■籠の中の鳥〜その見る夢は■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオ |
クリエーター名 |
北原みなみ |
オープニング |
病院という場所には、そもそも生気のある者が少ない。エネルギーとすべき『感情』を求めるグレゴールにとって、『良い場所』とは言えないように思える。
それが、今回は違うようだ。
湧き出でる泉は伝える。
千葉県市川市。公立の他、私立高校なども数校ある地域だが、その同じ年頃の少女が1人、日々を病室で過ごしていた。真理、という。
日々、少しずつ弱って行く身体。
季節の移り変わりを、真理は、病室から望む木々の様子と風の薫りで知る。
外へ行きたい。行きたい場所がある。
猫が大好きな彼女の、せめてもの慰みにと、病室は両親や友人から贈られたぬいぐるみで溢れている。
真理は最近、東京ドリームランド(TDL)に行きたい、とよく口にしているらしい。それが自然に発したものならば致し方ない。しかし‥‥。
彼女は入院中である。元から持っていた『外へ行きたい』願望とあいまって、『TDLに行きたい』思いはつのるばかり。その感情をグレゴールが煽っているようなのだ。
たった1人からの感情搾取では、いくら強い思いでも微量過ぎる。グレゴールが満足するとも思えず、この『試し』が上手く行けば、病棟に入院する患者達全てに手を広げる事になるだろう。
そうなる前に、手を打ってはくれないだろうか。
また、これは情報収集をしている逢魔の密の推察でしかないが。TDLの猫キャラクター『リッキー』のぬいぐるみが問題なのではないか、と言われている。正確なところは分からないが、彼女の周りにリッキーぬいぐるみが増えた事は、思いをつのらせる1因のようだ。
彼女が行きたがるTDLにも神帝軍のテンプルムがある。彼女に請われ、友人がTDLに遊びに行き、また土産にぬいぐるみを買ってきてくれる。その繰り返しは、結果的には千葉を統括するアークエンジェルの意にも叶うだろう。
まずは彼女を救ってあげて欲しい。
そして可能ならば、この病院にぬいぐるみを持ち込んだグレゴールを特定してほしい。密はファンタズマの存在からこの事に気付いたが、主たるグレゴールがまだ判明していないのだ。
但し、ぬいぐるみは彼女にとって唯一の世界を作り上げるものの1つ。無闇に取り上げるだけでは傷つけてしまう。その点には注意してほしい。
|
シナリオ傾向 |
シリアス・(猫?) |
参加PC |
速水・連夜
荻野・夜鈴
外郷・禅哉
安曇・厚志
川西・光矢
橘・月兎
皇・乱空
着ぐるみ大佐・ゴンぶと君
|
籠の中の鳥〜その見る夢は |
外へ、行きたいと願うのは。
少女・真理の小さな願い。
「かわいそうなの〜〜〜っ!」
着ぐるみ大佐・ゴンぶと君(w3e627)の第1声に、動じる者が少なかったのは年の功か、はたまた冷静な御陰だろうか。四捨五入で三十路コンビな橘・月兎(w3c793)と外郷・禅哉(w3b030)は、ピクリと眉を動かしただけ。
ちなみに大佐、これでも内には激情を秘めた40歳。派手にコケた安曇・厚志(w3b318)を助け起こしつつ、キリっと(着ぐるみだが)皆を見回す。名前が大佐なだけに、何となくリーダー‥‥。
「‥‥」
ちょっとだけ動揺してしまった荻野・夜鈴(w3a693)は、そんな己に
「はぁ‥‥」
と溜息をついた。
「で。怪我人を装うって厚志は、ホントに骨でも折ってみる気か?」
川西・光矢(w3b595)は尋ねながら、
「なんなら手伝うぜ?」
と嘘とも本気ともつかぬ笑いを浮かべ、関節をパキっと鳴らす。怪我人で通すならと、厚志の逢魔が気を回して用意していた包帯を、つい受け取ったのは外郷。
「いらないって! そこっ なに包帯用意してるんだよっ!!」
気付いた厚志は慌ててツッコんだ。
「いや。他意はないが?」
外郷は素知らぬフリで視線を逸らした。実際、応急処置の心得があるのは彼だけ。本当に骨を折ったりせずとも、きちんとした処置に見せかける事が出来るだろう。
「こっちはこっちで準備するか‥‥」
慰問ショーを計画している大佐に、便乗しておくつもりの速水・連夜(w3a635)がそうふると、
「任せてなの〜〜〜っ!」
当人が公衆電話へ駆けて行く。行く先が病院とはいえ、携帯電話を思いつかないのは、もしかしたら全くの素でなのかもしれない。
(「交渉は俺がしておくべきだろうが‥‥」)
思いながらも、ついつい放って置きたい気分も半分な速水。そんな孤高の彼を、しっかり気を回した逢魔がいざなう。
「分かっている」
小声で返す速水を確認し、皇・乱空(w3d161)はひょいと踵を返した。
「任せとくよ。あたしはグレゴールの方を探すからさ。なんか後光が射してるらしいから、ちょっと病院の周囲とか真理ちゃんの交友関係とか調べればすぐわかるよね、きっと」
それはどうだろう? ――そう反論した気に苦笑を返し、橘たちは乱空を見送る。
「俺は堅実な方向で行っておくか‥‥」
「現地の密の話では、ファンタズマは病院に張り付いているようだ。グレゴールは、被害者の身内より病院関係者の確率が高いだろうな」
外郷の言に頷いた橘は、
「行くか」
と促した。
大佐の慰問を喜びそうな年代の、入院患者がいる病棟などを、速水は予め事務所で聞き込みしていた。その横を何食わぬ様子で橘が通り過ぎる。頼んだぞと言うような目配せを寄こす彼に、速水はハッとした。
橘は、速水の相手をしている受付の女性以外が事務所から居なくなった隙に、そっと中に忍び入ったのだ。
「本当に、突然で申し訳ございません。不手際で、こちらの病院への連絡漏れが分かったのが昨晩でしたので‥‥。宣伝込みとはいえ、全くのボランティアですし、よろしければ‥‥」
「よろしければなのなの〜〜〜っ」
既に電話で連絡した内容を繰り返し、慌てて会話を引き伸ばす速水と、それにノッている大佐をチラと見やりつつ、橘がパソコンで開いたのは、患者と、次いで職員のリスト。もちろんアクセス制限はかかっているのだが、ログアウトしていない就業時間内の無用心さの前では難はなかった。病院に通う側だった身としては、席を離れた事務員を小一時間問い詰めてやりたい気分だが、今はありがたい。
(「これか‥‥」)
現在、入院中の患者の中に『植田真理』の名前を見つけた。年齢から言って、彼女で間違いないだろう。病棟は脳神経外科。
速水に向けて人差し指を立て、『あと1分』の知らせを出しながら、職員リストを絞ってゆく。脳神経外科の医師は交代で2名。今いるはずなのはその内1名と研修医1名。看護婦がやはり交代で、今は4名。
ただ、データ上ではどの人物が神に属する者の可能性があるのか、それとも皆が『シロ』なのかは分からない。それ以上試すには時間が無さ過ぎた。橘は心内で舌打ちしながら事務所を後にする。
「首尾は?」
外郷の問いに、橘は名前などのメモ書きを見せる。
「脳神経外科? なんか、聞くだけで深刻そうだね」
それを覗き込みながら、夜鈴は呟く。
「大佐の慰問ショーが始まったら、ちょっと病室覗いてみるね」
「僕はその前に真理ちゃんと接触してみるかな」
「よろしくね、アズミン」
夜鈴は言うと、先に立って歩く。
(「「「あずみん‥‥」」」)
どうもその呼び方に馴染めない速水などの年長者達は、顔を見合わせて、どうツッコんだものかと数拍黙り込む。
「じゃ、俺は安曇と一緒しとくな」
言う光矢の持っている手提げ袋には、猫のぬいぐるみ。タグにはこっそり『Tokyo Deream Land』と書いてある。――『Dream』だろ! とかツッコんではいけない。すり替えるつもりなのだから、本物では意味がないのだ。
同じ頃。
『後光が射してる』人間を探してみていた乱空だが、もちろん、そんな者はいない。『後光が射してそうな』ならともかく。ツッコミは冷静なナイトワールから。橘たちの苦笑の意味がようやくわかった彼女は、照れ隠しにプイッとそっぽを向く。
「分かってるよ、そのつもりで言ったんだってば!」
――とりあえず、そういう事にしておこう。
で。その『後光が射してそうな』人間にアタリを付けていなかった彼女は、手当たり次第に探って回る他無く、素晴らしく評判の良い医師がいるという噂は聞き入れたものの、それが誰か特定するとなるとまた時間がかかった。せめて橘たちの仕入れた情報とつき合わせられれば、成果は増しただろう。
そうして。
彼女が見つけてしまったのは、屋上に降り立ったファンタズマの方だった。
「あれ? ここ、個室なんだ?」
真理の病室を探し当てた安曇は、そんな風に病室を覗き込む。脳神経外科という事で、ついでに外郷に巻き足された、頭の包帯をポリポリと掻く。
「なんか、ちょっと事故っただけなんだけどさ。頭打っててヤバいとか言われたんだよね。キミもそんな感じ?」
「‥‥ううん」
真理は小さく首を振る。
「迷ったの? CT撮るなら下の階だけど‥‥」
「いや、散歩。こいつ、落ち着き無いんだよ」
人懐っこい笑みを浮かべそう割って入ったのは、見舞いを装った光矢。夜鈴は押しかけずに、周囲の探索に回っている。
彼らが見回した室内には、所狭しとぬいぐるみが並んでいる。その中でも多いのは猫。それもTDLのリッキーだ。リッキーだけに限っても4体ほどあり、思ったよりも数が多かった。
けれど、どれも彼ら魔皇には何の異常も感じられない代物。この病室に入ったからといって、特にTDLに行きたくなるような、気持ち的な変化もない。
「猫が好きなんだね」
会話は話の得意な安曇が進めていた。光矢は当たり障り無くついていきながら、手品を披露してきっかけを作る。
病の話は、真理の方が避けていた。その代わり、話は自然と猫とTDLの方へ。
「リッキーのぬいぐるみ、いっぱいあるけど、誰がくれたの?」
「お父さんとか、友達とか、色んな人から。最初にくれたのは、岩瀬先生だけど」
真理から語られた名前に、安曇と光矢は互いを見交わす。
これだよと言って、真理が抱きしめたのは、光矢が手品の合間にすり替えたものではなかった。大佐の登場を待つしかないだろう。
「行ってみたいな‥‥」
「まずは元気にならなくちゃ。焦らなくてもTDLは逃げたりしないよ」
光矢がかけた言葉に、真理は寂しそうに笑って返す。
そこへ、ざわめきが近付いてきた。
「なのなの〜〜〜♪ ボクがゴンぶと君なの〜〜〜! 今日はみんなと一緒に遊ぶ為に来たの〜〜〜♪」
誰と聞くまでも無い。遠くから聞こえる声は大佐だ。
「なっなっなっなの〜〜〜〜♪」
るるんララン、くるりララリと舞う着ぐるみ。
何事かと声のする方へ目を向ける真理を、安曇が手招く。席を外し、すり替えたぬいぐるみを調べに出た光矢と入れ替わり、その隙に夜鈴が病室へ入り込んだ。
「岩瀬って先生がくれたっていう、アレが怪しいみたいだ」
そう光矢に指摘されたリッキーぬいぐるみは、だが夜鈴にとっても、何の変哲も無い物に見える。念の為、他のリッキーも調べてみたが、怪しいところは何一つなかった。
見かけは、ただの愛らしい猫のぬいぐるみ。首を捻りながら、もう1つを調べている光矢に合流するが、そこでも結果は同じだった。
「ボク達には分からないのかな。機械みたいなカラクリじゃなくて、特殊なシャイニングフォースがかかってるとか?」
「そうだとしたら拙いな。リッキーを全部取り上げてみないと、事態が好転するかどうか分からないって事になるぜ‥‥」
大佐の慰問の最中に盗んでしまうのは簡単だが、それでは結果的に真理が傷ついてしまうだろう。
「‥‥後で、ボクが何とかしてみる‥‥」
夜鈴はただそう呟くのだった。
「‥‥じゃぁ〜〜〜ん♪ ゴンぶとニャンなの〜〜〜♪」
着ぐるみに猫ヒゲと尻尾を付け、笑いを誘うように大佐は真理に向かっておどけて見せる。
「ふさぎこんでるよりも、笑った方が楽しくなるの♪ なのなの〜〜〜♪」
彼の訪れは、他の患者達からも微笑を誘う。
小児病棟の方から付いてきた子供達などもおり、囲んで見物する人の輪が次第に出来てくる。その中で、速水と外郷は、真理を見舞う客の情報とファンタズマの捜索とに余念が無い。
「岩瀬という医者が、最初にリッキーのぬいぐるみを渡したらしい。ここは大佐や安曇たちに任せて、探してみるか? 脳外科の奴だ」
安曇たちからの情報を、フォローに回った橘が伝える。
院内で仕事の手分けをしたはいいが、外郷がポケベルを用意していた以外には、それぞれ情報伝達手段を決めていなかった。手持ちの情報を、素早く仲間に伝える事が出来なかった彼らは、乱空が、ファンタズマと合流したグレゴール・岩瀬を発見していた事も、攻撃に特化した彼女が、敵のシャイニングフォースに苦戦していた事も知らなかった。
舞い降りたファンタズマと、約していたかのように屋上に現れた白衣の男性。40代くらいだろう。ネームプレートには『岩瀬明伸』とあった。彼が、神帝軍の襲来以前からこの病院の医師であった事は、橘の調べた結果と照らし合わせれば分かる。グレゴールに覚醒したのも最近の事なのだろう。
一応、最初は真理から手を引くよう交渉に出た乱空だったが、それはすぐに決裂した。
「たった1人で、私達、神に属する者に逆らおうとは。良い度胸だね、お嬢さん」
揶揄するような笑み。
「信じるものがあってやってるんだろうけどさ。こっちにだって、譲れないものがあるんだよね♪」
彼女の返しは淀みない。構えるのはシルバーエッジ。
音速剣で斬り込もうとした乱空を、だが、次の瞬間、聖なる言霊が麻痺させる。――彫像言<コアギュレイト>だ。呪縛の間に、追い撃ちされる神輝掌。
「う‥‥っ!」
魔に属する者以外には害を為さない力。岩瀬の掌から放たれた神輝力は、刃となって動けぬ乱空の身を斬る。
「「乱空っ?!」」
「大丈夫か」
やっと、と言えるタイミングで屋上へ駆けつけたのは、速水、橘、そして外郷の3人。
その彼らを、出入り口の上からボタボタと落ちてくるスライムが迎える。攻撃力はそう高くないものの、手足に張り付くように攻撃を仕掛けてくるゲル状の生物だ。
「ちぃっ!」
速水と橘は張り付こうとするスライムを凍浸弾で撃ち、それで瞬間だけ固まったものを、外郷が斬りふせていく。
「まだいたとはね。‥‥一応、ぬいぐるみの効果は試せた事だし、場所を変えるか? 私はメスを執れる所が良いけどね」
グレゴールに選ばれる者は、何かに強い執着を抱く。岩瀬は、医者として実力と名声を得る事に固執していたのかもしれない。
ファンタズマに話しかけ、頷きが返ると、岩瀬は軽々とフェンスを乗り越え、5階建てをものともせずに下の木立の茂みへと消えて行く。遠ざかるファンタズマの姿だけが、彼の行方を報せていた。
怪我をした乱空を連れて戻った速水たちに、いち早く気付いたのは光矢。
「グレゴールは? やっぱり、岩瀬って医者だったか?」
「ああ」
代表して応える橘の精彩の無さに、顛末は光矢にも想像出来た。
「そっちは?」
速水の問いに、光矢は努めて笑みを返す。
「大丈夫みたいだぜ」
彼らの視線の先には、真理のみならず、笑みを浮かべる病棟の患者達。つかの間の憩いを提供できたのは確かだろう。
それを知り、表情を和ませたのは橘だった。歳の離れた妹と、真理が重なって見えていたから。
「こういうの、興味持ったか? 話とか、考えるだけならここでも出来るぞ」
速水は真理に歩み寄り、そう言ってみる。少し考えるような仕草の後、
「‥‥そうだね」
と小さな微笑が返った。
そして。何だかんだと理由をつけて魔皇達から贈られた、花束や猫の写真が彼女の病室に増え、ささくれていた彼女の心を慰めてくれたのだった。
その夜――。
逢魔を連れて病院へ出直した夜鈴は、真理の病室の窓をコツコツと叩いた。
「ボクはTDLの魔女。ぬいぐるみをくれたら空を飛ばせてあげるよ。どう?」
子供だましを信じるほど、真理は幼くなかったが、彼女は良くも悪くも世情に疎く、外への願望が強かった。ここは4階なのにと、パチクリと目をしばたいた後、真理は聞き返す。
「ドリームランドへは飛んでくれないの?」
夜鈴はきっと神帝軍の人なのだ、と彼女は思ったようだ。
「それは〜ええと、キミの病気が治る為のおまじないだからだよ♪」
肝心なところにツッコまれ、夜鈴は内心でわたわたする。話術が得意でなかったら危なかったろう。
「じゃあ、ぬいぐるみは‥‥全部あげなきゃダメ?」
「リッキーは1つ残してあげよう。寂しいもんね?」
交渉はそこで成立。
残る『本物の』リッキーぬいぐるみ3つは真理の元から回収され、代わりに彼女は、ほんの少しの空の旅を経験したのだった‥‥。 |