■break throughのタイミング■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 藤本樋
オープニング
――世の中が平和になったと、人々が口に出すようになって、数ヶ月が過ぎていた。
 世界は変わったのだとメディアによって、伝えられてから人間は統治する側から統治される側へ、立場を移された。
 一般市民に知りうる限り、ごくごく平和的に行われたこの侵略劇は、大きな混乱もなくすんなりと幕を下ろした。
 それからというもの、世界中のあちらこちらで起こっていた凶悪な事件は、すっかりなりを潜め、戦後最大といわれた不況すらも、すでに過去の事柄となっていた。
 だから、人々がこれを歓迎するのもうなずける話である。
 しかし、なぜだろう?
 その日から、あなたの世界の色が褪せたように感じられていたのは。

 最北の県庁所在地、札幌。
 神帝軍が設置したメガテンプルムが、札幌のシンボルである時計台の上空から見下ろす都心部。
 数日続いた雨が上がり、夏場の観光シーズンということも手伝い、街中は活気付いていた。
 先日オープンしたばかりのビアガーデンには、昼間だというのにたくさんの人々が訪れ、喉を鳴らしている。
 バーゲンシーズンである、買い物袋を下げて歩く人の数も、普段より多いようだ。
 
 そんな、ごくごく普通の日常の風景の影。
 出会いは突然で、運命は苛烈。
 かつての常識は、視野の外へと追いやられる。
 しかし、この日を境にあなたの世界は再び、色を取り戻した。
 それだけは、事実――。
シナリオ傾向 ほのぼの
参加PC 倉田・恵
森島・将
吉沢・由貴
山城・学
小坂・夕姫
break throughのタイミング
●break throughのタイミング
 休業でしまっているシャッターの前や、地下街へ通じる入り口の脇に、露店が並んでいた。
 少し前までなら、アクセサリーや偽のブランド時計等が主な商品だったが、最近は洋服やイラストを売る若者が多く出店していて、その様子は年中無休のフリーマーケットの様である。
「出来上がりです! こんな感じでどうですか〜」
 イラストには、独特のタッチのひよこと『ふぁいと―』と丸みを帯びたメッセージ。
 他にもいくつか並べられえていて、すべてにかわいらしいキャラクターとメッセージが添えられている。
「がんばってくださいね! はじめの時は誰でも不安はありますよ」
 客に笑顔を見せ、小坂・夕紀(w3e348)はイラストを渡す。
 将来は画家志望、とまではいかないまでも、憧れの人達と同じ美術の方面を目指している。
 占いイラスト露店は趣味と実績を兼ねていた。
 ただ、最近は自分が美術の道に進みたいのか、疑問を感じ始めている。
 模範としていた先輩や教師の最近描く作品、著名な画家の作品すらも彼女に感動を与えなくなった為だ。
 以前までの様な興奮や新鮮な体験を感じることがないのは寂しい事だ。
「ふぅ〜。本日の売上目標まであと一枚! 後一枚でチョコバナナ〜」
「こんにちは、夕紀ちゃん‥‥今日はなんだか神帝軍の奴らの数がやたらと多いな」
「あ、鉄おじさんこんにち‥‥」
 いつも挨拶を交わす露店仲間の最古参に、元気良く手を振り上げた時。
 駅前通の信号が変わり、たくさんの人々が夕紀の前を歩き通り抜けていく中に、男が見えた。
 大勢の人がいる。
 上げた手を下ろす事も忘れるぐらい、夕紀の視線はその男にだけ定められた。
 男の視線もまた、確かに夕紀を見つめていた。

「おぉいっしー!」
 喜色満面。
 美味を食すると言う事は、上質な芸術と出会うのと同義だと、昔のえらい人が言ったか言わなかったかは知らないが、とにかくこの時、亭主の出張にかこつけて札幌に来ていた倉田・恵(w3a059)は北海道の味覚を満喫していた。
 札幌市の中枢部にある公園。
 メガテンプルムがあるテレビ塔を起点として、西に伸びる市民の憩いの場である。
 出店で売られていたじゃがバターととうもろこしを手に、恵は手近で空いているベンチに腰掛け、北の味覚を満喫していた。
「どうしてこんなに、単なるジャガイモがおいしいのかしら! あら‥‥」
 恵は隣に座っていた女性が、驚いた様子に気づく。
 有頂天になっていた自分が、周りの目を引いていた事にも。
「ごめんね、うるさかったわよね‥‥えっと、良かったら食べます?」
 呆気に取られた女性、山城・学(w3e278)に半ば強引にとうもろこしを押し付ける。
「いえ、あの‥‥」
「いいの、気にしないでね。驚かせちゃったし、私一人じゃこんなに食べられないわ、これからラベンダーソフトクリームとラーメンも食べなきゃいけないから」
 まくし立てる恵の勢いに押され、学はとうもろこしを受け取る。
「あの‥‥」
「あ〜っ! あの人だかりは何? もしかしたら噂の神帝軍の美少年かしら! きゃーっ!!」
「‥‥」
 とうもろこしに手をつけずに、学の視線は人だかりに向かって、駆けていく恵を追う。
 感情豊かな、最近は見ることのなくなった種類の人。
「いつか、扶桑に言われた事‥‥」
 魔皇として、新たな生き方を見つける前。
 大学受験に失敗した時、学は生きる事に失望していた。
 成績が悪かったからではない。
 むしろどんな大学だって、彼女が受験さえ出来たのなら、喜んで受け入れてだろう。
 ただ幼少の頃から病弱で、療養の為の休学を経てようやく受ける事の出来た試験の当日、路肩に飛び込んでいた車の後部座席で、救急車のサイレンが聞こえてきた時に、彼女の中で進路は確定した。
 死という進路に。
 せめて綺麗な場所でと願い、選んだ土地で、学は彼女と出会った。
「‥‥死のうと思いつめられるだけ、それを行動に移せるだけ、あなたは感情が豊富だわ」
 それは自分とそっくりな、それでもずいぶんと美しく見えた芙蓉の言葉
「あなたはこれから、‥‥そうね、いろいろな人達に必要とされる。‥‥でも誰よりもまず」
 微笑んで投げかけてくれた言葉。
「私があなたを必要としてるの。‥‥学、私に任せなさい」
 瞳からあふれ出る熱と、自らの内から開放される何か。
 人ではない、魔に属する者の腕のぬくもり
 学にとって忘れられない出来事。
 彼女と共に、新たな生を歩み始めた時のかけがえのない思い出。
「‥‥学、用意を」
「はい、芙蓉‥‥」
 ――人だかりの中央には、期待通りの美少年グレゴールがいた。
 見目麗しいと形容するのが正しいであろう、取り巻きの女性達に笑顔で答え、握手をするなどして歓声を浴びていた。
「すごい、本物だわ。‥‥私も握手してもらわなきゃ!」
 遠巻きにしばらく見物していた恵も、何とか輪の中に入ろうとしたその時、意外な事がおきた。
「皆さん、ちょっと空けてください。こちらの女性に私は用があるのです」
 言葉は恵を指していた。女性達が道を空け、恵にグレゴールが手を差し出した。
「あれ。ありがとうございます」
「‥‥まだ、あなたは自分をご存知ないらしいですね」
 美少年に手を引かれ、どきまぎする恵は何を言われているのか解らない状態。
「えっと、どういうことでしょう?」
「良かった、苦しむことなく消滅してください。魔に属する者よ」
「えっ」
 微笑を崩さないグレゴールが、手にしている剣を抜く。
 刃物が自分に向かってくる。
 どうするべきかを知らなかった恵がみたもの。
 それは自分を守る為に飛び出してきた少女の姿――。
 
「由貴、飯まだ―? なぁ、カニ食おうよ、かにぃ〜」
「‥‥‥‥」
「なぁ、由貴。北海道に来てカニ食わないなんて、超貧乏人か人でなしのする事だぜ」
 右側の眉毛がピクリと動く。
「おいおい、柳。そのぐらいにしておいたほうがいい。吉沢も今年から社会人になったばかりだ、そんなにたかるな」
「そんなことないよ将! 由貴の奴、普段からすっごい質素でけち臭いんだぜ。外食なんかめったに連れて行ってくれないしさぁ」
 眉毛がピクピク、今度は二回。
「だからといって、無理を言うもんじゃない」
「こんなに頼んでいるのに、カニの1パイも食べさせてくれないなんて、鬼だぁ、悪魔だぁ、グレゴールだぁ」
 プチ。
「あ‥‥」
 お土産を扱うお店が軒を連ねる中、先行していた会話の中心人物、吉沢・由貴(w3c585)が、沈黙を破りめがねを治すと森島・将(w3a163)に空腹の不満をぶつけていた逢魔・柳(w3c585)に向き直る。
「ゆ由貴、聞こえてたんだ、いやあのその、俺てっきり聞こえてないものかと、その‥‥」
「森島先輩、ここらで食事にしましょう」
「‥‥あ、ああ、そうするか」
「由貴ー!」
 この上なくうれしそうな柳に、由貴は努めて表情を崩さずに言う。
「‥‥おまえは、飯抜きだ。どうせケチで人でなしだからな」
「そーんな〜」
 カン
 グラスに注がれたのは、この街の名前がそのままメーカーとなっているビール。
 3人が席についたのは、アーケードのある商店街の中にある、オープンテラスのカフェで、杯を鳴らした二人の横には、繰り返し行われた必死の嘆願によって、ようやく食事にありつくことが出来た柳が、涙を流しながら食事をしている。
「ははっ、面白い奴だよな、柳は」
「初めて会った時、2歳の頃からこういう奴ですよ、人を言いだけ振り回して‥‥」
 何食わぬ顔して、いつもやりたい放題、わがまま放題。
 おまけに人間ですらなくて、しまいには――
「由貴ー。これおかわりしていいか?」
「‥‥これですよ」
「くっくくく」
「先輩、‥‥何か?」
「いやいや、クールで冷徹が心情、学生時代には密かに女の子達の注目の的だった吉沢が、こんなにも子煩悩だとは思わなくてな」
「(‥‥どうしてそうなる)」
「由貴、これも追加オーダーしていいよな!」
「いいかげんにしろ‥‥」
 互いに魔皇同士。
 由貴にとっては、幼馴染が逢魔で、学生時代からの付き合いの先輩が魔皇だった事になる。
 知った時のショックは、計り知れないものだった筈だが、そのおかげでずいぶんと助けられている事を、将の方は自覚していた。
 目の前で繰り広げられる、更なる追加オーダーをめぐっての争いを見ながら、将は笑う。
「(こいつらの様に出会う事が出来ていたら、悩まなくても済んだのに)」
 将とパートナーの出会いは、能力に覚醒し巻き込まれた戦いの場。
 母を失ったばかりの子供達に、これ以上失う悲しみを与えるわけにはいかない。
 その想いだけが自分を支えていた、あの時、あの瞬間。
 訳がわからないまま、自分が何者なのかも知らないまま。
 内にあるチカラは子供達の待つ家に帰る為。
「‥‥‥‥お守り‥致します‥‥」
 愕然とした。
 死んだ妻に似ている。いや、そのものといっても過言ではない、黒い翼を持つ天使――。
「‥‥そのぐらいにして置けよ、柳。‥‥先輩?」
 答えない将の前に置いてあるグラスに、すっかりぬるくなったビールが注がれる。
「‥‥ああ、悪いな」
「どうしたんです、ぼーっとして。‥‥子供達の心配でもしてましたか」
「ああ、家族の事を考えていた‥‥」
 まわる筈のない酔いが、まわったかの様な将の反応に、由貴は話題を変える。
「ところで、どうしてムサシを連れてきたんです?」
「チビ達は預ける所があるからな、ムサシはそうもいかなかっただけだ。吉沢だって、連れてきただろ一匹」
「ふっ、違いない、男二人に猫二匹の旅だ」
「楽しそうなところ悪いけど、そんな俺の仲間、大脱走して行っちゃったけど‥‥」
「「‥‥‥‥」」
 視線を荷物のほうへ移してみる。
 大量に購入された北の味覚のお土産と共においてある、ペット用のバスケットの蓋が開いていた――。
 
「‥‥はい、これはあなたのです。咎さん♪」
「‥‥‥‥」
 夕紀は出来上がったばかりのイラストを逢魔・咎に渡す。
 そこには、黄色ので大きく描かれた太陽と、隅で怯えているように佇む、茶色い犬のイラスト。
 こっちだよ。
 そう書かれた、メッセ―ジ。
「何にも話をしてくれないから、よくは解らないけど。‥‥探しているものは、すぐ見つかるよ」
「‥‥何故だ」
 咎がやっとそう言うと、夕紀がにっこり笑って答える。
「私の直感が、そういってるの‥‥。どうしてだろう、なんか咎さん放って置けない」
「‥‥俺の事は、咎でいい」
「はい、夕紀の事も呼び捨てにして良いですよ」
 笑顔を崩さない夕紀に対して、咎の表情はますます硬くなる。
 そんな咎の足元に、猫。
 ねこしゃ〜んと夕紀が抱きすくめる。
「でも、何か出来るわけじゃないのに、ごめんなさい。‥‥変な事言って」
「良いんだ、それにあなたは‥‥」
 意を決し、話し始めた咎の肩越し。
 時代遅れの大きな剣を振り上げる、グレゴールの姿を夕紀は見る――。

 恵は、乗ったことのない乗り物によって、運ばれている自分に気づいた。
「‥‥まったく、無茶するよなキミ」
「私、気を失って‥‥あなたは誰なの?」
「キミのパートナーで、郁美っていう」
 名乗った少女、逢魔・郁美が『魔に属する者』だという事は、すぐに理解できた。
 しかし、どうして自分がグレゴールに襲われたのか。
 どうして魔に属する者に助けられたのか。
 今、どうして見たこともないような乗り物に乗っているのか。
 疑問は次から次へと沸いてくる、しかし。
「ありがとう。助けてくれたのね」
「意外だな」
「え?」
「意外に物分かりがいいんだな。質問攻めにあうと思っていたから‥‥それから礼は、隣の人たちに言うと良い」
 恵が周りを確認すると、同じ乗り物に乗った恵がトウモロコシを押し付けた相手、学と芙蓉が確認できた。
 そして、グレゴールの追跡を振り切り、降りたところですべてを理解することになる。
「‥‥ええ! 私があの剣を弾き返した?」
「そうです。だから間に合いました。そうでなければあなたを庇った郁美さんは、やられていたでしょう」
「ということは‥‥」
 説明を学に任せていた郁美が、ここで口をはさむ
「キミはもう普通の生活には戻れない。私と一緒に戦うしかない」
「どうして?」
「キミは魔皇なんだ。普通の人間とは違う! 私と一緒にいなけりゃいけない」
 語尾が強くなる。それは伝えなければいけない事だったから。
「そっかぁ、そうなのね‥‥わかったわ」
 郁美の顔にも、二人の様子を見ていた学にも、安堵の表情が浮かぶ。
 予想以上にこの人は懸命な人だと。しかし。
「郁美ちゃん‥‥郁美ちゃんがうちの子になればいいのよ」
 愕然とした表情を見せた郁美に、恵は続けて言う。
「だって、うちの主人は仕事仕事で、うちにはなかなか寄り付かないし、郁美ちゃんがいれば安心でしょ」
「‥‥‥‥」
 二人の様子を見ていた学が抑えた様子で笑い、芙蓉も微笑んでいる。
 そして誰よりも、恵が満面の笑みをみせて郁美の手を取る。
「これで決まりね‥‥さて帰るわよ。郁美ちゃん」
 新たな魔に属する者のコンビ誕生の瞬間だった。
 手を引かれ納得のいかないまま歩き出した郁美の表情も、なぜか少しだけ綻んでいた。

 一方。
 夕紀の目の前には、一瞬で様様な事がおきていた。
 悲鳴が上がり混乱する商店街。
 剣を振り上げていたグレゴールが、吹き飛ぶ姿。
 身を呈して、自分を守ってくれた咎に抱き上げられる。
 抱き上げた猫の爪が、制服に引っかかる。
「何をしているんだ、早くこっちへ」
 知らない男の人が、自分を手招く。
 抱きかかえられ、運ばれていく。
 人の走る速度ではない、ありえない速さで。
 そして、夕紀は悟る。自分もまたこの人達と同じだという事を。
「咎‥‥もう少し早く解ってあげられたら、良かったね」
 それが今日初めてあった咎に、自分が強烈に惹きつけられた理由だという事を。
「‥‥どうしてあいつは、あの子が魔皇だって、すぐに教えなかったんだ」
「同じだ、柳」
「ん? 何それ?」
「大切にしたくなる様な少女が、自分と一緒に戦っていかなきゃいけない相手だった‥‥そういうことだろ、吉沢」
「ああ‥‥」
 橙色の空が、紫紺に染まっていく。
 もうすぐ、一日が終わる。
 明日の朝に色は、新たな生を決定付けられたもの達にとって、どのような色であろう。
「ね、咎‥‥夕紀はね、夢があるの」
「‥‥夕紀」
「前までの先生達みたいに、綺麗な絵を描いて、たくさんの人に感動して貰う事」
「その夢を、奪うことになる‥‥すまない」
 頭を下げる咎を、夕紀は首を横に振る。
「そんなことないよ。みんなの感動する気持ちや、絵を描く人たちの情熱を奪ったのは神帝軍。だったら戦うわ! 絵に込められる色んなきらめきを取り戻す為に」
 咎は夕紀の瞳を見る、迷いも失望も感じられない、まっすぐな瞳。
「‥‥それまで、咎。夕姫がね、咎の担当なの! よろしくね、咎」
 魔皇に覚醒する事。それは、今まで通りの生き方が許されなくなるという事を意味する。
 それでも、現実を脱却した後の世界の色が見られるのも又、彼らだけ。
 神帝軍が収めるこの世界で、どちらが幸せなのか。
 ――その答えは、今はまだない。