■プールに潜む怪異■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオ |
クリエーター名 |
幽詩 |
オープニング |
宮城県仙台市上空1000mに浮かぶ巨大な物体──テンプルム。
その中にある聖堂のひとつに、ひとつの人影が入ってきた。
「‥‥シスターアリサ、提案していた作戦の承認が下りました」
と、静かな声で言ったのは、ゆるくウエーブのかかった金髪が印象的な、美しい娘だった。
ただし、背中で揺れる白い羽が、人間ではない事を示している。
彼女の名はタレイア。ファンタズマだ。
そして‥‥。
「あ、そうなんだ! やったね! じゃあ早速出動しよ! 出動っ!」
長椅子にちょこんと腰掛け、手持ちぶさたそうに足をブラブラさせていた一人の少女が、タレイアの言葉にとたんにパッと笑顔の花を咲かせて振り返る。
シスター、と呼ばれただけあって、濃紺と白の修道女の衣装を身に付けた姿は、タレイアよりもずっと若く……どう見ても中学生くらいにしか見えない。
しかし、彼女はれっきとした神帝の戦士、グレゴールなのだ。
「ですが、くれぐれもやり過ぎないように、とのことです。犠牲者が出るような事態は、決して──」
「やーねえ、わかってるってば」
タレイアの言葉の途中で、アリサが手を振り、明るく言ってみせる。
「大丈夫だよ。あたし、自信あるもん!」
「‥‥‥‥なら、いいのですが‥‥」
小さな主の頼もしい笑顔に、タレイアもまた、ぎこちない微笑を浮かべた。
‥‥その自信の根拠は、どこにあるのですか? と尋ねたかったが、それを口にすると間違いなく機嫌を損ねて‥‥というか、自分の事を信じていないのかと、ヘソを曲げるに違いない。だから言えなかった。
「そんな事より、そうと決まったんなら、早速水着、買いにいこっ! 中央通りにいい店みつけたの。タレイアの分もあたしが選んであげるね!」
「‥‥は、はい? あの、私の水着‥‥ですか?」
「うん、そう! 楽しみだよね! おやつも一杯持っていこうね!」
「‥‥‥‥え、ええ‥‥」
無邪気な笑顔に、頷く事しかできないタレイアである。
‥‥アリサ様の分まで、私がしっかりせねば‥‥。
そう思ったが‥‥。
「じゃあ早速行こー! おっ買い物っ♪ おっ買い物ーっ♪」
「あ、アリサ様、何もそのように急がずとも‥‥あの‥‥」
主に手を引かれ、なすがままに小走りで聖堂を後にする彼女なのであった‥‥。
──同日、夕刻。
「神帝軍の新たな動きを察知しました」
集まった魔皇達を前にして、逢魔の伝(つて)が静かに語り始める。
「彼等は今回、市民プールにワーシャーク──つまり鮫の獣人を多数放ち、訪れた人々をパニックに陥れるつもりのようです。とはいえ、単にこのサーバントを使って人々を追いかけさせるだけで、それ以上の危害を加えるつもりはないようですね‥‥まあ、なんにせよ、許せる行為ではありませんが‥‥とにかく、これを阻止して下さい。この計画を実行に移すグレゴールとファンタズマ、そして鮫獣人のサーバントは、明朝、プールの利用時間前から市民プールに現れ、準備を始めるようです。そこに乗り込み、彼等の計画を挫いて下さい。よろしくお願いします」
そして、伝は魔皇達に深々と頭を垂れるのであった‥‥。
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シナリオ傾向 |
コミカル&バトル |
参加PC |
久遠・章
宮本・蒼紫
凱・エンディミオン
蓬莱蒔・翠嵐
森下・あかね
化野・久太郎
タスク・ディル
黒野・辰
ユウ・コーラス
電我・閃
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プールに潜む怪異 |
「いい天気でよかったねー、タレイア」
「‥‥ええ、そうですね」
主ににっこり微笑みかけられて、コクリと頷くタレイア。
目の前では、そのアリサの笛に合わせて、居並んだ鮫獣人のワーシャーク達が揃って準備体操の真っ最中だったりする。
なんとなく違和感を覚える光景ではあったが‥‥主が楽しそうだったので、とりあえずはそれ以上何も言わない彼女だ。
「早くお仕事終わらせて、みんなで遊ぼうね」
「‥‥はあ」
元気にそう言うアリサは、金魚柄の水着に、頭には水中眼鏡とシュノーケル、腰には浮き輪といういでたちである。完全に仕事よりも遊びの方向に思考が向いているようにしか思えない。
‥‥アリサ様の分まで、私がしっかりしなければ。
胸の内で、あらためてそう思うタレイアなのであった。
と──。
「はいはいはい、そこのお嬢さん二人、プールには変なモノを持ち込まないようにね。特にサメとかは禁止だぞ」
一同がいる反対側のプールサイドから、いきなりそんな声がかけられた。
目を向けると、いつの間にかそこに二人の男が立っている。
今言ったのは、その片方──上はパーカーで下は海パン、首には笛をかけて目にはサングラスといったいでたちの男だった。名は久遠・章(w3a221)、一見するとプールの監視員に見えなくもないが‥‥。
「‥‥日焼け止め、やはり少し目立つぞ」
隣の男が、携帯をポケットにしまいつつ、そう告げる。
章とほぼ同じ格好の彼は、化野・久太郎(w3d757)だった。
「はは、日に焼けると、事務所に怒られるんでな。勘弁してくれ」
「そんな事を気にする監視員なんて、普通いないって」
久太郎の言葉通り、章の肌は、目に見える所がほぼ日焼け止めでテカテカと光っていた。彼はモデルなのである。
「‥‥タレイア、どうしよう。監視員の人に怒られちゃったよ」
「いえ‥‥そうではありません」
「え‥‥?」
ファンタズマの目に、神輝力の光が浮かんでいる。ディテクトデビル──魔の者を見破るシャイニングフォースだ。
「あの者達は‥‥魔に属する者です」
「え? そうなの? じゃあ悪者だねっ!」
彼女の台詞に、むしろどこか嬉しそうに拳を握るアリサ。
「よぉーし! お前達! あいつらをぶっとばせーっ!!」
その命令を受けて、一斉に周囲のワーシャークが二人の魔皇めがけて動き始めた。
「おいおい、俺達いきなり悪者扱いかよ。まいったな‥‥」
「‥‥そんなのんきな事を言ってる場合か」
「ま、そりゃそうだ。ははは」
「ったく‥‥」
白い歯を見せて笑う章に、久太郎もまた苦笑する。
そして‥‥。
「‥‥ナイス度胸だな、そこのグレゴール」
手薄になったアリサ達の前に、新たな男達が現れた。
久太郎が携帯であちこちに散らばっていた魔皇達を呼び寄せていたのである。
清掃員の格好をしてデッキブラシの先をグレゴール達に突きつけたのは、凱・エンディミオン(w3b445)。
「おー、いいねえ。金髪のお姉ちゃん。目の保養にゃなによりだぜ」
タレイアを見て満面の笑みを浮かべているのは、黒野・辰(w3f254)である。
「あったりまえよ! うちのタレイアはねー、ばいんばいーんのきゅっきゅっぼーんなんだぞ! 見れるだけ幸せだと思いなさい!」
「‥‥‥‥あの、アリサ様、変な事を大声で言うのはやめて頂けますか‥‥」
タレイアの身に着けているのは、アリサが選んだ花柄のビキニであり、同じ柄のパレオを腰に巻いている。
主の台詞に、やや顔を赤らめつつ、思わず胸のあたりを手で隠す彼女であった。
「おー、そかそか。そりゃますますいいな。どうだ、そんなお子様のお守りなんかやめて、俺と泳ごうぜ」
「あんだとー! 誰がお子様よっ! あたしだって毎日牛乳飲んでるし、小魚だって骨まで残さず食べてるもん! 五年後にはタレイアにも負けないくらいのおっぱいになってるんだからねっ!!」
「‥‥‥‥アリサ様、お願いですから、そのような挑発に簡単に乗らないで下さい‥‥」
主の心の叫びを耳にして‥‥自分の頭を押さえずにはいられないファンタズマだ。
「‥‥挑発、なんだよな?」
一方のエンディミオンも、辰にそう尋ねていた。
「ああ、あたりまえだろ」
「‥‥」
が、どうにも辰の笑顔は信用していいのかどうか、判断がつかない。もしかしたら‥‥いや、もしかしなくてもこの男は本気で言っているのではないか‥‥とさえ思えてしまう。
「‥‥一体何の話をしているんだ、お前達は」
そこにまた、二名の魔皇がやってきた。
ため息混じりに辰達を見つめる青年は、宮本・蒼紫(w3b116)であり、
「こちら、だいぶ賑やかさんになってますね〜」
あたりを見回し、そう言った女性は、蓬莱蒔・翠嵐(w3c547)だった。彼女の腰にも、アリサ同様大きな浮き輪がある。
「‥‥あ」
蒼紫の手にした武器を見て、アリサが目を輝かせた。
「ねえねえ、小太刀二刀流に対抗するなら、やっぱり逆刃刀を用意しないと駄目だよね、タレイア!」
「‥‥何の話ですか、それは」
能天気な主と違い、やや厳しい顔つきをしてみせる。
‥‥戦うにしても、今の私達の実力では、少々相手の数が多いですね‥‥。
冷静にそう判断するファンタズマだった。
「これだけいたら、どれだけカマボコが取れるだろうな」
「なんにせよ、行儀の悪いサメにはとっとと退場してもらおうか」
ディフレクトウォールで相手を寄せつけず、確実に一対一で潰していく章と、ソニックブレイドで積極的に切り込む久太郎。
「加勢します!」
そこに、巨大な一刀を手にした少女が駆け込んできた。森下・あかね(w3d690)である。
本当は怪物の相手など怖いのだが、一旦剣を抜いて戦う決心をすると、修羅の黄金としての心がそれらを押さえ、優秀な少女戦士が誕生する。
「ごめんね!」
とはいえ、やはり心根の優しい部分までは変わらないらしく、剣を叩きつけるたびに申し訳なさそうな顔をして、相手に言葉をかけていた。
「いくぜ! 市民プールの平和はオレが守る!」
さらに、雷神の短刀を振るいつつ、一人の少年が参戦してくる。
「‥‥っていっても、女の子に手を上げるのはやっぱしちょっとな‥‥んなわけで、俺の相手はお前等だぜ!」
容赦のない一撃をくれてやり、プールの中へと鮫獣人を次々に叩き落すのは、電我・閃(w3g357)だった。
「数は多いが、なんとかなりそうだな」
クロムライフルの銃口が火を吹き、放たれたコールドショットが一体のワーシャークを凍りつかせて動きを止める。
プールに被害が及ばないよう、接近しつつ確実に攻撃を当てる事に気を配ったタスク・ディル(w3e937)の鮮やかな手並みだ。
「‥‥」
傍らでは、ユウ・コーラス(w3g326)も、無言のままにスパイダーズネットで鮫獣人を拘束しては葛藤の鎖をぶつけていた。
状況は、明らかに魔皇達優勢と言えたが‥‥。
「‥‥悪人のくせに、やるわね! でも、正義は負けないんだから! そーれ、出て来なさい!」
アリサの声が響き渡ると、プールに潜んでいた新手が水しぶきを上げて飛び出してくる。
そいつらは他の鮫獣人とは少しだけ格好が違い、全員が揃いの水泳キャップと鼻栓を装着していた。
「名付けて精鋭シンクロ部隊! こいつらは一味違うぞっ!!」
アリサの背後に整列すると、それぞれにポーズを取ってみせる。
‥‥確かに、他の鮫獣人達と比べると、腕や足の筋肉もよく発達しているようだ。
「こいつらの何がどう精鋭なんだ‥‥」
遠い声と目で、蒼紫が静かにコメントする。
「でも、シンクロ‥‥見てみたい気もしますね〜‥‥」
翠嵐は興味がありそうだったが、茫洋とした表情だったので、本気かどうかはわからない。
「よーし、とつげきー!!」
グレゴールのアリサが魔皇達を指差すと、逞しい身体を揺らしつつ、それぞれに襲いかかっていった。
「‥‥げ、こいつらボディビルダーみたいに体中にオイル塗ってやがる」
「ええい気色の悪い! こっちに寄るな!」
辰が思わず身を引き、エンディミオンが手にしたホースで水をぶっかける。
「大丈夫ですか! 向こうは大体制圧したので、こちらのお手伝いに来──」
と、走ってきたあかねだったが、ムキムキな手足を持ったワーシャークの集団を見て、一瞬にして身体を凍らせてしまう。まあ、無理もあるまい。
‥‥が、それが一瞬の隙となった。
「‥‥!」
異様な気配に気がついて振り返ると、すぐ後ろに大きく口を開けた鮫男の顎が──。
「こらーーーー! そこっ! 何してんのっ!!」
噛まれる、と思ったその時、ひとつのビーチボールが唸りを上げて飛んできた。それは見事にワーシャークの頭に当たり、勢いで大きく後ろに弾き飛ばす。
投げたのは‥‥ちょっと怒った顔をしたグレゴールのアリサである。
「他人様を噛んだら駄目って言ったでしょ! 言いつけは守りなさいっ!!」
「‥‥アリサ様、相手は魔の者なのですが‥‥」
「関係ないよ。あたし、誰にも怪我なんかして欲しくないもん。たとえ相手が極悪非道の妖怪人間だって、必要以上のお仕置きをしたら駄目。絶対に、駄目なの!」
「はあ‥‥左様ですか‥‥」
真面目な顔のアリサに、ちょっと困った様子のタレイアだった。
「‥‥誰が極悪非道の妖怪人間なんだよ」
「えらい言われようだな、まったく‥‥」
閃とディルが、揃って苦笑する。
「‥‥」
一応助けられた‥‥とも言えるあかねは、複雑そうな表情だ。
「グレゴールの中にも、色々な考えの奴がいる‥‥という事なんだろう。あまり気にするな」
「はい‥‥」
蒼紫に言われても、いまひとつそう思い切る事はできないでいるようである。
「よーし、それじゃあ戦闘再開! 世間を騒がす極悪人をやっつけろー!」
「‥‥騒がそうとしてるのはお前の方だろ。いいから子供は子供らしく、その辺で適当にはしゃいでろ。その間に俺はそっちのお姉さんと大人の話をだな‥‥」
「むー! やっぱりあのスケベ男だけは思いっきり噛んでいい! 許す!」
辰の台詞に、彼へと指を突きつけ、そう号令を下すアリサ。
「うむ、それはナイス判断かもしれんな、グレゴール」
「お前が納得すんなーーー!!」
頷くエンディミオンに、ツッコミを入れる辰だった。
かくて戦いは再開されたが‥‥やっぱりアリサ達の鮫獣人は、魔皇達を追い詰めるまでには至らなかったようである。
「おぼえてろー! 絶対絶対絶対最後は正義が勝つんだからねーーーーー!!!」
「‥‥アリサ様、まだまだ機会はありますから」
怒った顔で捨て台詞を吐くグレゴールとそれをなだめるファンタズマのコンビは、やがてワーシャーク達共々この場から去っていった。
‥‥魔皇達は、見事プールの平穏を守ったのである。
「おっしゃあー! これで思う存分泳げるぜ!」
「おー!!」
あとは‥‥それぞれ真夏のプールを楽しんだようだ。
辰の逢魔の白天賦が溺れかけたのを皆で助けたり、翠嵐の浮き輪でバタ足がオリンピック選手並に速かったので一同を驚かせたりといった事もあったらしいが‥‥おおむね良い思い出になったとの事である。
■ END ■
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