあえず、核の線は無いわね。勘だけど」
関連施設は神帝軍が厳重に警備している。今のところ、関東魔皇軍に気づかれず其処を攻撃できるだけの組織は見当たらない。核兵器は嫌悪する者が多いので使いそうな者は自ずと分かった。
「ではなんだ‥‥悪魔化か?」
「知らないわ。知ってたらこっちでも手を打つし。でもそっちの推測してる所なら、二三心当たりがあるわね」
道家は壁際でタバコを吸ってる八咫を見た。
「今の西東京で逢魔が集まってる場所と言ったら、烏山と入間よ」
世田谷の烏山と調布の入間町には共通点がある。
共にリユニティに接収されたインファントテンプルムがある事だ。特に投降者用施設である入間町には投降の呼びかけに応じる魔皇の逢魔が多数収監されている。逢魔達の使うアジトや秘密サロンは東京に幾つもあるが何れも隠れ家の域を出ない。公然と逢魔が住む二箇所とは規模が違う。
「‥‥リユニティか」
加羅薙は吐き捨てるように言うと、携帯を取り出した。
「降真、飛田に連絡。烏山と入間を落とせるか聞くんだ」
逢魔・降真(w3c866)は目を丸くするが、もっと驚いたのは彼から連絡を受けた飛田・久美(w3f231)だろう。飛田はリユニティに仮入隊し、逢魔・クリムゾン(w3f231)は烏山基地に留守番をしていた。
「証拠は無いんだろ、どーするのかねぇ」
言ったのは暫く黙って話を聞いていた八咫。まさか投降者を逃せとは言えないし、仮にそれでリユニティが投降者を逃せばもっと面倒な事になるだろう。仮に陰謀が真実なら基地を守る案はナンセンスだ。スパイ狩りを行うとしても、この時期に関係者全員の尋問は危険が大きい。
「‥‥」
そもそも陰謀が真実という保障が無い。単なる噂なら下手に動けば薮蛇どころの騒ぎではない。また陰謀阻止で活動している逢魔の中に真意の看破を使える者はいなかったし、魔皇も名探偵程には頭が切れなかったので、誰が本当の事を話しているかも明確ではなかった。
「降真さん、あたしは何をすればいいの? 入間町に過激派が潜んでいるから攻撃しちゃって下さいなんて、とても頼めないですよ!」
飛田は携帯で降真と話し、途方にくれた声を出した。偶然の一致か、飛田は調布在住だった。
久美は陰謀が真実で過激派の居所が分かれば、神帝軍にその場所を攻めて貰うつもりでいた。入間町を神帝軍が攻めたら、大変な事になる。
「落ち着け。リユニティの件は神帝軍に話すなよ、電我に連絡してリユニティ内部の事はアイツに任せるしかない。俺達は東京に残ってる逢魔のアジトを虱潰しにするか‥‥」
降真を通して、加羅薙は飛田に指示した。リユニティの中にも彼らの仲間は居た。今からでは、下手に外からつつくより内部で調査する方が良いだろう。
「と言っても、全部調べてたらキリがねえ」
蒼馬は自嘲気味に口の端を歪めた。
「あんた達、ここで何を企んでるんだ?」
避難所を調べた蒼馬は公民館で川島達を発見した。
「話す義務は無いよ」
「魔皇様、挑発は止めましょう‥‥薄笑いも駄目です」
川島らは言動その他は全く過激派に酷似しているが、今回の目的は陰謀阻止だ。雫と恭介が魔皇達の代わりにそれを分かって貰おうと必死で説明した。
「本気なら、相手は複数の目標を狙ってるはずだ。完全に阻止するのは無理じゃないかな」
飛田達の話に川島は肩をすくめた。
「逢魔を拉致して魔皇を脅迫すれば、何処からでもテロは起こせます」
言ったのは悠木。彼女達は、テロを脅迫により悪魔化を迫るテロと推測していた。
紫の夜の最中は多数の魔皇が入り乱れる。逢魔を拉致或いは殺す事は難しくない。仲間が十人程と仮定しても二三十人の悪魔は生み出せる。
「無理でも、見過ごせないです」
飛田は震える声で言った。
「あたしは非力で、神帝軍の人にも蒼馬さんにも助けて貰わないと何も出来ないけど、あたしにはたくさんの人が犠牲になるなんてとても堪えられません。だから力を貸してください」
「協力しないとは言ってないし。ま、下手に連携とるとお互いの足枷になるのがオチだから、最低限の連絡手段決めといて情報交換ぐらいだけど。協力は協力でしょ」
悠木は密経由で情報交換を約束した。飛田達はすぐ次の避難所に向う。
「仮の話だけど、もし紫の夜の間に大量に悪魔が発生したら、魔皇軍は攻撃を中止して悪魔と戦うかな? それとも悪魔退治は神帝軍に任せて神殿落とすかな?」
川島の疑問に、少し考えて柴崎が答えた。
「それは恐らく、どちらでも無い。戦線を維持出来ずに壊走するが正解かな。魔皇軍にナポレオンでもいれば別ですが‥‥神帝軍と協力して悪魔退治するのは多くて2割って所だと思います」
ナポレオンどころか、並みの戦術家ですら魔皇軍では稀だ。希少な少数の戦術家達も魔皇軍の性質に阻まれて殆ど表に出てこない。持て囃されるのは卓抜した戦運を持ったエースのみ。
「しっかし、手の届く仕事がすくねぇ」
恭介の愚痴は仲間達に温かく無視された。
●西東京戦 〜開戦〜
5月17日。
群馬で歩美が儀式を完遂、関東一円を紫の夜が包み込んだ。
それを待っていたかのようにタダイ軍による蒼嵐侵攻開始、同時に東京でも関東魔皇軍が出現。
八王子から中野までの西東京神殿群を包囲した魔皇はその数、千六百余。
練馬上空。
「なっ!?」
期待に逆雷の紋様が走るリバースジャッジメントを駆る北原は練馬神殿を守る殲騎の一団を目視して愕然とする。事前情報ではリユニティは八王子神殿防衛に出撃し、予備部隊は烏山で悪魔化魔皇の出現に備えると聞いていた。
所がリユニティは魔皇軍との約定を破り、練馬神殿にも四個小隊約80名の戦力を回した。
「それがどんな結果を生むか、分かってるの?」
進軍する魔皇軍は止まらない。当初、主攻を練馬神殿に向けていた関東魔皇軍は予定外のリユニティに動揺して早々に練馬と杉並に分裂する。
リユニティが神帝軍側という情報は瞬く間に戦場を走った。
その情報は府中神殿に向った別働隊をも動かす。魔皇軍はここで、府中軍と八王子神殿から出撃した部隊の連合軍と対峙していた。リユニティの造反を聞いた魔皇軍は府中&八王子軍と戦いながら、主力を大きく西に動かして八王子神殿に迫ろうとしたのだ。
東大和市村山貯水池近く。
「戦いが生き物みたいに広がっていく。これが戦場‥‥」
群馬のタダイ救援を警戒して西東京戦の北点、東大和市に伏兵していた司藤・蓮真(w3d252)はこの初期の戦場の移り変わりをまざまざと目撃する。
「だから先に私が申しましたでしょう。魔も人も死なせたくないとは随分我が侭な話ですねと――」
そう言って傍らの逢魔・ユエ(w3d252)が浮かべた笑みは憂愁を帯びていた。
神帝軍を憎む逢魔とて、盗っ人にも三分の理のある事は知る。ならば眼前の光景もまた、自然の理に即したものと受け入れる他はない。
「僕は‥‥どうすれば‥」
「魔皇様、今は実行の時ですわ。口先だけ立派な人にはならないで下さいね」
司藤と共に隠れている伏兵は三十弱。独立部隊だから、一度戦えばエネルギー集積炉を落としでもしない限り、魔力が底をつく。出のタイミングは重要だった。
福生市横田基地敷地内。
「バファリンの半分なんて言って、悪かったよ」
意味不明の事を呟くのは島津・六郎太(w3h635)。
「‥‥若さん。今ぐらいは目の前に集中してよ、生き残る為に」
最近言動が怪しい主人に、逢魔・麒麟(w3h635)の諫言も投げ遣りだ。
島津は横田にいた。2人は殲騎の中だ。
「っせぇ!」
ブレスを吐きかけた吹雪のドラゴンの首を、真グレートザンバーで切り落とす。
戦場の拡大と共に福生市も戦いの渦に巻き込まれた。六郎太は戦列からはぐれたサーバントや横田基地を通る魔皇を追い払っていた。
『おい、此処で何をしてる! 神殿は向こうだぞ!』
魔皇軍の殲騎が島津を見つけて地上に降りてきた。八王子神殿を指差す。
『‥‥逃げ遅れた』
『はぁ?』
『五月蝿ぇ。俺は逃げ遅れただけで、魔皇軍の味方じゃねえ! さっさとあっち行けよ』
『訳の分からん奴だ。勝手にしろ』
上空に飛び立った殲騎を見送り、六郎太の殲騎は崩れるように片膝をついた。殲騎の強さは魔皇の実力よりも逢魔とのスピリットリンクの強さに依る所が大きい。
(「‥体が、重てぇ‥」)
大作戦を殆ど経験していない少年は殲騎の力を上手く引き出せない。生身から比べれば圧倒的な力だが他の殲騎と戦えば一、二合で切り伏せられるだろう。
福生のインファントテンプルムに常駐していた戦力は立川神殿の軍と合流して戦っている。少年は横田基地の武器弾薬を悪用されないようにと、代わりに戦っていた。
「もう十分やったよ、若さん。逃げ‥後退しても誰も文句は言わないと思うぜ」
「悪魔が出ても‥‥殲騎なら少しはダメージ与えられるだろーな」
「何でガラにもナイこと言ってんだ、このバカッ!」
八王子上空。
「長野へ悪魔化魔皇を差し向ける計画は、やはりハズレか」
殲騎アブソリュートリーホワイトに乗る瀬戸口・千秋(w3d057)の眼前には西東京最強の八王子神殿がある。千秋が戦場を此処に選んだのは、単に長野に一番近かったからだ。
八王子神殿は開戦当初にリユニティの五個小隊が神殿前に展開した。魔皇軍が攻めてこないと見るや大天使サラクエルは主力部隊を府中に出撃。
「これでは悪魔化も起きようが無い」
このまま八王子は戦場の外に置かれて、睨み合いで終わるかに思えた。
ところが練馬で異変が置き、波紋は僅かな間に八王子まで到達した。
「あれは‥?」
東の方角から魔皇軍の殲騎部隊が八王子神殿に迫る。全力で飛んだ殲騎達は八王子−府中間を数分で移動し、激突せん勢いでリユニティ部隊に襲いかかった。
●西東京戦 〜乱戦〜
西東京神殿群の東方では関東魔皇軍の主力と練馬、杉並の二神殿の戦闘は、後方の三鷹神殿の応援が到着して消耗戦の様相を見せ始めた。此方の部隊はリユニティと戦うつもりが無く、魔皇達が浮ついた上に中野神殿を捨てたペンギン大天使ルファエル率いる遊撃部隊が魔皇軍の前線をかき回した。
『何であるか?』
ルファエルはネフィリムの中で違和感に気づいた。盾とアーマーを装備した重装の殲騎数機が彼のヴァーチャーにしきりと接近戦を仕掛ける。
『動きを封じようと言うのであるか。無駄である』
ヴァーチャーは聖槌を振り下ろした。正面のディアブロの頭が掲げた盾ごと粉砕される。力の差は歴然で、取り囲もうにもルファエルの左右は中野の激戦を生き延びたネフィリム達が固めていた。
『邪魔よ。あんたのせいで、神殿に取り付く事も出来やしない』
不完全ながらヴァーチャーの動きが止まった所を、影が走った。急接近した四方の殲騎が同時に真六方閃をヴァーチャーに放つ。指揮したのはリバースジャッジメント。
『フォオオっ!!』
24本の光線に貫かれ、純白の機体が輝きを増す。
「二回!」
北原は直衛のパワーに攻撃されるのも構わず、第二撃を放った。殆どの相手に直撃を望める真六方閃、パワーならば8回受けて生き残る者は皆無。
「三回!!」
だが。
『まだまだであるな』
ヴァーチャーはディアブロを突き飛ばして北原の目前に現れた。二撃目は魔障聖壁で無効化した。本来ならばそれも考慮のうちだ。SFを自ら封じてくれるならその間は回復もされない。
「甘いのどっちかしら?」
北原にも口調程の余裕は無い。真デヴァステイターを撃つが、外れる。お返しに重い聖槌の一撃を受け、機体の破片を周囲に撒き散らす。
「アサミ、回復!」
「だ、脱出した方がいいのではないでしょうか?」
アサミは魔皇の意思に逆らった。彼女は妖精のつむじ風を習得し、使い方のコツも道家に習っていた。北原と仲間数人なら脱出可能だ。
「‥ここで私が退けば、加藤クン達は死ぬの。アサミ、回復して」
淡々と言って、限界まで殲騎を機動させてルファエルの背後を取る。しかし、仲間が彼女の動きについてこれない。北原の作戦は間違っては無かった。ただ少しばかり、急造の仲間では大天使のヴァーチャーを抑えるには力不足だった。
『まだ練馬のも倒さなくちゃいけないの。忙しいんだから‥』
北原の突き出した銃を、無情にもルファエルの聖槌が破壊した。
『お主は良く戦ったである。これで終りである』
跳ね返った聖槌が北原を打つ直前、風を切る音が鳴った。
『突撃ぃーー!』
身を翻したヴァーチャーを真空波が襲う。真空波に遅れて飛び込んだ殲騎アールマーティーがヴァーチャーと重なった。
「あれ? 無傷か‥‥あ、魔障聖壁張ってやがんな」
加藤はコックピットで舌打ちした。真ランスシューターの突撃は寸前で避けられていた。横に飛び退った大天使に、加藤はアールマーティーを向ける。ちなみに神殿の壁に突き刺さったランスシューターは数十センチずれていたら北原を串刺しにしていた。
「‥‥マザー攻略はどうしたのよ?」
「バカ野郎! 単独で動いても何にもならないんだ! 道は仲間と一緒に作るものだろ? 勝利への道は!!」
生身の時とは打って変わって熱い台詞を繰り出す加藤。突っ込み所はあるが、神殿の守備隊を引き剥がせなかった己の失点が大きいと北原は口を噤む。
「有難う。今は頼るわ」
「任せろ。よし‥‥」
加藤は戦闘中にも関わらず、仲間達に号令した。
『力をあわせれば勝てるなどと、幼稚なことは言わん! だが俺はペトロの剣からも生き抜いた! 神帝も叩き斬った! 後は今、この場で勝つことだ!! 俺を信じろ!! 俺もお前らを信じる!!』
その間に回復したルファエルがパワーと共に迫る。しかし今度はさっきとは違う。加藤隊と北原隊が合流して戦力は単純に倍だ。
(「盾も出来た事だし、勝ったわね‥‥」)
『総員ッ!! 突撃準備ッ!! いくぞッ!!』
戦場にはいつ頃からか、歌が鳴り響いていた。
タダイと戦う仲間の為に、名古屋の魔皇達が流したラジオの曲だったが、不思議な事にその事に気づいた者は少なかった。詞の中に魔皇を思わせる文句が無かったからか、神帝軍も魔皇軍も同じように曲を聞き、その中で戦っていた。
「一撃死さえ回避できれば、死にはしない」
正面に立つ悠木のビーストソウルはデヴァステイターとパルスマシンガンを乱射した。
悲しい位、当たらない。悪魔の右腕に一体化した長剣が無造作に動いたかと思うと、殲騎の腕の肘から先が無くなっていた。
「割に合わないって」
恭介が魔皇様への想いを使って回復させる。これで二回目だ。最早天国への門は開かれたと見るべきだった。
「‥目標、一撃必殺」
悠木を囮にして、死角に潜む柴崎の殲騎ザミエルと川島の殲騎ゴージャスタンゴ。真狙撃弾と真凍浸弾がほぼ同時に悪魔を撃ち抜いた。柴崎と川島の殲騎は結構強い。
「‥‥ここまでか。目標にダメージは与えた、この陣地は捨てて後退する」
「悠木は」
「もう救えない」
背中から血を流した悪魔は吹き荒れる暴風のように荒れ狂い、みさおの殲騎はバラバラのパーツに解体されていた。
魔皇軍の主力は練馬神殿を抜くのに時間をかけ過ぎた。膠着した西東京戦線東部は最も早く悪魔化を生み出す。これにより、烏山のリユニティ部隊も戦線に投入された。
●西東京戦 〜決戦〜
「限界ですわ。部隊の皆様に後退の指示を」
ユエは殲騎斬閃のコックピットで蓮真に指示を急いた。斬閃は大作戦で幾度かエースの列に名を連ねた強兵。彼らは八王子神殿の内部まで侵入するが、神殿守備兵の主力と正面から戦い過ぎた。
「まだマザーと戦うまでは」
「死にたいのですか」
マザールームや集積所には辿り着けなかったが、敵を引き付けた事を誇るべきだろう。
「これ以上は蓮真さんは良くても仲間の皆様は全滅いたしますわ。それでも前進しますの?」
「僕は一人じゃないんだね。‥‥みんなに後退の連絡を」
ユエは伝達の歌声を使った。
神殿内では敵味方に傍受される危険が大きいが構う所ではない。分隊に求められる最大功績は生還だ。残念ながら司藤は仲間の一人を未帰還者にしてしまった。
後で分かる事ながら、中盤から西東京戦最大の激戦区となった八王子神殿の外壁を超えた部隊の中で、司藤隊の損耗は最も軽微だった。
「春香、本当に貴様は何を考えているんだ? この戦いに何があるのか‥‥」
八王子神殿攻撃に加わった千秋は頃合を見て戦場から姿を消した。
千秋が消えた直後から、戦いは杉並と八王子の二箇所に絞られた。特に八王子戦は凄まじさを増す。まず府中神殿を抑えていた魔皇軍の部隊が戦線を支えきれずに後退したことで府中軍が八王子に迫った。それに対するため、練馬を抜いた魔皇軍の一部も埼玉との県境を走って八王子の応援に向い、一時、両軍の主力が正面から八王子でぶつかる形になった。両軍共にこの頃には魔力を使い果す者が相次いだが、魔皇軍の焦りは大きかった。二ヶ月に一度しかない紫の夜、練馬だけでは勝利とはとても呼べなかった。
魔皇達の頭には講和がちらついていたが、体は崖っぷちにいた。
西東京戦で最大の謎を残す戦いが起きたのはこの時だ。
誰かが入間町インファントテンプルムを攻めた。
関東魔皇軍の分隊のだったとも言われるし、リユニティの内部反乱だと取る説もある。
結論から先に言えば、それで戦いは終わった。
府中と杉並神殿で戦闘が始まった当初から、入間町は危険度がマックスに近かった。
魔皇軍の一部が投降者を『解放』しようと迫ったので、烏山に待機していた小隊が護衛について押し返さなくてはならなかった程だ。
「私情を入れて悪いけど、あたしは‥‥魔皇である前に一人の人間だと思っています。だから、人間に被害が出ると分かっててココを通すことは出来ません」
飛田は両手で制止した。蒼馬と彼女は幾つかの可能性を消していった結果、入間町に戻っていた。
とんでもない話だが、彼女は府中のグレゴールを『説得』して、それを後ろ盾にして入間の解放をリユニティに迫っていた。それに反対するリユニティ隊員を、彼女は押し留めている。
「正気ですか? こんな戦場のど真ん中で、彼らを解放するなんて」
見える範囲でSFやDFが飛び交っている。今この瞬間も、リユニティの小隊が入間町を守っているからこそ飛田達は交渉を行う事が出来ていた。
「だからこそです。ほら、牢屋で火事が起きた時の牢払いと同じですよ。危険だからこそ逃さないといけないんです。明日の正午までに戻って来ればOKと決めておけば大丈夫」
飛田は恐ろしく時代的な例えを出してきた。事は己の逢魔にも繋がる事なので必死である。
「牢払いねぇ‥」
ついにインファントテンプルムの直前まで戦火は迫り、リユニティは投降者達を解放する事に決める。所で、島津と麒麟も福生から入間に移っていた。
「大変だ、若さん‥‥逃げなきゃ死ぬ」
麒麟が警告を発する。祖霊が大変な危険が迫っていると彼に教えたのだ。
「危険? 教えてやらなきゃ駄目だろ」
「そんな暇はない!」
麒麟は主人の腕を掴み、大急ぎで時空飛翔を使った。
その直後、まず轟音が響き、次に視界が真っ白に染まった。
「きゃあああッ!!」
何者かがインファントテンプルムの至近距離から真衝雷撃を放った。
稲妻が空間を蹂躙に、内部にいる者達を区別なく焼き尽くす。乱戦では使用厳禁のダークフォース。同行したグレゴールが流れ弾対策に張っていた聖抗障壁が僅かでも威力を減衰しなければ飛田と蒼馬は即死。
「な‥にが‥‥過激派の攻撃‥なの‥‥?」
グレゴールが生きている者達を回復させる。昏倒していた飛田達が起き上がった時には、リユニティと府中の部隊がインファントに突入していた。雷撃が内部にいた投降者達まで焼き殺したのか、一部の逢魔を殺された魔皇達が暴走していた。
「しくじったか。‥‥俺も焼きが回っちまったぜ」
蒼馬は負傷した身体で立った。まだ呆然としている飛田を引き起こし、インファントテンプルムから少しでも早く離れようと足を動かした。
「まだ中に、人がいますよ?」
「俺達が今行っても、死体の数を増やすだけだ。あとは‥神帝軍とリユニティに任せるんだ」
故に、彼らはこの後の事を知らない。
結果だけを言えば、入間町のインファントテンプルムは崩壊し、色々なものが外に噴き出した。
この大混乱は魔皇軍の戦意を挫くのに十分であり、魔皇軍は撤退。
神帝軍とリユニティ及び一部の魔皇軍は悪魔化魔皇の対処に奔走した。
終わってみれば、西東京戦は両軍参加者の共に20%以上が戦死する激戦となった。
再び悪魔化魔皇の被害も起きた。
もし陰謀が真実だったとなら、入間の投降者全てを悪魔化させるつもりだったのだろうか。だとすれば結果として悪魔化は一部に留まり、傷跡は深いが最悪の被害は免れた事になる。
陰謀を阻止する為に命を投げ打って戦った魔皇達の功績は評価されるべきだ。
ともかくも東京は戦いの連続に疲れ切った。
そして、西日本とは別の形で講和の模索が始まる。
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