■瓦礫の街の語り詩■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
姫野里美 |
オープニング |
それは、唐突な宣言に始まった。
「あたしも彼氏が欲しいッ!!!!」
「はい?」
サラのそれに、思わず聞き返すNOAH。
「だってさーーー。あっちでもこっちでも、魔皇と逢魔がくっついちゃってて、あげくにアスくんにもイイヒトがいるっぽくて、レミ子もお気に入りっ子がいたってのに、なーーーーんであたしだけ、誰も粉かけないのーーー? こんなに魅力的な娘さんなのにーーー!」
よくありがちな欲求不満である。まぁ、周りに若い娘より若い兄ちゃんの方が良い魔皇様が量産されていれば、納得いかないのも道理と言うわけだ。
「その性格が問題だと思われますが」
「自分の魔皇にうるさいよー」
NOAHにツッコミを入れられて、頬を膨らますサラ。
「あーあ。どこかにイケメン転がってないかなー」
「無理ですね。都心の崩壊で、人口がかなり減っています。容姿の良い方には、それなりの先約がいるでしょうし」
きっぱりと言われて、轟沈するサラ。と、そこへNOAHはこう告げた。
「まぁでも‥‥、今はどこでも復興作業の真っ最中ですからねぇ。瓦礫の山の出会いって言うのも、あるんじゃないんですか?」
「マジで? ねぇマジで?」
目を輝かす彼女。と、彼は転がっていた書類に目を通しながら、続ける。
「パートナーのいるカップルでも、こうも安心出来る場所がないと、イライラも募りますからねェ。今、安心して子作りと子育てが出来る環境を作れと、上からお達しが来てるんですよ」
「けどさぁ。絶対あたしらに対して、風あたりはまだ厳しいんだよね。何か『余計な事すんな』って感じでさぁ」
反感を持つものが、いくら玉虫色の稼業をやったとて、人々の憎しみを買うだけ。問題は、山と残されている。
「その辺、アス君はどう考えてるわけ?」
だが、それを問うと、NOAHは口を閉ざした。まるで‥‥触られたくない傷を、さらされたかのように。
「あ、ごめん」
「いえ。お気になさらず」
首を横に振る彼。と、彼女はそんな自分の逢魔を励ますように元気に言った。
「とりあえず。残っている問題を片付けるように、皆に言っとくね。平和になったと思って、イチャついている野郎どもが居ても、それはそれって事でさ」
彼氏探しは、そのついでにしとくわ。と、数分前のぼやきは、明後日の方向へ投げ捨てる。
「お願いします」
そんなサラに、NOAHは静かに頭を垂れるのだった。
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シナリオ傾向 |
愛60% 耽美30% 子作り10% |
参加PC |
九条・縁
音羽・聖歌
冴闇・竜子
ケヴァリム・ガルゥ
レパード・サライ
藤倉・ミサト
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瓦礫の街の語り詩 |
●瓦礫の街
それから数日後‥‥。大ヤコブとレミエルが倒された事を聞いた魔皇達の一部は、ある目的の為、瓦礫の街を訪れていた。
「復興活動か‥‥。良かろう。余が破壊だけでなく、創造にも秀でている事を、教えてやろう!」
冴闇・竜子(w3d010)がその大きな胸をそらして、高笑いしながらそう言った。
「あ〜あ。張り切っちゃって。どうやるってのよ」
サラが、崩れた建物の残骸に座り込みながら、そう言った。と、冴闇は、彼女がビデオを回している事に気付き、カメラ目線でポーズを取りながら、こう続ける。
「うむ! 自警団を指揮して、こういう時に現れる、火事場泥棒等を取り締まるのだ! 特に夜間外出などは自粛するように呼びかけ、治安を乱すものにはを相応の報いを与えるのだ!」
どうだ! 完璧だろう! と、自慢げな彼女。だが、サラはそのカメラを下ろし、少々呆れた表情で、冴闇に言った。そんな彼女に、サラは「うーん」と考え込んだ後、こう尋ねてきた。
「んじゃあ、聞くけど。その自警団って、誰やんの?」
「それは‥‥地元の人間とか、余の名声で集まった人間とかだ!」
私を慕うものは多いのだ! と、その慕う者が、実際に役に立つかどうかは、イビルトロン星の彼方に放り捨てたような事を口走る彼女。
「反感買ってんのに?」
「だから、きちんと取り締まりさえすれば‥‥」
いーではないか! と、冴闇は、根拠のない自信をちらつかせる。
「何の権限があって? うちら、お巡りじゃないのよ?」
そんな彼女の自身を打ち砕くかのように、サラはトドメの一言をブチ刺す。
「む、むう‥‥。なら、貴様に良案があると言うのか?」
「ないわよ。そんなの」
冴闇の問いに、サラはあっさりと首を横に振った。
「人の事言えないではないか!」
何の代変案もないのに、人に文句ばっかつけおって! と、納得していない冴闇に、彼女はこう言う。
「だって、うちらがやったって、あんまり意味ないし」
「依頼したのは、貴様だろうが!」
冴闇にそう言われ、彼女は少し表情を真摯なものに変えながら、その理由を告げた。
「だーから。役目が違うっつってんの。どんなに言い繕ったって、うちらのやっている事は、しょせんテロリスト。悪役は悪役らしく。似合わない事はしない方が良いって事よ」
「周囲の評価など、どうでもいい! 要は役に立つか立たないかだ!」
正論ではある。だが、そんな彼女に、サラはこうも言った。
「ま、例えるなら、やくざ屋さんが、繁華街でいきなり取締りと称して、若いのけちょんけちょんにするようなもんよね〜。それじゃ、嫌われるだけよ」
そのまま、返事も聞かず、瓦礫の向こうへと姿を消してしまう彼女。
「あのぉ、竜子様? 予定していた資材が、そろそろつく頃なんですけどぉ」
ラーガ(w3d010)が申し訳なさそうに、そう言った。そう言えば、手配を頼んでいた仮設住宅セットが、そろそろ到着する予定だ。それを聞いた冴闇、サラを追い掛け回す事は、あっさりと諦めて、こう尋ねて来る。
「ふむ‥‥。それで、どれだけの量をもぎ取ったのだ?」
「あまり、思わしくはありません。アスモデウス様は、人々が自ら考えを改めなければ、希望の種とて、枯らしてしまうとお考えのようですわ」
ラーガが首を横に振る。密に依頼して、資材を要求したのだが、あまり量は多くない。押し付けでは、人々の反感の根は払拭できないと言った所だろう。
「ふむ、どいつもこいつも、腰抜けばかりだな。まぁ、役に立たん連中に起こる事はあるまい。世とラーガだけで充分だ」
「ハイ。畏まりました、竜子様」
が、そんな考えなど欠片も理解する気のない冴闇は、ラーガを従えつつ、運び込まれる資材を、ぼんやりと眺めていた3人に、指先を突きつけ、こう命じる。
「と、言う事だ。そこの3人。とっととこれを設営しろ」! 力仕事は、男の役目だろう!」
「いつから、そーなった! つぅか、誰が決めた!?」
納得行かないのは、ご指名をされてしまったその3人衆である。特に人に行動を決められるのは大嫌いなレパード・サライ(w3d269)、冴闇の指示に、真っ向から対立している。そんな彼を、リゥ(w3d147)がこう言いながら宥めていた。
「ま、まぁまぁ。とりあえず、瓦礫を片付ける所から、始めましょうよ」
「くそーっ! 安心して子づくり子育てのできる環境にしろって言われてもよー。惚れてる相手も、仕えてる相手も野郎、そのうえ賭に負けて一生童貞独身を誓わされた俺への当てつけかっ!」
誰ともなしにそう叫ぶレパード。だが、そう言う割には、裸に直接グレーのオーバーオールを着込み、素足にスニーカー、手には軍手、首にはタオル、頭にバンダナを締めて、農作業モードで、やる気満点に見えるのだが。
「ねー、レパード〜、見て見て〜」
その賭けに勝った方のケヴァリム・ガルゥ(w3d147)はと言えば、周囲に野良猫を大量に集め、調教と言う名の餌付けの真っ最中だ。
「って、ガルゥ。何やってやがる‥‥」
「ストーンヘンジ☆」
ミニサイズだけどね〜と、自慢げな彼。確かにその足元には、瓦礫でもって、キレイな円陣が組み上げられてる。
「ガキかお前はぁぁッ!」
「えー、だってさー。魔皇がヘタに手伝ったところで、反感買う一方のようだし。 俺もレパにゃんも、結構派手に東京で暴れてきたしね。目立たない恩返しで、レパにゃんと一緒に地道な『お片づけ』しよっかな♪ って思ってさ。どうせやるなら、楽しい方がいいじゃん?」
確かにそれは動機なのだが、だからと言って、今のガルゥの行動が、それに伴っているとは言い難い。
「だからって、何でストーンヘンジなんだよ。謎のオブジェ作るくらいなら、もっと違うもん作れ」
そう言って、レパードは、ガルゥの作った、実にストーンヘンジをぶち壊し、元の瓦礫の山にしてしまう。
「あーー! 僕の傑作をーーー!」
「ふふふ〜ん。まぁ、ざっとこんなもんかな〜」
そして、あっという間に瓦礫を並べ替えると、花壇の形にしてしまった。レパードが、自慢げに『俺様にかかれば、瓦礫も山の賑わいだ!』と、謎の格言を口にしている中、ガルゥは足元の野良にゃんこを抱き上げて、彼を完全に無視したセリフを口にしている。
「ねぇねぇ〜、レパードってば、酷いんだよー」
「てめー! なめてんのかっ!」
ぶちきれているレパード。
「ん? ナメてるのは、このにゃんこ達で、僕じゃないよー」
「俺が言いたいのは、そう言う事じゃねぇんだーー!」
なついてきたにゃんこに、ほっぺを舐められて、くすぐったそうに答えているガルゥ。その姿に、レパは首にかけていたタオルを、足元の瓦礫製花壇に投げつける。
「そこ、遊ばないで下さい。主に傷つけたら、タダじゃおきませんからね」
「くっそー、こうなったのも、全部サラのせいだー!」
リゥに釘を刺され、ぶーぶーと頬を膨らませるレパード。話のネタを振ったサラは、彼の文句なんぞ、聞きとめる予定はないらしく、既に姿を消している。
「そう言えば、彼女は?」
「んー、さっきからあそこで、覗き魔中」
いや、正確に言えば、その場から立ち去ったわけではなく、少し離れた場所で、他の魔皇の様子を伺っていた。
「くぉらぁっ! サラ! てめぇの持ってきた話なんだから、ちょっとは手伝えっ!」
「しーっ! 気付かれちゃうから、おしゃべり禁止ッ」
怒鳴りつけたレパード、逆にサラに人差し指でナイショ話ポーズを作られてしまう。
「何に、気付かれるんです?」
「あれ」
リゥがそう尋ねると、彼女はビデオカメラを、その対象者に向けた。そこでは、暮れなずむ瓦礫の街中に、深みがあってよく通るバリトンボイスで、レクイエムを響かせている音羽・聖歌(w3c387)がいる。
「何やってんだ? あの2人」
顔をしかめるレパード。まぁ、そうやって文章で書けば、至極ロマンチックなのだが、リアルに考えてみれば、街の中、歩きながらでっかい声でバラードを垂れ流していれば、普通の人間は余り近付きたがらない。そう言う行為は、どこかのライブハウスか、専用野外音楽堂等で行うものだ。
「日が、暮れてしまいましたね」
が、当の本人達はいっこう気にしていない。神無(w3c387)が、夕日に照らされながら、そう言って音羽に微笑みかけている。
「弁当‥‥美味かったぞ」
「そんな‥‥。あんなボロボロのお弁当‥‥」
初めて自分で作ったお弁当を、彼に評されて、照れくさそうに頬を染める彼。
「大事なのは、見かけではなく、心だ。弁当、お前の真心がこもっていたぜ?」
「ありがと‥‥」
2人とも、魔皇が何食ったって生きていける事を、すっかり忘れている。もはや泥団子食ったって、極上のフルコース食ったって同じなのだが、そこは、物は言いようと言う奴だ。
「けど‥‥、作業、あまり進んでないですね‥‥」
全く片付かない周囲を見回し、神無はそう呟いた。まぁ、それだけいちゃついていれば、作業が全く進まないのも当然と言えば当然だろう。
「今は、ゆっくり休みたいんだろうな」
そんな事なぞ、ついぞ気付かず、同じ様に夕日を眺めている音羽。
「聖歌は、休まないの?」
「いや、後でいい‥‥」
気遣う神無に、彼はそう答えた。本業は歌手だが、その声を出す為に、それなりに身体を鍛えている。魔皇でもある彼にとっては、一日重労働に精を出す事など、あまり苦にはなっていないようで、喉を守る為の防塵マスク着用で、せっせと瓦礫を掘り返している。
「あんまり、歓迎されてないみたいだけどね」
そこへ、哀しげな表情で、神無が花を植えて行く。
「そんな事はわかってる。けど‥‥俺は‥‥魔皇の一人としてじゃなくて、一人の人間として、復興作業に手を貸すのは当然かなって‥‥」
彼ら2人の歩いた後には、転々と花の道が出来上がっていたが、時折通る人々は、彼等をみては、いぶかしげな視線を投げかけている。
「あちこちで復興作業やってる時に不謹慎って言われるかもしれねぇけど。なくなったもの、いろいろあるわけで。これは俺なりの手向け‥‥ただの自己満足って言われたら、それまでだけどな‥‥」
音羽も、ようやく周囲の状況が見え始めてきたようだ。そう言って作業を中断し、そう言った。
「うん、知ってる‥‥。だから、ついてきたの」
言葉を選ぶように、神無は言葉を紡ぐ。そして、音羽の背中に、寄り添う様にその頬を当てる。
「わたしは聖歌の隣にいつでも。貴方の逢魔ではなく、貴方に愛される者として」
そして、彼はそう言った。背中に押し当てた小さな身体が、微かに震えているのを感じ取り、音羽は振り返る。
「俺は‥‥お前に逢えたから、他のものはどうでもいいと思うこともある。やっぱり俺は黒の魔皇なんだろうな‥‥」
お前が隣にいるから人でいられる‥‥と、最後にそう囁いて、神無の身を抱きしめた。頭1つ分違うその体躯は、折れそうなほど細い。
「神無‥‥。俺の‥‥」
逢魔‥‥とは、あえて言わなかった。もし、彼がスピリットリンクのない形で、彼の前に現れていたら、こんな風に特別に思う事もなかったのかもしれない。
「聖歌‥‥。私の側に、ずっといてくれる‥‥?」
「ああ。多少‥‥泣かせる事もあるかもしれないけど‥‥」
それでも音羽は、神無の告白に応えた。守って‥‥庇って‥‥、ずっと一緒に歩いていこうと‥‥、右薬指にはめた、揃いのシルバーリングにかけて、お互いの心に誓う。
「おまえが隣にいるなら、今の状況も笑って受け入れてやるさ‥‥。たとえ、それが禁忌だとしても‥‥な」
引き寄せて‥‥キス。その首筋に腕を回し、甘い吐息で、応える神無。
「イーリスちゃん、今よっ!」
「はいですわっ!」
その刹那、サラがカメラマン役に引っ張り出してきたイーリス(w3a525)に、そう命じた。軽く電子音がして、禁断のキスシーンがばっちり納められてしまう。驚いたのは、今の今まで、2人の世界に浸りきっていた音羽と神無の方だ。
「って、くおらそこっ! 何を覗いているッ! て言うか、今何撮った! 何を!!」
カメラを奪い返そうとする音羽。だが、彼女はその攻撃をひょいひょいひょーいとすり抜けると、高笑い。
「何撮ったもへったくれも、決定的既成事実シーンよっ!」
「撮るな! そんなものーーー!」
今すぐ消せ! と、要求してくる音羽に、サラはあっかんべーと返しながら、こう言った。
「いーじゃない。私だって、私なりに復興資金稼ごうとしてんだし〜」
「それが覗きとどう関係あるとゆーのだっ!」
えーおい? と、極々当たり前の問いに、彼女はこう続ける。
「大アリよッ! 取材よッ! ネタ拾いよッ! 文句があるのッ!?」
その手には、『さらりん秘密取材めも』と、大げさにかかれたA5版のノートが握られている。
「人の逢瀬を邪魔しておいて、何を偉そうに言っているのだ。お前はーーー!」
カメラより先に、それを分捕る音羽。彼女が「きゃ〜! まだ見ちゃダメだってば〜!」と言うのを右から左に流し、何の気なしに、そのノートを開いて、皆にも見せてしまう。
そこには、見開きいっぱいに、大ヤコブと、とある魔皇の禁断の恋物語が書き綴られている。しかも、その端々に書きなぐられている口説き文句は、先ほど音羽が神無に囁いていたものと同じだ。
「‥‥‥‥サラ」
「な、なぁにー? さぁて、片付けに行かないとっ」
ネタ帖を閉じながら、雰囲気を変える音羽。気付けば、怒りのオーラで、人化が解けている。
「待てい! この中身を説明しろー! 逃げるなーーー!」
「やだぷっぷ〜!!」
同じく人化を解きながら、そこいらじゅうを逃げ回るサラ。瓦礫の中で、おいかけっこを始めるのんきな2人に、冴闇があきれたようにこう言う。
「ったく。人の事、言えんではないか」
「いずれにしても、私は竜子様についていきますわ」
そんな彼女に、深々と頭を下げるラーガ。
「お前が分かっている事が一番ありがたい」
そう言って、彼女を抱き寄せる冴闇。「いくぞラーガ世界が我等を待っている!世界に散らばる神帝軍の奴等に我がイビルトロンをそして我が名を轟かせるのだ!」
そして、明後日の方向を向き、沈む夕日にこう誓う。
(「私だけは何があっても貴女に付いていきます‥‥」)
心からの笑顔と共に、付き従うラーガもまた、心に誓っていた。
「なぁ、もしかして、次は世界征服とか考えてる魔皇って、けっこう多かったりする?」
その様子を見ていたレパード、いぶかしげな表情で、リゥに問う。
「みたいですね。僕はずっと男装のまま、一生ガルゥに仕えると決意しましたので、あまり関係はありませんけど」
まるで、戯言のような問いでも、真面目な彼女‥‥いや、彼は首を
「だとしたら、このまま日本に留まるわけにも行かないかもしれんな。せっかく、日本での生活も慣れたし、いっそ帰化するのも悪くないかもなーとか思ってたんだが」
残念そうにそう言うレパード。
「いいじゃん。日本国内だって、世界征服狙ってる魔皇、多そうだし」
他にも、世界征服や、東京に魔皇帝国を築くなど、不穏当な計画を練っている魔皇は多いと聞く。このまま、のんびりと平安をむさぼっているわけには行かないようだ。
「それもそーだな。なぁ、俺の名前、いい漢字に変換できないか?」
「ん〜と。名は体を表すってのを重視で変換すると“変隊長”か“変態長”の2択って感じぃ?」
一番間違えられたくないあだ名を、わざと間違えられ、レパードはガルゥを「殴るぞ」と睨みつけている。
「冗談だってば。発音重視だと俺は“牙流”で、リゥは“璃雨”で‥‥レパにゃんは“鎖雷”っての、どぉ?」
頭にたんこぶを作りながら、ガルゥはそう答えた。そんな彼を、よしよしとあやしながら、リゥが「何か意味があるのですか?」と、その理由を問うている。
「んー、ただの思いつき。ちなみに俺の名前“ケヴァリム”は某言語で“鎖”って意味の言葉なんだな〜♪」
そう言う割には、しっかり語源まで考えている。だが、語呂は気に入ったらしく、レパードは満足げな表情で、こう言った。
「鎖雷か‥‥。なんか貴様の名前を表す文字が入ってるのがムカつく」 その割には、頬が緩んでいるぞ。レパード。
「良いではないですか。せっかくガルゥが考えてくれたんですから」
「そうそう。人の好意は、ありがたく受け取っておかないと」
両脇を抱えられるように、そう突っ込まれ、彼は逆にガルゥの肩を抱え込みながら、こう要求してきた。
「ったく‥‥。人の事をなんだと‥‥。おい、そこの珍妙チョコレート・スマイル。これから一生そばにいてやるんだから、たまには俺の欲求不満解消にやってくれるよな? 嫌とは言わせんぞ?」
「ヤ〜だね☆ 私の相手をつとめるのは六千年早いですよ坊や‥‥ってカンジぃ? にゃんこは魚が捕まえられるようになってから、オオカミさんを追いかけましょ〜♪」
ところが、敵もさるもの。あっかんべぇとやりながら、その腕からするりと抜け出していく。
「んー、今日のところは、何か食べ物を買ってきてくれたら考えてもいいケド? チキンとか、チキンとか、チキンとか‥‥☆」
食い意地の張りまくった己の主に、リゥが困惑した表情ながら、「‥‥チキン、買ってきましょうか?」と、そう言っていた。
「隙ありっ!」
「うわっ!」
油断大敵とは良く言ったもので、そのリゥ、レパードに耳ヒレを引っ張られ、あえなく腕の中にダイブしてしまう。
「‥‥こんな隙だらけだと喰っちまうぞ、非常食?」
「あ〜! レパードまで、僕のこと非常食よばわりするなんて。僕を食べていいのは若長だけ、です! ‥‥魚よりチョコレートが好きな癖に」
ふいっとやっぱり答える気のない想い人に、レパードはほんの少しだけ、哀しそうな表情をして見せたが、それを振り切るかのように、声を大にして叫ぶ。
「うるせぇっ! ホントに食っちまうぞ!」
「ぎゃー! 番犬が怒った〜」
ダッシュで逃げるリゥ。
「誰がだー! こらぁ、逃げるな〜」
「やだぷっぷー」
サラの真似をして、ガルゥと共に、やっぱりおいかけっこに興ずる3人に、先においかけっこ始めていたはずのサラが、こう怒鳴りつけていた。
「ちょっとそこぉ! 人の真似して、何夫婦漫才やってんのよぉ」
「ふ。この間の意趣返しだ!」
自信たっぷりにそう言うレパード。だが、彼女はこの程度では動じない。
「サラさんも大変そうだな。いい人が見つかることを願うぞ‥‥確立最低そうだけどな!」
「見付からなければ、探しに行けばいーだけよ」
先日の黒猫騒動の意趣返しか、そう言ってきたレパードに、サラが一瞬だけ、垣間見せるシリアスな表情。だが、その直後うーんっと伸びをして、空を見上げながら、憧れるような口調で、こう言った。
「そーねー。日本も飽きたし、イギリスかフランスあたりにでも行こうかなぁ〜」
「ヨーロッパかぁ。レパは、この先どーすんの?」
ガルゥの言葉に、彼はぽりぽりと頬をかきながら、ばつが悪そうにこう告げる。
「賭け、負けちまったからなぁ。お前の意のままに。これからもよろしくな。チョコレート・スマイル☆」
「うわっ♪」
不意打ち気味に抱き寄せられるガルゥ。そんな主とそのナイト様の姿に、サラが「あーあ、平和でいーわねー」と言うと、リゥが「ボケないように、しっかり見張って置きますよ」と、答えてくれた。
「そう‥‥。なら、放っておいても良さそうね」
ここは安心。そう思ったらしいサラ、それまでのオチャラけた態度を消して、くるりと踵を返していた。
「どこに行くんです?」
「声‥‥かけとかなくちゃいけない相手がいるから。戦友に、手向けの花ってのも、悪くないでしょ?」
その手には、神無から奪い取ったらしい花の鉢植えがある。それを捧げに行くのだと悟ったリゥは、黙って彼女を送り出すのだった。
●語り詩は、誰の為に
その頃、依頼に参加していた魔皇達のうち、何人かは、秋葉原はずれの、激戦後に現れていた。
「レミエル‥‥」
九条・縁(w3a525)が、複雑な表情で、自分が手にかけるはずだった敵の名を口にしている。
「九条‥‥。後悔してるみたいだな‥‥」
やはり、レミエルには縁も所縁もある藤倉・ミサト(w3f426)は、同じ感情を持った魔皇に、そう言った。と、その言葉をきいた九条は、振り返りながらこう叫ぶ。
「これが、後悔せずにいられるかってんだよ! あいつには‥‥レミエルには、言いたい事も、聞きたい事も、山ほどあったってのに!」
そこには‥‥誰かが立てた、墓標代わりのハルバードが突き刺さっていた。柄の部分には、手向けとも取れる真紅の薔薇。まるで、彼女の赤いドレスを示すかのようなそれは、元々は九条が見立てた花だった。
「弟の奴‥‥。何も人の関節外していく事ぁねーじゃねーか! おかげで邪魔されて、決戦に参加できず‥‥。俺のこのもやもやした気分を、どうしてくれるっ!」
悔し紛れに、地面に魔皇殻をぶつける九条。
そう‥‥、あの時。
叩きこまれた隠れ家の医務室から抜け出して、レミエルに会いに行こうとした刹那、弟に四肢の関節を外され、さらには鎖でぐるぐる巻きにされ、戦いの余波で開いた大穴に叩きこまれてしまったのだ。
脱出に一週間かかり、気付けばレミエルはすでに倒された後。
「けど‥‥。あのままレミエルと戦っていたら、間違いなく殺されていたと思いますわ」
イーリスがそう言った。もし、彼がそのまま医務室を脱走し、重傷のままレミエルに戦いを挑んでいたら。
彼女の事だ。そのまま九条を殺していただろうと、彼女は確信している。
「‥‥それでも、よかったんだ‥‥。俺は‥‥」
それでも‥‥九条は添う呟いた。
「九条‥‥?」
「ヒーローってのは、重傷からでも立ち上がって、敵を倒すもんだろ。あいつだって‥‥そうしてくれる事を、望んでいた筈なんだ‥‥」
怪訝そうな表情を浮かべるミサトに、彼はそう言う。
「お前‥‥」
「本当は‥‥、奴を相手にしている時は、むちゃくちゃ楽しかったさ。俺は、何も考えずに、100%ヒーローになりきれたし、レミエルは、自分が悪役になる事を楽しんでいた。ただ、回りは、それが彼女の真の姿じゃない事に、気付いていなかった‥‥。上手く‥‥言えないけどな」
あまり頭脳のある方じゃない。彼女が『本当は何をしたかったか』に気付いていても、それを伝える術は、持ち合わせていなかった。
「好敵手‥‥か?」
「いえ、私にはむしろ、拳で語り合う仲に見えましたわ」
クロスノヴァ(w3f426)の問いに、イーリスはそう答える。言葉を交わすより、戦いの中で何かを感じ取る事に長けた者達は、神魔に属する存在に少なくない事は、数多くの事例が実証している。
「なぁ‥‥九条。もしかして‥‥レミエルの事、好きだったのか?」
「いや。そんな深い想いはないさ。と言うか、複雑すぎて、俺自身よくわかってない‥‥。ただ、俺の知らない所で、あいつが倒されたのが、納得できなくてさ‥‥」
首を振る九条。隠し事の出来ない性格なのは、自分でもよく分かっている事だ。もし、好きだったのなら、早くから抱きしめていると。
「でも、縁様が沈んだ顔をなさってたら、レミエルも浮かばれませんわよ」
そう言った九条に、イーリスはカメラを向けながら、こう言った。
「そう言うモンかな‥‥」
「あいつの事だから、不満があったら、化けて出てきそうだよなー」
ミサトのいぶかしむ表情に、クロスノヴァが、お化けのポーズをして見せながら、答えている。
「そうなったら、私が心霊写真として、2ショットでも撮って差し上げますわ」
「そんな事出来るのか!?」
いくら腕の良いカメラマンでも、心霊写真が自在に取れるなど、聞いた事はない。と、イーリスは自信たっぷりにこう言って笑う。
「出来るかどうかわかりませんが、最近デジタル、アナログ問わずカメラの扱いが面白いと感じるようになってきましたので」
幽霊なんて、被写体としては、充分でしょう? と、そう呟いて、彼女はシャッターを切った。期待しているのか、わざわざ墓標のハルバードを、そのフィルムへと納めている。
「ふーん。よく分からないけど、そんなもんなのか」
「ええ。それが私の役目でもありますから」
記録を残すこと。思いを残して逝った者達の、残留思念を、他の者達にも見えるように、語り継ぐ事。それが、自らに課せられた役目だと。
「役目‥‥か」
「九条?」
自身よりもしっかりしている自身の逢魔の言葉に、九条はこう言って顔を上げた。
「アイツが死んじまった今、アイツの気持ちを確かめる事は出来ねェ。だけど、アイツをそそのかし、意図を引いていた奴を探る事は出来るはず‥‥。今は、それが彼女を知る唯一の方法だな‥‥」
「その意気ですわ」
立ち直った主を励ますイーリス。と、九条は瓦礫の向こうに、声をかける。
「サラ! 居るんだろ? 出て来いよ!」
「あら、バレちゃったか」
姿を見せたのは、話を立ち聞きしていたらしいサラだ。
「頼んでおいた情報、集まったか?」
「ん〜、当人が死んじゃったから、苦労したけど。言われたとおり、『とぅえるぶ』と病院関連調べといたわ。もちろん、九条くんの名前で☆」
その表情は、先ほど、レパードや冴闇、さらに音羽をおちょくっていた時とは、一変している。
「縁様‥‥。サラ様に、一体何を‥‥?」
密の一員としての表情を取り戻したサラと、九条を見比べて、イーリスがその真意を測りかねたように、その名を呼ぶと、彼はこう言った。
「死に際‥‥あいつが言ってた事が、気になってな‥‥。少し、調べてみたんだ。嗅ぎ回ってるのが俺だと解る様な痕跡を、意図的に残してね」
九条が気になったセリフ。それは‥‥『本当なら、去年の秋に死んでいた』と言う、自身がまるで亡霊かアンデッドの類である様なセリフだ。
「あたしも、このまま役立たずのレッテルを押されるのは、癪だから。別方面からのアプローチをかけてみたのよ。そしたら、妙な所から、ネタが転がり出てきたわ」
サラの言葉に、ミサトが「どこなんだ? もったいぶらずに教えろよ」なんぞと問うと、彼女はこう説明してくれる。
「うん‥‥病院。しかも、かなり大きな所。知ってるでしょ? お台場にあった総合病院。あの子、そこに入院してたみたいなのよ。ちょうど‥‥神帝軍が現れ始めた頃に、その病院でUFO騒ぎがあってね。よく話聞いたら、レミ子の脱走騒ぎだったって訳よ」
苦労したわよー? 当時の入院患者、ほとんど死んでるし。看護婦は守秘義務とやらで、口閉ざしっぱなしだしー。と、決してインターネッだけでは、知りえなかっただろう事をにおわすサラ。
「つまり‥‥。彼女は入院が必要なほどの重症患者だったって事か‥‥」
「推測すると、そうなるわな。で、そこを天使達に目ぇつけられた‥‥って所だな」
グレゴールは、執着が強ければ強いほど、そのパワーを得ると言う。生きたいと強く願う心に、ファンタズマが反応したとしても、なんら不思議はない。
「3ケ月もあんな所に閉じ込められて、退屈な日々を過ごしている所に、天使が『ここから出してあげます。好きな事して良いです』って言われたら、誰でもついてっちゃうわよ」
何もない、生活。外出する事も敵わず、大好きなゲームも漫画もない。見舞いに来るものもなく、ただ‥‥死を待つだけの生活。病院の窓から見えた人々の姿に、レミエルが憧憬の思いを抱いた事は、想像に難くなかった。
「それは、サラだけだろ」
「ミサトくんや、九条くんは、強いもん。けどさ、彼女はそこまで強くない人なの。2人とも知ってるでしょ?」
ミサトの言葉に、彼女は首を横に振った。それに、一度目をつけれられたら、それをはねのける事は、かなり難しい。たいていは、ファンタズマの言うがまま、洗礼を受けてしまう。
「そうだな‥‥。で、それだけじゃないんだろ?」
「そうね‥‥。あと、わかったのは、とぅえるぶは完全なレミ子の支配下じゃなさそう。って言うか、ザラキエルの直轄か、もしくは単なる隠れ蓑か‥‥って所ね」
九条の問いに、サラはそう言った。いずれも、インターネットには出てこない情報だ。
「ザラキエル‥‥。そいつが黒幕か‥‥」
そう言えば、レミエルが倒された事件でも、その名は聞こえて来た。小岩をあずかる天使の1人。それが‥‥心を開きかけた彼女から、神帝軍に対する敵対心を奪い、強制的に元に戻してしまった事も、伝え聞いている。
「どうするの? 今から乗り込む? 居場所、わかってるし」
「いや、俺たちだけで、アイツを倒すのは、不可能だと思う」
ミサトが首を横に振った。何しろ、10組がかりで、ようやく倒したレミエルを、後ろからとは言え、あっさりと切り捨てるような天使である。その半数以下しかいない今の状況では、倒せるとは思えなかった。
「気にする事はないさ」
と、そんな中、九条がそう言った。
「何か、勝算でもあるのか?」
「これだけ餌をばら撒いたんだ。そのうち姿を見せるさ。俺のカンがそう告げてる」
根拠のない自信に、イーリスが、眉をしかめている。サラも、同じ様な表情だ。
「お前ら、俺を信用できないってのかよー」
「んー、そうじゃないんだ。餌ばら撒いただけで、姿を見せるような奴だったら、とっくの昔に姿見せてると思うし」
ぶーぶーと文句垂れる九条に、彼女はそう言った。今までの事を考えれば、その程度で姿を現すとは思えないと。
「なぁ。やっぱり乗りこんじまおーぜ。言うだけならタダって、良く言うだろ?」
悩む九条に、ミサトがそう言った。
「カメラ、回して置きますわ」
「相手のアジトに乗り込んでいくってのも、立派に正義の味方だし」
イーリスとサラも、そう言ってくれる。横で、クロスノヴァも頷いていた。
「わかった。そこまで言うなら、文句つけてやらぁ! 首を洗って待っていろ! ザラキエル!!!」
はるか天空に浮かぶテンプルムに、彼はそう宣言して、指先を突きつける。
九条のその言葉に偽りはなく、数ヵ月後、密・東京支部主導による、小岩テンプルム陥落作戦が実行されたのだった‥‥。
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