■後日談『突撃取材25時』■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
松原祥一 |
オープニング |
一年余の神魔戦争にも一つの区切りがつけられた。
あの時関わった気になるアノ人は今何をしているのだろう?
逢魔の密、有志一同の全面協力により、魔皇達に一つの依頼が出された。
神魔事件の被害者、かつてのライバル、すれ違うだけだったアイツ、某PBMマスターに至るまで、この一年間の関係者に完全突撃取材を敢行。もしかしたらその場で修羅場が再現される可能性もある危険な試み。野暮な事はしたくないなんてカッコつけは一切不要の一発企画。
取材対象は貴方が決める、取材は貴方が行う。
『神魔戦争あの人は今、気になる彼(彼女)に突撃インタビュー作戦。』
‥‥大丈夫か密?
‥‥こんな依頼を出して正気か俺?
周囲の声を完全に無視し、作戦遂行の為に裏方役を引き受けて下さる魔皇一個小隊は既に手配済み。あとは依頼人(魔皇様)のご登場を待つばかり。
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シナリオ傾向 |
後日談系、PC次第 |
参加PC |
御神楽・真澄
メレリル・ファイザー
マニワ・リュウノスケ
楸・翔一
幾瀬・楼
八咫・ミサキ
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後日談『突撃取材25時』 |
●取材レポート1 〜真澄の場合〜
2003年師走。
東京都練馬区、駅前。
竹刀袋を手に持った制服姿の少女と魔皇達は戦った。
「あなたに何が分かるんですか!」
人間を粛清していたグレゴールの少女に魔皇達は最初、説得を試みた。
「‥‥それなら仕方ないな」
少女の腕を掴んでいた青年はドリルランスを召喚する。
互いに戦う理由があり、どうしても退けぬというなら殺し合うしか無い。
それまでも、その時も、今もそれは変わらぬ理屈であった。
「待ってよ! こうして僕達、話し合えるのに戦うなんておかしいよ。そうだ‥若草さん、ボクと友達になろうよ! そして一緒にどうしたらいいか考えよう?」
仲間達と少女の間に少年が立った時、少女の背中に血の花が咲いた。
「くっ‥は‥‥」
待機していた狙撃班の介入により、呆気なくこの時の戦いは幕を閉じた。
力を失った人形のように聖鍵戦士は倒れた。
最期の言葉はなく、ただその死に顔は穏やかであったと御神楽・真澄(w3a125)はこの事件の仲間達より聞いていた。
「今更‥‥な。ま、それで満足するなら自己満足でも結構、やりたいだけやってくれや」
逢魔・夢幻(w3a125)は気乗りしない風であり、最初だけ真澄に同行していたが危険も無いと判断すると独りで別行動を取った。本人曰く、下着主義について他の仲間と語らってくるとの事だが、話し相手が見つかるかは甚だ疑問だ。
「では、行きましょう‥‥」
一人になった真澄は、密が調べた住所に一軒家を訪ねた。
そこは、昨年冬の戦いで命を落としたグレゴール若草泉美の家族が住んでいる家だ。
「あの、初めまして。電話で連絡しました御神楽・真澄です」
真澄は取材対象としてこの事件を選んだ。
意外、とまではあたらないが、数多の依頼を経験してきた彼女が選ぶには、特に戦況に影響を与えたとは言えない小さな依頼だった。
「勝手な申し出に答えて頂いて、有難う御座います」
まず真澄は礼を言う。居間に案内されて、彼女の正面に座るのはこの家の主である若草一俊、45歳。その横には若草芳子、43歳。泉美の両親だ。一俊は大手の印刷会社に勤めていたが、会社が巨大神殿の下に潰されたあとは失業中だ。
「‥今日は泉美の事をお聞きになりたいとか」
一俊の声には友好的な雰囲気は微塵も無かった。当然であろう。この取材自体が、殆ど脅迫だ。好感情を持つ理由は無い。その事は真澄も十分に承知している。
「ではまず‥‥お二人は、泉美さんがグレゴールになった事は、どう思いましたか?」
真澄は務めて冷静に、質問を開始した。
「祝福しました。娘が自分で選んだことだから、何も力になる事は出来ないがせめて親として応援してやろうとね」
グレゴールは基本的に所属する神殿内に部屋を用意されるので家族とは別居の形を取る者が多い。泉美も洗礼を受けて神の戦士となった後は家族と別れ、殆ど会ってはいなかったらしい。ようやく家族の元へ戻ってきたのは冷たい死体となった後だった。
「泉美さんを殺した魔皇と泉水さんが所属されていた神帝軍が手を取り合っている地域もありますが、それについてはどうお考えでしょうか?」
「質問がよく分からないが」
五月の紫の夜が終わった直後は、全国的に混乱した状況にあった。
神帝の絶対統制が崩れ、バラバラに動いている神帝軍の政治は各地で著しい違いを見せていたし、それは神帝軍と戦っている魔皇軍も同じである。各地で休戦や和平交渉やテロや激しい交戦が行われていたので、人間の目からは随分と混沌として見えただろう。神帝軍や魔皇軍に精通した事情通ほど怪しい言動が目立った時期であり、世情に疎い者達は取り残されていた。
真澄は彼女が知っている神魔共存への兆しを泉美の両親に説明した。
「軍が勝手に戦争し、休戦するのは恐いことですね。早くこの混乱が取り除かれることを願います」
神魔の共存については何も言わなかった。
「では最後の質問ですが、貴方にとって神帝軍とは、魔皇とは何ですか?」
「コメントする事はありません」
回答は拒否された。
些か真澄のインタビューはワイドショー的であったかもしれない。
「本日は有難う御座いました」
「甘いなぁ」
戻ってきた夢幻に事の結果を話すと、逢魔は真澄がこの一年、聞きなれた台詞を口にした。
「甘いし、かてぇ。そんなんじゃ駄目だぜ、愉しめないだろ?」
ノーパン主義の逢魔は何事も自然派で、かつ享楽的だ。真澄とは性格的に全く相容れない。
「楽しむために、取材した訳ではありませんから」
「そうかい? ‥‥ま、自虐趣味も結構だけど、も少し素直になんねぇと病気になんぜ。蒸れた下着を穿き続けてるのと同じでよ」
真澄は体を振るわせた。日頃から歯に衣着せぬ逢魔ではあるのだが。
「貴方のそういう所が、嫌いです」
真澄は泉美の墓に花を供えて祈りを捧げ、枯れていた花は持ち帰った。墓に供えた花はすぐ枯れてしまうが、己の気持ちはそうなってはならないと真澄は思った。
●取材レポート2 〜メルの場合〜
良かったか否かは置いておき、最初は簡単な仕事だった。次は誰の手伝いだったかと逢魔は手帳をめくる。
「個人的にはレミエルさんに会いたいんだけど‥‥」
無理です。
「だよねぇ。冗談はさておき、誰呼ぼうかな〜♪」
一番手とは打って変わって気の抜けた感じで話しているのはメレリル・ファイザー(w3a789)。
幾度の激戦を生き延びた孤高の紫、何を考えているのか分からないと言われる古強兵。
「じゃあ、毎度毎度無茶な依頼出してくる密に会いたいかなぁ。呼んできてくれる?」
噂通りに何を考えているのやら分からぬ御仁だが、それならお安い御用というものだ。
「忙しいのに、無理に来て貰ってごめんなさいね」
呼ばれてやってきた密に、逢魔・モーヴィエル(w3a789)は申し訳なさそうに言って、ハーブティを淹れたカップを前に置いた。モーヴィは今日は給仕に徹するつもりである。
「お気遣いなく。これも仕事ですから」
「そんな固いものじゃないから、気楽に休んでいって」
西東京や長野の依頼では魔皇と密の間に軋轢が生まれる事もしばしばだった。今日は出来るなら、少しでもその労をねぎらいたいとメレリルが言っていた。モーヴィもそれには同感である。
「あたし、これよりいつもの紅茶がいいな」
注文の多い魔皇だ。
「質問1.私の相方を密にしたい場合はどうしたらいいの?」
ある意味ではこれが今回一番意外な質問だったかもしれない。
「質問の意図が飲み込めないのですが‥‥」
「えー、別に深い意味は無いんだけど」
「そうですか。ではお答えします」
逢魔が密になるために必要な条件は一つだけだ。主人たる魔皇がいないこと。
これは密に限らず、隠れ家の仕事を任される逢魔全般に同じことが言える。主人のいない逢魔とは何らかの事情で魔皇が先に死んでしまったか、或いはまだ主人と巡りあっていない逢魔を差す。ちなみに、魔皇と逢魔のメカニズムには不確かな事も多く、中には一生を魔皇と逢わずに終える逢魔もいるらしい。反対に一生を逢魔と逢わずに終える魔皇もいるのだが、こちらは未覚醒のままで終わる事が多いので殆どいない。稀に現れても逢魔がいないのですぐ暴走し、自滅してしまう。
「つまり‥‥」
「どうしてもモーヴィさんを密にしたいのでしたら、メレリル様に死んで頂く他はありません」
淡々と言われると少し恐い。
「‥‥遠慮する」
「賢明です」
「質問2.実は一番の過激派?」
「‥‥‥」
前々から思っていたが、メレリルって変?
「それは私の事ですか?」
「そう」
密はじっとメレリルを見つめた。その表情から作意を読み取ろうとするが、どう見ても何も考えていないようにしか思えない。存外に、恐い人かもしれない。
「自分を過激派と思った事はありません。神帝軍に対抗するために、難しい依頼をお願いしなくてはいけない事があるのは事実ですが、出来るだけ危険は回避してきたつもりです」
「でも波風立つんじゃない?」
「どういう意味ですか」
この密が出した依頼に限った事では無いが、覚醒初期の頃の単純な依頼、グレゴールが人々を苦しめて悪さをしているので退治して欲しいといった感じのものに比べて、最近は軍事的・政治的な意図のある依頼が多かった。となれば魔皇もまるきりのバカではないので、依頼に対する反発や不審が生じるのは必然だ。
「別に。ただ、あんまり一生懸命だからさ。これでも、いつも感謝してるんだよ」
「私達こそ、魔皇様達には感謝しています」
「そう、ありがと」
メレリルは微笑し、モーヴィの紅茶を口にした。
「質問3.密の仕事ってタダ働き?」
‥‥やはり、メレリルは密を茶化して楽しんでいるだけなんだろうか。
「私達は魔皇様と逢魔全体の為に奉仕する事に誇りを持っています。それをタダ働きなどと言われては、心外です」
「あ、悪い。そうだね、もうちょっとマトモな質問できないかな自分」
密に頭を下げるメレリル。
実力は魔皇軍の中でもピカ一なのだが、最後まで良く分からない人だった。
●取材レポート3 〜リュウノスケの場合〜
この依頼を出したのは失敗だったのでは無いかと思い始めた密達。三番目はマニワ・リュウノスケ(w3c550)。昔のサムライのような古風な男で、普段から和服を着て、新撰組と同じ浅葱のダンダラ模様の羽織を身に纏った人物だ。一癖も二癖もあることは前二人に勝るとも劣らない。
「よお」
墓参りを先に済ませ、長野善光寺に現れたマニワを迎えたのは幾瀬・楼(w3g589)だった。
「幾瀬殿、貴殿も此方へ来られていたとは奇遇でござるな」
マニワは正座をして幾瀬の横に座った。幾瀬は仰向けに寝転がっている。
対照的な二人である。マニワと幾瀬は同じ依頼を何度か一緒にしたが、およそ類似点というものが見当たらない。誠信義を尊ぶ真四角で激情のマニワに対し、幾瀬は中庸にして残酷の人だ。
「取材、ねぇ? ‥‥めんどくさくね」
「まさか。慮外のことなれば、此度の仕儀は拙者には有難きこと。感謝こそすれ、面倒に思う謂れは在りますまい」
この二人はつい先日も依頼で長野へ来ていた。マニワはタダイ軍に下った長野神殿を仲間と共に正面から訪れて、一時虜囚の憂き目に遭っていた。その時は何とか逃げ出す事が出来たのだが、またすぐに長野に舞い戻ってきたのは他人から見れば常軌を逸した行為だろう。
「貴殿も先日は大振る舞いでござったな」
幾瀬は同じ時、長野神殿を単身で攻めていた。マニワがそれを知ったのは長野神殿を脱出した後の事だが、無謀と言うより他は無い。如何に長野神殿の戦力が激減していたとはいえ、仲間と共に攻撃するというならともかく、一人では特攻となんら変わらない。結果はほうほうの体で逃げ帰る事になったのだが、それでも命があったのは不思議だ。
「さてね。別に俺は死んでも良かったんだが‥‥何故だかここにいるな」
今ここで二人が会話している事が奇跡的な僥倖としか言い様が無い。
「まことに、不思議でござるな。‥‥では先に失礼するでござる」
取次ぎの逢魔に呼ばれて、マニワは席を立った。
別の間でマニワの相手が彼を待っている。ふと、幾瀬は誰と会うつもりなのかと気になったが、詮無い事だと意識を切り替えた。彼がこれから会うのは、拾った命をすぐに捨てねばならぬ事にもなりかねない危険があった。
「神魔、何故相容れぬのでござるか? 想いが同じなら分かり合えると存ずるが、種族が違うからと排斥するのでは差別ではござらぬか! それは神の意思とは異なるのではありますまいか?」
のっけから、マニワは口から泡を飛ばして激論をぶった。
離れた場所にいた幾瀬にさえ、それは聞こえた程で、話し振りから相手は自ずと分かった。
「どうなのでござるか、早瀬殿!」
「‥‥」
グレゴール早瀬光彦は静かに対手を見ている。
長野神殿筆頭戦士の早瀬は善光寺住職とは友誼を交わす間柄だ。今回、その事を利用して彼をここに呼び出していた。元々神父である早瀬は住職の事も憚ってか、殺生禁断のこの場所では即座に争いとなる事は無い。無論、程度の問題であるからマニワがこの調子ではいつ血で汚されるか分かったものでは無いが。
「私と貴方が同じ想いを持っているとは思えませんね」
マニワの言う同じ想いとは共に長野の平和を願うという一点だが、心から平和を願わない者は稀だ。平和への考えには両者に隔たりはなお深いようにも思える。
「なれば、何故留守居役を引き受けたのでござるか? あえてタダイ殿の横暴から長野を民を護る為ではござらんか!?」
早瀬は全国でも少ない最強クラスの聖鍵戦士だ。留守居役などといった裏方には向かず、むしろタダイ軍の先鋒を務める方が合っている。長野に残った事には意図があるのではと思っていた。
「さて、私は命じられたままに務めを果たしただけですが」
これは魔皇達は知らぬ事だが、最初、投降した長野神殿はレミエルのヴァーチャーと上級戦士を名古屋軍の戦列に加えるつもりであった。降伏した身としてはそれが順当と思えたからだ。
所が名古屋軍側がそれを断った。理由は、名古屋軍の幹部であり、部隊を指揮する織田信長の思考にある。信長は個人の力量よりも集団戦に重きを置く男だったので、レミエルの信任も厚く、信長から見れば扱いづらく信用もおけない早瀬と長谷川達を軍に加えるより、彼らを留守居にして逆に連れていけるだけの長野のグレゴール達を軍に迎える方が良いと判断した。
早瀬にレミエルの遺志を守る気持ちがあると信じているマニワはそれでも食い下がった。
「神人魔、共存できるでござろうか?」
「そのような事は軽々しく、口に出す事ではありません。まずは貴方達が主の御心を敬い、神の慈悲を信じることです」
天使はどのような性癖を持とうと神の使いには違いない。神の為に在り、神の意思に従うことを本分とする。これを真っ向から否定する事は出来ない。無理にそれをすれば、堕天使となる。そのような志向性を持った神属と人間、そして魔皇と逢魔には目に見えない大きな隔たりがあると言って良い。
グレゴールやネフィリム達の感情吸収の問題などはそこから見れば瑣末事だ。彼らは人間を楽園に導くための道具として作られた者達である。楽園が成り、感情吸収そのものが必要なくなれば存在が消滅するか或いは作り変えられて変質するだろう。生来の神聖生物である大天使達には感情吸収などの能力は無い。彼らはどちらかと言えば生物というより精霊に近い存在だ。天使達は人を導こうとするし、もし魔皇達と共存するなら魔皇も導こうとするだろう。それが彼らの存在理由である。そして早瀬、彼が信じる神魔の共存の道があるとすれば、魔皇を教導して神を信じさせる以外に無い。
「むむむ‥‥難事は承知してござる」
マニワは神を信じてはいないが、目の前の男は信じたいと思っている。自侭を好む性質の魔皇達が、天使達の考え方に共感するとも思えないが、平和を愛する心は同じと信じている。
「拙者、共存は出来ると信じているでござる。現在は出来なくても、何時の時か来ると信じているでござる」
祈るように、彼は言葉を繰り返した。
●取材レポート4 〜翔一の場合〜
最大の難関と思えた三番目を何とか無事にクリアし、ほっと息をついた密達は、四番目の楸・翔一(w3g177)の要求に頭を抱えた。
「仙台‥‥あれからどうなったんだろうなぁ」
翔一は、仙台テンプルムのコマンダー、ムーちゃん(翔一命名)こと大天使ムネーモシュネーに突撃取材を願った。
「‥‥‥」
管轄地域が違う。これは存外に大変なことなのである。
密は地生えの諜報組織であるから、縄張り意識が強かったりする。更に言えば仙台宮城は雪花の管轄である。隠れ家はそれぞれが独自の気風に満ちているが、特に雪花の一葉は神帝軍反乱軍と結ぶなど他の三つとは一線を画している。蒼嵐所属の密達が仙台の大天使とコンタクトを取るなどすれば、悪くすれば国際問題(?)にまで発展しかねない。‥‥若干、気負いすぎのような気もするが。
「ど、どうしましょー」
密達は対策を検討した。
「おーい、まだかぁ?」
「も、もう少しお待ち下さい!」
仕方なく、一応仙台密に繋ぎをつけて協力を要請してみる事にした。
結果は無視。
「きゃー」
密達は混乱した。本来、仁義を示して依頼すれば協力を得られない事も無いのだが、今回は翔一の依頼内容が些か問題だった。
以下、翔一の用意した質問内容を少し抜粋する。
質問1。
「仙台テンプルムとその城下の仙台の現状とこれからの展望はどんな感じだ? エウリュノメーとかの事も含めて。なあ、街に降りて街と人を見ながらでいいか? え、デートみたいだ?」
うーん?
質問2。
「テンプルムとして、することなくなったら、俺んとこ来ないか? いいとこだぞ、田舎だけど」
青春であるな。
質問3。
「なあ、結婚しないか? いや、ふざけてるわけじゃ‥‥」
これ以上は本人の名誉に関わる。
まあ冷静に考えて、反対に他の密から頼まれても相手にしないのが順当であろう。
だから仙台密に無理じいは出来ない。ではどうするのか? 出来ませんでは諜報部門としての密の沽券に関わる。
「か、替え玉を用意してデートだけ再現するってのはどうでしょうか?」
密の一人がおずおずと提案した。
「貴女がそれをやるの? ばれたら大変よ」
「変装と演技には自信があります!」
いや、そういう問題ではないだろう。仮に一時的に成功しても、問題は更に悪化するだけのような気がする。それこそ収拾がつかない。
翔一を洗脳する事や、いっそ証拠隠滅まで検討されたが、結局的に密達は彼の前で頭を下げた。
「そっか。やっぱ、無理か‥‥」
「力至らず、申し訳ございません。このお詫びは必ず後で‥‥」
恐縮して頭を下げ続ける密達に、翔一は頭を上げるように言った。
「あのまま、中途半端がイヤだったから、一縷の望みに頼っちまったのさ。俺の我が侭なんだから、そんなに謝らなくてもいいよ」
頭をかいた翔一は、哀愁を漂う背中を見せて去った。
彼がそのあと、仙台に乗り込んだかどうかは分からない。
それはまた別の物語である。
●取材レポート5 〜楼の場合〜
失敗に落胆し、次こそはと意気あがる密達。彼女達は善光寺に泊まる幾瀬に、早く取材の対象を決めて欲しいとお願いにやってきた。
「面倒くさいからいい」
密達は首を傾げる。この依頼の根本は、日頃依頼をお願いしている魔皇達に感謝の気持ちをあらわす為に作られたようなものだ。なのに幾瀬は善光寺に入り込むや、ごろごろと寝てばかり。全く要領を得ない。密達は仕方なしに、幾瀬の逢魔・宇明(w3g589)に頼んだ。
「あれは怠け者だからな。‥‥いや、単に恥かしがり屋なだけかもしれんが。無理に言ってもヘソを曲げるだけだから、放っておけばいいだろう」
そう言われてしまっては引き下がるより他は無い。
「帰ったか?」
「ああ、しかし‥‥お前は何時までうだってるつもりだ。まだ何も終わってはいないぞ?」
宇明に言われて、寝たままの幾瀬は笑った。
「いひひ、俺は我が侭だからな」
子供のようである。
日がな一日、寺の庭を眺め暮らすように過ごしていると時折、住職が姿を見せる。
「何を見ているのですか?」
魔皇が恐ろしいので、他に小僧などが近寄ってくる事は稀だ。たまに法論を交わしたいと来る者もいるが、大抵は幾瀬の無気力な反応に呆れて帰る。
「さぁてね、ここもどこも、随分さっぱりしたもんだ。‥‥どいつもこいつも逝っちまって、あの世ってのはそんなに早く行きたい所なのかねぇ」
「誰も、自ら進んで往生された訳では無いでしょう」
「俺は仏様にゃ興味無いからどうにもねぇ‥ただ、そうとは限らねぇんじゃねぇかな。自分で死んだ奴も沢山いたろうぜ」
幾瀬の表情が曇ったのは、新田の事を思い出したのかもしれない。
「和尚――、北條の朱鷺ちゃんってな、どんな子だった?」
世間話の風で、幾瀬は大勧進管主に話しかけた。
「あの方は、変わった御方でしたな」
北條朱鷺を善光寺に連れてきたのは新田忍である。暫く修行僧に混じって、仏教を学んでいたという。住職は新田の縁者かと思っていたが、最近の魔皇達の調べでは北條は天涯孤独だったらしい。
「新田ちゃんにしても朱鷺ちゃんにしても、面白いヤツは嫌いじゃないんだ。馬鹿は嫌いだがね。あいつ等はどっちも、かね。俺の物差しはいい加減でね、面白いのが嫌いで、馬鹿が好きだったりもする。そうさな、ただの気分屋だぁな」
大抵は住職は聞き役で、幾瀬が色々と取り留めのない事を喋るだけだ。
一週間もそうしていたかと思うと、不意に幾瀬は姿を消した。
今頃はどこか道端で眠っている事だろう。
●取材レポート6 〜建角身命の場合〜
最後の依頼は八咫・ミサキ(w3j046)。ミサキの希望は古の隠れ家の司・歩美への取材だった。
本当は彼女が一番最初に取材を申し込んでいた。
それを密達は快諾したが、紫の夜の間は歩美の方の予定が立たないので、結果的に彼の取材が一番最後になってしまった。
「遅れちまったら、意味ねぇんだけどな‥‥これも俺の天運か」
取材当日となって、八咫は古の隠れ家を密の案内で進んだ。途中までは何の問題も無かった。
しかし、歩美の謁見の部屋の手前で、護衛のインプが彼に不審な所があると呼び止めた。
「ここまでだね」
煙草を咥えた八咫は、いつのまにか手に日本刀を握っている。
その身に何本も刃を隠した刀使いが、彼の本性である。
まさか殿中で味方を斬ったのはこれが初めてだろうが。
「用があるのは歩美だけだ。道を開けろ!」
護衛の逢魔達をなぎ倒し、血煙をあげて走る。
「八咫、貴様気がふれたか!」
逢魔では魔皇である彼を止められず、立ち塞がった魔皇をも八咫は切り倒した。
「これ以上は許せません」
本気になった逢魔達は彼を囲む。ナイトノワールが黒翼を羽ばたかせて闇色の風を放った。絡みつく闇はミサキの行動を確実に束縛する。間髪いれず、凶骨達が放った魍魎の矢が彼の体に突き刺さり、幻影の篭手が彼の身体を弾き飛ばした。弱った所にインプが眠りへの誘引を使う。
「う‥く‥」
抗しきれずにミサキは膝を折るが、自らのワイズマンクロックを破裂させて痛みで正気を取り戻した。逢魔達は自分の死を厭わぬ戦い方に身震いした。逢魔のサポートを持たない彼には回復の手段が無い。その行動はどう考えても自殺としか思えない。
「歩美はどこだ‥‥どけ!」
いまや血塗れの悪鬼と化した八咫ミサキはなおも前進しようとした。
無論、それ以上はただの一歩も進むことは出来ずに彼は死んだ。
後に、彼が様々な事に不満を残していた事が知人の証言などから分かった。
「歩美は迷ってる事すら意思表示しないで、本当の意味で魔皇を頼りにしちゃいない。ただ利用しているだけだ」
「最近、『悪人のすり替え』でいい人になろうとしているヤツが多いぜ」
「『全ての』とか言いながら、自分自身の事しか見えていない議会野郎とか、手前味噌で安っぽい覚悟を掲げて『人殺し』をしたがるヤツとか、なんか腹の立つ事が多すぎなんだよ‥‥」
事件は不平魔皇の乱心として片がつけられた。
依頼を出した密や、ミサキの逢魔・建角身命(w3j046)は隠れ家から任命された捜査官達の厳重な取調べを受ける事となった。だが、事件への関与はどこにも認められず、彼女達の罪が問われる事は無かった。
後日に遺書が見つかり、それに従って建角身命は関係者へ取材を行った。
「司の暗殺者が出た事をどう思う?」
「危機的状況だね。神帝軍憎しで皆が同じ方向を向いていたのはもう昔のことだ。これからは仲間の事も見張らなくてならないだろう」
「議会推進派がまた何か五月蝿く言ってくるだろうな。事件は八咫の単独犯じゃなくて、誰かの陰謀じゃないのか」
「隠れ家と魔皇の関係は変化していくのかな?」
「今の関係は一番いいと思います。変えた方がいいと言う人達もいますけど、私達は今の関係を守っていく事が大切だと思います」
「勿論、変化していくだろうね。元々、今の魔皇と逢魔の関係なんてここ最近に出来た話なんだから、時間が経てば全然違う風になってると思うね」
「司同士の意見が分裂している今、歩美様はその『仲介者』として動くつもりがあるのかな?」
「歩美様は色々と考えておられるよ。例の東京の、リユニティだってアレを反乱と言う連中もいるが、実は一番支援していたのは歩美様なんだ。ただ仲介者かと言われると違うような気がするがね」
「歩美様は他の司様達と違って、不老不死の司とは言っても外見通りの年齢だから、考え方が若いんだ。今は新参者として前に出ないようにしてるけど、一番の革命家じゃないかな。その分、考え無しで出たとこ勝負な所もあるけど、きっとそういう方だからこそ新しい世界を作れるんだろうね」
●取材を終えて
一年以上に及んだ戦いは、今年の三月、五月と続いた決戦を終えても未だ終わりは見えない。
平和への取り組み、神魔の枠を超えた協調も現れだしたが、すぐに終戦という結果が無い事は誰の目にも明らかだった。
日本戦線においては未だ神帝軍と魔皇軍の戦いは続いている。
独立の動きを見せる北海道、政府公認魔皇部隊が活躍し、水面下で日本政府との話し合いを始めた東京、神魔の不可侵を前提とした講和路線に踏み切った西日本、神帝軍勢力を大きく減じる事に成功した九州。また戦いを回避する為に独自で神魔を超えた新たな枠組み作りを模索し始めた者達。
やがて古い思考に縛られた者達は駆逐されて、平和を求めて活動する者達の中から皆をまとめる新たな指導者が生まれ、新しい世界構築が為されるのかもしれない。
しかし、今は何も決まってはいない。
現実としては、神殿攻略作戦は毎日のように計画され、時には実行されている。また魔皇狩りも無くなった訳ではない。反対に、それらの勢力を抑えて平和をしようとする動きも活発だ。
何一つ決まった事では無いが、皆が目標を見つけて、己の力でそれを現実にしようと動き出していた。
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